増える悩み3
「晋太さん…?って、あの、浅川晋太さんですか?」
「そうですよ、ねぇ?」
早く返事を返さなきゃいけないのに、上手く声が出ない。
津乃田さんの後ろで、逢坂さんが未だ怪訝な顔をしている。
「西河さん?そうなの?」
「あっ、はい、あの、4ヶ月ほど前から…」
「そう…」
「津乃田さん、少し打ち合わせお願いしますー!」
「はいー!、じゃあ、僕は先に休憩上がるね」
そう言って、行ってしまった。
「私だけだと思ってたわ、貴方もだったの?
あの浅川さんが付いてるんじゃ…ねぇ?
仲良くできそうだわ」
「ちがっ、私は…!!」
「貴方が違っても、周りはそう見ないわよ」
そう、きつく言われる。
何も言い返せなかった、やっぱり、そう思われても仕方ない。
だから、どうしても名前は出したくなかった…。
それとも最初から名前を出して、そうじゃないって説明すればよかった?
でも、どこからの話を?
というか、逢坂さんは自分が、そんな風に周りに見られてると
自覚した上で、だったのか。それもまたすごいなぁ。
考えても仕方ない、今は、この作品に、集中しなきゃ。
休憩も終わって、スタジオに戻る。
休憩前とは空気が違うなんて、私でも分かる。
(まさか、あの浅川さんに弟子?)
(さっきドリンク係が聞いたらしいぞ)
(あの有名脚本家の弟子ってことはこの企画コネか?)
(新人作家がおかしいと思ったよ)
(逢坂グループの令嬢だけでも扱いにくいのに…)
本人たちは小声なんだろうけど、ことごとく私に聞こえている。
横にいる島崎さんの、気まずそうな顔がなんとも言えない。
「まさか、あの浅川さんのところでお仕事されてるなんて
凄い方だったんですね、西河さん!」
本人は気を使って言ってくれてるんだろうが、全然空気は読めてない。
収録がはじまる。
何度見ても津乃田さんは素敵だ。
正直この時間だけは、さっきの雑音なんて何も気にしないで
集中できる特別な瞬間だ。
(津乃田さんが喋るなら、ここはこの言い回しが良いかも
あ、でも、この雰囲気じゃ合わないか…そうだ、こうしよう)
思いつくセリフや展開、津乃田さんを見て受けたイメージと
この作品の主役のイメージの落とし所を見つけて、出来る限りメモする。
もうこの際、なんて言われても良い。
でも、作品だけは本当に素敵なものを作りたい。
津乃田さんが演じてくださるなら、なおさら良いものを。
あとから、ダメでした、なんて言われない、素晴らしいものを。
そうしてるうちに、無事収録が終わった。
「今日はお疲れさまでした、次回は6日後です。
宜しくおねがいしますー!」
「ありがとうございました」
そう、返事をする私へのスタッフたちの視線は
結局冷たいままだった。




