3.「コカトリス王家の森」
キリがいいので短いですがいったんここまで
その目は赤く、身体は白い。頭だけで俺2人分ぐらいありそうだ。その頭には立派な赤い鶏冠も付いている。
鶏だ……紛うことなき鶏だよ。魔物っぽいからコカトリスとかか?というか何でここにいるんだ?肉か血の匂いに釣られたか?
疑問が次々に湧き上がってくる。
まぁそこは今気にすることじゃないか。問題はその化物がここにいて俺を威嚇してる事だよな。いつ攻撃してきてもおかしくない感じだし。
「カァッ!」
そう思った矢先、鶏が突進してくる。
「チィッ!」
思わず舌打ちが漏れた。交差するように斜め右へと転がり回避する。急いで立ち上がり鶏の方を見る。
アイツも俺を見ていた。こちらを憎悪しているような激しく、暗い目をしていた。目が合った瞬間嫌な予感がし、後ろに飛ぶ。すると元居た場所の草が石化していた。それを確認して冷や汗と薄ら笑いが無意識に出てくる。
いやいやいやいや、コカトリスが石化の魔眼とかよくある設定だけどぺーシンでもそうなのかよ、さすがファンタジーとでも思えってか!?どうする!?勝ち目なんてないぞ?かと言って逃してもらえる雰囲気ではないし―――またクる!
アイツの目に魔力が集まっているのに気付き急いで左に駆けだす。背後に何かが固まるような音が3回――連続で聞こえた後、間髪いれずにアイツが突っ込んでくる。右目のおかげでアイツの視線や筋肉の動きが見え、攻撃の予測ができる。神経系の強化―――反射神経も強化されているんだろう―――のおかげで身体も反応している。
「グゥフッ!」
しかし、それでも避けられない。体の筋肉は地球にいたころとさほど変わっていないからだろう。
ヘッドスライディングで避けようとした俺の右足に衝撃が走る。慣性の法則に従い数回転空中でした後、地面に転がり木にぶつかって仰向けで静止した。
「うぅ……。」
異世界に来てからあまり日が経っていないのにも関わらずこの仕打ち、泣きたくなるな。
思わず膝を抱えると攻撃を食らった右足が見えた。その脛の部分には大きな打撲跡が見え、更に泣きたくなる。
ただ、あの攻撃を食らってこの程度ですんだのは不幸中の幸いかもしれない。どれくらい飛ばされたかわからないが見た限り擦り傷も多そうだ。それにしても痛みをあまり感じない、女神のおかげかアドレナリンのおかげかは知らないが。少なくともまだ動ける。この状況を打開できる一手を考えないとどのみち待つのは死だけだ。
地面に寝ている俺にゆっくりと近づいてくる足音がする。
クソッ……考える時間ぐらいくれてよくないか?
起き上がるとふらついた。軽い脳震盪でも起こしているかもしれない。しかし、じっとしている事も出来ないから木々に隠れながらアイツから距離を取り続ける。
攻撃の手段は……短剣は吹き飛ばされたときどこかに落としたな。ならもう魔法しかないか。ぶっつけ本番になるがやるしかない。時間は解決してくれないからな。いつぞやの野口君との会話を思い出すが、思考からはじき飛ばす。
現状、しっかりとイメージできる魔法は3つ。その2つを使えばあるいはいけるか?隙があるのは……さっきの様子から見て、突撃のタイミングだな。仕掛けるのはその時だな。よし、おおよその見当はついた。行動開始だ。
俺は隠れるのを止め、木々の間からコカトリスが作った開けた場所にでた。
コカトリスは俺の存在に気付き、再び石化させようとしてくる。
ワンパターンだぜ?流石鳥頭、バカだな。
コカトリスを中心に左から円を描くように駆け出し、石化の魔眼を避ける。1発、2発、3発、4発、5発―――――多くない!?そんな打てんの!?
「コォォォォォォッ!!!!!」
甲高い声を上げながら7発目でようやくこちらに向かって突撃を仕掛けて来た。
「ナイスッ!!!それを待ってた!!」
こっちの疲労もピークだ、これで決める。右手を前に出し、肘に左手を添える。意味は無い。
思い出せ、脳裏に焼き付いたあの映像を。子供心に憧れたあの情景を!
急接近するコカトリスの顔に向かって放つ。
「まず水ゥ!」
ポンプから水が出るように俺の右手数センチ前から勢いよく水が放出される。
しかし、それで止まるコカトリスでは無い。それどころか勢いすら衰えてない。知っていたさ!!
