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短編

製造業を追放されたSSSランク技術者、テロリストに誘われて生き甲斐を見つける

作者: NOMAR


「ろくでも無いなぁ……」


 ハローワークからの帰り道、眩暈がしそうな程の暑い陽気の中を、溜め息吐いてフラフラ歩く。


「資格が無いとまともな仕事なんて、見つからないのかもな……」


 仕事を辞めてから次の仕事を探しても、なかなか良いところは見つからない。やっと見つかったところでも、


『うちで働くには、髪型をスキンヘッドかパンチパーマにして下さい』


 と、言われて、自分には無理そうです、と断った。ハローワークも暴力団紛いの押し売りなんて、随分と凄い仕事を紹介してくれたものだ。

 自分は人と話すのは苦手で、ずっと工場で働いていた。違う職種に挑戦してみようかと、セールスの仕事で未経験可、というので聞いてみればなんてことだ。自分には人を脅して無理矢理買わせるセールスなんて、できそうに無い。


 夜勤で週に三日入ってたコンビニのバイトも、そのコンビニは先月、閉店した。これで自分の住む町、最後のコンビニが無くなった。

 昔はこの町も、本屋に服屋に床屋といろんな店があったものだが。

 どこも店を構えて商売するのは利益が出ないと、店を閉めていった。

 ……物を売買することに利益が見いだせないなんて、既にこの地域では経済が破綻しているんじゃないだろうか?


 ハローワークから駅までとぼとぼと帰る。ハローワークのある町、自分の住むところから電車で四駅。ここまでの電車賃もバカにならない。生活保護の申請も難しそうだ。これはいよいよ、死ぬことを考えた方がいいか。生きてやりたいことも無いし。思い返しても、生まれて来なければ良かったと思うことばかりだ。

 実にくだらない。狂った世の中だ。それに付き合うのに嫌気が刺して、仕事探しにも気が入らないというのもあるか。


 歩道をフラフラと歩いていると、クラクションの音がする。白い乗用車が一台、歩道に寄せて止まっている。

 窓を開けて顔を出して自分を見ている。


「志村? お前、志村じゃないか?」

「加藤先輩? ですか?」


 丸い顔には見覚えがある。昔より老けて皺が少しあり髪が白髪になっていて、思い出すのに時間がかかった。

 昔、工場で働いていた頃にいろいろと教えてくれた加藤先輩だ。


「志村、久しぶりだなぁ。お前、今、何やってんの?」

「今は、その、ハローワークの帰りです」

「ハローワーク? そうか、志村、これから時間あるか?」

「え? まぁ、何も予定はありませんけど」

「そっか。涼しいとこでちょっと話をしようか。乗ってくれ」

「えーと、加藤先輩?」

「暇なんだろ? ちょいと付き合え。ほら、乗れ」

「はぁ、」


 加藤先輩、変わってない。押しが強いが気の回る人で、自分にボール盤やフライス盤、グラインダーにアーク溶接のことを教えてくれた人だ。

『お前が仕事を憶えたら、俺が楽をできる』

 と、笑っていたが、教え方が上手いのかこの人と仕事をするのは楽しかった。それで当時は、課長と言うよりは先輩ですね、と、言ったことが始まりで加藤先輩と呼ぶようになった。


 先輩の車に乗り、最近は暑い日が続くなぁ、そうですね、と、他愛ない話をしながら喫茶店へと。ハローワークのあるこの町は、自分の住んでる所に比べてまだ店がいくつか生き残っている。

 冷房の効いた店内は砂漠のオアシスのようだ。それだけ外が暑過ぎる。

 テーブル席で先輩と向かい合い、先輩がアイスコーヒーを二つ、店員に注文すると自分を見る。


「あの工場が倒産してから、志村がどうしてるか、気にはなってたんだ」

「加藤先輩と働いてたのは、もう、十年も前になりますか」

「そんなになるか。月日の過ぎるのは早ぇな。志村は、今は仕事さがしてんのか?」

「えぇ、前の仕事は社長とケンカになって、辞めてしまったもので」

「社長とケンカだ? 志村が?」

「おかしいですか?」

「いや、志村はマジメというか、クソマジメというか。俺が仕事を教えてたときでも、そうだったし。それが社長とケンカってのが」

「自分はそんなにマジメですか?」


「昔、俺が仕事を教えてたときも、月曜にはやたらと質問してきて。なんで月曜になのか聞いてみたら、志村、土日に図書館行って機械のこと調べてたっていうじゃねぇか。こっちも先輩面するために慌てて勉強しなおしたもんだ」

