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歴史探偵 安部晴明(あべ はるあき)  作者: 風猫(ふうにゃん)
第一章 邪馬台国への旅路
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第五話 神話の世界と、その真実 その1

 今日は春分の日の休日。とはいえ、それは世間一般の、人達にとっての休日であって、不労勤労者の俺にとっては、人波の雑踏の流れが、普段と違うな。程度の認識でしかないのだが。

 

 大都会の高層ビルの最上階。防音壁に囲まれ音もなく、夜空を見上げれば、大都会のせいで、少々明るい空に、満月が静かに佇む。

 街並みの中にあっても、どこか人里離れた、まるで仙人が暮らすような『俺の居住空間』だが、ここに俗世間の風を吹き込む存在がいる。

 その名を祐子という。幼なじみで、押しかけ婚約者で、現代社会で『バリバリ』のキャリアウーマンをやっている女性だ。


 今日も今日とて、昼前から『いそいそ』とやって来て、優雅に珈琲を召し上がっていらっしゃる。

 ニューヨーク証券市場ダウ株価の変動に、目を凝らす俺の横で、静かに微笑んでいる。

 ずっと前に聞いてみたことがある。『俺の横にじっと佇んでいるのって、退屈じゃないの? 俺はどちらかいうと、落ち着かないんだけど。』

 返ってきた答えは、『私は晴明の隣にいると、この上なく落ち着くのよ。心配しなくても、人は慣れるものよ。そのうち晴明も、私が隣にいることが自然になるわ。』って言われたけど、今なら、確かに気にならなくなってる。

 しかしこれって、『慣れ』じゃなくて『馴れ』じゃないだろうか。



 株価のチェックも済んだところで、パソコンをシャットダウンする。

「そろそろ昼だし、お腹空かないか。どっか食べに行こうか。」


「バカねぇ、今日は休日でどこも混んでるわ。ここでおとなしく、あなたの作るパスタで済ませましょっ。私、ペペロンチーノがいいわ。」


(へっ、おバカが作るペペロンチーノでございますか。味なんか保証しないぞっ、鷹の爪、ごっそり入れてやるんだからなっ。)


 仕方なく、キッチンで寸胴鍋に、たっぷりのお湯を電磁ヒーターにかけ、ダイニングテーブルで一服すると、すかさず隣に掛けた祐子が話しかけてくる。



「編集会議の雑談で、この前の邪馬台国、水行西回り説を、皆に話したのよね。そしたら、編集長が『おい、そりゃ新説かも。』って食いついてきてね。

 それを言ってるのは、どこの作家さんだ? って聞くから、実は私の彼氏なのって、言っちゃったの。

 そしたらさあ、『我社一のミステリアス女史、卑弥呼たんに、彼氏がいるなんて、公式には初耳だあ。』とか、『それなら、我社で版権独占するためにも、彼氏をメロメロにして確保しろっ。』とかぁ、支離滅裂になりながらも、特命を授かちゃったのよ。」


「はあぁ〜、なんでそうなる? 祐子の出版社って、版権のためなら、社員を生贄にするのかよっ。」


「そうなの。可哀想な生贄の子羊を、救ってよね、晴明くん。

 で、具体的な話なんだけど、もっといろいろな晴明の古代説を、私が纏めてね、出版するプロジェクトになったのよね。どうかしら?」


「どうかしらじゃねぇよ。歴史の知識もなにもかも、ど素人の俺にできる訳ないだろっ。

 第一、俺が嫌だと言ったらどうするつもりなんだよ。」


「あら、それを断ったとしても、晴明くんは、私の質問に答えていればいいだけよ。それを纏めて、本にすればいいだけだわ。その時は、私の著作ね。」



 おっと、寸胴鍋のお湯が沸騰している。パスタを二人分放り込んで、5〜6分。その間に、細切れにしたベーコンと、生の大蒜、そして鷹の爪を、フライパンたっぷりのオリーブオイルで炒める。

 麺の茹で具合を見て、アルデンテなのを確かめたら、お湯を切ってフライパンに移し、少し炒めたら出来上がりだ。

 皿に盛り付け、白ワインのマドンナをワイングラスに注いで出す。


「うふっ、いただぁきまぁすぅ。さすがねっ、美味しいわっ。」


 あれっ、鷹の爪を寄せて、多くした方の皿が俺のになってる。祐子のやつ、取り替えやがった。



「そう言えばさぁ、邪馬台国の話をしたとき、晴明は、日本書紀や古事記よりも前にも、書かれた書物があって、その書物が書かれた時代以降は事実だって言ってたわね。」


「そうさ、いかに天才的な記憶力のある人間がいたとしても、膨大な詳細を伝える口伝なんて、できる訳がないよ。

 絶対に、参考となった古代文献が、あったはずだよ。この前、祐子が教えてくれた645年の乙巳(いっし)の変で、蘇我蝦夷とともに焼失した『天皇記』なんかのたぐいだね。幸いその時に『国記』は無事だったんだろ、日本書紀の参考文献になったのは、そういう文献さ。

 事実、日本書紀には『一書(あるふみ)に曰く』という風土記などからの引用を示唆する異伝聞の記載があるというよ。」


「確かに、偽書とされているけど、(いにしえ)の文書は存在するし、複数の神代文字も発見されているわ。

 だけど、日本には中国から漢字が伝来するまで、文字がないとされているのよ。」


「なあ祐子。中国の漢字って、あっと言う間に、発明されたものだと思うかい? それ以前に元となったものは、なかったのかな?

 そして、それらは日本に伝わらなかったのかな。」 


「えっ、それ以前には。 確か、「漢の()() 國王」の金印も貰っているし、倭の五王も朝見しているから、あり得る話ね。

 いえ、民衆の交流だって、途切れるはずないし、十二分にあり得ることだわ。」



「日本書紀や古事記の話の真偽だけど、神話の部分ってさぁ、古いことって不確かなことだから、おとぎ話のようにして、よくわからないことをぼかしたものだと思うよ。


 対して、近い時代のことは、真実を知る人々もいただろうから、少しだけ、話を為政者の都合の良いように歪めた真実に近いものだろうね。


 極端な偽りは、他の伝承を知る人達から、非難を受けるだろうから、都合の悪いことは、隠して書かなかっただけなんじゃないかな。」

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