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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
番外編【ウェストブルック事件簿】
123/124

【18】











 半分気絶するように眠ったメイだが、翌朝になっても起きてこなかった。もともと寝汚いところのある彼女だが、半分気絶しているので、そのまま寝かせておくことにした。ルーシャンが診察したところ、問題なさそうだったし。


「昼を過ぎても起きなければ、起こした方がいいかしら」

「何かおなかに入れた方がいいとは思うけど」


 心配そうにティナが言うので、ルーシャンは苦笑気味に答えた。

 朝からハワードは監査官に呼び出されて事情聴取を受けている。メイを補佐していたダニエルを連れて行っているので、店はまだ閉めたままだ。多分、監査官はメイから話を聞きたかったはずだが、彼女はぶっ倒れているで押し通した。

 レニーは今日の午後には学校へ戻ることにしたようだ。二日ほど滞在期間が延びているので、彼はちょっと慌てている。


 ルーシャンは朝食の後に街に出てみた。昨日は大騒ぎだったが、今日は少し落ち着いて見える。監査が入ったことは驚愕の事態だが、自分たちに関係なければどうでもよい、とばかりに店も開いてにぎわっている。みんな、商魂たくましい。けど、ルーシャンも関係なければこんな感じなのだろうな、と思う。

 噂を集めると、代官の息子であるイライアスはもちろん、アディソン商会のお嬢様であるカリスタも、館や屋敷に留め置かれて話を聞かれているらしい。カリスタは人間関係にひびを入れて回っていたが、趣味が悪いだけで犯罪を犯したわけではない。だが、イライアスは明らかに詐欺を働いているのでどうなるだろうか。ついでに、この二人は恋人同士だったようだ。やっぱり、ダスティンは騙されていた。


「ん?」


 ルーシャンの行先がざわめいているのが見えた。ルーシャンも周囲から頭が出ているが、そのざわめきの中心になっている男も背が高かった。というか、遠めだが知っている人物の気がする。


「え、ちょ、ジーン! ユージーン!?」


 お互い背が高いので、存在を主張するように手を振って声を張り上げる。ジーンがこちらに気づいた。だが、ルーシャンに駆け寄ってきたのは顔一つほど小さい女性だった。


「え、ニーヴもいたの」


 完全に人ごみにまぎれて見えていなかった。勢いのまま抱き着いてきたニーヴを受け止めながら言うと、ニーヴは頬を膨らませて遺憾の意を示してきた。かわいい。


「リッジウェイ商会の兄ちゃん、知り合いか?」

「うん。僕の恋人と姉さんの恋人。暴漢じゃないよ」

「おい」


 ジーンに低い声でツッコみを入れられたが、たぶんそう間違えられたのだと思う。声をかけてきた男性がニーヴとジーンを見比べた。ちょっと申し訳なさそうだ。


「……兄ちゃんの姉さんって、あの男前の」

「そうそう。面倒見がいいよね」

「男前……」


 ジーン、いちいち気になるらしい。強面で体格がよいわりに小心者のところがある。見た目繊細なメイの方がかなり図太い。


「大丈夫だよ、ジーンはいわゆるいい男と言うやつだから」


 ニーヴとジーンを回収し、店の方へ戻る。どうやら二人とも、メイに会いに来たようだからだ。


「ていうか、二人で来たの?」


 何その珍道中。見たかった。ニーヴはルーシャンとつないでいる手を振ってルーシャンの気を引くと、首を左右に振った。一緒に来たわけではないらしい。


「え、ニーヴ、一人で来たの?」

「王都まではナンシーと一緒だったらしいぞ。街に入ったところで会った」


 どうやらすでに情報交換をしていたらしいジーンが説明してくれる。少女が一人だったことで少々絡まれたらしいが、自分で叩きのめしていたらしい。口がきけない分、ニーヴは自分の身を守るためによく手が出る。


「ニーヴは自分の身を守ることをよくわかってるぞ。むしろ忠告はメイに必要だな」

「ジーンが守ってあげればいいよ」

「そうできたら、している」


 切実だった。常にそばにいることができないから、ジーンはやきもきしているのだ。ニーヴは場合によっては自衛ができないメイを守るために張り付いているのだろう。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 ジーンが丁寧にあいさつしながら入ってきたが、中にいたのはレニーだけだった。


