6.5.「影響」
すっ
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リクが意識を失い魔力暴走を起こしている頃、世界ではその魔力により、魔力を感知出来る者は驚愕し、困惑していた。中でも優秀な者や、その者らが所属している国は動き始めていた。
#アーサランド王国 首都アースガルズ
この国――アーサランド王国は中央大陸と呼ばれる西の島にある王国である。ソルヴィ家が代々治めてめる人間の国で最大規模の国で、当然国の大半を人間が占めている。
そんな国の軍事部、魔術師部隊修練場と呼ばれている場所では訓練していた隊員たちがいた。
「おい!今の魔力はなんだ!?」
「南の方からしたぞ!」
「南…………? ルーベ魔帝国の方か!」
「俺達末端でも感じれる程の魔力か…………まずいんじゃないか?」
「魔王か!?」
「えぇッッッッ!?」 ×ほぼ全員
「有り得るぞ?」
「んだべ」
訓練していた隊員たちが騒然としていると、
「まぁ落ち着け」
出入口から屈強な鎧をまとった年輩の男が出てきた。
彼はキースと呼ばれている、この魔術師部隊の隊長をしている男だ。
「隊長ッッ!」
「お前たち、少しは落ち着かんか。
暫くしたらスーマ様から連絡がある。
まぁ俺の見立てだと世界は慌ただしく動き出し、その対処に追われるだろう。すぐ動けるよう武装して整列しておけ。」
「はい!」
隊員達は落ち着きを取り戻すも慌ただしく命令に従った。
その様子を眺める二人がいた。
二人とも初老の男性で、かたや王冠を被り煌びやかな格好を、かたや杖を持ち、深い青色のローブを着ていた。
この国の王と魔法使いである。
「はしゃいでおるはしゃいでおる」
団員の様子を見て、スーマは何故か嬉しそうに目を細めた。
一方その横ではソルヴィ国王であるエルバルがスーマとは真逆の深刻そうな顔をして考え込んでいる。
「…………おい、さっきのどう思う?」
唐突にエルバルが顔を上げて言った。
「どう、とは?」
「魔王と思うか?」
賢者は王の問いにふむ、と頷く。
(確かに、魔力量だけ見ればそうじゃろうが……)
「違うじゃろうのぅ」
まだスーマが力の賢者と呼ばれる以前の頃戦場で魔王の魔力を直に見たことがあった。当時スーマはまだ若く何十年も前の話だが、年老いた今でも鮮明に思い出せるほどには他とは違う魔王の魔力は強烈だった。
その為、スーマは先程の魔力が魔王のモノでないと感じていた。
しかし、それはそれとすると新たな問題が発生する。つまり先程の、魔王の魔力に匹敵する魔力が誰から放たれたか、と言うことだ。
(魔力の感じから邪悪な気配はせんかったが……うぅむ)
「そうか……」
スーマが、その誰かについて考え出していた中、エルバルはスーマの出した結論に納得し、頷いた。
エルバルは、こと魔法関係については掛け値なしの信頼を寄せていた。
それもそのはずで、スーマは賢者なのだ。
”癒しの賢者 ” ”智慧の賢者” ”力の賢者”
三賢者と呼ばれている者たちは人でありながら魔法が使える者たちがいる。
スーマはその中でも実力行使に飛びぬけて優秀な”力の賢者”と呼ばれていた。
「確認はしといたほうがええじゃろう。 あの魔力がどこの誰のものであれの」
「確かにそうなんだが、他の国の動向がな……」
「まぁそこじゃよな、世界中で確認されとるじゃろうし。誰しも同じことを考える」
リクの放った魔力は二人が予想している通り、中央大陸だけとは言わず世界中で確認できるほどだった。二人と同じように考え、調査隊を派遣する国は少なくないだろうと王は予想する。
((はぁ……仕事が増えそうだな(じゃな)………))
これから先のことを思い、二人して重いため息をついた。
