第十三話 とあるネカマヒーラーの大航海
晴れ渡る空、カンカンと照りつける太陽。いつもベルモンテから見る空と同じであるが、今日は違う点が一つあった。
触覚と嗅覚で感じる、強く吹く潮風。そう、今日セフィリアとレオンハルトは港街「アムール」へと来ていた。
アムールとはベルモンテの南に位置し、海辺にある。一部のプレイヤー達が開拓し、最近大きく発展を遂げているともっぱらの噂であった。
大地の起伏に合わせて立ち並んだ建物は色とりどりで、高所からは碧い海が一望できる。港には帆船が多く停留していた。
「やー、なんというか気持ちいい街だねー」
「噂通りですね。現実の夏もこれくらい快適だと良いのですが……」
セフィリアはレオンハルトの言葉に非常に同意であった。現実世界は夏真っ盛りで、そのじめじめとした暑さにセフィリアは悩まされていた。その点、このアムールという港街は暑くはあるが、風のよく通る快適な暑さで、こっちに移住したいと思えるほどであった。
「あ、イカ焼きの屋台がある。行こう行こう」
そう言ってセフィリアはレオンハルトを促した。彼も異論は無いようである。
「おっちゃん、イカ焼き2つください」
店主は筋骨隆々のオーガンの男性であった。料理スキルを上げているのか、見た目からして美味しそうなイカ焼きが並べられていた。
「はいよ、毎度あり」
受け取ったイカ焼きにかぶりつく。香ばしいタレの味と焼き目のどっしりとした味わい。そしてイカの中身はとても新鮮で、プリップリとして弾けた。
「うっっっま!」
セフィリアは感激する。そのまま一瞬で食べ尽くすと、店主にさらにもう一本注文した。
「そんなに喜んでくれると嬉しいねえ。追加2本サービスしてやんよ」
セフィリアほどではないが、レオンハルトも夢中でイカ焼きを頬張っていた。彼らは嬉しそうに店主へ感謝を述べるのであった。
「あ、たこ焼きがある」
「刺し身もある」
「パエリアだ!」
そんな風に次から次に屋台やレストランを見つけては入り、ひたすらに海の幸を胃袋に収めた。このゲーム内では、料理はいくら食べても実際に満腹になることはない。うっすらとした満腹感があるだけである。そのため、飽きるまで食事を摂ることができた。
「ふー、食った食った」
「リアルでもこんなに食べても太ったりしなかったら良いのですけどね」
「レオンはダイエットでもしてるの?」
レオンハルトはリアルでは太っていて、健康に気を使ってダイエットでも始めたのだろうかとセフィリアは考えた。
「いえ、私は少食なのであまり気にしたことはありませんが、流石にこれだけ食べてたら太るだろうなあと」
「確かに。というか胃袋に入り切らなくて吐いちゃうかもね」
そんな他愛のない話をしながら街中を巡っていると、船着き場へとたどり着いた。
「お、なんだか人がいっぱいいる。行ってみよう」
無数の船が停まっている中、一際大きな船の元に50人ほどが集まっていた。セフィリアたちがそこに行ってみると、どうやらレイド戦の参加者が集っていたようである。
「どうやらクラーケン討伐募集の集まりみたいですね。間もなく集合時間のようです」
背の高いレオンハルトが群衆の奥の看板を見てそう言った。セフィリアも背伸びして見ようとしていたが、150cmの身長ではとても不可能であり、悲しくなった。
「船の上で戦うのかな。面白そうだし参加しない?」
悲しみも束の間、クラーケンという単語に興味津々となったセフィリアがレオンハルトを誘った。その大きな空色の瞳はらんらんと輝き、期待で満ち溢れていた。
「そうですね。行ってみましょうか」
レオンハルトは苦笑しながらそう言った。セフィリアに従うといった体ではあるが、レオンハルト自身もキョロキョロと周りを見渡しており、ワクワクしている様子であった。
「お集まりのみなさん、どうも。船長のクッキングです。クラーケン討伐に参加される方はどうぞ私の船に乗っていってください」
真っ赤なつば広の帽子に丈の長いジャケットを羽織ったエルファの男性が、船上からそう呼びかけた。優男風の、エリート船長といった風貌である。その指示に従い、船の下に集まっていた50余名が大きな船へと登った。
「では詳しい説明は船を進ませながら行いたいと思います。発進!」
クッキング船長が錨を上げ、帆を張る。そして舵を切ると船が進みだした。この作業は一人でもできるようで、航海スキルによるものなのかもしれない。非常にスムーズに発進した。
「ここから20分ほど進むとクラーケンの領域に入ります。クラーケンはタコのような見た目で、この船よりも大きいです。腕が8本あり、全てを一斉に切り落とすことで本体に攻撃可能になります。腕一本一本にHPバーが見えるため、切断のタイミングは私が指示します」
