1.「to be or not to be」
明日も投稿あります。
不味いことで有名な学食のカレーを食べていると、隣に座っている野口君がボソッっと呟いた。無駄にネイティブな所にイラッとする。ご飯中にいきなりこんな事言うなんて大丈夫か?
「急になんだよ。」
「この前ハムレット読んだから。」
「あーシェイクスピアのやつだよな?」
「そうそう、簡単に言ったら『生きるべきか死ぬべきか』って事だけど、これ、お前はどっち派?」
言われ、少し考える。
確かこれ困難に対して生きて耐え抜くか死ぬ気でチャレンジするかみたいな話だったはず…………。
「場合にもよるけど死ぬ方かな」
「へぇ、なんでそっちを選んだんだ?」
「耐え切った先の自分を信用してないからだな。そんなことよりも現状の最善手を考えてチャレンジした方がよっぽど生産的だ。」
「ふーん。まぁ確かに信用無いよな。この前なんて課題あるのに一生歴戦マム・○ロト狩ってて結局課題やってなかったもんな。」
「あれだけやるやる言っててそれだからな。そりゃ信用無くなるわって話。で、なんでこんな話を急に?」
「その前に一つ言っとくと俺は生きる方なんだよな」
「ダウト」
結局野口も課題やってないから一緒に怒られてたから根拠もなにも無い。
「そこに突っ込むなよ、話進まないだろ。はぁ……戻すぞ。お前も知ってると思うけどこのカレー不味いの。知ってて頼んだんだけど凄い不味いの。カレーって粉末状物を詰め込めばいいんでしょ?って感じの味なんだよ。」
野口がスプーンでカレーを指しながら仇を見るような目で言った。
知ってるのになんでそれ頼んだんだよ。
「正直言ってもう箸が進まないんだわ。いや、スプーンなんだけどさ。それでな?俺は考えたわけだ。残すのか、頑張って食べるのか」
「うん」
「幸か不幸か俺もお前もこの後暇なわけだし時間は余っているんだ。気持ち的には残したいけどそれも勿体ないし、俺は生きる方って言ったろ?のんびりしてたらこの問題解決しないかなぁとか思ったわけよ。そこでお前の意見をだな──」
「無理だろ」
「──あ、やっぱり?」
どう解決すんだよ。見込みゼロだろそれ。
食堂閉まるまで一人でのんびり食ってな!
「うん。てことで俺は帰るわ。一人で頑張ってくれ」
「え?おいっ!嘘だろ!?廻帰!暇な筈だろ!?」
子犬の様なつぶらな瞳を作り縋ってくる野口。男がやっても可愛くない。寧ろイラッとするな。うん、帰ろう。わが家へ。
手を払い除けて出来る限り爽やかな笑顔を作る。
「じゃあの」
「冗談だろ!?おい!廻帰ィィィィィィィィ!!!!」
友人の叫び声をバックに阿呆だなぁと思いながら帰路に着いた。
二日後———————————。
どうしてこんな所に居るんだろうか。
気付けば扉も窓もない真っ白い空間に寝ていた。
何故か懐かしく感じるからかパニックにならず、自分でも驚くほど冷静でいられている。
最後に思い出せる記憶は野口を置いてった埋め合わせという体で遊んでた筈だ。
「目が覚めましたか」
「うわっ美人さんだ」
さっきまで誰もいなかった筈だけど目の前に美女が現れた。
それも現実ではお目にかかったことが無いレベルだ。スタイルはモデル並み。ただまぁ、出るべきところもあんまり出てないけど…。髪も見たことないくらいきれいなブロンドヘアーだ。今はその作り物地味た顔を凛とさせ、こちらを見下ろしている。
「ありがとうございます。近衛廻帰さん」
眉一つ動かすこと無くお礼を言ってきた。さては嬉しいと微塵も思ってないな?
そして当たり前の様に俺の名前呼んでるし。誰だよ。
「まだ混乱しているようですね。まぁあんな事が起きればそれも当然でしょう。」
「えっあんな事?」
「それはおいおい話しましょう。……さて、遅くなってしまいましたが近衛廻帰さん初めまして。私はフレイヤ、女神フレイヤという者です。」
何となく想像はしていた。ここは明らかに現実にあるような空間じゃないし、小説等でよく見る流れだからな。
それにしても女神様とは───俺、失礼なことしてないよな?