「おかえり……ていうか、ジーンさんだっけ? それと、誰?」


 レニーがニーヴを見て首を傾げた。ニーヴも首をかしげてにこにこしている。


「ニーヴだよ。姉さんが面倒を見てる子で、僕の恋人」

「えっ、美男美女」


 ひとまず、ニーヴが口をきけないことを説明して、一応ジーンもメイの恋人だと紹介したが、こちらは面識があった。


「レニー、ティナさんは? 姉さんはまだ寝てる?」

「ティナさんは店の方にいる。姉さんはまだ寝てるよ」

「さすがに寝汚くないか?」


 レニーの答えに、ジーンが眉をひそめた。付き合いが長いうえに一緒に寝たこともあるので、彼はメイが朝に弱いのを知っている。ニーヴがむっとしたようにジーンを殴った。


「昨日気絶したからそのまま寝かせてるんだよ。起こしてくる?」

「いや……」


 メイに会いに来たのだろうに、ジーンはいつもタイミングが悪い。メイがよく倒れている、とも言うけど。有事に二人がそろうことが多いのかもしれない。

 ジーンは断ろうとしたが、ニーヴがルーシャンの服の袖を引っ張った。


「え、何?」


 筆談を交えたニーヴとの会話によると、ジーンはすぐに次の任務地に行かなければならないようだ。なるほど。


「ルーシャン様、とりあえず、座ってくださいな。お茶をお出しします」

「お昼も食べてく?」


 家事手伝いを再開して通ってきているサマンサとレニーが言った。レニーはさらに言う。


「どっちにしろ、姉さんは起こしてきた方がいいんじゃないの? あんまり食べれてなかったんだから、食べないとなんじゃないの?」


 レニーの言う通りだ。メイは昨日の夕食をほとんど食べられなかったはずだし、今日の朝食もとっていない。その前から不眠と食欲不振があったのだから、いくら寝て回復していても、何か食べさせた方がいい。そして、わざわざやってきたジーンが気の毒だ。


「……サマンサ、姉さんを起こしてきて」

「わかりました」


 ルーシャンが起こしに入った時にパニックになったことがあったので、女性のサマンサに起こしに行ってもらう。ニーヴでもいいのだが、彼女が行くと、違う意味で混乱させそうだ。

 起きてきたメイは、お茶を楽しんでいる自分の被保護者と恋人を見て目を細めた。たまにパニックを起こすが、基本的には落ち着いていて慌てることのないメイだ。にっこり笑ったニーヴが、嬉しそうにメイに抱き着いた。反射的にその頭をなでる。


「……えっ、なんで?」


 少し遅れて、メイが驚きの声を上げた。だが、淡々としていてあまり驚いているように聞こえない。


「どうでもいいだろ。お前、顔色悪いな。大丈夫か?」


 ぎゅっと腕に抱き着いたニーヴに半分引きずられるように席に着いたメイに、サマンサがホットミルクを出した。メイは文句も言わずに両手でマグカップをもって唇を湿らせる。


「……いや、なんでジーンがいるの。行程通りなら、今頃ディズリー自然公園じゃないの」


 人の行程を覚えているメイにも驚きだが、国南部にある自然公園からここまでやってきたジーンにも驚きだ。


「グレアムに代わってもらったんだよ」

「何故?」

「姉さん、情緒」


 そこは聞かない約束ではないだろうか。寝起きなのもあるだろうが、メイの情緒が行方不明である。レニーも「姉さん、まじめに言ってる?」と眉をひそめていた。ジーン、頑張れ。ツンデレはメイには通じない。マジレスが返ってくる人なのだ。ルーシャンはレニーとニーヴの会話を仲介することにした。


「え、なんで兄さん、言ってることわかるの?」

「なんとなく?」


 ルーシャンは軽度のサイコメトリーを持つので、読み取れるという面もあるが、精神感応系の能力が皆無のメイもニーヴと会話が成立するので、慣れかもしれない。

 一方、情緒が行方不明のメイとジーンのやり取りは続いていた。


「お前の作戦通りにやらなかったのは悪かったよ」

「別にそれを怒っているわけではないけど。リカバリーできてるし。遠いのにわざわざやってくる理由がわからないし、というか、私、君にウェストブルックに行くって言ってないよね」


 なんと。メイはジーンに話していなかったらしい。まあ、基本的に四半期に一度行われる十二人会議でくらいでしか顔を会わせないし、次に会うのは三月の予定だった。いちいち討伐先の話をしないし、そんなものと言えばそんなものか。


「……お前、親父に手紙出しただろ。こっちにも、お前が何かに巻き込まれてるみたいだけど大丈夫かって、親父から手紙が来たんだよ」


 日数から考えて、速達で届いたはずだ。速達で届いて、それからここにやってきたことを考えると、ジーンは即決でウェストブルックに向かうことを決めたのではないだろうか。


「まあ、俺はお前が何かやらかしたのかもしれない、とも思ったけどな」


 さすが、ジーンはメイの行動を読んでる。やらかしたというか、自分から巻き込まれ手に行ったというか。結局、メイのおかげでハワードもリッジウェイ商会もおとがめなしだったので文句も言えないのだが。基本的に、メイにやらせると周囲の被害が大きい。曰く、最終的に買っていればいいの、だそうだ。


