【13】
メイは狩りに来ていた。別に来たくて来たわけではなく、ギルバートが招待されたのでついてきたのだ。
「苦手なんだよ、こういうの……」
「むしろギルバート様が得意なことって何?」
「それもひどいな。書類仕事かなぁ」
ギルバートは全体的に体を動かすようなことが苦手なようだ。確かに、セアラは強力な攻撃魔法を駆使するが、ギルバートは補助的な魔術が得意な印象が強い。
と言ってみたものの、別に狩りで魔法を使うわけではない。基本的に弓、剣や斧の場合もあるし、最近では銃を使うものも多い。
「お前、代わりに行ってこねぇ?」
「私の代わりに王妃陛下とお茶会する?」
「いや、やめておく」
即答で断られた。メイも帰りたい。
「一番恐ろしいのが、これが王妃陛下とウィリアム殿下の策略の上だということ……」
「まじで? 俺、一人で大丈夫かな……」
「そっちは大丈夫じゃないかな。なんだかんだで近衛が一緒でしょ。ギルバート様ならウィリアム殿下とエドワード殿下から離れないだろうし」
「その二人は別チームだぞ」
「そうなの? それは頑張って怪我しないようにね」
一応、ギルバートに身を守るための魔法道具を貸した。肉体的には脆弱なメイは、かつて魔法刺青で魔法陣を肌に入れていたが、それをしなくなったので代わりに魔法道具を使うようになった。その一つだ。女物だがないよりはましだろう。
ギルバートがひたすら不安がっているが、メイも不安しかない。戦術的に言えば、メイとギルバートを引き離してそれぞれ攻略しようとしているようにも見えるわけだ。
「戦略的に負けている気がする」
「何が?」
ひょこっとのぞき込んできたのはオーモンド伯爵夫人のエイミーだった。探せばどこかにマーガレットもいるはずであるが、思ったより人が多い。
ここは王家の森だ。離宮の側に森がある……というか、森に隣接して離宮が作られたらしい。今日は男性陣は森へ狩りに、女性陣は外でお茶会だ。
とても地図が欲しい。空間認識能力の優れたメイであるが、初めての場所ではどうしようもない。ある程度の地形がわかればどうとでもなる気もするが……。
「せめて笑ってなさいよ。何企んでるかわからないけど」
えい、とメイの頬をつついてエイミーは笑う。それから手を引っ張って空いているテーブルに連れて行く。そのテーブル周辺は、王妃のサロンに名を連ねているご婦人が多く、メイも少し安心した。
「アストレアは狩りの方へ行きたかったのかしら」
「そうですね……やったことはありませんが、できなくはないと思います」
馬に乗ったまま武器を振るうことはできると思う。少なくとも、矢は撃てる。あたるかはわからないが。
「アストレアはすらりとしているものね。きっとかっこいいわね」
くすくす笑われたが、どちらかと言うと好意的な笑いだった。
少し王妃と離れた席なのもあるだろうが、比較的和やかに会は進んだ。森の方からたまに銃撃の音が聞こえるが、狩りで銃を使った音だろう。
とはいえ、こちらがそう判断してしまうのは危ないような気もする。本当に襲撃があって銃撃があったとしても、狩りの途中だろう、と気づかないと思われる。
「あら」
エイミーがふと視線を上げて森の方を見た。白いものが飛んでくる。鳥の形におられた手紙だ。その魔法便の手紙は、まっすぐメイの元へ飛んできた。
「どうかしたのかしら」
テーブル中の注目がメイに集まる。メイは手紙の表と裏を確認し、「Dear Mary」とだけ書いてあることを確認した。
「……王妃陛下あてではないですよね」
メアリ宛の手紙であるが、メアリさんは普遍的な名前すぎて自分宛かわからない。メイもメアリだが、王妃もメアリだ。だが、字がギルバートのものなので、メイ宛だと思われた。手紙を開く。
一言、「襲撃」と書かれていた。こちらもギルバートの文字だ。
「……どういうことかしら」