これも全て女神様というのが本当だったらの話だが…………まぁ判断は話をしてみてからだな。
「これはこれは御丁寧に、私は近衛廻帰という者です。普段大学生をやっております。このような凡夫な一般人にお声を掛けて頂き誠にありがとうございます。」
「声を掛けたのはこちらの事情なので気にしなくていいですよ。さて、自己紹介はここまでにして廻帰さんの疑問にお答えしていきましょうか。」
自称女神なフレイヤ様に懇切丁寧に返事をすると、営業スマイルと分かる笑顔で言葉を返してきた。
さて、何から質問しようか。正直質問したい事が多すぎて何から質問していいかわからないが、とりあえず――――5W1Hかな。うん、大事。
「ここはどこですか?」
「そうですね……観測所と言ったところですかね。」
何の観測所だよ。説明が雑だ。
「ふふっ 何言ってんだって顔してますね。魂、人間、星、世界……まぁこんなところですかね、観測しているものは。ちなみに人間は死んでも、ましてや生きたままここに来ることは出来ません。例外はありますが。」
何故かは分らないが俺がその例外ということだろうな。
「なぜ、私がこの場所に?例外という事ですが、私は一般人もいいところですよ?」
これと言った特技も趣味も人生経験もない。のうのうと生きているだけの存在と言っても過言ではないと自負している。そんな俺を捕まえて例外と言う……何故なんだろうな。
「この質問は後にお答えしましょう。物事には順序というものがあります。」
……ここが俺がこんな状況になっている核心部分だしな。女神様が言うように順序通り聞いていこうか。
「そうですね、確かに順序は大事です。なら——いつ私はこの観測所に?」
「それはこちらを見てください。」
そう言って女神フレイヤは右手からウィンドウを出し、ウィンドウは俺の前まで勝手に移動した。どうやら写真のようだ。
それに写っていたのは見覚えのある商店街と腐れ縁の友達である田口君、そして俺だった。
「それでは、再生しますのでよく見ていてください。」
動画だった……。
ちょっと恥ずかしくなっていると動画が再生され始めた。
ーーーーーーーーーー
映像は俯瞰で俺の記憶が途切れた場面から、すなわち田口君と遊びに行った帰りからだった。
『いやぁ、今日はゴチになりました。』
田口君がいつもの人懐っこい笑顔を俺に向けて言っている。
『俺が今度はおごってもらいからな?』
『なるべく安いもので頼む。メックとかな。』
『しょうがない、手加減してやるよ。』
『助か——『きゃぁぁぁぁぁ通り魔よぉぉ!!!』——る?』
前方から女の甲高い声が聞こえた。その声に画面越しの俺達は思わず足を止めた。
人が多くて見えないがどうやら通り魔がいるらしい。
『人が刺されたァ!』
この一言で辺りはパニックに変わる。叫び声が至る所から聞え、通り魔から離れようと多くの人が我先にと引き返して来ていた。俯瞰で見るとまるで雪崩のようだ。突っ立っていた俺達に人が押し寄せて来ていた。
『わっ!ちょっ!?』
俺達は揉みくちゃにされ、その場から動けないでいた。
暫くそうしているとと雪崩は収まった。田口は流されたようでここに映ってはいない。
当然、雪崩が収まったという事はそこが最前線だ。気付くと通り魔に刺された人とその連れ、そして通り魔が正面にいた。
『ボブ!ボブしっかりして!!』
通り魔の後ろで刺された黒人の肩を白人の女性が揺さぶっていた。
通り魔はその様子を一目見て、視線を俺に移した。目が合った。蛇に睨まれたカエルのように動けなくなっている。
逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!
「逃げろ!!!!」
思わずそう声に出してしまうほど念じても画面の中の俺は動いてくれない。寧ろ変に力を入れてしまったのかその場にへたりこんだ。
そんな俺の様子を見て、通り魔はニタァと気味の悪い笑みを浮かべた。
その気持ち悪さと殺気にゾクリとする。
あぁ、終わったな…………。思わず目を瞑る。
『グサリ』と静かな部屋に響いた。
俺が、俺の目の前で刺されたのだ。
『~~ッ!?~~~ッ!?!?アッ~~~~グゥッ!』
俺の声にならない叫び声が聞こえる。手で顔を覆い、指の隙間から恐る恐る映像を見た。
画面上の俺は血の滴る右目を抑え悶えていた。そこに追い打ちをかけるように通り魔が俺にナイフを突き刺した。
なにか恨みでもあるかのように何度も何度も深く。
まるで無邪気な子供が玩具を壊す軽快さで。笑顔をまま。
「『あ…………』」
微動だにしなくなって自分を、俺は呆然と眺めることしかできなかった。
ーーーーーーーーーー
「お"ぇ"ぇ"ぇ"」
「少々刺激が強かったですか」
ウィンドウが閉じられた瞬間、猛烈な吐き気が襲い四つん這いになった。
5分……いや、10分かそれ以上、そのまま時がすぎて行く。
まだ気持ち悪いけどだいぶ良くなった気がする。
「こ、これは………」
「はい、先程あんなことと言った事の内容になります。ここに来るまでの貴方の記憶です。」
「俺は…………私は死んでいた。なら今ここにいる私は……」
「貴方は生きています。」
「どう見ても死んでたでしょ」
素人の俺から見ても分かる。あれは即死だ。何度も何度も刺されていた。
「生きていますよ。私がこの部屋にお呼びしたので」
どういう事だ?
