09話 ヒマリ
植物魔獣から真空刃が飛んだ。ビュっと音を立ててヒナタに迫る。真空刃は目に見えないので、非常に防御し辛い。まあ威力は然程でも無く、丈夫な鎧を着ていれば致命傷にはならない・・・が、ヒナタの装備しているのは皮の鎧だ。容易く切り裂かれるだろう。
一瞬の事だったので瞬きする間も無く斬撃に襲われるヒナタを見ていた。ヒナタは動じることなく、剣の腹を素早く振り上げ、圧縮した空気を真空刃に叩き込む。ボヒュっと間抜けな音を立てて真空刃は消えた。
「す、凄い・・・。真空刃が見えてるの?」
「派手に音を立ててるから、大体の目星は付くんだよ。一発もらったら致命傷なんで、気は抜けないけどな」
背中を向けたままでヒナタは答えた。その間にデンシュが植物魔獣に正拳突きを叩き込んでいるのが見える。体格の良いデンシュに吹っ飛ばされ、キョクセンの前まで転がって行った。
「はい、いらっしゃ~い」
キョクセンは植物魔獣の頭(?)から松明用の油をぶっ掛け、火を放つ。苦しそうに身悶えしながら植物魔獣はダンジョンの先へと走り去ってしまった。
「自動松明だね。一石二鳥!」
「悪趣味ですよ、兄さん」
スイセンが眉間に皺を寄せながら兄を見やる。キョクセンは気づかず、上機嫌だ。
確かにコレは悪趣味だ。魔法使いが魔法を使わず、原始的に火を放つなんて、洗練されているとは言いがたい。私が生み出した魔物ではないと言え、私(の本体)から溢れ出た魔力を吸って魔獣化したのだ。ある意味、私の子供みたいな物か。一応小さな声で謝っておこう。
「不甲斐ない母を許してください。名前も知らない私の子よ」
「何ブツブツ言っているんだ?」
ギクっとした。ヒナタは耳が良いらしい。次から気をつけよう。
「何でも無いわよ。それより、もう結構進んだわね」
「あと少しで第一層のボスんとこだな。今日は何時もより魔獣が少ない。ボスまで倒せるぞ」
普段は眠そうなヒナタが、さらに眠そうに言った。冒険が楽しくは無いのだろうか。
「だって、二層目に行ったら今より魔獣は強くなるよな。そしたら俺は死ぬかも知れん」
「じゃあずっと第一層で狩りをする?小銭くらいならドロップするわよ?」
「俺、監視されているんだ、村長から。手を抜くと村に残してきた家族が、肩身の狭い思いをするかも知れない」
死ぬまで前に進まされると言うのか。人質を取って死ぬまで言うことを聞かせられるなど、死刑より性質が悪い。魔が付くとはいえ、私は王様だ。どうにかしてやれないのだろうか。
「私が・・・、いえ、私の仲間たちで何とかしてあげようか?チカラになれるかもよ?」
「大丈夫!俺が借金完済まで前に進めば済む話だ。まあその為に討伐される魔王には気の毒に思うけどな」
ニカっと良い笑顔で笑った。本気で魔王に勝てると思っているのだろうか。それとも心配させない為に笑ってくれたのだろうか。私には分からないが、ヒナタには死んで欲しくないと、心から思った。
「よし、休憩終わり!第一階層支配者って、前回偵察した時はトゲトゲした奴だったな」
「そうそう、緑色で」
「地面から生えている感じでしたね。機動力は無さそうです」
「左右の手が、別々の高さから生えていたぞ。どんな技を使うのか、油断出来んな」
しばらく進むと第一層のボスが見えてきた。刺々しくて、緑色で、地面から生えてて、左右別々の高さに腕がある・・・。そう、サボテン型魔獣が。東方生まれの彼等には、サボテンに馴染みが無いのだろう。
大丈夫、サボテンさんには言葉が通じる。私の配下で、今日の事は話してある。適当な処で負けて、宝箱を渡してくれるだろう。
「よし、散開。俺とデンシュは前衛。キョクセンはヒマリとスイセンの壁になりつつ、炎系の魔法を頼む」
「「了解」」
3メートル程のサボテンに向けて、デンシュが突きを穿つ。籠手の隙間から棘が刺さり、血が飛び散る。拳し刺さった棘を抜きつつ、デンシュがぼやいた。
「これは相性が悪い。何かしら武器を持ってくるべきだったのう」
「了解、俺がやる。デンシュは防御に徹してろ」
「すまん」
時折サボテンさんが棘を飛ばしてくる。数が少ないから対処出来ているが、もう少し数が多ければ危ないかも知れない。
「スイセン、防御魔法をかけろ。そちら迄は守りきれない」
「分かりました!ヒナタも気をつけて!」
スイセンが素早く防御魔法を展開する。薄い光の膜が私達の前に広がり、棘が当たって弾かれて行くのが見える。私も役に立ちたい。何か指示して欲しいと思って、ヒナタの背中に向けて声を投げつけた。
