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魔王の宿屋へようこそ!  作者: 風鈴くぅ
宿屋開業編
17/21

16話 そして悪魔と絶望は闇に踊る

 背後が俄かに活気立った。振り返る余裕は無いが、武器を打ち合う音や魔法が炸裂する音に混じって、仲間たちの声が聞こえてくる。不思議とそれだけで体が軽くなる気がした。

 気になったのは「ヒナタがどうにかする・・・」と言う台詞が聞こえてきた所か。仲間は俺を信じてくれている様だ。


「正直、な~んも手は思いつかないけどなぁ。アレクさんとやら、そっちは何か策は無いのか?」

「そんな物、あったらとっくにやっている!」

「このままではジリ貧だな。撤退すれば宿屋が襲われるだろうし」

「この大群をどうにかした所で、次は公爵級の上級悪魔を相手せねばならない。貴様の勇者のチカラはどうなっている!こんな時こそ使うべきだろう!」


 勇者のチカラ。そんなモノもあったな。

 今の消耗しきった状態で開放すると、どこまで被害が出るか分からない。

 術者である俺も無事で済まないかも知れない。仲間は?宿屋は?無事で済むのか?

 この混戦の中、悪魔だけピンポイントで攻撃出来る訳が無い。チカラを開放して身動きが出来ない所を、討ち漏らした悪魔共に襲われるだろう。

 俺は想像しただけで恐怖で手が震える気がした。そう、俺は臆病風に吹かれているのだ。何が怖いか自分でも分からない。とにかく、これから起こる事全てに恐怖していた。


「大丈夫だよ!ヒナタ!」

「私達の全てのチカラを今、貴方に捧げます!」


 ヒマリのスイセンの声がすぐ傍で聞こえた。この混戦の中を掻い潜ってきたのだろう。

 俺の背中に二人の掌が触れるのが分かった。

 回復魔法が発動し、そしてそれは暖かく俺の体を伝って、全身の細胞が目を覚ました様に活性化して行った。


「今はこれだけしか出来ませんが・・・」

「アイツ等をぶっ飛ばしてやって!」


 倒れ込むスイセンをヒマリが支え、そのまま後退して視界から消えた。

 正直、俺が少し回復しただけで戦況がどうなる訳でも無いが、俺に勝機を見出して託してくれた仲間達の期待に応えたい。

「うおぉぉぉ!」俺は弱気の虫を追い出す為に、一際大きく吼えながら眼前の敵を両断した。


「やってやる!やってやるよ!俺のチカラ、見せてやるよ!」

「よし、ぶちかませ!」とデンシュ。

「本気になるのが遅いよ!」とキョクセン。


 両手を前に突き出し、チカラを開放する。空間が荒れ狂い、轟音を立てて歪んで行く。

 凶暴な力の塊は俺から制御を捥ぎ取ろうと暴れ、巨大化して、黒い大蛇の様にのたうち回った。


「おぉぉぉぉ!言う事を聞けぇぇぇぇ!!!」


 アレクシスが、パメラが、マティアスが、ジュリアが、そして魔公爵エタンが、目を見開いて注目しているのを感じた。ある者は敵意を。ある者は驚愕を。ある者は唖然とした表情を浮かべている。


「キシシシ・・・。これは思いがけず、面白いモノが見れました」

「その張り付いた笑顔を消し飛ばしてやる!」

「怖い怖い。私は只の傍観者を決め込む事にしますよ」


 エタンはふわりを浮き上がり、上空の闇と同化して消えてしまった。自分の制御の拙さを呪ったが、敵は奴だけでは無い。気を取り直して眼前の悪魔共に集中した。

 仲間が善戦してくれたとは言え、まだ五十体程は残っているだろう。

 下級悪魔は一体でも脅威的だ。ベテランの冒険者でも手を焼き、パーティが全滅する事も珍しくない。それを此処まで倒し続けるとは、自分の仲間達やアレクシス一行の技量に改めて驚いた。


