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第二話 とあるネカマヒーラーの邂逅

「うーん、ダメだこりゃ……」


 草原へ出て2時間が経過した今、セフィリアはある壁に直面していた。そう、肝心の神聖魔術がなかなか上がらないのである。その代わり、やたらと筋力スキルと盾スキル、そして杖術スキルが上昇していた。


 問題は明確であった。それはセフィリアがソロで敵を狩っていたからである。ソロで敵と戦っているとどうしても近接戦闘となり、魔術の詠唱時間が稼げないのである。また、どうやら神聖魔術のローヒールはHP、ローキュアはSTが大きく減っていない時に使用してもスキルが上昇し辛いようであり、弱い敵と戦っていては中々神聖魔術が上昇しないのであった。ちなみに、ローヒール・ローキュアは神聖魔術スキル10で使える魔術であり、スキル値が足りていないと発動失敗してしまう。しかし、スキル値0から10までの間は発動失敗によってもスキルが上昇するようで、無事スキル値は10まで上がっていた。


「これは、誰かとPTを組んで強い敵と戦う必要があるなあ」


 セフィリアはそう思って周囲を見るが、フィールドが広いため、あまりプレイヤーの姿が見られない。たまに数人見かけるが、いずれもすでにPT(パーティー)を組んでおり、話しかけ辛かった。


「仕方ない、森の方へ行ってみるか」


 もしかしたら誰かいるかもしれないと思い、とりあえず遠くに見える森へと向かった。



******************



「負けられ……ないっ!!」


 森へ入って少しすると、そんな声が聞こえた。鬼気迫る声に引き寄せられ、その声の方へ走る。無心で、全力で走った。立ち塞がる木々や木の根を避けながら一心不乱に走る。

 すると、木々が開けた広場のような場所に出た。その中心部で1人のヒュームの青年と木の形をしたモンスターが対峙していた。青年の方は傷だらけで、HPも残り僅か、辛うじて立って剣を構えているという状態であった。

 それを見た途端、セフィリアは神聖魔術の詠唱を始めた。


「彼の者に──」


 詠唱時間は僅か2秒である。しかし木の形をしたモンスター──レッサートレントはすでに攻撃に移っている。間に合え、間に合ってくれ!そう願う中、レッサートレントの腕が振り降ろされる瞬間、詠唱が完成した。


「癒しを。ローヒール!」


 緑色の光と共に青年の傷が治ってゆき、HPが少し回復する。青年も辛うじて盾を出すのが間に合ったようで、残存HPは2発ほど耐えられそうな値にまで上昇した。


 その間セフィリアはその結果を見届けることなく、即座に詠唱を始める。


「彼の者に安らぎを。ローキュア!」


 黄色の光と共に、青年のSTが回復する。STは技を使用したり走ったりするために必要な値であり、他人のものは見えない。青年の疲労困憊の様子から、ST不足を考えたのであった。


 すると青年は見違えたように機敏に動き始めた。レッサートレントの猛攻を盾で防ぎ、その合間に剣で攻撃する。僕も回復を絶やさず、やがてレッサートレントが倒れ、決着がついた。



******************



「こんにちは。ついつい手を出してしまいました。すみません」


 セフィリアはまず謝罪をした。一部の完全スキル制のゲームでは時として回復がスキル上げの妨げとなることがある。例えば、体力スキルなどはHPが減っているときほど上がりやすいのである。青年の戦闘はギリギリの様子であったので、おそらくそんな心配はいらないのであろうが、取り敢えず謝罪をしておくに越したことはないのであった。


「あ、いえいえ。とても助かりました!ありがとうございました。もう死ぬかと思いましたよ」


 そう言いながら彼はお辞儀をした。ヒーラーをやっていて嬉しい瞬間の一つ、「野良でヒールをかけて感謝される」である。謎の達成感に満たされながら彼と話をする。


「いやー、間に合って良かったです。そういえば、お名前は? 僕はセフィリアです」


「えっと、私はレオンハルトです」


 彼は燃えるような赤い髪に濃い青の瞳でしっかりした体格の勇者然とした姿をしていた。素直に格好いいと思ってしまい、すこし悔しかった。そしてこのゲームではプレイヤーの名前は表示されないようである。きちんと名前を覚えておかねば。