次の一手の準備をしつつ、前傾姿勢になり俺も駆け出す。やるべきは猪の時と同じ、ただし今度は敵の位置ではなく自分の位置を調整する。右目を頼りにタイミングを図る。
「ここだ!」
コカトリスに飛び込むように前転し交差する。俺は素早く立ち上がりコカトリスの方を見る。
コカトリスは華麗にターンをし、俺が魔法を放った場所に正面を向いている。期待通りだ。
ここで準備していた2度目の魔法を素早く放つ。右手から放たれるのは歪なひし形をした氷の槍。それも2発。
昔、ゲームでやっていたアニメの主人公必殺技。敵を氷漬けにして砕く、今にして思えば中々エグい。
俺の放った氷の槍は2つともコカトリスの顔に直撃した。しかし、平気そうな顔で変わりなくこちらを見ている。
あわよくばと思ってたけど、やっぱり効かないか。まぁいい。この技の本質はそこじゃない。
「クェッ!?!?」
どうやら変化に気付いたようだ。
見るとコカトリスの顎毛、鶏冠、両足がほぼ同時に氷始めていた。次第に全身氷漬けになるだろう。
この技は予め水をまき空気中に水気を増やす、出来れば対象にも水をかけておく。次にその水気を敵ごと凍らす。
ただし、この技では死ぬことはない。だからあのゲームでは最後に砕いて終わっていた。俺は今は砕くことが出来ないが俺の勝利条件は生きてここから脱出なので問題ない。
あぁ、そういえば技名があったな。この技漢字読みの方が好きだけど、正式には確か──
「氷槍侵寇――縛」
言うと同時に、氷がコカトリスの全身を覆った。
ふぅ、何とかなったはずだ。あのゲームやっててよかった。
「うん?」
全身がだるい。この感じはさっきライターを使った時の酷い版だな。
視界がぶれ、そのまま意識を失った。
◇
「頑張ったようだね。こうなる事は知っていたけどね」
宙に浮いている小さき者はそう呟く。
「間に合わなかったのは私の失態だね。埋め合わせがてらあの子に会わせてあげよう。あそこなら安全なはずだし。」
寝ている廻帰を軽々しく片手で摘み上げた。
「おっと、忘れていた。」
氷漬けになったコカトリスを人差し指で1回、つつく。
それだけで全身にヒビが入り指が触れた場所から崩壊が始まった。
(手助けがあったとはいえ、王位は簒奪者によって奪われその者は王位に至る。長い歴史の転換点だ。………王よ、お勤めお疲れさまでした。)
最後にピンクのカーネーションをどこからか取り出し、辺りに散っている氷の破片に添え、小さき者は飛んで行った。
「やっと着いた。慣れないことはするもんじゃないね。」
そこは洞窟だった。周囲には先程のコカトリスの羽根と思わしき物もある事から巣なのかもしれない。
洞窟の中に進んでいくと、1人の少女が眠っていた。
陶器のように白い肌、日に当たると輝くであろう綺麗な金髪は腰まで伸びていた。眠っていても美形と分かる程の少女だ。
小さき者はその少女の隣に廻帰を置いた。
「これから運命が動き出すはずだ。いずれ私にも会うだろうさ。その時はよろしく。勿論、次は対価貰うからね。」
ニマァとイヤらしく、しかし、とても似合っていて魅力的な笑みを浮かべ彼女は去っていった。
◇
ピチョン
液体が落ちる音がする。それを機に意識が覚醒する。
そうだ、俺は———あれからどうなったんだ!?ここはどこだ!?
「ウッ!」
急に起き上がった所為で擦り傷が地面に擦れた。
小さな痛みだが痛いものは痛い。
あたりを軽く見回す。何か金色のモノが映ったがとりあえずスルーだ。今以上に混沌と仲良くする気はない。どうやらここは洞窟らしい。明かりは入り口から差し込んでいる。
そろそろ現実を直視しようか。つまり…………。
「この女の子、誰?」
身長は130後半あるかないかくらい。ご飯を食べていないのかやせ細っている。人間じゃないくらいそれこそ天使や女神かと思うくらいには顔が整っている。髪は朝日を浴びて神々しく輝く金髪。将来は傾国の美女と評されるであろうレベルの女の子。
じっと見ているとゴソゴソと動きだし、パチリと紫色をした大きな瞳を覗かせた。
目の色的に人間では無いのか…………?
「あなたは、誰で、すか?」
元は鈴の音のような綺麗な声だった事が伺えるが今はそれも掠れていた。
恐らくご飯を食べてないせいだろうな。
「初めまして、近衛廻帰です。貴女のお名前は?」
少したじろいだ彼女は口を2回程パクパクさせた後、
「リサ…………リサ・エターニャです。」
少女───リサ・エターニャは何かに怯えるように、何処か期待しているように、そう言った。