現状もだが現実ではありえない事が起こりすぎて訳が分からん。
「お教えいたしますね。魂という物は器から離れればある場所に向かいます。そこは廻帰さんも例外ではありません。しかし、向かう途中私がお呼びしたという話です。」
死後のその考え方はよくあったから理解は出来る。
でも、やっぱり死んでるよな。魂でちゃってるし。
「器──体の方も絶命する前に回収したので今私の元で再生中です。なので、一応生きていますよ」
「な、なるほど」
ただ、なんの為にってのは気になるところだけどな。
「それで、何故私を生かしたんですか?」
この質問に女神フレイヤは僅かに逡巡した様子を見せたが俺と目が合い咳払いを一つすると、
「き、気まぐれと偶然です。そうです、気まぐれです。い、命を救いたいと思っていた所に廻帰さんが死にそうになっていたので、そう、気まぐれとたまたまです。」
との事。
この女神はこの世の中に毎日、毎時、毎分、毎秒、死んでいく人がいると思っているんだろうか。言い方は悪いが救える命なんて物は山ほどある。その中で俺が選ばれる確率なんて天文学的数値だろう。
俺をスナイプしていたとしか考えられないレベルだ。何故かは知らないが。
まぁその女神の気まぐれと偶然とやらに救われた事は事実らしいので今は考えないようにしよう。
「気まぐれですか。では私はこれからどうすればいいんでしょうか?現実に戻して頂けるとありがたいのですが。」
「残念ですが元いた場所に戻すことは私にも不可能です。神も万能ではないって事ですね。」
腰に手を当て胸を張って言った。
威張ることじゃない。
「なら、私はどうすれば……」
ずっとここにいろって事なんですかね。
「異世界に行ってもらおうかと思っています。」
「異世界ですか…………」
「はい。剣も魔法もありますよ。」
平和に生きてきた俺に戦えと?チート貰っても無理なんだが??
「そうですか、生きるの大変そうですよね。」
「だと思います。ですので体が治るまでお勉強をいたしましょう。」
「なんのですか?」
「異世界の事や、魔法の事等です。言わばチュートリアルですね。」
成程、それは有難い。途方に暮れる心配が減るというものだ。
「早速始めましょう。」
それから異世界についての勉強が始まった。長い時間だと思うが朝夜の概念が無いのかそこまで経った気がしない。聞けば数ヶ月は経っているらしい。
現在魂の俺は勉強した事をスポンジが水を吸うように吸収するらしい。地球では覚えが悪かったので勉強と聞いて不安だったがこれにより解決した。
女神フレイヤによると、異世界には名前があって〝ペーシン"というらしい。この女神のネーミングセンスは微妙だと思う。
このぺーシンという世界は地球の中世ぐらいの文化レベルになっている。
場所によっては発達しているところもあるらしい。
ペーシンは様々な種族がいて、人語、エルフ語と言ったように種族ごとに言語が統一されているとの事だ。これが一番大変だったが頑張って覚えた。今じゃ憧れのバイリンガルだ。
ペーシンは現在、東西南北の四つの島になっている。昔は東西に分かれているだけだったが悪神の叫喚と呼ばれる出来事があり南北に分かれたらしい。島それぞれに特徴があり、
東の島は四つの島の中で一番面積が小さく、主にエルフが住んでいる。通貨はリン。1リン=銅貨2枚
西の島は普段、中央大陸と呼ばれている。主に人間が住んでいるが色々な種族が国を創っている。面積は一番大きい。
南の島には魔族が住んでいて魔王がルーベ魔帝国が治めている。通貨は中央大陸と同じ。
北の島には主に巨人が住んでいる。常に雪が降っているような極寒の地。
通貨はスノ。1スノ=銅貨5枚
と、いうようになっているらしい。
東西南北で通貨も違っているが中央大陸の銅貨100枚=銀貨10枚=金貨1枚が基準になっている。
ぺーシンについて学んだことはこのくらいだ。
終始女神が「私が創った」と自慢げにしていたので可愛かった。
次に学んだことは魔法だった。詳しいことは教えてもらえず、雑談ついでといった感じだった。それによると魔法には属性があり、適性がないと使えないとのこと。魔法を使えると思って楽しみにしていたのでとても残念だ。
「さて、チュートリアルとしては教えることはこれくらいでしょう。丁度いいタイミングで体も治りましたし、そろそろぺーシンに旅立ってもらいます。」
いよいよ異世界デビューの時が来たようだ。元居た世界に未練がないわけじゃないがまだ見ぬ世界と聞いて心が躍っているのも事実———そういえば地球の俺って死んだことになってんのか?
