レンジ 娘と女の闘い
「げっ」
一日中、歩き回って疲れたみずきを抱き上げて拠点に戻ってくれば、丁度、タケヒコと客人が出てくるところだった。客人を認めると、くるりと方向を変える。
タケヒコの言っていた仕事というのが理解できたのだ。きっとレンジが逃げたことで、タケヒコは非常に面倒な状況になっていたはずだ。この時間になってようやく帰宅する様子に、かなり粘られたのだと思う。
あとでぐちぐちと言われるだろうなと覚悟はしていたが、まさか仕事の相手が福井の人間だったとは。もう少し遅く帰ってくればよかったと心底後悔したが、後の祭りだ。
「レンジさーん」
目ざとく見つけられたレンジは舌打ちをした。福井の幸道マドカだ。正直に言えばこの女は苦手だ。嫌いなタイプと言ってもいい。タケヒコとの打ち合わせのたびに父親である幸道ユキチについてきていた。もちろん、レンジがそのたびに絡まれている。
「レンジ?」
寝ていたのでレンジに運ばれていたみずきが目をこすりながら目を覚ます。
「ずっと待っていたんですよぉ? もっと早く帰ってきてほしかった……」
マドカがレンジの腕にいるみずきを見つけ、顔をこわばらせた。みずきはとろんとした眠そうな目をマドカに向けている。そして首を傾げた。
「誰、このおばさま。レンジの知り合い?」
ひくりとレンジの口元が引きつる。先日、店でぶつかったレンジよりも年上の女性にはお姉さんと呼んでいたのに、20歳になったばかりのマドカに向かっておばさんと呼ぶ。しかも無意識のうちに敵認識していると思われた。見えない火花が二人の間に散った。
「レンジさん、この子、何?」
マドカがおばさまと呼ばれて青筋を立てながらレンジに尋ねた。みずきはニコリとほほ笑んだ。
「おばさま、はじめまして。レンジの娘のみずきです」
「む、すめ?」
マドカが茫然とする。みずきは遠慮なくじろじろとマドカを頭からつま先まで遠慮なく観察している。
なんだか嫌な予感がする。
この場にいた男性の間違いなく一致した予感だ。
みずきがふうんと呟きながら、人差し指を唇に当てた。
「おばさま、レンジの好みからかなり外れているみたい。勝つ見込みがないから、無理しないで他を当たってほしいな。今ならまだ騙せる男もいると思うの。ほら、女の人って消費期限? あるんでしょう?」
「な、な、な……」
わなわなと体を震わせるマドカ。
レンジも恐ろしいものを見るかのような目つきでみずきを見下ろした。みずきはわかっていてわざとやっているのか、にこにこ笑っている。困ってしまってレンジはこれ以上話さないようにとみずきの名を呼んだ。
「みずき、本当のことは言ったらダメだ」
「どうしてダメなの? 二十歳すぎても可愛い感じなんて今しか勝負するタイミングがないでしょう? 数年後には痛い女になるのは確定だし。わたし、レンジの奥さんになる人はママみたいに綺麗な人がいいかな」
「なんなの、このクソガキ!」
マドカが顔を真っ赤にして怒鳴った。レンジに抱き上げられたままのみずきがふっと笑う。子供なのに嫌に大人っぽい表情にレンジが見とれた。
「頭、悪いの? レンジの娘だって言ったでしょう?」
「むっきー!」
収拾がつかなくなったのをみて、タケヒコが手を叩いた。マドカも静かになる。
「そこまでだ。レンジはみずきを部屋に送った後、もう一度こっちにこい」
「俺、いらなくない? 話し合いは終わったんだろう?」
げんなりとしていえば、タケヒコはため息を付いた。
「幸道さんはお前に是非とも福井に視察に来てほしいんだそうだ」
「はあ? 俺が福井に視察に行っても意味ないだろう。それとも襲撃かける案件でもあるのか?」
幸道ユキチというよりもマドカの希望が多分に含まれている気がしてならない。面倒くさそうにレンジが言えば、マドカが気を取り直したようににんまりと笑う。
「是非ともレンジさんに合わせたい人がいるの。だからマドカ達が帰る時に一緒に来てほしいな」
「あー……なんだ?」
これは受けた方がいいのか悪いのかわからずにタケヒコを見る。タケヒコは軽く頷いた。
「みずきは俺が預かる」
「は?」
レンジは頭が真っ白になった。信じられない気持ちでタケヒコを見つめた。
「何、一泊だからな。気にせず行ってこい」
「ふざけんな! 誰が置いていくか。連れていけいないなら俺はいかない」
噛みつけば、タケヒコは軽く頷いた。
「ということだそうですよ。どうしますか?」
幸道に確認すれば、彼は鬼のような形相になっている娘の方へと目を向けた。
「本当は嫌だけど! レンジさんにはどうしても来てもらいたいの」
それほどまで合わせたい人間がいるという事か。
タケヒコも何があるのか知っていそうであるが、きっと教えてくれないだろう。みずきと一緒ならまあいいかと、深く考えるのをやめた。