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その幸せを希う  作者: 雲居瑞香
第9章【6月・誰がための戦い】
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【12】













 二日後、メイとギルバートは王妃のサロンにいた。彼女たち二人と王妃、それにウィリアムとエドワードの両王子。


 何このメンツ。帰っていいだろうか。


「ごきげんよう、ギルバート、アストレア。来てくださってうれしいわ」

 王妃はほのかに笑みを浮かべならそういって恐縮する二人にお茶を勧めた。

「アストレア」

「……はい」

「今宮廷は大きく分けて二つの勢力に分かれています。現状を維持し、旧時代からのやり方を遵守しようとする者たち。それから、新しい制度等を積極的に取り入れていきたいとする者たち。大きく分けてこの二つに分けられます」

 お前の言った通りじゃん、と隣でギルバートが小さくつぶやくのが聞こえた。

「前者は『国王派』などと名乗っていますね。不遜にも」

 静かな冷気をにじませながら王妃がそう付け加えた。反論するのが怖いのでそのまま先を続けてもらう。

「後者は革新派と呼ばれることが多いでしょうか。この二つの派閥が水面下で争っています。宮廷の高官には、『国王派』……腹立たしいので旧套派としましょうか。こちらの勢力の方が多いのが現状ですね。牛耳っているのは宰相のアッカーソン公爵です」

 逆に、それに対抗する革新派を取りまとめているのが王妃らしい。旧套派が幅を利かせれば、自分の息子たちが排除されてしまう可能性があるので、当然だ。

「今、彼らが地方から支配を強めてきているのは気づいています。アストレアの出身地のブラックバーンも支配下に置かれつつありますね」

「……」

 やはりか。なれないこととはいえ、後から気づいたのがまずかった。メイの職務を考えると、行った時点で遅くとも気付くべきだった。


 だが、反省はそれくらいにして、続きを聞くことにする。


「わたくしたちは、別に彼らを排除したいわけではありません。後々の影響を考えると、排除できないのですが……ですが、このまま彼らのいいようにされるつもりはありません。アストレア、あなたなら、現状をどう対処しますか」

「……」

 思わず真剣に考え込んでしまったが、情報が足りない。そして、これは回答してしまっていいものだろうか。メイはギルバートをちらりと見た。

 視線を向けられたギルバートはため息をつくと、うなずいた。


「ここまで聞いてしまったら、なにも言わないわけにはいかねぇだろ。対価だと思って話しておけ」

 情報の対価が情報か。


「まず、前提としてウィリアム殿下が次の王になる、と言うことでよいのですよね。それで、ウィリアム殿下はどちらかと言うと革新派に属することになると」

 王妃がウィリアムを見た。ウィリアムが肩をすくめる。

「そうだね。アストレアの言う通りで間違っていないかな。それに、父上も別に旧套派と言うわけではないしね」

「アッカーソン公爵が首魁ですもんね」

 しれっと言ってウィリアムを苦笑させてしまった。メイは首を傾げる。

「まず、あらかじめ断っておきたいのですが、私は戦術家であるかもしれませんが、戦略家ではありません」

「わかっています。ただ、第三者からの視点が欲しいのです」

「……わかりました」

 王妃にそこまで言われてしまえば答えないわけにはいかないだろう。


「今夏、王都へきて私が感じたのは、王妃陛下と同じく、旧套派の人間が地方から足場固めをしているのだろう、と言うことです。王都は彼らの勢力の中枢でもありますけど、ウィリアム殿下が抑える方が早く、強いからです」


 どうしても中央から抑えようとすると、王妃と王子の勢力が強い。ここを押さえるのはかなり大変だ。メイでも躊躇する。

「……私が彼らならば、地方で小規模の反乱をいくつか起こしますね。それを鎮圧するのに、軍が派遣されるでしょう。おそらく、エドワード殿下も駆り出されるのではないですか」

