15話 二人の勇者(後編)
「キシシ・・・。これは面白いことになってますねぇ」
細い舌で舌なめずりしながら、美しい声で呻いた。
そいつは黒いエナメルの様な肌、槍のような尾、翼竜の様な羽、災厄とも言える膨大な魔力を持つイキモノだった。
正確には生きているとは言えないかも知れない。魔界と呼ばれる悪魔の世界から召喚によって現れるエネルギー体である。契約を持って受肉し、使役される。
通常は利用された後、魔界に対価とともに返還されるが、契約を満了もしくは召喚者を殺し、自由になるものが存在する。
自由を得た悪魔は、人類を誑かし、殺戮し、堕落させる、Sランクの危険種なのだ。
しかも只の物理攻撃は効かず、すぐに再生してしまう。高レベルの魔法や気孔、神官の結界術が有効と言われている。
「過去に私達、悪魔の天敵だったチカラを感じますねぇ。しかしまだ弱々しい・・・。劣化した能力を受け継いだのか、それとも未熟なのか・・・」
話し終わる前に、悪魔の全身が火に覆われた。高温を示す蒼い炎が、肉を焦がしていく。漂ってくる肉が焼ける匂いに、俺は思わず鼻を押さえた。
「貴様!アレク様を未熟と言うのか!」
「おい馬鹿、よせ!悪魔とは事を構えない方がいい」
「しかしこうなっては、何事もなく帰ってくれるとは思えませんね。倒す事を考えましょう」
ジュリアの火炎魔法が悪魔を焼き続けているが、燃え尽きる気配は無い。マティアスが弾丸を雨のように降らせ、トドメとばかりにパメラが両手持ちの大剣を叩きつける。
「あぁ、温い温い」悪魔がでこピンの様に、指先でパチンとパメラの剣を弾いてしまった。「魔公爵である私が、この程度の攻撃でどうにか出来るとでも?」
悪魔は優雅に二、三度ターンした。一度目で炎は消え、二度目で肌は雪のように白くなり、三度目で羽はマントへと変化した。
「あぁ、この姿の方が落ち着きますねぇ。私の名前はエタン、魔界の公爵です。そしてこの者共が、この世界での配下です」そのまま優雅に一礼する。「短い間ですが、お見知りおきを」
エタンと名乗った悪魔の周りに、次々と黒い塊が降り立った。下卑た笑みを浮かべた、低級の悪魔達だ。その数は百を超えるだろう。
「数を増やした所で、この私が恐怖すると思っているのか。この戦いに絡んできた真意は何だ」
「キシシシ・・・。白い騎士よ。顔色が優れない様ですよ?」可笑しくて溜まらないと言う様に眼を細める。
「目的はもちろん、面白そうだからに決まってます」
「ぬかせ。悪魔を狩るのが初めてだと思うな」
アレクシスが高速で移動し、手前の悪魔を切り捨てた。魔力を込めていたのか、再生出来ずに灰になって行く。
「マティアス、魔弾に弾丸を変更しろ。パメラ、神剣を解き放て。ジュリア、一番大きい魔法をありったけ打ち込め」
「「「了解!!」」」
押し寄せる悪魔の軍団の先頭で、アレクシスとパメラが防衛線を張るタンクの役割だ。その隙間からマティアスが魔弾を打ち込む。回復出来ないダメージを負わされ、次々に灰になって行く。さらにその背後にはジュリアが火炎弾を叩き込む。
見事な連携だった。個々のスキルも高く、士気も高い。
だが多勢に無勢だった。
徐々に前衛は後退し、囲まれていく。魔弾は尽きた様で、通常弾を打ち込むがすぐに回復されてしまう。魔力も尽きたのか、初級魔法に変わり、そしてまったく魔法を打てなくなってしまった。
「おい貴様!何を突っ立っている!剣は振ってこその剣だぞ!勇者なら戦え!」
「分かっているさ、そんな事!サンダーボルト!」
俺のなけなしの魔力で作った雷が、剣を覆っていく。どうにか切り伏せた悪魔が、灰になって風に舞った。
しかし朝から続く激闘で、疲労が溜まった筋肉は上手く言う事を聞かず、すぐに手が上がらなくなった。悪魔共が横を抜け、マティアスとジュリアに襲い掛かるのが見える。俺もアレクシスも舌打ちするが、剣が届くことは無かった。
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「アレク、悪りぃな。先に逝くぜ」