#バルドル神国 聖都ブレイザブデリク
「聖女様!!」
白銀の鎧を身に着けたがたいのいい男が部屋に駆け込んできた。
白銀の鎧は聖騎士と呼ばれる者のみが着用を許される特別な物だ。
効果は、疲労回復、治癒力上昇、魔力回復の上昇などの聖女の加護が付いている。
「わかっています」
そう返事をしたのは二人目の賢者だ。
世間では、癒しの賢者、又は聖女と呼ばれている女性だ。
彼女も当然、リクの放った魔力を感じていた。
それどころか、彼女は自身の力で魔力を見ることが出来た。【妖精眼】と呼ばれている力だ。
その力で、リクの魔力をしっかりと見ていた。偶然、窓の外を見ていたのだ。
更に、彼女の聖女と言われている所以であるその【妖精眼】だが、魔力で人の善悪が分かる特性により、リクの魔力が善悪どちらでもあるという特徴も判明した。
「魔王ではありませんし今のところは問題ありません。……ただ、ルーベ魔帝国の警戒はしておいてください。」
(どちらに転ぶかわからないので。……まぁどうなってもいいように、他国への牽制と、フリッグ様に報告せねばいけませんね……。)
了解の意味の敬礼をビシッと決めて部屋を去って行く聖騎士を見ながら
聖女は名も知らぬ誰かが悪の道に行かないことを祈りつつ、これからの事に考えを巡らせた。
#エーランド
ここは中央大陸と北の島の間にある小さな島。世間から忘れられている孤島だ。
そんな人が住んでいるとも思われていない島でため息を吐く女性が二人。
「来ちゃったのです………」
「来ましたね………」
幼女と老婆はやれやれと呟いた。
「女神様ミスっちゃったです?」
幼女がきょとんと首を傾げ老婆に聞いた。
「そのようですね。まぁ準備はしてきましたし、大丈夫でしょう。」
「私もそろそろ動くのです。」
ふんす! と幼女は気合を入れる。
その様子を見て柔らかな笑みを浮かべた老婆は、身に着けている大きな赤い宝石をあしらった金の首飾りを揺らし立ち上がった。
「フレイヤ様曰く、世界が動き出すそうですし私も行動に移しましょうか。」
(老体に鞭打って……ね)
年老いた自らの身体を見て、自嘲気味に思う。
「はいです!」
幼女は元気よく頷き、老婆に手を伸ばす。
老婆はその小さな手を見て、ふと、これから襲い来るであろう幼女の苦難がよぎった。その時自分は側にいてあげることは出来るのだろうか……可能性は低いだろうと考える。
老婆は「自分が若ければもっと―――」と思った。
幼女にとってそんな老婆の気持ちを察することは安易だった。たとえ幼女であっても”智慧の賢者”の名はだてではないのだ。
老婆は気を使われていることを知ってもその幼女の優しさを愛しく思っているため何も言わず、差し出された手を取って二人は静かに歩き出した。
#ルーベ魔帝国 首都セントラル
ここは魔王城。名前の通り魔王の住む城だ。
(戦いとかになったらいやじゃな……)
謁見の間と呼ばれている広い場所で魔王は一人呑気に考えていた。
自らが魔王である為、誰かの放った魔力が魔王の誕生でないことも分かっていたのだ。
(あれ、うちで起きとったよのぉ……やっぱり戦争になるんかの……)
どこかの勘違いした国が新たな魔王誕生とほざいて攻め入って来る可能性は十分にある。
そうでなくとも強大な力を持ったものがこの国に生まれた事は事実である為、攻め入ってくる可能性は高いのだ。
更に、この国は今戦争中で、漁夫の利を狙っている国を警戒を通常より強くしている。誤解が誤解を呼び、戦争を仕掛けてくる可能性も高くなり、警戒度も挙げねばらない。
それに加え、魔力を放った本人も警戒しなければいけない。
(また会議せねばなるまいな…………気付けば毎日のように会議してるのぅ)