「……そうだな。そうなれば駆り出される。あと、俺のことはエドでいいぞ」

 最後の要求についてはスルーして、話を続ける。

「戦力が分散されることになります。……この宮廷を押さえるのもたやすいでしょう」

「……」

 王妃が緊張した面差しになった。ウィリアムだけは表情を変えずにメイに尋ねた。

「君ならば、どれくらい戦力が減じた時点で私たちを制圧できる?」

「正確には、陛下や殿下方を押さえる必要はないのです。王たりえない、と証明できればいいのですから。そうなれば、王位を請求することができます」


 この王位の請求は、王位継承権を持つものならだれでも請求することができる、と言うものだ。三代前の祖母に王女を持つメイとギルバートにも請求権はあるのだ。

 地方で反乱がおきるほど王が国を掌握できていない、王たり得ない、と判断されれば別の王たり得ると自信のあるものが王位を請求することができる。通常では通らないだろうが、混乱期であれば通る可能性が高い。実際、それで王になった王もいる。長く続かなかったけど。


「お前、明言を避けたな」


 帰りの馬車でギルバートがメイをのぞき込むようにしながら言った。

「実際、お前ならどれくらいで制圧できるんだ?」

「ただ制圧するだけでいいのなら、城内の護衛が半分になればできなくはないと思う」

「お前が恐ろしいわ」

 ギルバートが手を振って背もたれに寄りかかった。メイは馬車窓から外を眺めて、カーテンを閉めると、口を開こうとしたギルバートに向かって手を挙げた。

「……なんだぁ?」

 いぶかしむギルバートを押さえ、メイはまだ動いている馬車のドアを開けた。おい! と背後からギルバートの声が飛んでくるが、その前にメイは御者台に飛び乗った。

「おい、どこへ行く気だ」

「ひっ!?」

 短刀を突き付けると、御者はひきつった悲鳴を漏らした。夕焼けで見づらいが、シズリー公爵家の御者のお仕着せを着ているが、シズリー公爵家の人間ではない気がする。ルーシャンの、人の顔くらい覚えようよ、という声が聞こえてくるようである。


 馬車からちらりと見ただけでもわかったが、シズリー公爵家の王都の屋敷に戻る道筋ではない。どちらかと言うと、王都の貴族街の外へ向かっている気がする。太陽の方向から考えると、北へ向かっていると考えられる。

「メイ!」

 メイが飛び出したことに驚いていたギルバートが、彼女が開けたドアから顔を出して叫んだ。はっと振り返ると、馬車の上から銃口がこちらを向いていた。すぐさま馬車の屋根に飛び乗って銃を向けてきた男の首に腕を回して締め上げる。ジーンによると、メイが締め上げると、力はないが腕が細いため痛いらしい。

 気絶した男はその場で放置。メイは再び御者台に飛び移ると御者から手綱を奪い取って馬を止めた。二頭立ての馬車はそのまま止まる。

「お前……手際いいな」

 若干引いたようにギルバートが言った。馬車から顔だけ出している。

「人を殺すことができないから護衛に向かない、って言ったのは誰だよ」

「私だね。その辺については折り合いをつけたつもり。それに、殺してないしね」

 締め上げただけだ。御者は殴ったけど。


 その時、おーい、と背後から追いかけてくる声が聞こえた。

「殿下に言われて追いかけてきたけど、全然大丈夫じゃねーか!」

 合流早々そうツッコみを入れたのは近衛のジョシュだった。どうやら、ウィリアムが心配してエドワードが数人、近衛を追いかけさせてくれたようだ。

「結果的に大丈夫だっただけだよ。感謝してる。ありがとう」

「心がこもってない!」

 憤慨するジョシュを見ながら、ギルバートは「何知り合いなの」とメイとジョシュを見比べている。

「ブラックバーンで会った」

「ああ、エドの護衛だったのね」

 ギルバートが納得してうなずいた。

「ジーンが嫉妬しそうなくらい仲いいな」

「よくはないね」

 男と御者はジョシュに連行してもらい、近衛の一人を借りて馬車で屋敷まで送られることになった。馬で戻ってもいい、と言ったのだが、メイがドレス姿なので却下された。

「あと、俺は裸馬に乗れない」

 当たり前だが、馬車を引いていた馬に馬具はついていなかった。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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