「それは憶えないと仕事にならないじゃないですか」

「休みの日にまで仕事のこと考えて図書館行くのが、クソマジメじゃなくてなんなんだ。その志村が社長とケンカだ?」

「聞いてくれますか?」


 誰かに聞いて欲しかった。役所も保健所もまともに聞いてくれなかったことを。加藤先輩ならバカにしないで聞いてくれそうだ。

 社長とケンカ、というか口論になった理由。思い返しながら加藤先輩に話していく。


 自分が働いていたとこで、カドミウム入りの銀ロウを使って製品を作っていた。その製品を食品工場に出荷していた。カドミウムが入っていることを黙ったまま。

 ステンレスと銀ロウの接触した部分を電解質の液体につけると、電位差から電流が流れ、これが腐食の原因になる。

 ガルバニック腐食。

 自分が修理した牛乳殺菌タンク用の製品は、このガルバニック腐食で真っ黒に変色していて、そこに茶色に変色した牛乳の皮膜がくっついていた。


「自分は何も知らないまま、子供が学校給食で口に入れるものに、カドミウムを混ぜるものを作っていたんです」

「それは、違法じゃないのか?」

「それが、不思議なことに違法じゃ無いんですよ」


 日本では、もともと土壌に金属成分が多い。そのために欧米並の厳しい検査基準を作ると、ほとんどの農作物が引っ掛かってしまうことになりかねない。

 それを回避するためか、食料品でカドミウムの安全基準があるものは、米と清涼飲料水だけだ。

 牛乳にカドミウムを混入しても違法にはならない。牛乳殺菌タンク用以外にも、いくつもの食品工場に同じ造りの製品を出荷している。


「それを社長に言ったんです。こんなことをしてたらダメだって。でも社長は昔からのやり方を変えられるか、と」

「それでクビか」

「クビというか、辞職するように仕事を干されて嫌がらせがあって。辞めました」

「災難だな。それ、行政には言ったのか?」

「問題の部品を工場からくすねて、それを持って役所と保健所に行きました」

「それで?」

「ガルバニック腐食についても説明しましたが、なにせ違法にはならないので、取り合ってはくれませんでした」


 このときの気持ちを何と言えばいいのか。自分の生活費を稼ぐ為に働いていた。マジメに働いているつもりが、やっていたのは子供が毎日口にするものにカドミウムを混ぜる物を造ることだ。知らなかったとはいえ、なんということを自分はしてきたのか。


「仕事を辞めてからは家族にも酷く言われまして」

「志村の家族ってのを、俺はよく知らんが」

「仕事とは多かれ少なかれ嫌なことをするものだと。そのくらい我慢して仕事を続けていればいいのに、と」

「ありゃまあ」

「泥棒とか詐欺とか、悪いことをするのが金になる。だから違法にならない悪いことをするのが仕事というものだ。違法じゃなければ毒を食い物に混ぜてもいいだろう。犯罪じゃ無いんだから、と。自分が勝手に仕事を辞めたことを、怒鳴りつけてくれまして」

「それが、普通の人の当たり前ってもんか」

「人の嫌がることを進んで自らするのが仕事だ、と、説教されましたよ」

「それは意味が違ってないか?」

「自分は普通ってもっとマトモだと思ってたんですけど、違ったようで。自分は歳をとっても頭の中は夢見るガキのままだったと、思い知らされました」


 言うだけ言うと、少しスッキリした。冷たく冷えたアイスコーヒーを一口飲む。

 加藤先輩が口を開く。


「志村ならなんでもできるから、何処へ行ってもそれなりにやってんじゃないかと、思ってたが」

「俺を雇ってくれたとこは、皆、そう言ってくれますね。これも加藤先輩に仕込まれたおかげです」

「いや、お前は発想がな、思いつきがおもしろいんだよ。機械のこと覚えたら工夫していろいろやってくれる。それ無理だろってのまで、こうしてみては? なんて言って、古い機械を改造しちまったし」

「それは加藤先輩がやってみろって、好きにやらせてくれたからですよ」

「バンパー刀、憶えてるか?」

「そんなのも作りましたね」


 加藤先輩の友達がヤクザで、模造刀を振り回したところ目釘が折れて刃が抜けてすっ飛んでいったという。それで、安くて実用できる刀は作れないか、という話があった。

 刃物となるなら硬い金属がいい。廃車になったトラックのバンパーを取り、一枚では薄いので二枚張り合わせる。

 プレス機で挟み二枚のバンパーを張り合わせて溶接。ガッチリと溶接でくっつけたあとはグラインダーで削って刃を作る。

 できた刀は反りが無くて真っ直ぐで、刀というよりは片刃の西洋の剣のようになった。試しに振ってみたところ、スチールの空き缶が綺麗に真っ二つになり、その切れ味に自分で驚いた。

