第十四話 とあるネカマヒーラーの手伝い
翌日、セフィリアはとある店を訪ねていた。白い建物に華やかな装飾。ファンシーさを感じる店構えである。同様に真っ白な看板には、水色で「雪見大服」と書かれていた。
セフィリアがその玄関を開けると、店内にはちらほらと客の姿が伺えた。そのまま店の奥へ行き、カウンターへと近づく。カウンターには眼鏡以外に特徴のないヒュームの女性がペンを持って紙とにらめっこしていた。
「ゆきみんさーん。こんにちはー」
気配に気づく様子のない彼女にセフィリアが声をかける。すると店主の彼女――ゆきみん――はゆっくりと顔を上げた。
「あら~。セフィリアちゃんいらっしゃ~い」
ぼんやりとした表情で、間延びした声を発する。ゆきみんはなんとも言えない緩い雰囲気を纏った女性であった。
「今日も頑張りますよー」
「いつもありがとねぇ。それじゃあ、着替えて着替えて~」
「はーい。ポチっとな」
ゆきみんの緩い雰囲気に当てられてか、セフィリアも時間がゆっくり流れるような感覚に陥る。彼女とこの店の雰囲気をセフィリアはいたく気に入っていた。
そして、登録装備セットのショートカットを起動する。瞬く間にセフィリアの姿が白いローブ姿から水色のサマードレス姿へと変化した。
それはクリスタルのような透明感のあるドレスであった。うっすらと独特な雪の結晶の刺繍が施されており、ゆきみん印の作品であることが覗えた。
「今日もセフィリアちゃんはかわいいわね~」
「ゆきみんさんのおかげですね」
セフィリアは照れながらも素直にそう思った。このサマードレス及び帽子や靴などのアクセサリーは、ゆきみんがセフィリアに似合うように1からデザインした代物である。ファッションコンテストでレオンハルトが獲得したオーダーメイド権によって作成されたのであった。
「では行ってきまーす」
「よろしくね~」
軽い挨拶の後、セフィリアはそう言って店の外に出た。空には夏の太陽が燦々と輝いており、暑さは然程感じないものの、気分的には目眩がしそうな天気である。
しかし、すぐさまこのサマードレスの質感や素材、効果によって爽やかな気分となる。この服となら夏を楽しめそうだと思えた。
そんな感想を抱きながら、セフィリアは「20%OFF」と書かれた看板を持って声を上げる。
「ただいま店内の服飾品20%オフのセールをやっておりまーす! どうぞご覧になっていかれませんかー?」
呼び込みであった。セフィリアがゆきみんにドレスを作ってもらった際、セフィリアの容姿にやる気を出したゆきみんは、サービスとして似合いそうなアクセサリーも作ってくれたのである。
流石にそこまでしてもらうのは悪いと思ったセフィリアは断ろうとしたが、それならば呼び込みをやって欲しいとゆきみんに頼まれた。その結果が今セフィリアの行っていることである。たまにこの目立つ衣装を着て、セールと称して呼び込みをしているのであった。
セフィリアの姿に通行人の注目が集まり、少しずつ店内へ入っていく者が増えていく。女性向けのデザインの店のため、主に女性キャラクターしか入店しないが、それでもそこそこの人数にはなっていた。
セフィリアがしばらく無心で呼び込みを行っていると、ふと気になる話が聞こえてきた。
「今度のイベのオフ会だけどさー、飲み屋どこが良さげ?」
「私はぁ、イタリアンみたいなお洒落なお店が良いなぁ」
「イベ会場から近くが良いと思う!」
「ういっーす了解。んじゃ後で他の奴らにも聞いとくわ」
どうやらオフ会の打ち合わせのようである。彼らは同じギルドに所属しているようで、ギルドでオフ会を開くそうだ。
そのタイミングとしては今度のイベント――すなわち「Unlimited Festivals 1st」――の日に行うらしい。3週間後に東京で開催されるイベントであり、このゲームの今後の方針、コンセプトレストラン、ライブ、グッズ、コスプレ、体験会、対人戦ブース等々、様々なラインナップがあるようだ。
また、ゲーム内でも同時にイベントが開催されるそうで、一部のプレイヤーはイベントに向けて準備をしているそうだ。
セフィリアはこの催しに興味があった。それも、ゲーム内の方にではなくリアルの方のイベントに、である。本来、セフィリアの中の彼は地方住みであるため、ゲーム内イベントの方に参加するのが無難な選択である。
しかし、今回彼はオープンキャンパスに参加するために東京に小旅行へ行く予定を立てていた。ちょうどその用事がこのイベントの1日前に終わるため、もう1日余分に滞在してイベントに参加しようと考えていた。
では、彼らの話で何が気になったかと言うと、オフ会についてである。オフ会とはインターネット上の知り合いと現実世界で実際に逢う会である。
つまり、オンライン上の関係をオフライン上に持ち込むことになる。それによって関係性が変化することも多い。関係が良くなればより楽しいゲームライフが送れるかもしれないが、関係が悪くなればゲーム内でも困ったことになるだろう。