「フレイヤ様」
「なんでしょう」
「地球の俺って死んだことになっているんですか?」
女神フレイヤはその質問を聞いて少し俯いた。
「どうしました?」
「……いえ、大丈夫です。」
何が大丈夫なんだろう。
女神フレイヤは申し訳なさそうにこちらを見た。
「廻帰さん……貴方はあの世界ではいなかったことになっています。」
彼女が申し訳なさそうにしてたから何となく予想していた。急に人が消えたんだまさに神隠しだし、不都合もあったんだろう。
「そうですか」
「それだけ……ですか?」
「えぇ、あの世界の知り合いは俺がいなくてもやっていけるような奴ばかりですし、思い出は俺が覚えています。それに————」
「それに?」
「いえ、なんでもないです。とにかく!問題はありませんよ。」
「……そう言ってもらって助かります。お詫びと言っては何ですが一つだけ願い事を叶えます。チートなどは差し上げれませんが些細な事なら」
願い事か……。
「バイク……。」
「え?」
「バイクを下さい。地球で私が乗っていた H1F型500ss マッハ3 というバイクです。」
馬力抑制前のH1F型で2ストだしで音がとても好きだった愛車だ。
「あ、出来ればガソリンが減らないようにお願いします。」
「うーん………」
相当悩んでるな。
文化レベルが中世だもんな。エンジン技術は早すぎるか。
「いいでしょう。ただし廻帰さんしか乗れないようにします。それと盗難防止ように廻帰さんに収納できるようにして、要望通りガソリンが減らないようにします。タイヤも少し改良させておきます。」
そうか、コンクリートじゃないからネイキッドだと乗りにくい。しかも2ストだ。
「ありがとうございます。」
「ふふ、どういたしまして。では転移させますので目を瞑って下さい。」
「お願いします。」
言われた通り目を瞑ると下の方から強い光が射し込んできた。
自分を覆うように何か暖かいものに包まれる。
「おぉ?」
下から微風が吹いてきた。
しだいに強風になっていき、息がしにくくなってきた。
「あっうあっうあえ”う”おうあ(風強くないですか?)」
「———、—————。」
何か言っていることはわかるが風の音で何言ってるか分らない。
「では、よい人生を。」
その一言ははっきりと聞こえ、瞼越しにもはっきりとわかる強い光と共に意識が遠のいていった。
・フレイヤ・
行ったわね。
最後の顔は面白かった。目を瞑らせて正解だった。でなければ爆笑した私を見せてしまうところだったから。
———さて、これからどうなるでしょうね。
彼のこれからに思いを馳せて思わず笑みが浮かぶ。
楽しんでくれれば嬉しいけど、前途多難になりそうよね。
けれど私は願いを込めて、
―――輝かしい毎日になりますように―――
そう呟いた。
この項目では【魔力】について記す。
とは言っても【魔力】自体シンプルなものなので書き記すことは少ない。
万物には多かれ少なかれ【魔力】が宿っている。
身体の【魔力槽】と呼ばれる場所にて生成される。
この【魔力】と呼ばれるものは普段は見えず、非常に高密度になっている【魔力】しか見えない。
例外として特殊な目を持った者か精霊、妖精と呼ばれる存在は視認することができるようだ。
かくいう私の友人にその目を持っている者がいるのだが、その者曰く、体の中で血管のように張り巡らされている。これは【魔力回路】と呼ばれるところを流れていることによるものだ。そして、無意識に【魔力回路】を循環している【魔力】が体から漏れ、オーラのように見える。
【魔力】には色があり、人によって色が違う。
とのことだった。
ここでは詳しく触れないが、【魔力】は身近にありシンプルなものだがその実、【魔法】や【魔術】、【生物を構成する物】として非常に大きな役割を担っている。
著 ティナ・テレーゼ