レンジ 娘と朝の挨拶
ふんわりとした温かいものが懐にいるのに気が付いた。
不思議に思ったが寝ぼけた頭でまあいいかと、思い直しそのまま抱き込む。温かくて抱きしめていると気持ちがいいのだ。しかもすっぽりと包めるほど小さい。この暖かな温もりはまだ眠気の冷めていないレンジをさらなる微睡に引きずり込む。
柔らかくて小さな暖かなものは苦しそうに動いた。
「ん?」
ようやくわずかだが覚醒する。自分以外の人の気配に一気に目が覚めた。慌てて自分の懐を確認する。
腕にいる少女を認めて、愕然とした。ぴったりと寄り添っているのは、昨日自分のことをパパと呼んでやってきたみずきだ。長くて柔らかな黒髪がシーツの上に流れていて、目に毒だ。少女もレンジの動きに目が覚めたのか、こしこしと何度も目をこすっている。
「あー、レンジおはよう」
下から見上げるようにみずきが挨拶をした。もぞもぞと起き上がり、大きく伸びをする。あまりのことに固まっていると、乱暴に寝室の扉が開いた。
「レンジ、いい加減に起きろ!」
いつまで経っても起きてこないレンジにしびれを切らせたタケヒコはいつもの調子でレンジの部屋へとやってきたのだが。目の前に広がる二人の様子に愕然とした。
ベッドの上にはズボンしかはいていないレンジにレンジのシャツを着た少女。白くて細い生足が覗いている。シーツのしわがとても直視していられない。
何もないはずだと思いたいが、何があってこの状態になっているのかという疑問もある。ぐるぐるとした気持ちがどんどんとタケヒコの頭に血を登らせていった。後ろにいた護衛達も部屋を覗き固まる。
「れ、レンジお前ってやつは……!」
「あ、タケヒコおにいちゃん、護衛のお兄ちゃんたち、おはようございます」
ニコリとほほ笑まれて、タケヒコと護衛達が固まった。みずきは固まる大人たちの前でベッドから降りる。膝まであるシャツ一枚の姿に、誰一人動こうとしない。
「着替えてくるね」
みずきが部屋を出て行くと、ようやく皆が息をし始めた。
「お前、とうとう手を出しやがったな」
「誰がだ! しかも娘かもしれない子供に手を出せるか!」
「え? レンジさん、やっぱり自分の娘じゃなければ手を出す気で?」
「うるさい! そんなことするか!」
揚げ足を取られてレンジが吠えるが、誰一人信じていない。疑わしそうな眼を向けてくる。味方が誰一人いないと気が付いたレンジはわざとらしく咳払いして話題を変えた。
「で、タケは何の用だ」
「みずきを預かろうと話しに来た」
「なんでだ?」
レンジは預かると言われて首を捻った。タケヒコがため息を付く。
「みずきはろくな荷物を持っていなかったからな。買い物に連れて行く必要があるだろうが。俺の母親が連れて行くそうだ」
「おーお。そうだったな」
だからこそ、パジャマ代わりにレンジのシャツを着ているわけで。そのおかげで、変質者の疑いをかけられている。買い物に連れて行ってくれるというのならありがたいのだが。
「おばちゃんが連れて行くのか」
「非常に安全だと思うが」
タケヒコは何でもないことのようにさらりと言うが、タケヒコの母親だけあって、色々な意味でとてつもなく強い。護衛に若いやつを何人か連れて行けば、心配するようなことは何もないのだが。
幼い頃から世話になっているタケヒコの母親を思い出し、うーんと唸った。
おばちゃんは昔から可愛いものが大好きで、女の子が産めなかったことをひどく後悔しているのだ。みずきを見たら可愛いを連発して暴走するに違いない。餌食になるみずきが上手くやっていけるかどうか……微妙なところだ。みずきは年の割には落ち着いているし、人懐っこいから心配はいらないとは思う。思うが……。
「二人一緒に暴走したら、若い奴らは止められるのか?」
「大丈夫だろ」
タケヒコはあまり興味がないのか、肩をすくめただけだった。
「やっぱり俺もついていこうかな」
「ダメだ。お前は仕事だ」
仕事と言われて顔をしかめた。こうして迎えまで来ているということは、レンジにとって得意な仕事ではないことをさせようとしているからだ。
「おばちゃんも年だし、子供相手にするのは大変じゃないか?」
「いいからお前は仕事だ。さっさと支度してこい」
レンジをおいて、タケヒコたちが部屋を出る。恐らくリビングにいるみずきに話に行くのだろう。
「そうだ。俺が父親なんだから、連れて行ってやるのが筋っていうもんだろう」
にやりと笑うと支度を始めた。