セフィリアは今までオフ会に消極的であったが、今は悩み始めていた。このまま当日を迎えれば、イベントを一人で回ることになり、それは何とも虚しいことになりそうである。
呼び込みの傍ら、セフィリアは内心でどうするべきか思い悩むのであった。
「セフィリアちゃん、もう大丈夫よ~。あがって~」
「はーい」
しばらくの呼び込みの後、玄関からちらりと顔を出したゆきみんから声をかけられる。セフィリアは呼び込みを切り上げると店内に戻り、ゆきみんと共にカウンター奥の小部屋へと入った。
「今日もありがと~。お茶でも飲んでくつろいでちょうだい~」
小部屋には小洒落たテーブルと椅子があり、ティーセットと菓子が置かれていた。ここは休憩室のようなものであり、一仕事終えるとそこでゆきみんと一服終えてから帰るのがセフィリアの常であった。
「何か作って欲しい服とかあったら何でも言ってね~。おねえさんがんばるから~」
「はいー、そのときはお願いします」
そんな話をしながらお茶を飲んでいると時間の流れが遅くなり、緩やかな気分になる。弛緩した思考で、セフィリアはふとゆきみんに尋ねてみることを思いついた。
「そういえばゆきみんさんって、オフ会とかしたことあります?」
「ん~、何回かあるわよ~」
そう、ずっと悩んでいたオフ会のことである。ここは一つ、年長者でありそうな彼女に助言を貰おうと思ったのである。
「どんな感じでした? 気まずくなったりとかしませんでした?」
「アバターから生身に接し方が変わるから、戸惑いはもちろんあったけど~。でも、みんな良い子だったから~、もっともっと仲良くなれたわよ~」
セフィリアはなるほど、と答えて少し考える。ゆきみんはオフ会に肯定的なようである。とはいえ、オフ会がうまくいくのは彼女の人徳のなせる技かもしれない。果たして自分はどうだろうか、と思考していると、ゆきみんが問いかけてきた。
「多分、今度のイベントの話よね~。私はゲーム内で参加するから他人事になっちゃうけど、もし仲の良い子がいたら一緒に行くと楽しいと思うわよ~」
とりあえずやってみろ、の精神である。セフィリアも心の底では決心がついていたのか、その言葉はすんなりと耳から入ってきた。一緒だと楽しい、確かにそうかもしれない。
「ありがとうございます。友達を誘ってみようと思います」
「うんうん、おねえさんも楽しいイベントになることを祈ってるわよ~」
気持ちのスッキリしたセフィリアは、いつもの服に着替えて店を後にするのであった。
セフィリアが噴水広場の定位置に行くと、ちょうどレオンハルトがログインしてきた。軽く挨拶を済ませると、セフィリアは意を決して尋ねた。
「レオンって、今度のリアイベの日って暇かな。もし暇なら僕と一緒に行かない?」
彼が都内に住んでいることは日々の雑談で判明していた。そのため、予定がなく、オフ会に抵抗がなければセフィリアと共にイベントに行くことは容易である。セフィリアは少し緊張した面持ちで返答を待った。
「んーーーーー……」
レオンハルトは考え込んだ。目を瞑り、うんうん唸りながら思い悩む。
セフィリアは待った。無心で待った。頭に何も浮かんでこなかったとも言える。
しばらくの葛藤の後、レオンハルトは目を開けた。
「分かりました。行きましょう!」
決心がついたのか、葛藤を振り払うように大きく頷いて、彼は了承した。
「良かった。一人で回るのは寂しいかなって思ってたんだ。レオンがいてくれて良かったよ」
セフィリアも安堵する。本心では彼と一緒なら楽しいから、という思いがあったが、気恥ずかしくてとてもそんな言葉は口に出せそうになかった。
「もし私がダメならどうしてたんですか全く。あれ、というかセフィリアさんって東京から遠くに住んでませんでした?」
「ちょっと用事で東京まで行くんだ。そのついでにと思って」
レオンハルトが行けなかったらどうしていたのか、セフィリアは何も思い浮かばなかった。だからその質問には答えられなかった。
そして、用事がオープンキャンパスであるということもはぐらかした。近い内に現実世界でレオンハルトに会うというのに、なぜか今のこの世界観を壊したくなくて。自分がリアルで何者なのかという情報を不透明なままにしたくて。
それなのにリアルで会ってみたいという相反する思いを胸に抱きながら。そして、わざと情報を伏せるのは彼に不誠実なのでは、とそんな棘が心に刺さりながら。
混沌とした感情で、それでも、きっとその日は楽しいものになる、とセフィリアはそう思えた。レオンハルトなら自分のこの面倒な心情を、きっと受け入れてくれる。
共に過ごし、戦った日々が、セフィリアにそう思わせた。レオンハルトとは器の大きい男だと、セフィリアはそう感じていた。
そして、レオンハルトから見てセフィリアはなんとも中途半端な男に映っているだろうと、そう思っていた。それを彼は受け入れ、好ましく思ってくれている。漠然と、そう確信していた。
「当日が楽しみですね」
「だね」
不安よりも、期待の方が大きかった。そんな思いを胸に、今日も楽しく二人はスキル上げに出かけるのであった。




