16話 そして悪魔と絶望は闇に踊る
背後が俄かに活気立った。振り返る余裕は無いが、武器を打ち合う音や魔法が炸裂する音に混じって、仲間たちの声が聞こえてくる。不思議とそれだけで体が軽くなる気がした。
気になったのは「ヒナタがどうにかする・・・」と言う台詞が聞こえてきた所か。仲間は俺を信じてくれている様だ。
「正直、な~んも手は思いつかないけどなぁ。アレクさんとやら、そっちは何か策は無いのか?」
「そんな物、あったらとっくにやっている!」
「このままではジリ貧だな。撤退すれば宿屋が襲われるだろうし」
「この大群をどうにかした所で、次は公爵級の上級悪魔を相手せねばならない。貴様の勇者のチカラはどうなっている!こんな時こそ使うべきだろう!」
勇者のチカラ。そんなモノもあったな。
今の消耗しきった状態で開放すると、どこまで被害が出るか分からない。
術者である俺も無事で済まないかも知れない。仲間は?宿屋は?無事で済むのか?
この混戦の中、悪魔だけピンポイントで攻撃出来る訳が無い。チカラを開放して身動きが出来ない所を、討ち漏らした悪魔共に襲われるだろう。
俺は想像しただけで恐怖で手が震える気がした。そう、俺は臆病風に吹かれているのだ。何が怖いか自分でも分からない。とにかく、これから起こる事全てに恐怖していた。
「大丈夫だよ!ヒナタ!」
「私達の全てのチカラを今、貴方に捧げます!」
ヒマリのスイセンの声がすぐ傍で聞こえた。この混戦の中を掻い潜ってきたのだろう。
俺の背中に二人の掌が触れるのが分かった。
回復魔法が発動し、そしてそれは暖かく俺の体を伝って、全身の細胞が目を覚ました様に活性化して行った。
「今はこれだけしか出来ませんが・・・」
「アイツ等をぶっ飛ばしてやって!」
倒れ込むスイセンをヒマリが支え、そのまま後退して視界から消えた。
正直、俺が少し回復しただけで戦況がどうなる訳でも無いが、俺に勝機を見出して託してくれた仲間達の期待に応えたい。
「うおぉぉぉ!」俺は弱気の虫を追い出す為に、一際大きく吼えながら眼前の敵を両断した。
「やってやる!やってやるよ!俺のチカラ、見せてやるよ!」
「よし、ぶちかませ!」とデンシュ。
「本気になるのが遅いよ!」とキョクセン。
両手を前に突き出し、チカラを開放する。空間が荒れ狂い、轟音を立てて歪んで行く。
凶暴な力の塊は俺から制御を捥ぎ取ろうと暴れ、巨大化して、黒い大蛇の様にのたうち回った。
「おぉぉぉぉ!言う事を聞けぇぇぇぇ!!!」
アレクシスが、パメラが、マティアスが、ジュリアが、そして魔公爵エタンが、目を見開いて注目しているのを感じた。ある者は敵意を。ある者は驚愕を。ある者は唖然とした表情を浮かべている。
「キシシシ・・・。これは思いがけず、面白いモノが見れました」
「その張り付いた笑顔を消し飛ばしてやる!」
「怖い怖い。私は只の傍観者を決め込む事にしますよ」
エタンはふわりを浮き上がり、上空の闇と同化して消えてしまった。自分の制御の拙さを呪ったが、敵は奴だけでは無い。気を取り直して眼前の悪魔共に集中した。
仲間が善戦してくれたとは言え、まだ五十体程は残っているだろう。
下級悪魔は一体でも脅威的だ。ベテランの冒険者でも手を焼き、パーティが全滅する事も珍しくない。それを此処まで倒し続けるとは、自分の仲間達やアレクシス一行の技量に改めて驚いた。
「貴様、それが貴様の『勇者のチカラ』とでも言うつもりか!そのチカラはまるで・・・」
「話は後だ!俺の腕ごと捥ぎ取られそうなんだ!」
