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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第2章【6月・十二人会議】
13/124

【6】











 十二人会議が開かれると言うことで、議員が集まってきている。その会議が終われば、姉のメイはシズリー公爵に連れられて王都に行くらしい。そろそろ、貴族の社交シーズンが始まる。それに参加するためだろう。メイは結局、貴族名鑑を覚えられたのだろうか。本人も言っていたが、彼女は頭がいいが、記憶力自体は普通だ。


 そして、王都行きがよほど嫌なのか、メイの奇行の頻度が上がった。


「もう。自分で上がれないなら入らなきゃいいでしょ」


 貯水用のプールから姉を引っ張り上げながら、ルーシャンは言った。メイは自分が変人の自覚があるタイプの変人なので、「うん」とうなずく。

「わかっているが、止められるならとっくにやめている」

「それもそうか……」

 自分でやめられないから現状に至るわけで。ルーシャンは苦笑して地上に引っ張り上げたメイにハンカチを差し出した。ざっくりと髪の毛の水気を絞った彼女は、礼を言ってハンカチを受け取った。

「入るなら、タオル用意してから入れば?」

 もう入らないと言う選択肢はあきらめ、そんな提案をしてみる。しかし、『衝動的』らしく、事前に用意することは難しい。

「持ち歩いてみるか」

「言っといてなんだけど、一緒に水につかる気がするね」

 もう、敷地内だからいいか、と思うことにした。こうしてみんなあきらめていったのだろう。


 今日も着ていたカーディガンを貸したルーシャンはメイと別れ、何やら騒がしいエントランスに向かった。


「あ、ニーヴ。何の騒ぎ?」


 やじ馬に紛れていたニーヴに声をかける。かけたが、彼女は言葉で説明ができないため、指をさした。栗毛の男性がヴァイオリンケースを広げている。

「だから弾いてみてよ。俺、楽器弾けないんだよね」

「いや……私も貴族階級出身ではあるけど、ヴァイオリンは弾けないよ」

 訴えていた方の青年が目を見開く。そんなに驚くことだろうか。貴族階級の子は教養として楽器を習う子が多いが、向き不向きというものがあるのだ。

「しかも呪いのかかってるヴァイオリンなんでしょ。人に弾かせようとしないでよ」

 ごもっともである。ルーシャンは彼らの側に行くと、声をかけた。


「僕、ヴァイオリン弾けますけど」


 教養として、リッジウェイ家に引き取られてからも続けていた。普通くらいの腕前しかないが。弟の方がうまい。ルーシャンが名乗り出ると、反論していた方の青年が顔をゆがめて笑った。

「いや……ルーシャンに弾いてもらうと、メイが怖いなぁ」

「え、何々? この子メイの恋人とか?」

「違う違う」

 笑ってルーシャンは否定する。吹き抜けになっている二階から声がかかった。

「おい。人の弟に何してるんだ」

「姉さん」

 水浸しの服を着替えてきたメイが二階から見下ろしていた。シャーリーとセアラの顔も見える。

「やあ、メイ。君はヴァイオリンは弾ける?」

「弾けるけど……何?」

 少し引いたようにメイは言ったが、普段メイに引いている人間は強かった。

「ちょっと降りてきなよ」









 メイに声をかけた青年はトラヴィス・コーエンと言って、シャーリーの兄にあたる。確かに、妹と顔立ちの似た金髪碧眼の美青年だ。貴族階級出身のヴァイオリンの弾けない聖性術師である。ピアノは弾けるらしい。

 もう一人の呪いのヴァイオリンというとんでもないものを持ってきた青年は、ジュリアン・マグワイアと名乗った。栗毛にヘイゼルの瞳の青年で、正直ルーシャンとより彼との方が、メイは似ている。身長も同じくらいだ。これはジュリアンが小柄なのではなく、メイが縦にでかいのである。

 二人とも、十二人会議に出席するためにやってきた議員の一人だ。これで八名がそろったので、最後の一人を待つばかりである。


「呪いのヴァイオリンねぇ。どこから持ってきたの?」

「某資産家の紳士を助けたら、くれたんだ。弾いていると、だんだんヴァイオリンに精神を乗っ取られていくんだって」

「それ、扱いに困ったのを押し付けられたんじゃないの!?」


 シャーリーに突っ込まれながら、ジュリアンは「かもねぇ」と笑っている。ルーシャンに言えたことではないが、心が強いな。

「一応、ケースが封じになってるんだね。弾かない限り、暴走することはないと思うけど」

「それはジュリアンがここまで持ってこられたことでも証明できるな。どうする。壊してみるか」

 これはトラヴィスとメイである。過激な発言の方がメイだ。ちなみに、トラヴィスはメイが王都に行っている間、本部を預かることになっているそうだ。


「それを私たちが君に聞きたいんだよ」

「私は呪いの専門家ではない」

「魔術師のAランクライセンス、持ってるでしょう」

「それとこれとは話が別だ」


 超絶冷静にメイは言った。王国が発行している魔術師の資格の一つがライセンスである。メイが持っているのはAランクとのことで、これは上から二番目だ。一番上はほぼ存在しないも同然なので、事実上の最高位である。