 先輩の友達が喜んで買ってくれて、臨時収入五万円となり、その金で先輩と焼き肉を食べたのはいい思い出だ。あのときから、工夫して何かを造るという楽しさが解った気がする。


「それで、ハローワークか? 次の仕事は見つかったか?」

「それがですね。派遣含めていろんな工場で仕事してきましたが、もう、マジメに働く気力が湧かなくて」

「まだ若いのに何言ってる」

「産廃業者に頼むと金がかかるから、と、廃液を川に流すところ。小分けにして不燃ゴミに混ぜるところ。あとは親会社に見つからないようにと偽装に必死になるところ。マトモに物造りしようってのは、もう日本には無いみたいです。それを仕事だと付き合うのもバカバカしくなって」


 ストローでアイスコーヒーをかき混ぜる。ミルクを落として混ぜれば、もう元の色には戻らない。世の中もそういうものらしい。


「なにかおかしいと考えても、自分にはそれを変える力も無い。だから、もういいかな、と」

「何がもういいってんだ」

「生きていくのが」

「お前なぁ、」


 加藤先輩は白髪頭をバリバリと掻く。


「それなら、俺のとこで働くか?」

「加藤先輩は、今は何をしてるんです?」

「まぁ、社長みたいなもんだ」


 加藤先輩に連れて行かれたところは、民家の隣の大きなガレージ。


「俺の他にあと二人、ここで働いてる。ちっちぇえ工場だろ」

「そうですね。でも似たようなところでも働いてたことありますよ。製造課が自分含めて二人とか」

「昔の町工場ってのはそんなもんだ」

「何を作ってるんです?」

「いろいろだ、いろいろ。それで志村にはいつか礼をしないと、とは考えていた」


 中に入ってみれば鉄の匂いに油の匂い。懐かしい。机の上にあるものは、刀、だ。


「これは」

「志村が昔造ったバンパー刀を改良したもんだ。材料は廃車になったトラックで安く造れる。これもまだあるぞ」

「そんなの、まだ持ってたんですか?」


 加藤先輩が持ってきたのはステンレスのパイプ。

 加藤先輩の友達のヤクザが作れないか、と言うので作ってみた銃の失敗作だ。一メートルのステンレスパイプの底を塞いだだけのもの。銃の原理を確かめる為に作ったものだ。

 爆竹をほぐして導火線の長さを調節。火をつけた爆竹をパイプに入れてパチンコ玉を入れる。

 爆竹の爆発力で飛んだパチンコ玉が丸太にめり込む威力があった。しかし、使ってみればいつ発射するか解らないし、水平から下に向けるとパチンコ玉が落ちてしまう。

 転がったパチンコ玉を見て加藤先輩と大笑いした昔が懐かしい。


「今ならもっとマシに造れますよ」

「おぉ、自信あるじゃねえか」

「あれからいろいろ憶えましたからね」

「なんだ? 専門学校にでも行ったか?」

「いいえ。ですが工場って技術者が高齢で辞めていきますからね。資格が無くても講習を受けてなくてもやらないと仕事が終わらない。ユーチューブの動画を参考にして、独学でいろいろ憶えましたよ」

「ほう、何ができる?」

「アーク溶接は加藤先輩に仕込まれましたからね。他にはMIG、TIG、ガス溶接。汎用旋盤は(バイト)を自前で作ってました。他には電気釜で焼き入れ、焼きなまし。細かいものもやってたことがあるんで、顕微鏡を覗きながら調整したりとかも。金属加工なら大抵のことはできますよ」

「そいつはすげえ」

「と、言っても独学なので、資格は何ひとつ持ってません。講習も受けたことは無いし。それでも運転免許無くてもフォークリフト乗らないと仕事が終わらないから、乗り回してましたね」

「敷地内なら公道じゃ無いから大丈夫だろ?」

「倉庫が道路を挟んで向こうなので、よく渡ってましたけどね」


 加藤先輩と二人で笑う。技術者なんて言ったところで現場で資格を持ってる者なんてほとんどいない。それが日本の製造業だ。自分が扱っている機械のメンテナンスもできないのが仕事してるのが、現状だ。