狂ったように暴れる蛇が、悪魔共を舐めるように薙ぎ払った。暗黒に吸い込まれた様に、その後には死体も残っていなかった。地面ごと抉り取られて、宿の前庭は地形すら変わって行く。後で損害賠償とか言われないよう、心中で祈った。
粗方の悪魔を消し去り、暗黒の蛇は満足した様だ。まるで自分に吸い込まれるかの如く、バチンと大きな音を立てて消えてしまった。
もう俺には立ち続けるだけのチカラも残されていなかった。近づいてくる地面をスローモーションの様に眺めながらぼんやりと、仲間達を巻き込まなかった幸運に感謝していた。
「今の内だ!残りの悪魔を掃討するぞ!」
アレクシスが扇動し、他の冒険者達がそれに続く。残りは十体も無い。そう時間もかからずに掃討し終えるだろう。
安堵して倒れた俺に、ヒマリとスイセンが泣いてる様な、そして笑っている様な顔で縋りついて来る。
心配かけたな、と声をかけたいが、すべてのチカラを吐き出した俺の体は指一つ動かなかった。
「しかし、ヒナタのチカラとは・・・。しかしこれは・・・」
「どうかしたのか?」
「伝説に聞く、勇者のチカラには違いないのだが・・・」
「キシシシシ・・・。その後は私から説明しましょう」
いつの間にか背後に魔公爵エタンが立っていた。
「貴様!」アレクシスが横薙ぎに剣を払ったが、霞の様にすり抜けた。
「あぁ、怖い怖い。只の剣技では私には届きませんよ」
美しい顔を笑顔のように歪めながら、エタンは話を進めた。
「それでヒナタ様、このチカラで魔物や人間を取り込んだ事は御有りですか?」
「人間は無い。魔物相手なら使った事もあるが、数回程度だ」
「それはそれは勿体無い。このチカラの使い方を知らぬのなら、まあそれも仕様が無いでしょうが」
エタンは両腕を広げ、まるで舞台役者のように仰々しく高らかに宣言した。
「そのチカラは、かつての伝説の勇者アダンが保持していたと言われる『変革する者』です!」
「なんか、その勇者らしからぬチカラの名前だな」
「さてさてヒナタ様。勇者とは、魔王とは何なのでしょうね」
「悪い事をするのが魔王、それを倒すのが勇者、じゃないのか?」
チッチッチ、とエタンは指を振る。
「強大な魔力で人に恐れられる魔王。それを倒し、魔王と同等のチカラを持つ勇者。塵芥のような人間からすれば、どれほどの違いがあるのでしょう」
「それは・・・」
「人に害をなせば魔王、人に寄り添えば勇者。チカラ自体に善悪はありません。陳腐化する程繰り返された議論です」
「だったら勇者のチカラと呼ばれるモノは、魔王にも通ずると言うのか?」
「かつての勇者アダンは七つのチカラを持って、世界中に巣くう魔王を討伐した。しかし次に、人間の恐怖は彼に向けられました。まあ当然ですな」
俺はどうにか上体を起こして座り込んだ。
エタンは上機嫌に手振り身振り話している。何が嬉しいのか知らないが、暴力の気配はもう感じなかった。
「敵の居ない勇者アダンが堕落するのには、さして時間もかからなかった。そして堕落させる原因は、彼が持つある能力が原因だったのです!」
エタンは俺を指差し、こう告げた。
「魔物を取り込み、取り込んだ魔物のチカラを己のチカラに変える『変革』の能力!それが『変革する者』なのです!!」
「やはりそうか・・・。ヒナタ、お前のチカラはいずれ悪に染まる。魔王アダンの様に」
魔王アダン。初めて聞く名前だ。勇者から魔王へと堕落したのだろうか。
「世界の頂点に立ち、世界を恐怖させた魔王のチカラを持つ者よ。貴方様こそこの私の主に相応しい。私はヒナタ様の軍門に下りましょう」
恭しく、魔公爵エタンが俺の元に跪いた。
俺は人生が悪い方向に転がりだした気がして頭を抱えたのだった。




