レンジ 娘と出会う
「パパ」
「パパ????」
レンジは自分よりもはるかに背の低い少女を見下ろし、バカみたく呆けた。屈強な手下たちが拠点にしているビルにあるレンジの私室に連れてきたのは一人の少女だ。少し不安気に自分を見上げてくる少女をまじまじと見つめる。
初夏によく合う爽やかな水色のワンピースは膝を隠す長さ。すらりとした子供特有の肉の少ない足が伸びている。黒髪はとても艶やかで癖がなく腰の長さまであった。顔立ちは整っており、黒目がちの目は零れ落ちそうなほど大きい。唇はぽってりと紅い。幼いながらに仄かに色気がある。大人になればさぞかし美しくなるだろう。
正直に言おう。知らない少女だ。
「やっぱりわたしはいらない子なの?」
大きな目がじゅわりと潤んだ。
「え!? なんでそうなる!」
「あ~あ。レンジさん、流石にそれはまずいっす」
手下の一人がやれやれと言わんばかりに首を振った。
「いや、だって俺は子持ちになった覚えはない!」
きっぱり言い切れば、信用していないような目が向けられる。少女は居た堪れなくなったのか、俯いてしまった。さらりとした黒髪が流れ少女の顔を隠してしまう。ぎゅっと両手を握りしめ、薄い肩がわずかに震えた。
「でも、この子、12歳だって言っていましたよ。それぐらいの時ってレンジさん、いろんな女とやっていたでしょう?」
「避妊、完璧だって自信持って言えます?」
「う……それは」
手下たちにそう言われてしまえば、否定できない。そんなはずはないと思いつつも、強く否定する言葉が出てこない。ちらりと少女を見下ろせば日に焼けていない白いうなじが見えた。
うーん、これほど綺麗な少女なのだ。その母親もかなりの美女に違いない。
「あーなんだ。お前の母親はどうした?」
とりあえず問題を先送りにして母親のことを尋ねた。少女は俯いていた顔を上げた。涙の溜まった目のふちが少しだけ赤くなっている。
いや、マジで綺麗な少女だ。自分の血など全く入っている感じがないが、母親に似たのであれば覚えているかもしれない。
「これをパパに見せたらわかるからしばらく一緒に暮らしなさいって」
小さな声でそう告げて斜めにかけていたポシェットから取り出したのは一枚のスナップ写真。
若かりし頃の自分が一人の女性の肩を抱いて映っている。二人ともとても楽しそうだ。
「さつき?」
「うん。ママの名前」
「マジか」
呻くように片手で顔を覆った。忘れもしない。さつきは確かに一時期、はまった女だった。どうして忘れていたのか。さつきを思い、少女を見れば確かにさつきにそっくりだ。あの大きな黒い瞳でじっと下から見つめられると、気持ちが舞い上がったものだ。
「それで、レンジさん。そろそろ結論を言ってもらわないと」
急かすように手下が言ってくる。何故か少し慌てているようにも思えた。
「だけどなー、12年も音信不通だったからなぁ」
「悩むのはわかります。わかりますけど……マジで認めないと」
ぽりぽりと頬を掻きながら、うーんと唸った。
さつきとは自分にしては長く付き合っていたほうだ。別れた直後に妊娠がわかったとしても不思議はない。それなりに肉体関係はあった。
だが。
見下ろした先にいる少女に自分の血を感じなかった。
手下たちが何故か一斉に後ろに下がった。
ごん。
脳天が割れたかと思うほど容赦なく強打された。
「いてえ!」
「子供には罪はないと思わないか」
「え、タケ?」
振り返ればそこにいるのは三納タケヒコだった。いつの間に部屋にやってきたのか、まったく気が付かなかった。
彼は石川県自慢の頭脳だ。いつもと同じく質のいいスーツを着こなし、パリッとしていた。レンジには親友であったが、同時にすべてを握られている相手である。雲行きがかなり怪しくなった。
「お前は覚えていないのか? 出先で一目ぼれした女に入れ込んで一年帰ってこなかったよな?」
「そうだったか?」
とぼけてみるが、ダラダラと冷や汗が出る。タケヒコ、なんか怒っている。冷気となって噴出している冷たい空気に逃げたくなった。ちらりと周りを見れば、手下どもも顔色悪くして固まっている。
「お前に預けた資金のほとんどはその女に貢いでいた」
「そんな気もする」
「その上、当時開発中だったものを持ち出して得意気に自慢してダメにしたな?」
記憶が鮮明に戻る。人生で一番やらかした。
さつきにかっこいいところを見せたくて、ちょっと借りたのだ。すぐに返すつもりだったのに、ちょっと振ってみたら分解した。かっこいいところというよりも、笑いを取った感じになったのを覚えている。さつきは最初は笑いをこらえていたが、最後には爆笑した。
タケヒコが間を取るようにくいっと眼鏡を押し上げた。
「責任、ちゃんととれよ?」
「どういうことだ?」
「母親が来るまでお前がきちんとこの子の面倒をみろ」
反論しようとしたが、タケヒコのきつい眼差しに開けた口を結んだ。冷気を発しているタケヒコに勝てる要素が何もない。
「とりあえず、俺の部屋に連れて行くから」
タケヒコから逃げるように同じビルの最上階にある自分のプライベート用の部屋へ彼女を連れて戻った。
「こっちだ、えっと……」
「みずきよ、パパ」
少女はじっとレンジを見上げ名乗った。パパと呼ばれてレンジが凹んだ。
「パパは……慣れないからレンジって呼んでくれ」
「でも」
「いいから」
みずきは少しだけ戸惑った顔をしたが、一度息を整えて俺を見上げた。濁りのない澄んだ大きな瞳が上目遣いでじっとこちらを見つめていた。ちょっとだけ首をかしげてレンジの名を呼ぶ。
「レンジ?」
「ぶへっ」
あまりの破壊力に手で顔を押えて悶えた。護衛と称してついてきていた手下たちがどよめいた。
「レンジさん、サイテーっす。自分の娘にそんな犯罪をさせるなんて」
「ロリなのか? 一緒に住まわせていいのか???」
そんな小さな声で交わされる会話を聞きながらも否定できない。自分自身、知らない性癖があるのではないかと疑い始めていた。
「レンジ、大好き。ずっと一緒にいてね」
とどめの一言にすべてが固まった。




