14話 二人の勇者 (中編)
薄闇に包まれた前庭は昼間の熱気が和らいで、肌寒い程だった。
店内から漏れる明かりと、看板を照らす明かりとで、十分戦える程の明るさはある。
俺は集中する為に、数段しか無い階段を努めてゆっくりと下りた。
10メートル程離れた位置にアレクシス、それから脇に3メートル程置いてそのパーティメンバーらが立っている。
「用があるのは勇者のチカラを持つという、お前だけだ。仲間の助太刀は遠慮して貰おう」
「分かった」俺の背後でデンシュ達が歯噛みをしながら睨んでいる。「お主が不正をするようなら介入するぞ」
「当然だ」
アレクシスとそのメンバー達は、戦いを前にしても、少しも動じた気配は無い。
確実に勝てる自信があるのか、戦い慣れているのか。それともその両方か。
アレクシスまで数メートル。俺の間合いからは僅かに遠い場所で歩みを止めた。
先程の踏み込みを見た限りでは、間合いでは俺の方が有利――――全身鎧を着ていてあの速度と間合いは驚異的だが――――だと当りをつけた。
短く刈られた草を踏みしめた。夜露に濡れた地面の香りが鼻に付く。
「それでは此方からゆくぞ」
アレクシスは僅かな音を立てて剣を抜き放った。片手剣をしては少々大きい。微かに発光する刀身はやはり、何らかの魔術的付与があるのだろう。
自信に満ちた足取りで踏み込んできた。先程よりも速く、遠くへ――――。無駄の無い動きはとても美しく、同時に殺戮を連想させる。
俺は盾を斜めに構え、チカラのベクトルを無理やり捻じ曲げた。左腕に括り付けた盾は千切れ飛んでしまったが、どうにか初太刀を耐える事が出来た。
俺は横に飛び退きながら左手の上腕と前腕の間に刃先を突っ込んだ。僅かに鎖帷子が千切れる音がして、アレクシスは片手持ちの盾を取り落としたが、表情には特にダメージを受けた様子は浮かべていなかった。
「先程の間合いが最大と勘違いしたのか?全身鎧に振り回される様では、騎士とは言えないのだよ」
「初太刀で俺を殺せなかったじゃないか。失敗はお互い様だろ?」
「ぬかせ」アレクシスは剣を両腕で構えた。「この剣は本来、両腕で扱うものだ。そして――――」
そのまま剣を横薙ぎに払った。思わず俺は刀身で受けたが、その一撃は重く、そのまま弾き飛ばされる。
「この剣に付与された魔力《大地父の鎌》によって、速く振れば振るほどに、威力を上げていくのだ」
振り下ろされる剣を、地面を転がって避けた。さっきまで俺が倒れていた地面が大きく裂ける。続けざまに受ける追撃を、そのまま転がって避け続けた。迂闊に打ち合ったら、こちらの剣が折られるかも知れないのだ。
「ふふ、逃げるのだけは得意な様だな。地面を切り続けるのも、いささか飽きたよ。立つが良い」
「こりゃどうも、ご親切に」
ここは素直に立ち上がる事にした。地面を転がるだけで、体にダメージが蓄積していく為だ。土と夜露で汚れた体は、先程よりも重く感じる。思ったよりも体力が消耗しているようだ。短期決戦に持ち込んだ方が得策だろう。
「舐められてるのも面白くないな。ここは俺も本気を出させて貰おう」左の掌で胸を押さえる。「あんまり山神様に使うなと言われた技だが・・・」そのまま残り僅かな魔力を込め、呪文を唱える「フルバースト!!」
俺の全感覚が引き伸ばされる。風が、音が、光が、粘り気を増していく。短時間だが、通常の2倍程度に早く動けるようになる。戦闘において『速さは強さ』だ。速度によって攻撃は重くなり、相手の攻撃を読む事も容易になる。代償として、酷使された筋肉や神経、場合によっては骨に深刻なダメージを受けるのだが・・・。
俺は超常の速度で攻撃を放った。命を取るつもりは無い。俺が逃走するまでの間、動けなくするだけで良いのだ。
「これが君の奥の手かい?」神速の世界の中、アレクシスが通常のスピードで話した。「こんな技があるのは驚いたけど、私にだって、奥の手はあるのさ」俺の剣を弾き返した。
「何も驚く事は無い。これが私の勇者のチカラ『超知覚』だ。感覚を増幅して身体能力を上げる。時間に対する感覚もね。今、君が使ったような事も出来る」
俺は返事もせずに剣撃を打ち込み続けた。踏み込んだ地面が抉れて芝が飛び散る。芝の手入れをしている宿の使用人に少々申し訳なく思ったが、気にしている余裕は無い。
「君は無理な増幅で体に負担がありすぎるのだろう?筋肉や骨の軋みが聞こえてくるよ」
「お前は!何のダメージも無く神速の世界に到達出来ると言うのか!」
「無論、楽と言う訳ではないがね。それが『勇者のチカラ』と言う物さ」
魔力が尽きたのか、体力が尽きたのか、俺の剣速が落ちてきた。アレクシスの手数が勝るようになり、俺の皮の鎧が切り飛ばされて行く。
「そろそろ見せたまえよ、君の勇者のチカラを。それすらを打ち砕き、私が真なる勇者と言う事を見せてやろう」
「く・・・」
返事をする余裕も無く、荒い息をつきながら俺は膝から崩れ落ちた。
体力も魔力も限界で、こんな状態でチカラを解き放ったら何の制御も出来ないだろう。当たり一帯を消し飛ばしてしまうかも知れないし、俺ごと吹き飛ぶかも知れない。いや、そもそも発動しない事が考えられる。
すっかり闇に包まれた空を見上げ、月を仰いだ。月の眩しさで星は息を潜めているようだ。人生最後に見る景色としては悪くない、と思った。
「実は俺、人間相手には使った事が無いんだ。これから先も出来れば使いたくない。今日は俺が死んだからと言って、仲間が死ぬわけじゃない。だから使う理由もないんだ」
「あくまでチカラを見せずに死ぬ、と言う訳か!?」アレクシスは少々怒っているように見えた。「君の正義を私の正義が打ち砕く。それでこそ勇者の資格があると言うのだ!」
何故か攻撃の手を休めているアレクシスを見て、俺はふと疑問に思った事を聞いてみた。
「お前ももしかして、人間相手に勇者のチカラを振るう事が怖いんじゃないのか?」
「・・・ふん。勇者のチカラとは無辜の民を守る為に行使されるべきもの。チカラの無い相手を切るべき物じゃない」
俺はアレクシスの真っ直ぐな瞳を見た。悪いヤツじゃ無さそうだ。
こいつに切られるなら、それ程悪くない最後なんじゃないだろうか。
みんな怒るかな。スイセンあたりは泣いてくれるかな。ヒマリは俺の死体を殴りつけそうな気もするけど。
少々弱気の虫に冒された俺と、己の正義を貫こうとするアレクシスの間に、それは落ちてきた。
狂気と、膨大な妖気と、圧倒的な暴力を纏って。
黒いエナメルの様な肌。柔軟な槍の様な尾。翼竜の様な羽を持つイキモノ。
悪魔だった。
今年最後の更新です。今年は大変お世話になりました。
来年も宜しくお願いいたします。