「レオンハルトさんは、この森──彷徨いの森──にはお一人で?」


「はい。草原の方は広すぎてなんだか寂しくなってしまって」


「確かに途轍もなく広いですよね。僕はPTを組みたくて誰かいないかと探しにここに来ました。もし良ければなんですが、レオンハルトさん、ご一緒しませんか?」


 彼がソロのようなので、ここぞとばかりにPTに誘った。神聖魔術スキルを上げるためというのも勿論あるが、実際のところ、一人で黙々と狩りをするのに飽きていたのである。


「レオンで良いですよ。えっと、PTですか。初心者ですが大丈夫でしょうか?」


「ええ、勿論。レオンさんのような盾役がいらっしゃるとヒーラー冥利に尽きるというものです。というか僕もついさっき始めたばかりですしね」


 どうやら上手いことPTが組めそうである。一安心し、彼の姿を改めて良く見てみる。

 布の服、布のパンツ、木の靴。そして木の盾と銅の剣。まごう事なき初心者装備である。かくいうセフィリアも木ではなく革の盾にワンランク上がっただけの装備であるが。


「レオンさんは街で何か買いました?技とか魔法とか」


「お恥ずかしながら、まだ買ってなくて……。ログインした後、我慢出来ずに冒険に出てしまいました」


 彼の気持ちがよく分かる。この無限に広がっていそうな世界。ワクワクしない方がどうかしているのだ。


「やっぱりそうですよね〜。僕も買い物しているとき、早く街の外に出たくて居ても立っても居られませんでした。ちなみに、構成はどんな風にしようとお考えですか?」


「えっと、盾剣士にしようかと思っています。タンクというのを目指していますね」


 タンクとは前衛の中でも敵の攻撃を一身に受ける役割の事である。PT戦での役割は大きく分けてタンク、アタッカー、ヒーラーに分けられる。タンクが敵の攻撃を受け持ち、ヒーラーが回復し、アタッカーが敵のHPを削るのである。場合によっては一人で数役を兼ねる構成の人も多くいるが、彼はどうやらタンク専門のようであった。タンクはことヒーラーとは相性が良い。人柄も良さそうであり、良い人物と巡り会えたようだ。


「タンク、良いですね。僕は見ての通りヒーラー志望です。では、PTを組んでみましょう」


 視界の端にあるヘルプで調べると、どうやら互いに握手し、握った手を上下に振ることでPTが結成されるようである。彼に手を差し伸べると、キョトンとした顔で彼も握り返してくれた。


「よいしょっと。お、これでPTが組めたみたいです。視界の端にHPバーが見えますね」


「なるほど、こうやってPTを組むのですね。なんだか気恥ずかしいですね」

「ですねー。では早速、狩りに出かけてみましょう!」


「行きましょう!」


 ようやくのPT戦である。2人は喜び勇んで広場から木々の向こうへと歩いていった。




 獣道で時折出くわすMob(モンスターの意)を倒しながら気づいたことがあった。


「やっぱりアレですね。技とか覚えた方が良さそうですね」


「確かに、通常攻撃だけだとなんだかパッとしませんよね」


「レオンさんは、盾術スキルにも奥義があったり、あと、挑発スキルとか闘気スキルの存在はご存知ですか?」


 盾術スキルにはただ盾で防ぐだけでなく、防いだ際に特殊な効果を付加できるものがあるらしい。また、挑発スキルはMobのヘイト(敵対心)を煽ることができ、闘気スキルの奥義には自分の攻撃力や命中率を上げるものがあるらしい。


「なんとなくそんな気はしていたんですが、やっぱりそうなんですね。街に帰って覚えた方が良いでしょうか」


「うーん、そうですね。では引き返しつつ、出くわした敵を倒して行くとしましょうか」


 そして立ち止まり、視界の端にある地図を見る。色々なウィンドウが視界の端にぼんやりとあり、集中して見ようとするとはっきり見えるようになるのである。便利な機能だなあと思いながらなんとなく背後を見ると、3匹ほどの野犬──サベージドッグの群れが近寄ってきていた。


「レオンさん!後ろ!」


 まだ前方を見ているレオンハルトへと注意を促しつつ、彼の方へと向かう。彼は即座に振り向くとサベージドッグへと走り出した。


(3匹相手に勝てるか……!?)