エイミーが目元を険しくする。彼女がここにいるということは、彼女の夫のオーモンド伯爵も狩りに参加しているということだ。メイは周囲を見渡す。王妃や身分の高いご婦人がそろっているので、このお茶会の会場にも警備の人間はいた。近衛と国軍と半々ぐらいだろうか。警備責任者はジーンの父親のオスカーだ。
「カートライト将軍」
立ち上がったメイはオスカーに駆け寄った。
「レディ・メアリ。どうかなさいましたか」
「いえ……むしろ、何かありましたか」
見た目にはわかりづらいが、軍人の入れ替わりが激しい。伝令が来ているだけでは説明できない。メイの視線の動きに気が付いたオスカーが苦笑した。
「レディ・メアリは鋭いですね。森の中で、少し。私は皆様をこの場から出さないように、と厳命を受けております」
にこっと笑って言われた。席に戻るように肩を押される。でしゃばる気はないのでメイは席に戻った。
「どうだった?」
「何もわかりませんでした」
「またそんなこと」
くすくすと笑ってエイミーはメイの前にお菓子を置く。
「何かが起こっているのは私にもわかるわ……みんな、無事だといいのだけど」
少し表情を曇らせ、エイミーがつぶやくように言った。まったくである。
周囲を観察しながら、メイはエイミーに目の前に置かれたパイをほおばった。メイがのんびりしているのを見て、みんなが落ち着いていく。
警備の人数が減っている。思ったより危険な状況かもしれない、と思いつつ、メイは紅茶に口をつける。
「アストレア様」
「……アストレア、呼ばれているわよ」
反応しないメイに、エイミーが困ったように呼び掛けた。「あ、私か」とメイはつぶやく。メアリさんが多いために便宜的にアストレアと呼ばれるが、メイがメアリの愛称であるように、メアリの方が名前としてしっくり来ている。そのため、アストレア、と呼ばれても反応が鈍いのである。
とにかく、王妃に呼ばれているらしい。思わずエイミーと顔を見合わせてしまった。
「……呼ばれているのだから、行ってらっしゃいな」
送り出されてしまった。呼ばれているのだから、仕方がないけれど。
「アストレア、ごめんなさいね、呼び出して。そこに座って頂戴」
周囲のご婦人方を排除したテーブルに座らされて、とても居心地が悪い。睨まれている気がする。
「挨拶は省きます。気づいていると思いますが、今、森で襲撃を受けています」
目の前の王妃やその息子たちがたくらんだことなのでは、という言葉は何とか飲み込んだ。掌の上でコロコロされている気がする。
「わたくしは今から招待客の皆さんを離宮の中に避難させます。アストレア、こちらのことをお任せしてもいいかしら」
「……わかりました」
ぎりぎりに言うのは、メイを逃がさないためだろうか。避難まで時間が勝ったかかったのは、離宮の中を調べるためか。安全を確認できなければ、招待客を避難させることもできない。
「……エイミーは先に避難していいですよ」
身分順なのでどちらにしろ正式な貴族ではないメイは、最後の方の避難になる。しかし、エイミーは伯爵夫人だ。ほかはもう避難している。
「大丈夫よ。あなたの足手まといにはならないわ」
「そういう問題じゃないと思うんですけど」
エイミーに何かあったら、オーモンド伯爵になんといって詫びればいいのか。ギルバートに一緒に謝ってもらえばいいのだろうか。そう思っていると、ふと真剣な表情になったエイミーは言った。
「あなたは頭がいいけれど、シズリー公爵のいとこと言うだけで、正式には貴族ではないわ。私がいた方が、話を通しやすいと思うの」
いとこではなく、またいとこであるが、最近もうどうでもよくなってきた。そこではなく、エイミーの言うことは核心をついている。メイだけではどうにもならないことも、エイミーが一緒なら通る可能性がある。
「……わかりました。では、ご一緒してください」
「喜んで」
ふふっと笑ったエイミーだが、ちょっと不安になってしまった。
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