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くそったれに『さよなら』を。  作者: 昼間缶ビール
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01──無価値


終電を待つ駅のホーム。人はスマホに視線を落とし、あるいは酩酊し、誰一人として他人に干渉しない。

そんな空間だからこそ、ひとり静かに考え耽るなんてこともできる。できてしまう。俺は最近もっぱらクセになってしまったため息を吐いた。


「……」


──はっきりとした前世の記憶がある。


そんなことを言ったら周りはきっと怪訝な目で俺を見るのだろう。心配されるか、笑い者にされるか、あるいは精神科でも紹介されるのか。


前世の経験がある。上手く活かせるならばアドバンテージだ。

けれど俺は要領の悪い人間で、いわゆる“役立たず”だから。そんな上手い立ち回りなど望めるはずもない。


そも生きた時代(・・・・・)が違うのだ。戸惑いを覚える分、むしろハンデですらある。なんて、言い訳か。


「はぁ……」


1度目の人生でも俺は日本人だった。明治に生まれ、大正と昭和を必死に生き、そして何のドラマもなく死んだ。


2度目の人生は平成。そして令和。

平和で、先進的で、そして目まぐるしい。

1秒の間に世界の経済は揺れ動き、1分の間に取り引きが完了する時代。1時間もあれば“できるやつ”と“役立たず”の差は明瞭となり……あぁ、そして俺は見事に歳だけを重ね会社のお荷物となった。


「……」


生きてる意味が分からなくなる。2度目の人生だからか、余計に。

だって、人生は一回限りだから頑張れるんじゃないか。一回しかないから大切にしようと思えるんじゃないか。

死が終わりじゃないのなら、俺は何を大切に思えばいい?

リセットされてしまうなら、俺は何のために生きればいい?


あぁ、だからか。


だから俺の人生は無意味なのだ。俺の命は無価値なのだ。


「なんで、俺なんだろうな」


『そんなに自分を卑下しないでくださいよ、せんぱい』


俺を、慕ってくれた後輩がいた。明るく頑張り屋で、気遣いができる。そんな子が。

その励ますような笑みを覚えている。ため息を吐くと困ったように、笑うのだ。


思い出してまた、彼女のせいでクセになった小さなため息を吐く。


「はぁ……」


『もうせんぱいっ。ため息つくと幸せが逃げちゃいますよ』


馬鹿みたいな感傷だ、


そうやって落ち込んでいれば──数ヶ月前首を吊った彼女の声が聞こえてくるような気がしたから、なんて。


「は、はっ……そんな、こと」


終わりが見えないというのはつらい。

だから無意識に終わりを探してる。


この無価値な命が、価値ある誰かの役に立てますように。そんな終わりを迎えられますように──と。


「あるはず、ないのに、な……」


ガタンゴトン。


あぁ、やっと電車が来た。

鳴り響くアナウンスに思考を断ち切る。明日もまた仕事なのだから。


近づく音に意識を向けて。



そして不意に背中への衝撃を感じた。


「あ」


それは誰が漏らした声だったか。

浮かぶ体。スローモーションの視界に、目を丸くする赤ら顔の男たちが映っていた。


酔って転んだ拍子に。そんな言葉が思い浮かぶ。

ならば俺が死んだら彼らは加害者として罰せられるのだろうか。職を失ってしまうのだろうか。肩身の狭い思いをするのだろうか。



──あぁ結局、俺は死ぬときもこうなのか。


それが2度目の人生で俺が最期に考えた事だった。




◆◇◆


電車に轢かれた。その瞬間を覚えている。

あぁ……正直なところ、ほっとしていたのかもしれない。

これでやっと死ねる。そう思ったから。


──神様はきっと、そんな俺の態度が気に入らなかったのだろう。



心臓の鼓動が聞こえる。

饐えた臭いが鼻先に広がり……あぁ、遅れて自分が呼吸していることに気がついた。

おかしな話だ。俺はもう死んだはずなのに。


仕方がない。本当に、仕方がない。

ため息とともに──


開かないはずの、目を開く。


「は、は……」


風が吹き抜ける。

そこは石造りの路地裏。異国の街並みだ。見覚えなんてあるはずがなく、こぼれた自分の声にも聞き覚えはない。


だからたぶん、そういうことなんだろう。


「あぁ──こう、なるのかぁ……」


思わず、ため息が出る。

それは前世の悪癖。ここに持ち越した唯一の繋がり。縋るようにもう一度、ため息をこぼした。


そんなときだった。背後に数人の気配を感じたのは。


「&”#R%TN──」


聞き慣れぬ言葉が鼓膜を震わせる。

おそらく俺に声をかけたのだろう。俺はゆっくりと後ろを振り返った。


「#%$”&W’&──?」


「%$HW$”’”MUW」


ニタリといやらしい笑みを浮かべる男たち。言語は分からないが、それでも彼らが友好的な雰囲気でないことだけは分かった。


まぁ、だからといって何か抵抗するつもりはない。当たり前だ。俺の命は無価値なのだから。


愛想笑いを浮かべて、振るわれる拳を受け入れた。



◆◇◆



あぁ、空だけは変わらず青いままだ。それが分かったのが唯一の収穫か。


地面に転がったままため息を吐く。いっそ皮肉なまでの快晴だ。


「はぁ、容赦ないなぁ……」


裸足にボロボロの貫頭衣。見た目からして盗られるものなど持っていない格好なわけだが、彼らの目的は何だったのだろうか。別れ際に何かあっていたような気もするが、あいにく言葉が分からない。ただのストレス発散なら他の孤児に被害がないことを祈るばかりだ。


いや、そのときは割って入って代わりに殴られてもいいかもしれない。どうせ価値のない命だ。誰かのためになるのならそれもいいだろう。


そんなことを考えながら俺はゆっくりと立ち上がった。


「っ、ぅ……」


全身が軋むように痛む。しかし動くことに支障はなさそうだ。

幼い体に感覚を合わせるように何度か伸びを繰り返す。


このまま地理を把握するためにも少し歩き回ってみようか。戦争以外で海外に行ったことなんてないなら、少し楽しみかもしれない。

ゴミの散乱する路地から目を逸らしながら適当に足を進めていく。


アスファルトではない、石畳の上を素足で歩く新鮮な感覚。

そのまま少し行けば、表通りへと抜け出た。


行き交う馬車。背の高い石造りの建物が並ぶ異国の街並み。前世の日本ではめっきり見ることのなくなった綺麗な花があちこちの窓やベランダに飾られているのが見える。

レンガの屋根もよく見れば建物ごとに細かな違いがあって面白い。


道行く人すれ違う人に冷たい視線と、たまに同情らしきものを送られながら俺は考えを巡らせる。


時代的には20世紀より前なのだろう。もしかしたら19世紀以前という可能性もある。加えて言葉も通じない。さて、この状況で薄汚い格好をした推定孤児の俺はどうするべきか。


生に執着はない。けれど死ぬ度胸もない。どこまでも中途半端だと思う。先程までの楽しさは消え失せ、トボトボと宛てもなく彷徨い続ける。




細かいことは何も考えてない。


たぶん、続かない。

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