俺は熱を持ちすぎて撃てなくなった銃を下ろした。この状態で打ち続ければ、銃身が歪んで暴発するだろう。長年愛用した銃をこれ以上酷使するのも悪い気がした。
眼前の悪魔が槍の切っ先を向けて、下卑た笑いを漏らしているのが少々悔しい気もしたが、しょうが無い。俺もせめて何時も通り、ニヒルを気取って笑いながら死ぬとしようか、と目を閉じた。
「早計だ。諦めるな!」
すぐ隣でデンシュが低く呟いた。
驚いて目を開けると、殴り飛ばされていく悪魔が見えた。地面に落ちること無く、そのまま灰になって風に消える。
「おいおい、諦めるなって何か策でもあるのか?」
「策なんて無い。そんなのは向いてるヤツが考えれば良いだろう」
「じゃあお前さん、どうするつもりなんだ」
「ヒナタがどうにかするだろう。それまで目の前の敵をぶん殴っとけば良い」
随分、自分とこの勇者を買ってるらしい。なら俺も自分の勇者を信じてみるとするかね。
両手の愛銃は腰のホルスターに戻し、尻に吊るした予備の銃を引き抜いた。口径の大きく、その分反動も大きい。狙いが甘くなるので普段は使っていないヤツだ。
「アレク、ヒナタ。勇者が二人も居るんだ。どうにかしてみろよ」
俺は気孔の代わりに気合を込めて、引き金を引いた。
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「アレク様、御仕え出来て幸せでした。でも最後に役に立てなくてごめんなさい」
眼前に悪魔が迫っていた。悪魔に襲われた女性は、尊厳を汚され、惨たらしく最後を迎えるらしい。
嫌らしく笑う口元に吐き気を覚えながら、せめてもの救いと、アレクシスとの思い出に縋った。
私はもう、アレク様に使えて十二年になる。エルフの私は五十六歳。人間の四倍の遅さで年を取るので、人間に換算すると十四歳だ。
出会った頃は私の方がお姉さんだった。細く頼りないが美しい少年を庇護する事は、何かいけない事をしている様で、どう扱えば良いのか分からなかった。
弟の様に思っていた少年は、何時の間にか私の背を追い越し、腕力で敵わなくなり、ついには街で一番の剣術使いになった。
勇者のチカラに目覚めてからは、騎士の称号を得て、魔獣や魔族を討伐する為に旅に出る事になった。もちろん私は従者に志願した。アレク様がどんなに出世なさっても、私にとっては弟のようなものなのだから。
旅を重ねて共に戦い、寝食を共にしている内に、私の気持ちは仄かな愛情へと変わったと思う。心のどこかで、生涯を共に過ごすパートナーになりたい気持ちが育っていたのだ。
私はエルフ。彼は人間。生きる時間が違い過ぎるのは知っている。ならば、私は役に立ちたいのだ。役に立つことで、彼の人生と共に生きるのだ、と。
でも此処でそれも終わり。今日で終わり。
私の胸に吸い込まれていく様に迫る槍を眺めながらも、不思議と涙は出なかった。
「ライトニング・アロー!!」
強烈な閃光が放たれ、悪魔を飲み込んだ。後続の悪魔を5体も巻き込んで吹き飛ばした。上級の雷魔術だ。
驚いて振り返ると、キョクセンが口から血を流しながら立っていた。魔力量の限界を超えて、生命力を削って魔術を行使しているのだろう。
「そんな簡単に諦めんなって」
「でもこの数!対抗するには魔法が一番だけど!私にはもう・・・!」
「興奮出来るだけの元気があれば十分だよ。諦める命なら、それを削ってでも生き残れ」
キョクセンは笑いながら宣言した。
「そしたらヒナタがどうにかするさ!」
思わずキョトンとしてしまった。
彼は自分の勇者を信じているのだろう。ならば私も、私の勇者を信じないでどうするのか。
「戦略級の火炎魔法を使うわ!あなたの魔法を相乗させて!」
内臓が捻じ切れた様な痛みを訴えてくるが、構うものか。生きていられたのなら後で考えれば良い。私は血の混じった息で呪文を唱えた。
悪魔との戦いはもう少し続きます。明日には投稿できると思いますので、お付き合い頂けると嬉しいです。




