お邪魔虫と不吉な虫
片付けを終えた僕は、屋上へ続く階段を上がると、案の定、扉の先には風に髪をなびかせている浅斗が背を向けて座っていた。あ、ちなみに、僕たちの学校は屋上にも食事スペースがあるから解放されてるんだよ。勝手にこじ開けたわけじゃないからね?
何かあればここにいるという、わかりやすい浅斗は昼ごはんもここで食べる習慣を得ていた。そして、例に漏れず僕も、購買で2人ぶんのパンを買って持ってきている。声をかけて渡そうと思ったが、何か話し声が聞こえた。
「みさきさん?」
浅斗の前に正座で座っていたのは、先ほどのみさきさんだった。宣言通り弁当を渡していたのか、楽しそうに笑っている。
「あ、お邪魔してます!」
「おう、遅かったな。もう食ってるぞ」
「……みたいだね」
疎外感をひしひしと感じながら、僕は輪の中に落ち着く。
「あれ?みさきさんのご飯はいいの?」
「あ、悪りぃ。食っちまった」
「いえいえ!いいんです!あとで買って行くので!」
身振り手振りで必死に弁論する彼女は、本当に自分の分を渡していたようだ。というか、正座、キツくない?
「もしよかったら、これ食べてよ。買いすぎたんだ」
「えっ!?で、でも」
「いいからいいから。もともと僕だけじゃ食べれないしね。この量」
「じゃ、じゃあ。ありがとうございます」
「はいよ」
彼女は礼儀正しくいただきますと手を合わせている。その傍ら、書き込むように可愛らしい柄の弁当箱を抱えてがっついている浅斗。なんだか、僕が場違いなように感じてきた。無言であっても、この空気感では割り込むのは申し訳なくなってくるんだよ。
昼休憩が終わって浅斗と別れてみさきさんと教室へ戻った。それから3人と合流して流れでみさきさんも一緒に次の教室へと移動移動している際、いつもの3人と移動していると、不意に声が聞こえた。
「光……影が…。迎え……シ…コト……すぐ」
ん?声の方に首を捻っても、そこには誰もいないし、むしろ花瓶が飾られている壁だけだった。花が喋るわけないしね。空耳かな。あれ、これって彼岸花だっけ。なんで学校にあるんだろう。似つかわしくない場所に咲いている花が不思議になって、思わず触ってしまう。
「なぁ、何してるん…」
パリンッ
「ひっ!」
「っ!?」
「なんだっ」
「!?」
背後で4人の戸惑う声が聞こえて、振り返ろうと思った途端。触っていた花の花瓶が弾けた。ガラス音が響いて、親指の付け根に鋭い痛みが走る。
「何事ですか!」
騒然とする周りに凛と響いた声は、鬼教師として知られる理科の女性教師だった。あ、次授業理科だったっけ。
「あ、先生。すみません、花瓶が勝手に割れて…」
「何が勝手にですかっ!!何もせずに割れるわけないでしょう!いいから職員室に来なさい!」
まあ、信じてもらえる言い訳ではないとは思うけど、もうちょっと人の話を来てほしいなー。なんてのんきに思っていると、後ろから声が聞こえた。
「待ってください!そいつ、本当に何もしてません、俺らも一緒にいたんだ!」
「それに、割れ方みてくださいよ。内側から外に向かって均等に破裂したみたいに八方に飛んでるじゃないですか」
「仮に倒したとしてもこんな割れ方しませんよー」
珍しく声を荒げる3人は、どうやら論理的思考の持ち主だったらしい。いやいや、そんなことはどうでもいいんだけど、その優しさが僕には嬉しかった。でも、先生は僕を問題児扱いしている1人であるから、素直に聞いてくれるとは思はないんだけどね。
「この生徒は以前も問題を起こしている遅刻魔です。彼以外そこにいなかったのなら、割ったのは彼しかいないでしょう」
それとも幽霊がいるとでも?という反論に3人は黙り込んでしまった。いるよ、と僕は心の中でつぶやいたが、それを口に出せるわけもなく。そのまま職員室に付いて行った。
振り返ると、3人が悔しそうに歯を噛んでいたが、僕は安心させるように笑った。彼らはそれを見て、さらに顔を歪ませる。あれ、間違えたかな。
