第十七話 とあるネカマヒーラーの案内
それから数日、レオンハルトとログインの時間が被らなかったり、ログインしてもあまり長時間いられなかったりということが続いた。そのせいか、セフィリアとレオンハルトは少々気まずい雰囲気になっていた。
「今日はレオンは、ログインしてないか」
Unlimited Talesの世界にやってきたセフィリアはそう呟く。レオンハルトは少し遅れて来るだけかもしれないし、はたまた今日はもうログインしないのかもしれない。
しばらくセフィリアが時間を潰していると、不意に声をかけられた。
「あ、師匠」
「うん?」
セフィリアが声の方に顔を向けると、そこにはヒーラー弟子のかれんがいた。桃色の長髪を風になびかせながら、その小さな背丈でセフィリアを見上げている。1週間以上ぶりに見る彼女の姿は、今までとは大きく異なっていた。
「あれ、かれん。プレイヤー産のデザイン服買ったんだね」
彼女の服装は今まではNPC産の安物ローブであったが、現在はピンク色のファンシーな洋服を着ていた。所謂甘ロリと呼ばれるロリータ服であり、お姫様のような出で立ちである。現実世界で見るとなかなかに破壊力のある見た目であるが、仮想世界のおかげか、妙にマッチしているように見えた。
「ふふー。そうなんですよ! かわいいでしょ~」
かれんはご機嫌な様子である。その服を買うために金策を頑張ったのだろう、と心の中で感心しながら、セフィリアは適当に褒めることにした。
「うんうんかわいいかわいい。僕と良い勝負かなー」
「え、師匠……。流石に中身男の人でそういうこと言っちゃうのはどうかと……」
セフィリアとしては冗談半分本気半分であったため、かれんにドン引きされて中々に傷つくものがあった。負ったダメージを極力表に出さないようにしながら会話を続ける。
「今日はどうしたの?」
「暇だったのでブラついてたら師匠が見えたので、声かけてみました!」
なるほど、とセフィリアは納得する。丁度自分も手持ち無沙汰になっていた所であるので、彼女と行動するのも良いかもしれない。
「僕も暇してたし、街でも散策してみる? ある程度なら案内もできるよ」
「良いですね! 美味しいスイーツのお店とか教えてください」
「おっけー。じゃあ行こっか」
ゲーム内ではいくらでも食べることができ、料金も安いため、セフィリアはよくグルメツアーを敢行していた。スイーツの店もそれなりに網羅しており、お勧めの店を紹介するのは容易であった。
「南からぐるっと回って行こう」
「了解であります! 師匠」
意気揚々と二人は街歩きに繰り出したのであった。
まずは南商店街である。ここは飲食店が多く立ち並ぶエリアで有名であり、パフェットという店のアンリミテッドパフェというメニューが名物であった。値段はそれなりにするが、盛られたクリーム、果実が無限に無くならないという謎のパフェである。
空腹も満腹感も少ししか感じないため、無限にパフェを食べることができる。しかし、流石に飽きはあるので、それが止め時という暴力的なメニューであった。
「師匠……当分パフェは食べたくないです……」
「僕はこの店に来るのは3度目だからね。飽きる一歩手前で引き返すことに成功したよ」
無限パフェにギブアップしたかれんを前に、謎の師匠面を発揮するセフィリア。ツアーはまだ始まったばかりであった。
次に向かうは東商店街である。このエリアは武器や防具の店が多い。セフィリア御用達の雪見大服もここに出店していた。このエリアはかれんも詳しいようで、大した案内は必要なかったようである。
そのまま街外れに向かうと東広場があり、常設ステージでは何やら演劇の練習をする人たちの姿があった。
「うわわ、すごいですね!」
「この世界だと身体能力も上がってるし魔法も使えるからねー。見栄えがすごいね」
色とりどりの魔法と人々が飛び交う舞台を遠目に見て、セフィリア達は感嘆の声を出す。公演する際には観に行ってみよう、とセフィリアは心のメモに記しておくのであった。