「それだけで作戦地点からやってくる人間じゃないでしょ、君は」


 ルーシャンとしてはジーンがやってくる気持ちはわかるのだが、メイは釈然としないようで首をかしげている。自分の作戦が破綻したからと言って怒るような人物ではないが、やっぱり情緒をどこかに置き忘れていると思う。


「ああ……私が将軍に手紙を送ったから、すねたの?」


 たまたまだろうが、メイが正解を引き当てた。ニーヴがレニーをつついてからかっているので、ルーシャンは姉とジーンの様子を見た。メイはどうやら、ルーシャンに言われたことを覚えていたらしい。寝起きであまり頭が回っていないようだが、けだるげな様子が弟から見ても色っぽい。

 図星をさされたジーンが赤面して視線をそらした。独占欲、とはちょっと違うだろうが、ジーンはこういうところがある。本当に、メイのことが好きなのだな、と思わせるというか。


「ふふっ」


 メイが華やかな笑い声をあげた。どちらかと言えば、姉の冷淡な態度しか見たことのないレニーが驚いたように視線を向けた。


「……笑うな」

「ごめん。ジーンはそういうところが可愛いよね」


 ラブラブだった。すっとルーシャンは視線を逸らす。レニーも赤くなって目をそらした。


「姉さんもあんな顔するんだ」

「昔はあんな感じだったよ」


 レニーは、子供のころのメイをほとんど覚えていない。姉だという認識はあるし、自分が庇護され、可愛がられているという自覚もあるだろう。だが、姉がどんな娘だったのか、よく覚えていないのだ。彼が知っているのは、優し気な顔立ちのわりに辛辣なことを言う冷淡な姉のこと。

 ジーンと接するメイは、ルーシャンが覚えている昔のメイにかなり近いと思う。どちらもメイの一部ではあるのだろうが、ルーシャンは子供のころを思い出してちょっと懐かしい。


「……でも、作戦に修正を加えるので、早急に向かえ」


 オーダーの参謀の声になって、メイはジーンに言った。本当はうれしいだろうに、こっちも素直じゃない。










 昼になって店の方から戻ってきたティナはニーヴとジーンを見て興奮した。ティナもジーンとは面識があったが、ニーヴは初めてだ。ルーシャンと見比べてニッコリ。


「美男美女ね!」


 言うことがレニーと同じである。血はつながって居なくても、母親なのだなぁと思った。

 ティナと相談して、ニーヴは二日後に帰る予定のルーシャンたちと一緒に帰ることになった。ジーンはそもそも作戦を抜けてきているので、昼食を取ったらすぐに出発である。ついでに、レニーも午後には学校に戻る。


「いろいろ言ったけど、会いに来てくれてうれしかったよ」

「……そうか」


 町の端まで見送りに来たメイが、ジーンに微笑んでいた。これから途中までジーンと一緒になるレニーの目が死んでいる。こういう反応がメイと似ていると思うのだが、レニーは認めない。まあ、メイがジーンの頬にキスしているのを見ると、少し気持ちはわかる。


「気を付けてね。レニーはしばらく会えないかなぁ。ジーンは次は三月かな」


 レニーは学校を卒業したら時間ができるので、どこかであるかもしれない。ジーンに至っては、十二人会議が迫っているので、そこで会える可能性が高い。

 メイ、ニーヴと手を振って二人を見送る。乗合馬車で途中まで行くそうだ。話している姿を見ると、なんだかんだ言いつつ相性は良さそうだ。


「戻るか」


 メイがそう言うと、ニーヴが待ってました、とばかりにメイと手をつないだ。反対の手はルーシャンとつなぎ、どや顔で見上げてきた。レニーとジーンが出発したので、メイとルーシャンを独占できる、と思っているのがありありとわかる。


「ニーヴは甘えただね」

「甘えられるうちに甘えておけばいいだろう」


 早くに大人にならざるを得なかったメイはそういう。基本的に彼女は、年下に甘いのだ。


「ハワードさんが帰ってきたら紹介しなきゃね」


 ジーンを紹介できなくて残念だ、と言うと、去年の夏に王都で会った、と言われた。そうだった。

 背の高い姉弟と美少女が手をつないで歩いている姿は、なかなかに人目を引いていたことを、ルーシャンは次の日になってから知るのだった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

これで本当に完結です。

蛇足的な番外編でしたが、長くなってしまいました…お付き合いくださった方、ありがとうございました。

完結済みになるまで1年半かかってしまいました。長かった…。


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