ユリ 噂の確認
富山の安念ユリはとてつもなく機嫌が悪かった。ついさっきまで妖怪ジジイ……長徳シュウゾウと話していたからに他ならない。迎えの車に乗り込むなり、さっと差し出された菓子、富山名物・反魂胆を無言で受け取り、咀嚼する。ユリはだんまりではあったが、運転手にしたらわかりやすい反応だった。
「それで、どうしますか?」
運転手が行き先を聞いてくる。
「どうにもこうにも、石川に行くわよ」
不機嫌さを隠さずに告げれば、運転手が驚いて振り返る。
「今からですか?」
「そう、今からよ」
時計はすでに午後4時。飛ばしていけば一時間ぐらいでたどり着くが……。
計画もなく突然の移動に運転手は戸惑った。いつものユリならば、綿密な計画と目的をもって移動するのだ。明らかにユリらしくない行動だ。
「どうやら福井も今石川に入っているようよ」
「では、福井の動向を探りに行くわけで?」
ユリは最後のひとかけらを口に入れ、飲み込んだ。
「噂の確認よ。どうやら王生レンジは禁断の愛の末のロリコンだという情報があるの」
「……」
運転手は絶句した。しばらくの沈黙の後、のろのろとサイドブレーキを解除した。
「あのクソジジイ、王生レンジはロリコンだったからわたしに魅力がないわけではない、仕方がなかったとほざいたのよ。わたしが枕営業などするわけないじゃない!」
「心中お察しします」
運転手は何といっていいのかわからず、運転に集中することにした。
******
石川の拠点についたのは夕方だった。幸いにして、道が空いていたため一時間もかからず到着した。ユリは車を降りる。コツコツと靴音を鳴らして中に入れば、エントランスに会う予定の人間が集まっていた。
「これはユリさん」
タケヒコが入り口から入ってきたユリを見つけた。ユリはにこりと余所行きの笑顔を浮かべる。
「こんにちは。突然お邪魔してごめんなさいね」
「いえ、少し取り込んでいますが……」
タケヒコはちらりと視線を向ける。ユリは誘導されるまま、そちらを見れば目を丸くした。
レンジは小学生と思われる少女を抱き上げ、その少女は福井の幸道マドカと睨みあっている。二人の様子を見れば、一方的に幸道マドカが怒りを爆発させているとわかった。
面倒くさい女がいると密かに思ったが、とりあえず観察することにした。
「こんにちは、お姉さん」
傍観を決め込んでいたはずのユリに少女が挨拶してくる。レンジに抱き上げられたままという何とも言えない状況だが、挨拶されたので返すことにした。
「こんにちは。わたしは安念ユリよ。お嬢ちゃんのお名前は?」
「はじめまして。レンジの娘のみずきよ」
みずき、と聞いてどこかで聞き覚えがあると何かが記憶が刺激される。刺激されるが朧気でよく思い出せないでいた。
「無視すんじゃないわよ! どうしてこのおばさんをお姉さんと呼んで、わたしがおばさんなのよ!」
マドカが大声を張り上げた。みずきは不思議そうに首をかしげる。
「だってユリさんはとても素敵な女性だから」
「わたしが素敵じゃないような言い方するんじゃないわよ!」
マドカが叫べば、みずきが無邪気に笑った。
「子供にこんなにも怒鳴る大人が素敵な女性だなんて……」
みずきの含みを持たせた言い方にユリは引きつった。思わず問いかけるようにレンジに視線を向ければ、彼はひたすらやり過ごそうと無になろうとしている。
「なんなのよ、これは」
おそらく情報に合ったレンジの禁断の愛&ロリコン疑惑の相手はこの少女だ。
「ユリさん。会議室を用意しました。どうぞ」
「マドカ、そろそろ帰るぞ」
タケヒコはユリを会議室へと誘い、幸道は娘に帰宅を促した。マドカは何とか気持ちを落ち着かせると、引きつる笑みをレンジに向けた。
「じゃあ、レンジさん。待っているから絶対に来てね」
こうして幸道親子はようやく帰っていった。ほっと息をついたのは、ずっとこの場にいた護衛達だ。
「はあ、ようやく帰った」
「レンジ、みずきを部屋に連れて行ったら、お前は会議室に来い。いいな?」
念を押されてレンジは渋々頷いた。そしてみずきを連れて部屋へと戻っていく。それを見送ったタケヒコは深くため息を付いた。
「申し訳ない。見苦しいところを見せた」
「いえ、気にしないでください。ところで、あのみずきという少女がレンジさんの禁断の愛の相手ですか?」
「……いえ、娘です」
タケヒコがげんなりとしながらも、ユリに説明する。
「レンジが12年前に入れあげた女が産んだ娘です」
「本当にレンジさんが父親ですか?」
あまりに似ていない親子に思わず聞いてしまった。ユリは聞いた後に、無礼だったかとはっとした。
「すみません、言葉が過ぎました」
「いえいえ。そう思われても仕方がない。彼女もレンジ以外の男の子供を産むとは思えないので確実に娘だと思います」
会議室へと移動しながら、さらにタケヒコは説明する。
「みずきは関東の神社を管理する一族の跡取り娘ですよ」
「神社」
その言葉にユリは思い出した。関東に強すぎるほどの神聖な場がいくつかある。昔から多くの信仰を集め、その土地に強い力をもたらしたという。それを統括する一族がいる。あまり表に出てくることはないが、強力な願望実現の力があると昔から有名な話だった。
「レンジさんはそのことを知っているのでしょうか?」
「知らないでしょう。付き合っている女がどんな素性かも知らないぐらいですから」
ユリはため息を付いた。
「このことをわたしに話してよかったのですか?」
「隠したところですぐに調べがつきます。それぐらいみずきは次期当主として優秀です」
タケヒコは扉を開けるために立ち止まった。ユリを見つめ笑う。
「今はまだ関東の神社、いや日本の神社を敵に回さない方がいい」
「いずれは敵対するのにですか?」
「あそこに手を出すのは本当に最後です」
ユリはふうっと息を吐き、俯いた。数秒だけそうして気持ちを整えて、顔を上げる。
「わかりました。話を聞きましょう」