10話 休養日
今日は朝から体が重かった。
「昨日は回復魔法、かけられっぱなしだったからなぁ」
飛来する棘から後列を体を盾にして守ったのだ。戦闘中も背後からスイセンが回復魔法をかけ続けてくれたので、無事に勝利する事が出来たが、ダメージは大きかった。
たしかに回復魔法で傷が治る。だが傷つく事で失われる『生命力』のような物は回復する事が出来ない。それを治すには安静が必要なのだ。と言う訳で、本日はパーティ全員が休養日となった。
「とりあえず朝飯にするかねぇ。暇だし」
一人ごちながら、左手は剣を持ち、右手は肩を揉みながら部屋を出る。
廊下の窓から暖かな日差しが差し込んでいた。
「たまにはのんびりするのも良いねえ。お弁当を作ってお散歩・・・は無理か」
当たり前だが、客室には厨房が無い。宿屋の厨房を貸してもらうのには気が引けるし。
故郷の村では、出不精な妹を無理やり連れ出し、ハイキングに出かけた事もあった。そういやアイツ、元気かなぁ。もう十歳になったか?
「それ良いわねぇ。お弁当、乗ったわ!」
階段の下を見やると、ヒマリが親指を立てた右手を、俺に向かって差し出していた。
「すぐ作るから待ってて!」
「作るって・・・、ちょ、待てよ!」
この間の料理対決が脳裏に浮かび、怖気が走る。
「大丈夫よ。ボルドーに作って貰うから」
「そ、それならあんし・・・」
口を尖らせたヒマリを見て、黙り込むことに決めた。
「それって、ワシのもあるんだろうな?」
「ヒナタだけって、ずるいよね」
デンシュとキョクセンが、何からニヤニヤしながら此方を見ている。最近、こんな不気味な笑顔が増えたなぁ。大丈夫かあいつ等。と心配になる。
「もちろん私も行きますよ。ヒマリさんと二人だなんて、また猪魔獣に誘拐されるかも知れませんから!」
「何よぉ、誘拐したのはスイセンのマンドレイクも一緒だったでしょ?」
言い合いを始めた二人を横目に、カウンター席に腰を下ろした。今度はレザンが声をかけて来る。
「おや、それが昨日手に入れた、新しい剣ですかな」
「そう、俺には勿体無い剣なんだよ。東方の有名な剣なんだ」
優美な曲線を描きつつも、無駄な装飾の無い剣。まるで猛禽類を思わせる、研ぎ澄まされた凄みがある。
昔、剣の師匠が使っていたので、子供心に憧れた物だ。
「俺には安い剣で十分だ。これを売って、借金を返そうかなって・・・」
「「「売るな~!!!」」」
パーティのメンバー(&ヒマリ)が声を揃えて抗議した。
「前から言おうと思っとったがな、切れ味の無い、ほとんど棍棒の様な剣では攻撃力不足なんだ」
うむ、同じく前衛を預かるものとしては耳が痛い。確かに前の剣は棍棒同然だった・・・かも。デンシュに負担をかけてたんだな。
「その剣を手に入れる為に、僕達は死にかけたんだぞ!」
キョクセン、お前はその場に居なかった。断言する。お前の尽力は何も無かった。
「いつも殴り合って、傷をいっぱい作って。少しは有利に戦えるように考えてください!」
何時も回復魔法ありがとう、スイセンさん。殴り合ってって、一応は剣だったんですけど、やっぱり棍棒に見えてたんすね。
「私は火の中に手を突っ込んで、火傷も一杯して!命もかけて渡したのに!徹夜でどの剣が喜ぶのか考えたのに!」
最後のは良く分からなかったが、命を懸けて、大怪我をしてまで渡してくれたのだ。確かに恩知らずだったかも知れない。
「皆に迷惑をかけてるのも、何となく分かった。命がけで渡してくれた剣だ。大事に使います」
そう言って腰に挿した。不思議な物で、剣が変わっただけで少し強くなった気がする。
「皆さん、お弁当が出来ました」
「ボルドーありがとう!」
五人分の食事が入ったランチボックスをボルドーが差し出してきた。ヒマリが笑顔で受け取る。
「それでは日当たりの良い場所でも探しに行きますか」
皆が談笑しながら玄関をくぐって行くのを眺めながら、ふと居心地の良さを感じた。
家族の事を思い出す事もある。故郷が懐かしくなる事もある。でも此処は『誰かが用意してくれた居場所』では無く、『自分で進んできた場所』なのだ。
ふっと笑いが顔に浮かび、足早に仲間を追いかけて、玄関をくぐった。