17話 戦いが終わって・・・
窓の外は雨が降っていた。
ガラスに打ち付ける雨の量はそう多くは無い。
憂鬱な気持ちにさせているのは、きっと違う原因だろう。
とりあえず朝食を食べようかと、身支度をすることにした。
皮鎧を引っ張り出すと、穴だらけで、甲冑を結び付けている紐もあちこち千切れていた。
「あぁ~、これは買い換えないと不味いかなぁ。借金、ちょっと待ってくれないかなぁ」
弱気になって一人ごちた。
荷物を漁って、駆け出しの頃に買ったジャケットを、引っ張り出して着てみる。着慣れない生地は若干ゴワゴワしている様に感じて、落ち着かない気分になった。それは体が成長して、丈が少々足りないせいかも知れない。
「ヒナタ、起きてる?」ノックもせずに扉を開け、ヒマリが顔を覗かせる。「それじゃあ顔色良いか悪いか分かんないね」と微笑んだ。
部屋に備え付けの鏡を覗き込むと、昨日と変わらず、肌は緑色に染まっていた。俺はまだ見た目も気にするお年頃なので、軽くため息をついた。
「大丈夫。問題ない」
「そお?具合悪くなければ良いんだけど」
ヒマリは部屋に入ってきて、俺の手を軽く引っ張った。
「お客さんだよ?それから、ちゃんと朝ご飯食べてね」
「俺に客?心当たり無いけど・・・」
「ほら、昨日のアレだよ。昨日より派手になっちゃって、凄いんだから」
何となく合点がいった。たぶん憂鬱な気分の原因は、アイツだろう。
刀を手に取って見たが、平服では吊る場所が無いので、そのまま手で持って階段を下りる事にした。
「やあやあこれはヒナタ様。お早い御起床で」
「嫌味はいい。何しに来たんだ」
「何しに、とは切ない事を仰られますな。私はヒナタ様の第一の配下でありますのに」
キシシシと美しい顔を笑顔の形に歪めた。
魔界公爵を名乗るエタンは昨晩、俺達を散々追い詰めた上、何故か俺の軍門に下るとか言い出したのだ。軍門も何も、俺は一介の冒険者でしかないので、正気とは思えない。
「だいたい、お前の方が強いじゃないか」
「今は、ですな。未来においては私など及びもつかない強さを身に付けるでしょう」
再びキシシシと笑う。背後ではアレクシス達が殺気立った目で監視していた。俺、こんな所で朝飯食べないといけないのかね。
「だいたい、お前の格好は何だ?」
「ヒナタ様が魔王への道を踏み出した目出度い日となれば、私も正装せねばなりますまい?」
シルクハットとモーニング。それ自体はおかしな物ではないが、配色がありえなかった。赤と白のストライプなのだ。なんだか目出度い気分がしないでもないが、宿屋備え付けの酒場で、この格好は常軌を逸している。
「魔王を倒しに来たのであって、魔王になりたい訳じゃないんだけど」
「魔王を倒す為のチカラを欲すのであれば、そのチカラへと導きましょう」
まだ注文して無かったが、ヒマリが朝食を運んできた。
「悪魔と並んでると、ヒナタがゴブリン辺りに見えてくるわね」
「確かに・・・。ヒナタ様は本当に人間ですかね?」
「俺の肌色をいじるな。ずっと緑な訳じゃない」
くすくす笑うヒマリとエタンを見ていると、何かどうでも良くなった。憮然として朝食のサンドイッチに齧り付く。
「ねぇヒナタ。昨日のアレで、鎧ダメになっちゃったでしょ?」
「ああ。これから鎧無しで戦うのは辛いなぁ。一撃食らえば即死コースだ」
「もともと防御力も期待出来ない鎧だったのに」
「気持ちの問題だよ。何か落ち着かないんだ」
ヒマリは「じゃあさ・・・」とふた呼吸ほど置いて、「街までお買い物に行かない?」
「買い物って、鎧を、か?」
「そう。ヒナタは鎧。私も店で使う物とかあるからさ」
ヒマリが早口で捲くし立てる。ここはやはり、冒険に投資するべきか。死んだら何にもならない。
「私達も同行しても良いですか?」
「ふむ。ワシ等も新しい装備に興味があるのう。戦いも激しくなるだろうし」
「僕も新しい服とか欲しいからさ。一緒に行くよ」
スイセン、デンシュ、キョクセンが声をかけて来た。賑やかなのは楽しいし、良いんじゃないかと返事した。
ヒマリの頬が膨れて目が釣りあがっている気がするが、まあ気のせいだろう。
「キシシシシ・・・。私も装備には一家言ある方でしねぇ。お供いたしますよ」
「なっ・・・!」
エタンまで同行すると言い出した。
ヒマリが絶句して、さらに目尻が釣り上がるのが見える。うーむ、何だか剣呑な雰囲気だ。余り触れない方が良いと思ったので、アレクシス達に声をかけた。
「お前らはどうする?」
「私達は先日街から来たばかりだ。遠慮しよう」それに、と顔を近づけて来る。「私は貴様と仲良くするつもりは無い。悪の道に傾倒すれば、その場で切り捨てる!」
うむ、こちらも剣呑な様だ。何時の間にこの宿はここまで針の筵になってしまったのだろうか。
一旦部屋に戻り、外出用の身支度をして再度集合する事になった。俺は財布以外に用意する物は無いので、先に玄関の外に出て待つ事にした。
「うわぁ、酷ぇなぁ。地面ボコボコじゃないか」
「ほんっとーにね!昨晩からレザンが激怒してるわよ」
扉から出てきたヒマリが、クスクス笑いながら隣に並ぶ。この子は本当に良く笑う娘だなと思う。
「どお?」
俺の前でクルっと一回転した。どう返せば良いか知っている。其処まで俺は朴念仁では無い。
「女性の装飾については良く分からないが・・・。とても似合っていると思う」
嬉しそうにはにかむのを見て、今日は良い日になればいいな、と心から思った。