「ヒナタ!私は何をすれば良い!?」
「そこでジッとしていろ!すぐ終わらせる」
私はムッとして頬を膨らませた。私だって役に立つのだ。指示してくれれば連携だって取れる、と思う。だが皆忙しそうで、不満をぶつける相手は居なかった。
ヒナタは素早く剣を振るうが、サボテンさんまで刃を届かせられないようだ。此方へ向かって執拗に棘を飛ばしてくるサボテンさんは中々性格が悪い。防御魔法がかけられていると言っても、ヒナタは癖で棘を叩き落してしまうのだ。これでは手数が足りない。
「ヒナタ、OKだよ。魔法を放つから距離を取って!」
キョクセンの呪文詠唱が終わったようだ。頭上に掲げた掌の上に、2メートル程の火の玉が浮かんでいる。投擲系の上級炎魔術だ。魔力で出来た蒼い炎は怒り狂うかのようにグルグルと自転している。
「ファイヤーボール・・・あれ?」
火の玉を投げつけようとしたその時、キョクセンの背後かへ突進する者があった。先程火をつけて放った植物魔獣だ。さっきの復讐か、それとも偶然か。キョクセンの背中に激突した。
「あっつぅ!いってぇ!熱痛ぇぇぇ!」
植物魔獣は最後のチカラを使い果たしたように、文字通り燃え尽きてしまった。キョクセンは背中に燃え移った火を消そうと転げまわっている。あれ?火の玉は?と私達は周囲を見回した。
フラフラと火の玉は空中を彷徨い、サボテンさんの背後に墜落して小さく爆発して霧散した。サボテンさんが死ななくて良かったが、確かあの位置には・・・。
「モ―!ムモモモモーーー!ムモー!(あぁぁ!魔王様より守護を申し付けられた宝箱がぁ!燃えていく-!)」
燃えてゆく宝箱を哀しげに見つめていたサボテンさんが、此方を恨めし気に振り返った。目が真っ赤に光り、怒りに燃えている。
「ムモモモモーモモーモモ!ムモモモモモー!(魔王様に叱られる前に!お前たちを死なない程度に殺してやるー!)」
サボテンさんが物騒な事を叫びながら、全身の棘を逆立て、一斉放射した。魔力で出来た棘は一瞬で生え揃うが、此方は安心して居られない。
散弾の様に飛来する棘を、ヒナタは剣の腹で纏めて弾く。両足にいくつか命中して血が飛び散った。デンシュは両手の籠手を使い、致命傷は避けたようだ。こちらも全身から血を流している。
キョクセンは遠くまで走り去ってしまい、放射範囲から免れたようだ。遠くで悲鳴が聞こえた気もするが、恐らく大丈夫だろう。スイセンと私は防御魔法に守られて助かった。でも防御魔法にはヒビが入り、薄れて消えてしまった。
「もう一発、同じのがくるとヤバイ。生え揃うまでにトドメを刺す!」
「わ、私も手伝う!」
どうせ防御魔法は消えてしまったのだ。スイセンの隣から飛び出し、サボテンさんへ肉薄する。私はサボテンさんの上司なのだ。やんちゃな部下にお仕置きする責任がある。
「わ!馬鹿!!飛び出すな!!」
サボテンさんは、棘が生え揃う前に残った棘をもう一度放射した。不意を突かれてしまった。一瞬が引き伸ばされたように、ゆっくりと棘が飛んでくるのが見える。そうだった。私は今、姿を変えてるんだった。サボテンさんは私とは気づかず、殺しにかかって来るのだ。私はそっと瞳を閉じる。
閉じた目の前で、硬い物がぶつかる音が聞こえた。「馬鹿!死ぬ気か!?」ヒナタが鋭い叱責を飛ばす。
目を開けると血まみれのヒナタが膝を付いている。私を守る為に無理な軌跡を描かせてしまったのか、剣が折れてしまっていた。折れた剣と血まみれなヒナタを見て、私は取り乱して叫んだ。
「大丈夫!?大丈夫!?ごめんなさい!私、ヒナタを助けたいって思って」
果たして声になっていたのかは分からない。みっともない悲鳴と慟哭が私を支配していた。
「大丈夫、大丈夫だから。泣くのも叫ぶのも、アイツを倒してからだ」
折れた剣を杖代わりに、ヒナタは立ち上がった。剣が折れても、全身傷だらけでも、戦う気は失っていない。引き換え、私は何だ。無傷の上、みっともなく泣き叫ぶだけ。まったく役立たずだ。
「デンシュ、棘が生え揃うまでにトドメを刺すぞ」
「おおよ!」
こちらも血まみれのデンシュが応えた。体を張ってスイセンを守って居たらしい。
二人で切り込むが、満身創痍の二人をサボテンさんは軽くあしらう。棘が無くてもサボテンさんは階層の支配者らしく、体術だけで圧倒する。
「ヤバイな、血を流しすぎた。体が重くてしょうがない」
「まったくだ。しかし此処でへばると死ぬぞ!」