そして北に向かうとスキル上げの関連店が立ち並ぶ。ゴールドラッシュ金山の巻物店はこのエリア随一の大商店である。他にも生産系の技能に必要な材料などの販売店も多くあり、常に人で賑わっているのが特徴である。
さらに北へ向かうと教会前広場とキルヒエル教会がある。広場では野外コンサートが行われていることが多く、セフィリアもたまに鑑賞に赴いていた。教会はプレイヤーの死亡後30分が経過あるいは任意で承諾すると送られる施設であり、ごく軽微なデスペナルティと共に復活できる。
教会は各地の街にあり、そこで祈りを捧げることで復活地点として登録ができる。セフィリア達はこのベルモンテを拠点としているため、復活はいつもここであった。
「かれんは死んじゃったことある?」
「3回くらいありますよー。寝起きみたいな?変な感覚ですよねー」
「あー分かるかも。中々慣れないんだよねー」
他愛のない会話をしながら、今度は西へと進む。西は闘技場、馬車乗り場、娯楽施設など、様々な施設が存在していた。
「闘技場って何するんです?」
「PvPって言って、プレイヤーとプレイヤーが戦える場所なんだ。タイマンもあるし、チーム戦もあるよ」
「怖いとこです?」
闘技場は無骨な作りであり、妙な威圧感があって初心者は立ち入り難い雰囲気がある。かれんの発言はそこから出たものであろう。
「怖くはないけど、対人コンテンツってどうしてもギスギスしがちだからねー。中には煽ったりするマナーの悪い人もいるから」
純粋に試合を楽しむプレイヤーも多いが、中には人を打ち負かして相手を貶すような発言をする心無いプレイヤーもいる。野良PTでチーム戦をした暁にはやれ足を引っ張った引っ張っていないで口論が起き、仲間割れに発展することもままあるそうだ。
「うぇー、私は絶対対人戦はしたくないです……」
「僕も今のところはモンスター戦で満足かな。そもそも純ヒーラーだからタイマンはどうしても無理だしね」
「ですよねー」
「あ、そういえば西には穴場のごはん処があるんだよ。行ってみよう」
セフィリアはふと、とある店を思い出した。かれんを連れて、記憶を頼りにその場へと向かう。
「あちゃー、無くなってるか」
「閉店しちゃったんです?」
たどり着いた場所には店の姿はなく、焼き焦げた空き地が広がっていた。
「いや……、すみませーん、フェニックス屋って今どこにあるかご存知だったりしませんか?」
セフィリアは近くの露店の店主に尋ねる。すると彼は親切にも答えてくれた。
「ああ、あの店ならここから中央の方へ進むと見えるはずだぜ。最近またやらかしたらしくてよぉ」
「やっぱりそうでしたか……。ありがとうございました!」
「良いってことよ! かわいい嬢ちゃんの頼みなら何でも聞くぜい」
セフィリアは愛想笑いを返してかれんの所に戻る。そのかれんの顔を見ると、ジトっとした目をしていた。
「嬢ちゃん……」
「良いの。今の僕は一応見た目は女の子だから良いの」
セフィリアはかれんの非難の視線を受け流す。この程度のことでわざわざ性別を明かす必要はないのである。そうセフィリアが自分を強く保とうとしていると、かれんが口を開いた。
「さっき言ってた、やらかしたって何です? フェニックス屋っていうのも……」
「それは行ってみたら分かるよ。出発出発―」
セフィリアはかれんを促し、店主の助言通りの方角へ向かう。かれんは不承不承といった様子であったが、大人しくついてきた。
「ここみたいだね」
そしてたどり着いたのがボンバーフェニックスという料理店である。みすぼらしい外観であり、中に入るのを躊躇う様相であった。
「え、ここですか……?」
何かの間違いではないかとかれんがセフィリアに疑いの目を向ける。セフィリアもそれは至極真っ当な意見だと感じた。事情を知らなければまず立ち入ることはないだろう。
「合ってるよ。大丈夫大丈夫、店内は普通なはずだから」