「私やトラヴィスが弾く分には問題ないと思うけど」

「うん。そうだね。けど、私はヴァイオリンが弾けない」

「ちなみに、私も弾けないからね」

 と、これはシャーリーだ。トラヴィスの妹ということは、シャーリーももともと貴族のお嬢様なのである。だが、音楽は多少の才能がいる……。

「私に弾けということか」

 そのためにトラヴィスはメイを呼び寄せたのだろう。潔くヴァイオリンを手に取ろうとしたメイの手首をセアラが掴む。

「待って。ギルが弾けると思うわ。呼んできましょうか」

「公爵に弾かせるわけにはいかないだろ」

 同意見である。ルーシャンたちはそろってうなずいた。メイがヴァイオリンを手に取る。構えて軽くチューニングをする。


「メイ、待って。どうせなら合わせよう」


 と、トラヴィスがエントランスに設置してあるオルガンを出してきた。小さいやつだ。もはや趣旨が変わっている。

「……いいけど、私、そんなにうまくないぞ」

「いいから」

 二人向かい合って音が奏でられる。二人とも最近の曲は知らん、というので、昔からあるオペラの一説が奏でられる。聴ける程度には、二人ともうまかった。セアラの歌声が混じる。

「どう? 何か変化はある?」

「いや、特には」

「姉さんの魔術耐性が強すぎるんじゃないの」

 トラヴィスの問いに、メイは首を左右に振るので、ルーシャンはそう意見した。いつの間にか隣に来ていたニーヴも心配そうにメイを見ている。


「呪いが解けてるわけでもないしね」


 と、トラヴィスも不審そうだ。

「メイが変人すぎて変化が分からないってことはないか?」

「さすがに怒るぞ」

 失礼なことを言ったのはジュリアンである。メイが変人なのは、まぎれもない事実であるが、今言う必要はあっただろうか。


「……呪いというか、怨念なのかもしれないな」


 急にメイがそんなことを言いだしたので、トラヴィスが「どうしてそう思うの?」と尋ねた。

「いや、頭の中で女の声で『お前のせいだ、この泥棒猫』って叫んでるんだよな」

「ええ……」

 痴情のもつれか。淡々と言われたからわかりづらかったが、たぶんそうだ。まだメイの力の方が勝っているから、乗っ取られていないのだろう。

「ちょっと切り替わってみなよ」

「私、霊媒じゃないんだけど」

 トラヴィスがいるので大丈夫だとは思うが、やめた方がいいのではないだろうか。はらはらしながらルーシャンは見守る。ニーヴも不安そうにルーシャンの腕を握る。


 目の前で、唐突にメイがヴァイオリンを振り上げた。


「あんたのせいよっ、この泥棒猫! あばずれが!」

「わあああっ!」


 近くにいてヴァイオリンを振り上げられたシャーリーが悲鳴を上げた。ルーシャンがメイに組み付く。

「姉さんそれ乗っ取られてる!? 発狂した!? どっち!?」

いや、まあ、先ほど彼女が言ったのとほぼ同じセリフを吐かれたので、乗っ取られているのだと思うが。口調も違うし。

 というか、肉体的にはぜい弱だと言っていたのに、力が強い。刀を振り回しているので当たり前か。


「はい、ちょっとごめんね」


 とん、とトラヴィスがメイの額をついた。そのまま崩れ落ちる体を支える。

「え、それはいろいろ大丈夫なの?」

 シャーリーが兄の所業に引いている。トラヴィスは「まあ大丈夫なんじゃない?」と適当だ。ルーシャンが見る限り、気絶しただけで問題はなさそうだ。

「……ブレーンがいなくなっちまったんだけど、これどうすんの?」

 メイが取り落としたヴァイオリンを指さし、ジュリアンが言った。お前が持ってきたんでしょ、とトラヴィスが彼の頭を叩く。

「怨念がこびりついてるだけだから、聖性術師が祓えるね。確認のためとはいえ、メイにはちょっとかわいそうだったかな」

「ここまでする必要はなかったわよ」

 と、少し不機嫌そうなのはセアラだ。悲鳴を上げたのはシャーリーだが、たぶん、ヴァイオリンで殴られそうになったのはセアラの方だろう。ひとまず、ルーシャンはメイを抱き上げた。

「俺、姉さん寝かせてきます」

「あ、よろしく。最近寝不足だったみたいだし、そのまま寝かせといて」

「わかりました」

 シャーリーに言われ、ニーヴが案内してくれた。

 昔、姉に抱えられた時のことを思い出した。あの時は彼女の方が大きく、姉を抱き上げるなんてできなかったが、今はルーシャンの方が背が高い。そのことに、どうしようもなく月日の流れを感じた。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


メイは、グールを倒すための才能だけない。


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