 錆防止と書いてあるからと、赤いスプレーの防錆材を中身も解らずに使っていたりする。主成分が灯油で乾燥するとスプレーする前より錆やすくなる。昔の旋盤工はそれを知っていたものだが、今ではそれを知らずに使っている。

 そして錆だらけになった機械で電子部品を作って、部品に錆をつけても気にしないのが今、業界一位の技術力を名乗っている。昔の名声に胡座をかいて退化したことから目を背けて。

 今の日本の製品は溶接したところから割れる、錆びると言われるようになった。

 どうしてここまで酷くなってしまったのか。


 物思いに耽っていると加藤先輩に肩を叩かれる。


「志村ならいろいろと作れそうだ。3Dプリンターは使えるか?」

「3Dプリンターがあるんですか? 使ったことは無いですが、説明書はありますか? パソコンでCADはやったことあるんで、練習、というか、それで遊ばせて貰えたらできるんじゃないですか?」

「そうか。じゃ、来週からうちで働け」

「加藤先輩、何を作ってるんです? なんの仕事なんですか?」

「俺はな、日本を造るつもりだ」


 は? 日本を造る?


「この歳までだらだらと生きてきたがな。俺もこの世の中が気に食わんのだ。なので死ぬ前に、この国の未来を造りたいと思ってな」

「日本の未来を造るって、どうやって?」

「志村もこの国の法律がなんかおかしいって思ったんだろ? 変なとこに嵌まって苦労したみたいだが」

「そりゃまぁ。食べ物に重金属混ぜても違法にならないなんて、おかしいですよ」

「昔にできた仕組みが今と合わなくなっても、無くすことも壊すことも、もうできやしねぇ。バブル期にいい目を見た年寄りの年金の為に、若者が苦労して更に少子化が進む。それなのに民主主義で多数派の年寄りの為に、年金を無くすこともできねぇ」


 加藤さんは白髪になった頭をバリバリと掻く。


「死ぬ前にいいことってのをしたくなってみてな。この国の若者と子供がマシに生きられるようにしてやろうってな」

「それをどうやって? 政治家にでもなるんですか?」

「政治家は今の仕組みを維持するのが仕事で、それを壊すのは政治家には無理だ。やるなら今の政府をひっくり返す革命しか無い」


 革命? 今のこの日本で? どうやって?

 加藤先輩を見ると加藤先輩はニヤリと笑い返す。


「頭のおかしいことを言い出した、と考えてる顔だな? いきなり革命ってのも難しいだろうが、若者の暮らしを楽にする方法は簡単だ」

「簡単だったらもう解決しているんじゃ?」

「簡単でもやる奴がいなかっただけだ。民主主義ってもんは使えねえ年寄りにも一票がある。だったら簡単だ、六十歳以上を殺してしまえば、若者が年金の負担で苦しむことも無い」

「殺すって、テロじゃないですか?」

「成功すれば革命。失敗すればテロだ。老人ホームに爆弾を仕掛けて年寄りを殺す。年金受給者がいなくなれば若者の負担も無くなる。だろ?」

「随分と乱暴な解決方法ですね」

「乱暴だわな。だが年寄りってのは若者に知恵と経験を伝えたら、さっさとその場を譲って去らなきゃならねぇ。その年寄りがこの国の未来を暗くしてんなら、それはガンと同じだ。手術して切り取らねぇと、生きていけねぇ」

