【4】
初めてのメイ視点。ぼかしてますが、乱暴された時の描写が入るので、無理だと言う方は回避してください。一応、前回のルーシャンの話のメイから見た話しになるので、読まなくても大丈夫……かなぁ。
ルーシャンが思い出すのは両親が殺されたときのことだが、その姉メイが思い出すことはまた違った。
目の前に斬殺された遺体がある。メイが男の剣を奪って斬り殺したのだ。ともに誘拐されたセアラを襲おうとしたから。だから、彼女は斬った。夢中で、衝動的だったと思う。ほとんど全裸に近い格好で、十五の少女がそんなことをするとは思わず、彼らは油断したのだろう。
結果的にメイはセアラの純潔を守ったし、感謝もされた。救助も間に合った。だが。
弟を守って、ありったけの魔術でグールに抵抗した時とは違う。彼女は人を殺した。それも、一人ではない。手に人を斬ったときの感触が残っている。セアラを守ったことを後悔はしていない。だから、これは彼女の心うちの問題なのだ。
いつもメイは、自分の心を守ることができない。
目覚めは最悪だった。まだ夜明け前で、いぎたないメイにしては早すぎる目覚めだ。ニーヴも、それから泊っているルーシャンもまだ起きていないだろう。
昨日のことのように、人を斬った感触が思い出される。彼女は、人を斬るために剣を手に取ったわけではないのに。正確には、人を斬ったことではなく、人を斬ることをためらわなかった自分を恐れている。
それに付随して思い出されるものがある。無遠慮に素肌を触る手や、抵抗を受けて殴る拳、いやらしく笑う口。あの時の彼女の状態はひどいものだっただろう。助けに来てくれた者たちは、しばらく腫れ物に触るように彼女に接した。そのことも、メイを打ちのめした。
眠れそうになくて、ベッドを叩いて起き上がった。ふらふらと化粧台の前まで行くと、暗い中でも顔色の悪い女と目が合った。瑠璃色の瞳が自分を見つめ返していて、メイは鏡に頭を打ち付けた。
決して美人ではない。おとなしそうな印象を受ける顔立ちだ。自分の顔を嫌だと思ったことはないが、その顔立ちから誤解を受けるため、強めの口調で話すようにはしていた。それが、彼女なりの身を、というより、心を守る術であった。
唐突に彼女は、立てかけてあった刀を手に取った。彼女の得物は片刃の剣だ。彼女に戦闘術を教えたのが、刀使いの偏屈な爺さんだったのだ。鞘から引き抜き、首筋に刃をあてがった。
結局、その刃が引かれることはない。自殺するほどの根性もない、中途半端な女だ。その代わりのように自傷に走り、それを咎められて奇行に走る。自分で止められるなら、とっくにやめている。
首を斬れなくて、今度は髪に刃を当てた。これも駄目だ。家にはニーヴもルーシャンもいる。見とがめられたら言い訳できない。刀を取り落としたメイは、何度か深呼吸を繰り返した。
自分が落ち着いてきたのを確認してから立ち上がり、刀を鞘に納める。それから着替え、髪を適当にくくった。そのころにはもう日が昇っていた。
「おはよう」
顔を洗おうと部屋を出ると、ニーヴと行き会ったので挨拶する。彼女は驚いた顔をしたが、にこっと笑ってお辞儀した。この口のきけない少女が、メイをこちら側に引き留めるために押し付けられたのだと、メイも気づいている。だが、メイはニーヴを可愛がっているし、ニーヴもメイを慕ってくれる。その間は、きっと何事もない。
ニーヴに庭の水やりを頼み、メイは朝食を作り始めた。まだ貴族令嬢だったころにも台所には出入りしていたので、もともと多少の心得はあったし、修行中にも家事はしたものだ。今は週に二度ほど家政婦を頼んでいる。
起きてきた弟のルーシャンも、メイが朝から食事の用意をしていることに驚いたようだ。彼がリアン・オーダーに来たときは驚いたものだが、彼が来てから自分が落ち着いて……というより、徐々に昔の自分を思い出しているのが分かる。彼にはグールになどかかわってほしくなかったが、好きに生きろ、と言ったのはメイだし、彼女自身の変化を考えると、悪いことばかりではないのだと思う。
ニーヴたちと連れ立って三人で城に上がると、シズリー公爵夫妻が来ているようだった。十二人会議が間近に迫っているので不思議ではないが、少し早い到着だ。まだ、議員が半数しかそろっていない。