 セフィリアはやや不安に思いながらローヒールの詠唱を始める。詠唱は魔法名を言うまでは数十秒間待機状態にしておく事が可能である。

 レオンハルトが手近な敵を斬りつけるが、その間に他の2匹から噛み付かれていた。


「ローヒール!」


 そこですかさずローヒールを解放する。しかし、それが仇となった。

 レオンハルトが攻撃できていない2匹がセフィリアの方へと向かってきていた。回復ヘイトというものである。レオンハルトに与えたダメージを回復されたことに怒ったサベージドッグの敵対心がセフィリアに向いたのである。


「くっ」


 一応、このようなときのための自衛手段として盾を持っている。一匹の攻撃を盾で防ぎ、もう一匹の攻撃は杖で迎撃した。しかしその杖は武器としての杖というよりも魔法補助のための杖であり、殺傷力に乏しい。一匹相手ならそれでも良いが、二匹相手となると苦しいものがあった。


「セフィリアさん!」


レオンハルトがこちらの援護に来ようとする。しかし──。


「いや、ダメだ!──レオンさんはまずそいつを全力で倒して!」


 仮にレオンがこちらにきてサベージドッグ三匹分のターゲットを取ったとしても、単体攻撃しかないレオンではまたすぐに回復ヘイトの方が上回り、セフィリアの方へとターゲットが向かう。それを避けるべく、まずは一匹減らす事を優先した。セフィリアも攻撃を考えずに防御に専念すれば、ある程度の時間稼ぎは可能である。


「ふっ、くっ、……うわっ!」


 二匹同時の攻撃を貰わないように、位置取りを考えながら盾で防ぐ。片方のサベージドッグに近寄り、もう片方からは離れるように移動することで、攻撃タイミングをずらす。盾術の技はライトガードを覚えており、これは防御した際のダメージ減衰率を若干上昇させる盾技である。しかしクールタイムが8秒程度あるため、減衰率の低い素の盾防御も使う必要があった。そのため、余裕のありそうなときは盾を使わずステップを踏んで回避する。

 孤軍奮闘していると、どうやら時間稼ぎが出来たようである。


「お待たせしました!今助けます!」


 レオンハルトが一匹を倒し終えて、こちらが相手をしている一匹へと斬りかかる。背後からの強襲にそのヘイトがレオンハルトへ向く。レオンハルトはそれに構わず、もう一匹へと斬りかかった。

セフィリアはそれを見てバックステップを踏み、ローヒールの詠唱を始める。レオンハルトは防御を捨ててサベージドッグの撃破とターゲットの奪取に専念しようとしていると感じたからである。


 サベージドッグのターゲットがこちらに向かわないように二匹に満遍なく攻撃を加えるレオンハルト。セフィリアは彼らの背後からレオンハルトにローヒールとローキュアをかける。


 そして間も無く、戦闘が終わった。


「ふあー、倒せたー!」


 セフィリアとレオンハルトは脱力し、地に腰を下ろして勝利に耽ける。


「やりましたね、セフィリアさん!二匹同時に相手にできるなんて凄いです!」


「いやー、レオンさんもナイスな判断だったよー」


 そのようにお互いを褒め合う。これがPT戦の良いところだよなあと思いながら、立ち上がりサベージドッグの死体に手を触れる。

 すると死体からドロップアイテムのウィンドウがポップアップする。取り敢えず全て拾う。取得したドロップアイテムはPTを組んだ者同士で共通して視界の隅にログが流れるようである。


「アイテム分配は街に帰ってからやるとして、ひとまず森を抜けましょうか」


 そして今度こそ無事に街へ帰り着いたのであった。

 

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