レンジ 因縁の再会
福井にみずきとやってきた。みずきは移動中は大人しく、車の振動に合わせてうつらうつらしていた。
マドカが何を思っているのか理解できないが、みずきには怪我をさせないと一人意気込む。目的地に到着し、車を降りた。
「レンジさん、ようこそ」
語尾に音符がついてしまいそうなほど上機嫌にマドカが出迎える。レンジは肩に黒鞘に納まった日本刀を担いだ。不思議そうにみずきがレンジをしげしげと見た。
「それ、何?」
「ああ? 日本刀だ」
「ふうん。後で触っていい?」
「怪我するからダメだ」
ほのぼのとした親子の会話をしていれば、マドカが切れた。
「お子様は大人しくできないのかしら? ここからは大人の時間だから、車で待っていなさい」
「やだ」
みずきが顔色も変えずに一言、言い放った。マドカの顔が引きつる。
「レンジさん」
ちょっと拗ねたような甘えたような声で抗議されて、レンジはため息を付いた。大きな手でみずきの頭をくしゃりと撫でる。
「ちょっとここで待っていろ。すぐに終わる」
「でも」
「若いやつをつけるから、待っていろ」
レンジに強く言われて、仕方がなくみずきはその場に残った。レンジはその姿を見てから、マドカの後にづついた。数人の護衛達が何かを囲んでいる。マドカは男どもに近づいてからこちらを向いた。にこりといつもの可愛らしい笑顔を浮かべる。
「ようこそ。改めて歓迎するわ」
そういうことか。
レンジは案内された倉庫の中でため息を付いた。
確かに最後の詰めが甘く逃したのはレンジだ。死闘を行った後に明間ミチロを掻っ攫われて、行方が分からなくなっていると思っていたらここにいた。三県同盟の時に幸道マドカが明間ミチロを連れ去ったのだ。かなりの期間捕らわれており、それなりに研究されていたのだろう。ピクリとも動かないが、かろうじて上下する胸が息をしていることを示していた。
「ねえ、どお? 驚いた?」
得意気に話す女は歪んだ笑みを見せた。表の皮は綺麗そうだがその歪みは非常に醜かった。正直に言えば、研究と称した拷問など自分の好みとはかけ離れる。あの時やはり殺してやればよかったかと後悔が押し寄せた。
「……帰る」
得意気に色々と話すマドカを制すると、一言だけ告げた。くるりと来た道を戻ろうとしたが、マドカがレンジの腕を掴んで引き留めた。
「ねえ、どうして帰るなんて言うの? マドカと手を組めばもっと強くなれるわよ?」
「デーモン・コアも持っているのか」
けわしい表情のまま問えば、きゃらきゃらと笑い小さなビニール袋を取り出した。一度だけ見たデーモンコアが確かにある。
「これよね? なかなか研究が進まないのよね。使用済みだと何も残っていないから」
「……へえ?」
「わかったことは福井県高浜町の『福のこ』が新タントに石川県のNUKAほどの効果がなかったの」
マドカはぼやくようにいろいろ言っているが、レンジはもう聞いていなかった。
生きてるのかわからない態で地面に倒れている男を見れば沢山の傷が見える。きっと効果のほどを確かめるために『福のこ』とNUKAを使った人体実験が行われたのだろう。
「は?」
小さい影がレンジの横をすり抜けて行った。驚いて影を視線で追えば、見知った後姿。長い黒髪が後ろに靡いている。
「みずき?」
みずきはレンジを見ずに迷うことなく新タントに近づく。目の前でしゃがみこむと、ミチロの顔を覗き込んだ。
「うーん、かなりひどいなぁ。これだけで大丈夫かな?」
何かをポシェットから取り出したみずきは首を傾げつつ、いいやとえいと持っていた瓶を明間ミチロの口に突っ込んだ。抵抗することなくミチロはその液体を嚥下する。
「みずき、何やっているんだ!」
慌ててみずきに近づくと腕を引っ張り、ミチロから距離を取らせた。みずきは不思議そうにレンジの顔を見上た。
「何、って。怪我が治るかなと思って」
「なんだと?」
聞捨てならない言葉にレンジの眉が寄った。
「みずき、奴に何をしたんだ」
「ちょっと弱っていたから、聖水を飲ませただけ」
聖水と聞いてレンジは訳が分からなかった。
「なんだ、聖水って……」
戸惑っているうちに、気合を入れるような低い唸り声が響き渡る。
「ちょっと、護衛!」
マドカが慌てて護衛に指示をするが、ミチロの方が動きが早かった。集まってきた護衛を一撃で吹っ飛ばす。
「これは一体……」
「すごい。結構効いたみたい」
レンジの呟きにみずきの言葉が被る。今にも死にそうだったミチロがまるで何事もなかったのような回復をみせたことに驚きを隠せない。あれほどの怪我がすっとなくなっていく。
息を飲んで奴を見ていると、ミチロがレンジの方を向いた。焦点の合わない虚ろな瞳がレンジを認識する。
「お前……王生レンジ」
一気に膨れ上がる殺気。レンジはその殺気を受けて、にやりと笑った。
「おーお。すげー復活。やるのか?」
「貴様……殺す!」
捕らえられた屈辱もレンジに向ける憎悪に加算されたのか、前よりも殺気が強い。新タントに変化するつもりだろう。ミチロを見てレンジはわくわくした。ここ最近、何もなかったから暴れる機会がなかったのだ。色々とストレスも溜まっているのもあり、力の加減することなく挑めることに胸が熱くなる。
「みずき、危ないから下がっていろ」
「レンジ!」
みずきの咎めるような声がしたが、すでにレンジは戦闘態勢に入っていた。それはミチロも同じだ。
「行くぞ!」
ミチロの早い動きに目を見張った。先ほどまでピクリとも動くことができなかったのに全くのハンデを感じない。一番最初に対峙した時と変わらないのだ。いや下手したら、それ以上かもしれない。
「おもしれぇ」
やる気になったレンジは周囲の様子などすっかり頭から抜け落ちた。考えるのは目の前にいるミチロだけだ。奴をボコることだけを考えた。