魔力の発生源近くの部下とも連絡を取らないといけない。
「おい、誰かいるか」
「はっ!」
ハスキーな声と共に何処からともなく現れた魔族の女が魔王の横に膝をついた。
全身黒色でまとめた、いかにも隠密と言った格好の足の間には、服と同色の先端がハートになっている細いしっぽが付いていた。
「魔王軍第二師団所属、夢魔族、3番。参上仕りました。」
「うむ。先程の魔力の正体を探れ」
先程までのじじ臭い喋り方はなりを潜め、魔王として威厳ある話し方で命令した。
「はっ!」
女は返事をして、その場からすぐに消えた。
(あぁは言ったが確かハスカが近くにいるはずじゃのう……。絶対接触するじゃろうな。あの娘なら接触せんなんてありえん…………)
「はぁ」
魔王の苦労の日々は続く。
#ルーベ魔帝国 サイゼ都市
本棚に囲まれた一室に2人の女性がいた。
一人は腰まであるウェーブのかかった艶のある黒髪、クールな印象を受ける細眉、口元には黒子があり色っぽい。
出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる女性らしい曲線を描いた身体。それらが合わさり、たとえ同姓だろうと魅了してしまうような妖艶さを醸し出す大人な女性だ。
もう1人は、絹のように細く滑らかで明るめな茶髪のボブカット、切れ長の目に細眉、中性的な顔をしていた。スレンダーな体型で着ている服もどこか少年っぽい。しかし、ワンポイントで首元に揺れるネックレスはしっかりと女性だとわかる。全体的に線が細く、儚げな印象を受けるであろう女性だ。
「ハスカ」
ハスキーな声でボブカットの女性は話かける。
「心配ないわ」
名前を呼ばれた理由に心当たりがある黒髪の女性──ハスカはそれに応えた。
「今のところ問題はないわ。むしろ私から会いに行ってもいいかもしれないわね」
「出たよ。ハスカの悪癖」
「あら?私は悪癖と思ってないわよ?」
「なお悪い」
「そんなキツく言わなくてもいいじゃない、ティナ。ここが近いから多分この街に来るわ。滞在日数延ばすわよ」
ボブカットの女性──ティナは盛大なため息をこぼした。
「ハイハイ。わかりましたよ。」
ティナはめんどくさそうに部屋から出ていった。
(どう接触しようかしらね…)
ハスカはこれから起こすことに思いを馳せて、目を細めた。
「楽しいことになりそうね」
女性にしては低めな声でそう呟いた。
#???
薄暗い部屋で掃除機の音に似通った何かを吸引している音が響いている。
「今の魔力は.......」
「勇者とやらか?」
変声機だろうか、男とも女とも判別できないくぐもった声がその部屋で聞こえた。
「いや、勇者とは別物だろう。勇者にしては濁っている。だか、まぁなんであれ異世界からの贈り物だ。警戒はする。今の情報だけだと敵味方区別つかんからな」
「することは変わらない、か」
「あぁ」
どうやら部屋には二人らしい。
一人は作業をいったん止めた。吸引している音もそれに合わして聞こえなくなった。
「世界という盤上にコマが揃う」
「一般人が勇者という役割を持って盤上に上がってくるのか」
「そろそろだろうな」
「今回の贈り物はどんな役割を持つだろうか」
「やっぱりなにかしら役割持つのは確定なのか?」
「当たり前だ。それこそなんの力もない農民ですら俺らには重要な役割を持っているだろう?」
「でも異世界物だぞ?」
「勇者だってそうだろう。あれほどの力を持っているんだ必ず盤上には上がって来るさ」
一人はそう言って作業に戻った。
当然、音もなり始めた。それは先程よりも大きな音だった。
「不幸な奴だ」
その言葉は誰に向けたものなのか当の本人すら理解しないまま、もう一人も作業に戻っていった。