02話 私の名前は・・・。
「い、いらっしゃいませぇ!」
我ながら良い声が出たと思った。少しの緊張はあったが、お忍びで近くの村を回ってリサーチしたのだ。間違いがある筈が無い。
大人しめのグリーンのワンピースにエプロン。ちょっとした個性をと思い、エプロンには髑髏の刺繍を入れてもらった。魔王の本体で来ると溢れ出る魔力で感づかれる為、常人程度の魔力量で複製体をこしらえた。元々の金髪でも目立つため、栗色に髪色を変えた。これで完璧、何処から見ても普通の街娘だ。
「お嬢、そんなにいきり立たんでも大丈夫ですよ。声、裏返ってます」
執事のレザンだ。こいつは何時でも一言多いのだ。酒場のマスターとしてふんぞり返っている事にカチンと来たが、取りあえず接客を試みる。
「こちらは宿屋兼酒場となっています。お食事も出来ますよ!」
ちらりと客の風体を確認する。まずは戦士風の青年。顔はまずまず整っている…が、表情が暗い。いや、気だるげ、と言った処か。武具には詳しくないが、明らかに貧弱な装備だ。
「んあ?取りあえずエールと食事、人数分。おススメでも何でも良いや。安めのヤツを持ってきて」
言うなりテーブルに突っ伏して動かなくなった。数秒後、寝息が聞こえてきた。反応に困って周囲を見回してしまった。
「あぁ、こいつはヒナタ。いつも気だるげ、やる気なし。まあ気にしないで。アホだから」
金髪に赤いメッシュを入れた、一見してチャラそうなヤツが声をかけてきた。まあまあイケメンと言って差し支えないだろうが、手振り身振りしながら話している姿は、ちょっと滑稽でバカっぽい。蒼いローブとその下に見える鎖帷子を見るに、実践的な魔法使いと言った処か。緊張感の無さに騙されない方が良いかもしれない。
「そんなことより、こんな魔王のお膝元で、君みたいな綺麗な娘に会えるとは思わなかった。僕の名前はキョクセン。よければ君の名前を教えてくれないか?」
「いつでも発情するのはやめろキョクセン。ワシまで居辛くなる。そしてヒナタ、寝るな!久しぶりのまともな食事だぞ!?ケチらず豪勢に行こうじゃないか!魔王討伐の前祝じゃ!」
平均より背の低い私からすれば、見上げるような巨躯の格闘家が大きな声でナンパを遮って来た。食事前と言うことか、両手に嵌めた大きな籠手を器用に外している。少し可愛らしく見えなくも無い。
僅かな間を置いて、寝ていた筈のヒナタが薄目を開けて返事をした。一応話は聞いていたらしい。
「あ~~~デンシュ、それ無理。この前の村でも借金を返したから。月末のギリギリ生活ってやつよ。借金持ちは辛いぜぇ」
「バカ!お前!また皆のお金で借金返したのか!?自分の取分だけで返せばよかろう!」
「ばーか、ばーか、馬鹿ヒナタァ!」
「そんなはした金、利子で飛んじまうだろ!?」
ペチペチペチ!と騒ぐ三人の額を叩く者が居た。三人とも姿勢をしゃんとして静かになった。
「食事の席では騒ぎません!人に馬鹿と言いません!人のお金で借金を払いません!お返事は?」
「「「スイセンさん、スイまセ~ン」」」
再び額を叩かれ、三人揃って頭を垂れた。このパーティの真の実力者は彼女だと言うことか。
長旅だったのか、法衣は草臥れているが、真っ直ぐに伸びた背筋と言い、負けず劣らず真っ直ぐに伸びた金髪と言い、威厳を感じられる気がする。
他三名より若干年下に見え、賢そうな眼差しには正直少し、嫉妬してしまった。私と同じくらいの年齢だろうか。私は賢そうに見られた事なんてない。
「お嬢、しっかりオーダー取ってください!時給下げますよ!」
片眼鏡をかけた初老の執事、レザンは偉そうだ。と言うか何時から時給制になったのやら。と言うか私の時給は今、幾ら?
何とかオーダーを取り、キッチンから料理が運ばれてきた。鬼人のシェフ、ボルドーだ。
「猪魔獣のオーガ風香草焼きでございます」
顔に似合わずお洒落に盛り付けられ、ご丁寧にサラダまで付いてきた。
「魔獣って食えるのか?毒は無いよな?」
「オーガって料理するんだな。え?僕達こそ料理にされない?」
「と言うかうんまいぞ、これ!」
「みなさん、失礼ですよ。さぁ、召し上がりましょう」
オーガの、オーガによる、人間の為の食事が口に運ばれるのを見届け、ボルドーは嬉しそうににっこりと微笑んだ。まるで悪辣な罠に落ちた獲物を見る目つきにも見えるが、ボルドーに他意は無いだろう。
人間達の賑やかな食事風景を眺めながら、一仕事済んだと深いため息をついた。慣れない事は楽しいが、疲れるものだ。心地よい疲労感でウトウトとして来た。
あ、寝ちゃう。あ、ヨダレ垂れてきたかも。あ、机が迫ってくる。私の許しも無く勝手に近づくのは生意気だぞ、とぼんやりした頭で考えていた。机に顔を突っ伏してしまう直前、目の前に戦士の青年が立っている事に気づいた。
「わりぃ、起こしちゃったか。」
「本当に悪いな・・・、いえ、寝てなど居ませんでしたよ。どうしました?」
「お会計・・・つーか、所持金で足りるか不安になって」
ばれないように唇の端から流れ出るヨダレを拭いながら、精一杯の愛想笑いを振く事に成功した。
無事にお会計を済まし、足りた足りたと子供のように喜ぶヒナタを眺めながら、この仕事をやって良かったな、とボンヤリ考えた。
「魔王城攻略、時間かかりそうなんで暫く厄介になるわ。よろしくな、ウェイトレスさん!」
ウェイトレスさん・・・。なんか疎外感を感じてしまった。自尊心が邪魔をしてくるが、振り切ってこう答えた。
「私の名前はヒマリ。宜しくね!」
愛想笑いでは無く、今日一番の本心からの笑顔で微笑んだ。