「貴様、それが貴様の『勇者のチカラ』とでも言うつもりか!そのチカラはまるで・・・」

「話は後だ!俺の腕ごと捥ぎ取られそうなんだ!」


 狂ったように暴れる蛇が、悪魔共を舐めるように薙ぎ払った。暗黒に吸い込まれた様に、その後には死体も残っていなかった。地面ごと抉り取られて、宿の前庭は地形すら変わって行く。後で損害賠償とか言われないよう、心中で祈った。


 粗方の悪魔を消し去り、暗黒の蛇は満足した様だ。まるで自分に吸い込まれるかの如く、バチンと大きな音を立てて消えてしまった。

 もう俺には立ち続けるだけのチカラも残されていなかった。近づいてくる地面をスローモーションの様に眺めながらぼんやりと、仲間達を巻き込まなかった幸運に感謝していた。


「今の内だ!残りの悪魔を掃討するぞ!」


 アレクシスが扇動し、他の冒険者達がそれに続く。残りは十体も無い。そう時間もかからずに掃討し終えるだろう。

 安堵して倒れた俺に、ヒマリとスイセンが泣いてる様な、そして笑っている様な顔で縋りついて来る。

 心配かけたな、と声をかけたいが、すべてのチカラを吐き出した俺の体は指一つ動かなかった。


「しかし、ヒナタのチカラとは・・・。しかし()()は・・・」

「どうかしたのか?」

「伝説に聞く、勇者のチカラには違いないのだが・・・」

「キシシシシ・・・。その後は私から説明しましょう」


 いつの間にか背後に魔公爵エタンが立っていた。


「貴様!」アレクシスが横薙ぎに剣を払ったが、霞の様にすり抜けた。

「あぁ、怖い怖い。只の剣技では私には届きませんよ」


 美しい顔を笑顔のように歪めながら、エタンは話を進めた。


「それでヒナタ様、このチカラで魔物や人間を取り込んだ事は御有りですか?」

「人間は無い。魔物相手なら使った事もあるが、数回程度だ」

「それはそれは勿体無い。このチカラの使い方を知らぬのなら、まあそれも仕様が無いでしょうが」


 エタンは両腕を広げ、まるで舞台役者のように仰々しく高らかに宣言した。


「そのチカラは、かつての伝説の勇者アダンが保持していたと言われる『変革する者(グルマンディーズ)』です!」

「なんか、その勇者らしからぬチカラの名前だな」

「さてさてヒナタ様。勇者とは、魔王とは何なのでしょうね」

「悪い事をするのが魔王、それを倒すのが勇者、じゃないのか?」


 チッチッチ、とエタンは指を振る。


「強大な魔力で人に恐れられる魔王。それを倒し、魔王と同等のチカラを持つ勇者。塵芥のような人間からすれば、どれほどの違いがあるのでしょう」

「それは・・・」

「人に害をなせば魔王、人に寄り添えば勇者。チカラ自体に善悪はありません。陳腐化する程繰り返された議論です」

「だったら勇者のチカラと呼ばれるモノは、魔王にも通ずると言うのか?」

「かつての勇者アダンは七つのチカラを持って、世界中に巣くう魔王を討伐した。しかし次に、人間の恐怖は彼に向けられました。まあ当然ですな」


 俺はどうにか上体を起こして座り込んだ。

 エタンは上機嫌に手振り身振り話している。何が嬉しいのか知らないが、暴力の気配はもう感じなかった。


「敵の居ない勇者アダンが堕落するのには、さして時間もかからなかった。そして堕落させる原因は、彼が持つある能力が原因だったのです!」


 エタンは俺を指差し、こう告げた。


「魔物を取り込み、取り込んだ魔物のチカラを己のチカラに変える『変革』の能力!それが『変革する者(グルマンディーズ)』なのです!!」

「やはりそうか・・・。ヒナタ、お前のチカラはいずれ悪に染まる。魔王アダンの様に」


 魔王アダン。初めて聞く名前だ。勇者から魔王へと堕落したのだろうか。


「世界の頂点に立ち、世界を恐怖させた魔王のチカラを持つ者よ。貴方様こそこの私の主に相応しい。私はヒナタ様の軍門に下りましょう」


 恭しく、魔公爵エタンが俺の元に跪いた。

 俺は人生が悪い方向に転がりだした気がして頭を抱えたのだった。

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