「それで、加藤先輩は俺に何をさせようと」

「爆弾を作ってくれ」

「犯罪ですよ」

「罪を犯さずに子供達の未来を明るくする方法があったら、教えてくれ」


 そんな方法があったら自分が知りたい。自分がしたかったことは、人の暮らしに役に立つ物を作って、それで生きていたかった。それが今の日本では無理だと解った。

 やったことは子供に重金属を飲ませただけだ。しかもそれは、悪として裁かれたりはしない。

 この国は、誰が誰をどんな理由で断罪するのだろうか。


「俺は年寄りを殺してこの国の腫瘍を取り除く。その先に目指すのは、もう一度この国で明治維新をやることだ」

「明治維新ですか?」

「知ってるか? 明治維新のとき、国の金の単位を円に変えるときに、国の借金をチャラにしたんだ」

「昔、授業で習った憶えがありますね」

「この国の莫大な借金をチャラにして、今の若者と子供を苦しめる、年金も介護保険も全部無くしちまおうってことだ」

「できますか? そんなこと?」

「昔の日本人ができて、今の日本人ができないとなりゃあ、随分と弱く情けなくなったってことだなぁ」

「実際、その通りなんじゃないですか? 力ずくで政府をひっくり返すなんて」

「次々と老人ホーム爆破テロを起こしてこの国をかき混ぜるのさ」


 酷いテロの計画を聞いてしまった。


「この国を無政府状態の混沌に一度落とすのさ」

「そんなことしたら、大変なことに」

「大変なことになるだろう。無秩序の混迷となれば弱い奴から死ぬことになるか」

「守ろうという子供が死ぬことになります」

「だが、それよりも介護が必要な年寄りから先に死ぬだろう。混迷の時代を生き抜ければ、この国は若返ることができる」

「年寄りを殺して行けば、平均年齢は下がりますか」


「志村の話を聞いて考えたのはな、政府はもう似たようなことはやってるのかもしれん」

「似たようなって、年寄り殺しを?」

「ここ数年のガンの発生率は異常だ。これが食べ物のせいなら、志村は知らずに手伝わされていたのかもな。高齢になるほどガンは発生率が上がる」


 ……なんだ。俺はもう無差別のテロを知らずにやっていたのか。

 知らずに手を貸すか、知って覚悟を決めて行うか。それだけの違いしか無いのか。

 本当になんて国だ。なんて世界だ。


「無理にとは言わんよ。俺は俺で、何もやらずに文句だけ言うよりは、この国の未来の為にやれることやったと、誇って死にたいだけだ」

「加藤先輩、さっきから死ぬようなことを言ってますが」

「俺は腸ガンでな。モルヒネでごまかしてんだ」

「え?」

「抗ガン剤で病院で寝たきりなんてゴメンなんでな。残りの寿命、なんに使うかって考えた。この国の未来を明るくする。その為にやれることやってやろうってな」

「加藤先輩、」

「他人事じゃ無いぞ志村。人間、いつ死ぬか解らん。死ぬときに己の人生に悔い無しと言える、そんな風に命ってのは使うもんじゃねえか? 死期が解ってから、んなこと言っても今更かもしれんがな」


 ニヤリと不敵に笑う加藤先輩。ガンで死期が近づいてるとはとても思えない。

 死ぬときに誇れる生き方なんて、自分には遠い世界の出来事のように思える。知らずに悪事を成し、裁かれぬままのうのうと生きる恥さらし。そんな自分が何を誇れるというのか。


「どうするよ? 志村?」


 加藤先輩はステンレスのパイプを弄ぶ。でき損ないの銃を構えて、窓の外に向ける。爆竹で飛ばすパチンコ玉の弾丸で、いったい何を撃ち抜けるというのか。

 自分には今を変える力は無い。世の中を変える力も思いの強さも無い。それでも、悪いことはせずに、人の迷惑にならないように生きていたかった。そんな願いはかなわなかった。生きることは誰かに迷惑をかけることなのか。子供が毎日口にするものに、カドミウムを混ぜるのが仕事なのか。そうして金を稼いで生きていくのが、普通の、当たり前の人生なのか。

 あぁ、クソ食らえ。

 そんな普通など風穴を開けてやる。

 自分の正義が、非道なテロだと言うなら好きに言え。正義があっても、正義が無くとも、やってることに変わりはしない。やったことに変わりは無い。

 それなら自分の信じる正義に殉じて死ぬ方が、ずっと気分がいい。


「加藤先輩」

「どうする、志村?」

「爆弾の資料はありますか?」

「お? やる気になったか?」

「ええ、よろしくお願いします。加藤先輩」

「こっちこそよろしく頼む。志村ならいろいろと造ってくれそうだ」

「それと、加藤先輩」

「なんだ? あー、給料はあんまり高くは出せんぞ。そこはすまんが」

「いえ、そんなことはいいのですが」


 何かがストンと胸に落ちる。そうか、自分はこの為に産まれて、これまで生きてきたのか。

 納得がある。腑に落ちる。

 これが自分のやるべきことか。


「加藤先輩、オリンピックでデカイ花火を見たくないですか?」


 そのとき自分がどんな顔をしていたのか解らない。加藤先輩はそんな自分を見てがははと笑う。


「なら、それまでは生きていないとならんな」


 ここに来て、ここまで来て、ようやく自分は人に誇れる仕事ができそうだ。

 この国の未来の子供達の為に。

 これが自分の贖罪。

 今の時代にもう一度の明治維新を。

 この国に正義を。

 革命を。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うんうん。 読んで良かった満足です。
[一言] ほう、なんかNOMARさんの実体験が混じったような危険な香りがするお話でした。 いや、でも、本当に……このくらいやらないと、日本ってもうダメなんじゃないかなぁ。と思えます。 政治家秘書の面接…
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