二人は軽口を叩いた後のように笑いあった。今、彼等に死が迫っているのだ。助けたい。私に出来る事は無いのかと頭を回転させる。こんな事ならちゃんと勉強しておけば良かった。何でこんなに頭が鈍いのか、と、自責してしまう。それでもどうにか、一つの光明を見出した。
「今度こそ!絶対に!役に立つのよ!」
私は震える足に棘を突き刺した。流れる血と比例して、震えが止まって行く。私は誰の目にも留まらぬよう、戦いを掻い潜ってサボテンさんの背後に回って、燃えている宝箱に手を突っ込んだ。炎が、赤く焼ける鉄が私の皮膚を焼くが、今はそれに構っている場合じゃない。下唇を噛んで涙を堪えた。
宝箱の下段、さらに下。そしてついに見つけたのだ。
「ヒナタ!これを使って!」
手に持った長剣をヒナタに向かって投擲しようとするが、同時にサボテンさんの裏拳が私の顔面にヒットする。鼻の奥がツンとして血が流れる感触があり、意識が遠のいて行く。でもまだ負けてられない。
「私にだって、意地があるんだからね!!」
全力で長剣を投擲した。遠のく意識の端で、ヒナタが剣を受け取るのが見えた気がする。どうだ、私だって役に立つんだからね、と呟いて気絶した。
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何時の間にか階層支配者の背後に回りこんでいたヒマリが、剣を投げてよこした。手袋越しでも、焼けるように熱い。攻撃を食らっているのが見えたし、とても心配だ。でも、こいつをさっさと倒さないと、駆けつける事も出来ない。他の仲間だって死ぬことになるかも知れない。それは看過できない。倒すのだ。俺の手で。
「ヒナタさん、遅れました。回復します」
背後からスイセンが回復魔法をかけてくれるようだ。体にチカラが戻って来るのが分かる。右手は敵の初撃で痛めてたが、痺れも取れてきたようだ。そして剣はヒマリが届けてくれた。必要な物は全て揃ったのだ。
「みんな後は俺に任せろ!」
剣を抜き放つ。余計な装飾は無く、無骨で、しかし美しい。死を与える為だけに研ぎ澄まされた刃。振りぬきやすい様に湾曲した刀身を持つ。ヒナタはこれと同じ物を見たことがあった。
「サムライブレード!骨董品じゃないか!」
叫びつつもサボテンさんに振って見る。先刻までが嘘のように、階層支配者の腕が切り裂かれた。
「モモモーモモ!」階層支配者が驚いた声で仰け反る。
「もう終わりだ。降伏しろ」
「モモー」
階層支配者がうな垂れ、勝負は付いた。
サムライブレード。故郷の剣の師匠が、同じ物を使っていた。子供心に憧れたものだ。
刀身が長すぎず、ダンジョンでも使いやすく、殺傷能力も高い。剣の腕さえあれば、鉄でも切り裂けるそうだ。
暫く刀身を見つめ、一振りして階層支配者の体液を払い飛ばすと、鞘に収めた。
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ふと目覚めると、ヒナタが心配そうに顔を覗き込んでいた。こんな近くで男性の顔を見たことが無かったので、恥ずかしくなって顔が熱くなった。
「無茶はするな!死んだかと思って、心臓が止まる処だったぞ!?」
いきなり怒られた。でも心配してくれたのか、とちょっと顔が緩んでしまった。
「でも剣を取ってくれて、ありがとな!お陰で助かったよ」
剣を掲げて見せてくれた。良かった、私役に立ったんだ、と一人ごちた。
起き上がって周りを見ると、サボテンさんがスイセンに懐いていた。サボテンさんの千切れかけた腕を、スイセンが直してくれたのだそうだ。戦った敵にまで回復魔法を使ってくれるとは、と魔王として心の中で感謝した。
「デンシュは?」
「キョクセンが迷子なんで、捜しに行ってくれてるんだ」
キョクセンはあのまま何処かに走り去ってしまったらしい。
ヒナタの横顔を見ると、何だか胸が苦しい気がした。
命を賭けて、大切な剣を折れてまで、私を守ってくれたヒナタ。これは申し訳なさで苦しいのだろうか。それとも違う何かなのだろうか。今まで経験した事が無い苦しさだ。帰ったらルイロデールあたりに相談してみよう。
「あ、デンシュ達が戻ってきた。それじゃあ、今日の所は帰るとしますか。アムール亭に」
そう言って、ヒナタが右手を伸ばしてきた。私はそれに応え、手を掴んで立ち上がる。
「うん!帰ろう。アムール亭へ」
笑顔で答えた。
ちょっと長くなりました。最後まで読んでくれて、ありがとうございます。