「おはよう、メイ。ちょっと相談があるのだけど」
メイの事務室に顔をのぞかせた女性に、メイは立ち上がる。
「お久しぶりですね、公爵夫人。相談とは?」
シズリー公爵夫人セアラは美しく、聡明な女性だ。性格もよく、こんな女性になれたらな、と思わずにはいられない。
セアラを招き入れたら、一人ではなかった。夫のシズリー公爵ギルバートも一緒だ。
「久しいな」
「お久しぶりです」
「お前、あからさまに嫌そうな顔するな」
そんな顔はしていない。泣くぞ、と騒ぐギルバートにも座るように勧める。茶髪に碧眼のギルバートは、文句なしの貴族的な美青年であるが、ちょっと残念なところがある。メイも人のことは言えないが。
仕事が中断になるので、シャーリーが紅茶を淹れ始める。さすがのメイもリアン・オーダーを保護している公爵夫妻の前で仕事をする気はないので、夫妻と向かい合うようにソファに腰かけた。
「単刀直入に言うわね。メイ、この社交シーズン、一緒に王都に来てくれない?」
「嫌です」
「もうっ」
即答したメイに、セアラがむくれる。むくれてもかわいいだけだ。
「ほらな。メイはそう言うって言っただろ」
「ギル様は黙ってて!」
「……」
シズリー公爵夫妻は、基本的に妻の方が力関係が上だった。ギルバートも兄貴肌の面倒見の良い男なのだが、世の中それだけでは主導権を握れないのだ。
「メイ、お願い。私たちのことを察して、戦闘ができる教養のある女性ってなかなかいないのよ……」
「では、シャーリーを貸し出します」
「ちょ!?」
ちょうど紅茶を出していたシャーリーが、突然名を出されて慌てている。彼女は攻撃魔法は使えないが、結界術などは強力な魔術師だ。元貴族でもあるので、教養もある。セアラも、シャーリーをちらりと見た。
「確かに、シャーリーもそうだけど、私はメイに来てほしいの。というか、その頭脳に来てほしいの」
ぴ、とセアラがメイの頭を指す。参謀としてついて来い、ということのようだ。メイの性別的に、セアラの侍女としてついて行く方が自然だ。
「リアン・オーダーを狙っている貴族が中央にいるわ。そいつをあぶりだしたいのよ。ダメ?」
「それならなおのこと、私はここにいるべきでは? 何かあっても、私ならおおむねのことは対処できます」
すげぇ自信、とギルバートがつぶやく。そうは言うが、彼もメイにはついてきてほしいようで。
「私からも頼む。どのみち、オーダーから人は連れていくが、私やセアラがいない間にも指示を出せる人間を連れていきたいんだ。何なら、同行者にジーンをつけるぞ」
「なお行きません」
「メイ」
セアラが肘で夫の腹を殴った。ギルバートが沈黙する。
「確かに、あなたは本部たるこの城にいた方がいいことは理解できるわ。けれど、グールと直接やりあうだけが私たちの戦いじゃない。グールと戦うための基盤を失わないようにすることも必要なのよ」
セアラの言うこともわかる。リアン・オーダーが狙われているのなら、その危険を排除すべきだ。ここで、メイの訴えは公的なものから私的なものへと変わった。
「……私は、人を斬ることができないから護衛にはなれない」
「わかっているわ」
「人の多い場所へ行って、パニックを起こさない自信がない。自分の奇行も止められない。見とがめられて評判を落とすのは、セアラたちだ」
「そうね」
「……行きたくない……」
本音が出た。顔を手で覆ったメイに、セアラは一歩も引かなかった。
「ねえ、メイ。いつまでも引きこもっているわけにはいかないでしょう。あなたが作戦の要なのはその通りだけど、あなたが移動しなければならないことだって多々あるわよ。ここは訓練だと思って」
「難易度の高い訓練だな……」
「そう? あと、単純にあなたに一緒に来てほしいのよね」
ね、とセアラがギルバートにも話を振る。突然話を振られたギルバートはどもりながらも「ああ」とうなずいた。メイが長いため息をつく。
折れたのはメイの方だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
気持ちよくない話で、失礼しました…。