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第九話 とあるネカマヒーラーのライブ感

 また別の日、ベルモンテの街は妙に活気づいていた。多くの人々がある地点を目指して進んでおり、流れのようなものができていた。セフィリアとレオンハルトは気になって流れに乗り、その先へ向かった。


 その終着点は東広場であった。それは街の中心部から離れていて、かなり広々としていることで知られた場所である。今日はその奥に特設ステージが建設され、ステージ前方に大勢の人々がひしめいていた。壇上には楽器を持ったバックバンドとマイクを手にした一人の女性が立っており──


「みーんなー!今日は突然の告知なのに集まってくれてありがとー!では早速ですが聴いてください。一曲目、『ネトゲあるあるヒストリー』!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ──それはフリフリのステージ衣装を身に纏った、可愛らしいヒュームの女性であった。そう、所謂アイドルである。セフィリアも多少知っていたが、彼女は「みーな☆」という名前で、元々は「Castle War」という大流行した攻城戦VRアクションゲームの出身である。


 そこで城主として家来の応援をしていたら神格化されてしまい、ついには本人もアイドルとして振る舞うようになった。そして他のゲームやネットを通じて活動の幅とファンが増え、大人気ネトゲアイドルとして名を馳せているのであった。


「ああああぁぁぁぁぁあ!よっしゃいくぞーーー!!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!──ジャージャー!!」


 曲の前奏で突然、最前列の人々が狂ったように叫びだした。所謂MIXとよばれるオタ芸である。2060年現在、もはや古典レベルのオタ芸であった。


 流れでこのゲリラライブを観に来た人々はドン引きしていた。セフィリアもレオンハルトも最前列近辺の彼らを珍獣でも見るかのような目で見ていた。


「おおぉぉぉ、はい!」


「おおぉぉぉ、はい!」


「はい!はい!はい!はいっ!ふっふぅぅー!」


「ふわふわふわふわっ!」


 曲に合わせて最前列の彼らは叫ぶ。サイリウム的なものを振り上げ、飛び跳ね、クラップやコールを入れていく。それが当然であるかのように威勢の良い掛け声。人の目など気にする様子もない彼らの姿に、前列から順に後方に向かってそれに呼応する者たちが現れ始めた。


 その波は勢いを増し、ついには広場が割れんばかりの掛け声にセフィリアとレオンハルトはただただ圧倒された。


 そして、その波はセフィリアにまで及んだ。


「ふ、ふっふー!」


 レオンハルトが信じられないものを見るかのようにセフィリアを見た。しかし、セフィリアはそんなことには最早気を配っていなかった。


『はい!はい!はい!はい!』


『ふわふわふわふわ!』


 セフィリアは恥も外聞も捨てて一心不乱に叫ぶ。みーな☆の歌声に心が躍る。実際に歌唱スキルの支援効果で物理的にも高揚していた。もはやセフィリアはアイドルと会場のこの一体感にその身を完全に委ねたのであった。


「みんな、今日はありがとー!!次のライブもよろしくねー!」


『うおおおおおぉおおおおおおおおおおおおお』


 セフィリアも広場の皆も、全ては一つであった。心地よい疲労感と感動に皆が酔いしれていた。


 そんなセフィリア達を、レオンハルトは一歩引いたところからドン引きした眼差しで眺めているのであった。


「ふぅ、アイドルのライブって良いものだね……」


 ライブが終了して人々が散っていく中、セフィリアは達成感の篭った声でそう口にした。


「私には難しかったですが、セフィリアさんが楽しそうなのは伝わってきましたよ……」


 レオンハルトが何やら疲れたもしくは呆れたような顔でセフィリアに答えた。それを見てセフィリアは少し自重を覚えようと反省するのであった。



**************************************



「セフィリアさんセフィリアさん、今度ファッションコンテストがあるそうですよ」


 ある日、いつもの待ち合わせ場所で合流してすぐに、興奮した様子のレオンハルトがセフィリアにそう声をかけた。


「え、ファッションコンテスト?レオン出るの?」


「いえいえ、出ませんよ!でもセフィリアさんならかなり良い順位を狙えると思うんです」


「えー、出たくないなあ。目立つの嫌だし」


 セフィリアはファッションコンテストに出場するつもりはさらさら無かった。目立つのが好きでないというのは確かに理由の一つである。しかし何より中身は男であるため、女性アバターで大衆の前に立って評価されるというのは、なんとも遠慮したいところであった。


「でも賞金とかありますよ?」


 レオンハルトがそう言ってゲーム内ブラウザを立ち上げ、ファッションコンテストの特設ページを開く。服装は既存のものの組み合わせでも、新たに自作したものでも構わないそうだ。賞金はかなり高額で、景品も豪華であった。有名な生産プレイヤー達や大ギルドがスポンサーとなっているようだ。どうやら巻物屋として成功したゴールドラッシュ金山も出資しているようである。


 セフィリアの心が少し揺らいだ。


「い、いやでも、勝てるかどうか分かんないし……」


「あ、こんなの書いてありますよ」


 レオンハルトが示す文章を見てみると、スポンサー一覧の中にセフィリアの愛用するスノーホワイトシリーズ装備を生み出したクリエイターも掲載されていた。そしてなんと、景品として完全にオーダーメイドの服を作ってくれるらしい。


 そのクリエイターはその巧みなデザインによって最近急速に有名になっていることに加え、個人で活動しているためとてもオーダーメイドなど受け付けられる状況ではない。セフィリアがこの服を買えたのも彼女が有名になる寸前に運良く購入できたからであった。


「ほら、セフィリアさんってその服かなり気に入ってますよね。その作者さんにオーダーメイドを頼めるなんてこの機会を逃したら当分はありませんよ?」


 レオンハルトがここぞとばかりに畳み掛ける。セフィリアの心は半ば折れかけていた。そして一つ気になったことがあった。


「なんでレオンはそんなに僕を出場させようとするの?」


 セフィリアはそう尋ねてみる。レオンハルトの謎の熱意が不可思議だったのであった。それに対し、レオンハルトは少し考えた後、自分の気持ちを確かめるかのようにこう言った。


「多分、セフィリアさんがステージに立っているところを見てみたいから……だと思います。セフィリアさんかわいいですし、きっと良い順位狙えると思います!」


 セフィリアにはレオンハルトの感覚が今ひとつ分からなかったが、そこまで言われて悪い気はしなかった。ただこのまま折れるのも癪だったので、少し抵抗してみることにした。


「じゃあレオンも一緒に出てよ。それなら僕も腹をくくるよ」


 レオンハルトの時が止まった。まさか自分に返ってくるとは思っていなかったようである。しばらく頭を抱えて悩みこんでいたが、やがて覚悟を決めた瞳をしてこう言った。


「分かりました。一緒に頑張りましょう」


 二人は打倒ファッションコンテストに向けて動き出したのであった。


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