セフィリアはそう言って半ば強引にかれんを店に押し込む。かれんの抵抗もむなしく、二人は暖簾をくぐって魔境へと侵入するのであった。
「あれ、思ったより普通ですね」
「でしょ。僕も自信無かったけどね」
かれんがまたもやセフィリアに非難の目を向ける。セフィリアはそれに気が付かない振りをしてテーブル席に腰掛けた。
店はこじんまりとしており、客も数組しかいない。そして何より特徴的なのが、壁に記された品目が1つしかないことである。
「フェニックス焼き……?」
それを目にしたかれんがそう呟く。どんな料理か見当もつかないようである。
「うん、このお店ではそれしか扱ってないんだ。……すみませーん、フェニックス焼き2つお願いしまーす!」
セフィリアは厨房へ向かって大声をあげる。あいよ、とそこからは威勢の良い返事が返ってきた。
それから待つこと数分、運ばれてきたのは燃え盛る炎であった。
「……」
絶句である。かれんは謎の物体を前に言葉を失っていた。
「いただきまーす」
それを尻目にセフィリアはナイフとフォークで炎を切り分け、口に運ぶ。口に入れたとたんに広がる熱さと辛さとやわらかな不思議な食感、そして旨味。セフィリアは涙を流した。それは刺激物によるものか、あるいは味によるものか、はたまたその両方か。
「え、それ食べれるんです?」
「うん、料理屋だからね」
理解できないものを見る目でかれんがセフィリアに問う。かれんから見れば、セフィリアの行っていることは炎を切り分けて食べるということである。奇怪に見えて当然であった。
「まあ騙されたと思って食べてみてよ。美味しいよ」
「そこまで言うなら……」
とかれんが恐る恐る炎を切り分ける。その柔らかな感触に戸惑いながらも口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、かれんの目が見開かれた。
「ん!? んーーー!!??」
言葉にならない悲鳴。かれんもセフィリアと同様に涙を流していた。必死で飲み込み、口を開く。
「な、なんですかこれ!? 死ぬほど熱くて死ぬほど辛くて死ぬほど美味しいですよ!?」
「でしょ。それはフェニックスを倒した時にドロップする不死鳥の肉っていう謎の素材を調理したものなんだ。料理人に火属性耐性がかなりないと普通にダメージ食らって死んじゃうから、かなりのレア料理なんだよね。ここの店主は敵からずっと魔法を受け続ける苦行をこなして抵抗スキルを上げたんだってさ。装備も火属性抵抗で固めてるらしくて、この料理に命をかけてるらしいよ」
「あと、たまに調理を失敗すると不死鳥の肉が大炎上するらしくて、それで今までに何回か店が全焼しちゃって。その度に店を立て直して復活してるから、色んな意味で不死鳥ってわけ」
セフィリアはしみじみと語る。自分で話しておきながら訳のわからないことを言っているなと感じていた。
「なんというか、すごいお店ですね」
「うん、すごい店なんだ。ちなみに普通は不死鳥の肉はNPCに売られてるよ。こんなの扱える人限られてるからね」
「熱さと辛さで麻痺してるからかもですけど、味がすごく良いですね」
かれんは次々に不死鳥の肉をナイフで切り、食していく。
「たぶん仮想世界じゃなかったら普通に死んでるレベルの刺激だと思うけど、うーん……確かに麻痺してるのかも」
そんな身も蓋もない感想を抱きながら、彼らは食事を進めるのであった。
「そういえば師匠はどうして噴水広場でずっとぼーっと立ってたんですか?」
「え、もしかして長時間見てたの?」
「はい。話しかけて良いのかなーって様子見てました」
セフィリアはそれを聞き、少し恥ずかしくなる。自分はそんなにもぼーっとしていたのだろうか……。
「うんまあ、ちょっと相方を待っててね」
「相方ですか?」
「よく一緒に遊んでるフレンドでねー。いつもあそこで待ち合わせしてるんだ」
かれんが納得の色を浮かべる。しかしすぐに疑問顔へと変化した。
