レンジ 娘と買い物
「ねえ、よかったの?」
レンジに抱えられたみずきはぽんぽんと目の前にあるレンジの頭を叩いた。今日はタケヒコの母親と出かける予定であったが、タケヒコとその配下の目をかいくぐり、みずきを連れ出した。護衛達を撒いたので、レンジとしてはとてもご機嫌だ。
「ああ。いいんだよ。買い物ぐらい、俺が連れて行ってやる」
「あ、荷物はね、駅のコインロッカーに預けてあるの」
みずきが思い出したかのように言えば、レンジはふうんと答えた。
「着替えとかも持ってきているのか?」
「うん」
それなら買い物は必要ないかと少しつまらなく思う。
「でも、食器がなかった」
「足りないものを買いに行こう」
「おろして。自分で歩くから」
いつまでも降ろさずに歩いているレンジに言う。
「お前の歩く速さと俺の速さが違うからな。商店街に連れて行くまで我慢しろ」
そう言われてしまえばみずきも嫌だとは言えず、ぎゅっと抱き着いた。
「レンジとお揃いのカップが欲しい!」
「わかった、じゃあそれを買いに行こう」
繁華街には沢山の観光客と地元県民で賑やかだ。ぶらぶらと二人で手を繋ぎ歩きなが、店をのぞく。みずきは年頃の女の子と同じで、可愛いものが好きなようだ。ファンシーショップに厳ついレンジが入っていくと店員や客がぎょっとした顔になるが、お構いなしだ。レンジにとって重要なのは、みずきが楽しめるかどうかだけである。みずきが見たいというのなら、一緒に付き合うまでだ。
「どっちも可愛い」
彼女はじっと二つカップを眺めていたが、ため息を付いて両方とも置いた。どちらも石川県を代表するゆるキャラが描かれている。全く持ってこれのどこが可愛いのか理解に苦しむが、みずきの目には悩めるほどかわいく見えるのだろう。
「気に入ったのなら二つとも買えばいいじゃないか」
「うーん、でもなぁ。レンジとお揃いがいいから、4つになってしまうのはもったいない」
その反応に、もしかしたらみずきは母親であるさつきと二人暮らし、余裕のある生活をしてこなかったのかもしれないと初めて思い至った。いくら知らなかったからとはいえ、自分の娘に不自由な生活を送らせていたかもしれないと考えると罪悪感が湧いてくる。
「みずき……」
「あ、ちょっとあっちも見てくる!」
みずきはレンジの気持ちなど全く知らずに、目についた方へと走って行ってしまった。どうやら気になったものがあるようだ。慌てて彼女の後を追えば、みずきが商品を見ていた女性の荷物にぶつかった。
「あ」
バランスを崩したのか、みずきがその場に尻もちをつく。みずきがぶつかった女性も慌てて振り返った。
「みずき!」
「ああ、ごめんなさい」
レンジの声とぶつかった女性の声が重なる。荷物の持ち主である女性は慌ててみずきを立ち上がらせて、怪我がないか確認している。30代後半だろうか。慣れた手つきでその女性はみずきを立ち上がらせ、汚れたスカートを手で払っていた。女性に立たされたみずきは情けない顔をしてレンジを見てから、女性にもう一度視線を向けた。
「ごめんなさい。前、見ていなかった」
しょんぼりして謝るみずきに女性はにこりと笑った。
「気にしないで。貴女の方が怪我をしていなければいいのだけど」
「みずきがすまなかったな」
レンジも謝りつつ、眉を寄せた。この女から変な感じがあるのだ。だがここは店の中で、しかもみずきもいる。
「それでは、わたしはこれで」
「お姉さん、ごめんなさい」
「きちんと謝れるなんて、お利口ね」
にこりと笑って女性は荷物を手に持つ。
「観光客か?」
「ええ、そうよ。これから帰りなの」
お土産に何かないかと思って寄ったのだと説明してから、彼女は去っていった。
思わず息を吐く。なんだか変な緊張した。どこか引っ掛かりを覚えながら、みずきを連れて買い物を続けた。
時折欲しそうな顔をしているのでなんでも買ってやると言うのに、みずきはいらないという。何が彼女に遠慮させているのかわからないが、こっそり後で手下に買いに行かせようと決めた。