先生に校長まで話を持ち出され、直々にお叱りを受けることになった。校長は優しかったけど、教頭のネチネチした愚痴に精神がゴリゴリ削られる。さらに理科の先生や担任の先生の攻撃で、授業を受ける気力もなく、放課後には机の上に倒れ伏した。
まぁ、その間にも他のガラスや蛍光灯が割れたりして、何回も呼び出される羽目になったのは、さすがに傷ついたけどね。
全く身に覚えのない現象に不可思議さを感じながらも、幽霊がらみかなーと鬱々していた。そして、さらに納得できなかったのは、僕が触ったあの彼岸花。先生が言うには、あそこの花瓶には何も花なんて飾られていなかったらしい。
「はあ〜」
「おう、珍しくため息付いてんな」
「大丈夫か?」
「生きろー」
励ましてくれる3人に涙が出そうになる。
「でもよぅ。なんか納得できねえよな」
「じゃぁ、先生に抗議するか?」
「あはは、僕は大丈夫だから。気にしないで」
手をひらひらさせて断るも、2人は納得しかねる渋い顔をしていた。
「あれってさー。心霊現象なんじゃないー?僕もたまに遭遇するよー」
心霊と言う言葉にどきっとした。もしかして、彼も霊が見えるのかな。そう淡い期待を持ちながら聞くと、どうやら、祖父母が霊感を持っていただけで本人は見たことがないらしい。ちょっとした落胆を押し殺していると、以外にも乗り気な声が上がった。
「んじゃ、今夜検証するか!夏の行事といえば、肝試しだよな!」
「だねー」
「おい。バレるに決まってるだろ。俺はやらないからな」
「あっれ、お前怖いのかぁ?」
ニヤニヤして茶化す相手は、普段はクールなのに、今では何か焦ったような、目を泳がせている。
「そ、そんなわけないだろ!幽霊なんているわけないじゃないかっ」
「じゃぁ、いけるよねー」
「うぐっ」
「よっしゃ決まりぃ!!」
「くそっ。お前も来いよ?」
苛立ちまぎれに舌打ちが聞こえた。その矛先が僕へと向かう。
「え、いや僕はちょっと…」
「おい、いつまで残ってんだ?」
ガラッと教室のドアを開いたのは、浅斗だった。あ、そうだ。今日は母さんから買い出しを頼まれてて、荷物持ちで浅斗にも頼んでたんだった。
「ごめん、僕、今日用事があ…」
「そうだ!周防にも来てもらおうぜ!!」
「…なんの話だ」
「心霊現象を確かめに行くんだと」
「ついでに、昨日の窓が割れた原因も探れるといいねー」
断る暇もなく、3人がまくし立てて、浅斗を参加させようとする。怪訝な顔でこちらを見る浅斗に、僕は苦笑いを返した。
「それに、周防もこいつが疑われたままって、嫌なんじゃないか?」
その言葉に浅斗はピクリと反応した。どうやら、僕がお叱りを受けたのは浅斗の教室まで広まっていたらしい。下手したら、もっと広まってるのかも。
「…何時集合だ?」
「12時ジャスト!」
「……わかった」
「よっしゃ!それじゃ、また今夜な!」
「あ、こら。昼飯代返せっ」
「じゃあねー」
取りつく島もないとはこのことだろう。
「でも、いいの?浅斗まで」
「別にいい。俺も腹たってるしな。だけど、お前は来なくていいぜ」
「……行くよ」
「また見るかもしんねぇだろうが」
「……責任押し付けるのはヤダから」
「…あっそ。んじゃ、まず買いもん行こうぜ」
「あ!そうだ忘れてた!母さんにどやされるっ」
僕はカバンをひったくって駆け出した。もう18時だ。母さんに頼まれてた買い物を忘れていた僕は自転車を押しながら校門を出ると、そこから全力疾走で浅斗と競争する。
その際、視界の端っこに映ったのは季節外れの黒いコートで全身を覆った人物だった。その人は何か細いものを背負って門の前に立ち尽くしている。夢で見たヤツにに似ておりフードまで黒いため顔は見えないが、なんとなく関わっちゃいけないような雰囲気だったので、目が逢う前にそらす。まさか、正夢なんてなるわけがない。そう思って気をそらすために今日の献立を思い出す。
その人がニヤリと笑って何を言ったかも知らずに。
「見つけた」
生暖かい夏の風が突然吹いた瞬間、その影は跡形も無くなっていた。