「私と一緒に遊んでて良かったんです? 待ってたってことは……」
「あー、今もログインしてないし、今日はもうログインしないんじゃないかな」
セフィリアはそう口にしながら、なんとなく気まずさを感じていた。セフィリアとレオンハルトの関係は現在、若干すれ違っているというか噛み合わないというか、何とも微妙な関係になっていた。
それはお互いのリアルを知ってしまったこと、今までそう思って接してきた性別ではなかったこと、春の悩みを聞いたこと。
仮想世界での接し方に戸惑いを覚え、それによって無意識にログイン時間をずらしてしまう状態になっているとセフィリアは内心では理解していた。セフィリア自身もログインに消極的になりつつあった。
「それって、女の人です?」
唐突にかれんが核心をついてきた。セフィリアの精神を衝撃が突き抜け、一瞬言葉に詰まる。
「あー、うー、うん……、そうだね」
苦し紛れに答えを探すが、結局口をついて出たのは肯定であった。
「師匠ってゲームには強そうですけど、そういうのはダメダメそうですよね」
「た、確かにそうかもしれないけど、そこまで言わなくても良くない……?」
セフィリアは普通に傷ついていた。確かに自身がゲームのことばかり考えているのは否めないが、様々なネットゲームで人間関係、それも男女関係については学んできたつもりであった。
しかし、かれんはきっぱりと断定する。
「いいえ、ダメダメです。ちなみに今どういう状況なんです?」
ここまでダメだと言われてしまっては、セフィリアも自分の考えに自信が持てなくなる。レオンハルトとの問題は時間が自然と解決してくれると希望的観測を抱いていたが、その自信も失われつつあった。ここはいっそのこと、かれんに相談するというのも悪くないかも知れない。
「実は――」
セフィリアは色々とぼかして、そのフレンドと現在お互いがお互いを避けつつあるという説明を行った。
「うーん、師匠達は普段どんなことをしてたんですか?」
「普段? 普段はそうだなあ……街歩きもしたし、買い物も食事もライブにコンサートに観光に、色んなことをやってたよ。でも一番はやっぱり狩りとかボス戦とかかな」
「それです!」
セフィリアの発言に対し、かれんがビシっと指を突きつける。セフィリアが困惑していると、かれんが続けた。
「すぐにでもその人に約束を取り付けて、すっごく強いボスに挑むんです。二人で!」
かれんの提案を聞いても、セフィリアにはピンと来なかった。
「ボス? どうして?」
かれんはセフィリアに突きつけていた指を左右に振る。なんとなくイラッとしたので、セフィリアはその指を突き返した。
「わ、何するんですか!」
「ごめん、つい」
衝動のままに動いたセフィリアであるが、話の腰を折ってしまったことは申し訳なく思ったため、素直に謝罪した。
「気を取り直して、えーっと。二人で全力でボスに挑むんです。生きるか死ぬかの戦いで再び思い出される友情と愛情! そうすればきっと本音で語り合えるはずです。スポ根的なアレですよ、アレ!」
「えー……、それはどうなんだろう」
セフィリアは渋ってみせるが、内心ではかれんの提案はアリかもしれないと感じていた。セフィリアとレオンハルトは、一緒に過ごした日々の中で、共に戦っていた時間が最も長かった。戦いの中から見いだせるものがあるかもしれない。そう思えた。だから――
「……うん、でもやっぱりかれんの言った通りにやってみるよ。かれんって直感とか鋭そうだし」
「いやー、やっぱり分かっちゃいます? 私のにじみ出る凄さが!」
「そこまでは言ってないけどね。まあでも一応ありがと」
口ではそう答えるものの、セフィリアはかれんに本当に感謝していた。自分一人では考えようとしなかったであろう計画、そしてそれを行動に移すために後押ししてくれる存在はありがたかった。今度かれんに何かお礼でもしようと心に決める。セフィリアはようやく、止まっていた時間が動き出すのを感じた。