どうやらクラーケンの難所は同時に腕を破壊する所であるようだ。同時と言ってもそれなりに時間的猶予はあるらしく、少しだけ腕のHPを残した状態を8つ分作り、そこからは一斉に攻撃を仕掛けるとのことだ。
もし1つだけ腕を破壊してしまったりすると、すぐに再生してしまうので、HPバーに注意するようにと強く説明された。
「また、水泳スキルをお持ちの方は水面下の腕を攻撃してください。できそうな方は何人くらいいらっしゃいますか?」
クッキング船長の言葉に数名が手を上げた。彼らは普段から水中で狩りをしているのか、全員が水泳スキル持ちの固定PTのようだった。もし水泳スキル持ちがいなければ、水面下の腕は水泳スキル0で必死に泳ぎながら攻撃することになっていたらしい。
水泳スキルは水中での息継ぎ、移動速度、行動速度に影響が出るため、あるのと無いのとでは雲泥の差がある。彼らがいてくれて良かったと皆が拍手を送った。
「それと、クラーケンは定期的に広範囲に墨を撒きます。当たると目を開けられなくなるため、そうなった方は速やかに退避してクリアポーションを使うかヒーラーさんのピュリファイを受けてください」
説明は以上のようである。これまでの説明を踏まえながら、各々が戦闘準備に取り掛かった。
「到着しました。ここからは常に警戒してください!」
クッキング船長が叫ぶ。色めきだったセフィリアたちも周りを見渡す。快晴はとうに無く、暗雲立ち込める不吉な空。海は黒々しく荒れている。時折雷の音もしていた。
そしてセフィリアが船の後ろに注意を配ったその瞬間、船の船首――つまり振り向いたセフィリアの背後――の方から海面の割れる大きな音と共に、船が揺れた。
前後に大きく揺れる船を押さえつけるように6本の腕が叩きつけられる。立ち上った波が落ちていくのと共に、顕になるその全容。
巨大な球状の頭、禍々しい瞳。しなやかでありつつも強靭そうな毒々しい紫の外皮。水面上に揺れる吸盤のついた腕。それは悪魔的な蛸といった容貌であった。
「行きます!」
その姿を見て、レオンハルト達タンクが船首へと向かう。船上で前衛後衛に別れ、戦闘が始まった。
今回タンクは3名しかいないため、彼ら一人一人が水面上の2本の足を引き受けるように戦い始めた。片方の腕を防ぐ間にもう片方の腕によってダメージを負う。それをセフィリアたちヒーラーはタイミングを見計らって回復する。
そして間もなくクラーケンは身体を振り乱して墨を周囲に撒き散らした。タンクと近・中距離アタッカーが暗黒状態となる。セフィリアは即座に神聖魔術のピュリファイを唱えて、2本の腕に翻弄されるレオンハルトを手助けする。
時折、叩きつけられる腕によって船にダメージが入っていた。セフィリアが船の耐久度を不安に思っていると、クッキング船長が匍匐前進でダメージ箇所まで這っていた。木材や金属板を用いて、木工スキルや鍛冶スキルによって即座に修理をしているようだ。
「うわあああああああ! 僕の船、僕の船だぞおおおお!」
腕が直撃はしないものの、衝撃の余波で叫びながら転がる船長を見て、セフィリアはハラハラしっぱなしであった。
戦況が安定すると、水泳PTの面々が船から降りて水中に潜っていった。船上からはその姿が見えないため、窮地に陥っていないかが少し不安になる。
と、そんな心配をセフィリアがしていると、横殴りに振るわれた腕の一撃を受けて、タンクが一人船から叩き落とされてしまった。
「カバーします!」
即座に残り2人のタンクが位置を変えてそれぞれ3本ずつの腕を受け持つが、1.5倍になったダメージと勢いに感覚を乱され、耐えきれなくなったタンクが死んでしまう。
それにより、現在戦闘可能なタンクはレオンハルトただ一人。6本の腕による猛攻撃を受ける。一瞬で殺されるかと思いきや、冷静な身のこなしで2本の腕を避け、盾で2本の腕をいなす。しかし2本の腕が直撃し、そのHPをガリガリと削っていく。
「耐えてよ、レオン……!」
それをヒーラーが総動員で回復させる。死体となったタンクを近接アタッカーの一人が不死鳥の血で蘇生させ、また他に手の空いている者が海に落ちたタンクに梯子を垂らして救出する。
僅か1,2分の出来事ではあるが、レオンハルトが上手く一度に受けるダメージを抑え、ヒーラーによる回復の隙を与える。そんな綱渡りのような時間がようやく終わりを迎え、2人のタンクが復帰した。
そこからはメインタンクをレオンハルトに見据えた動きで討伐は進んだ。ヒーラー達は戦況が危うくなったときはとりあえずレオンハルトに回復を集中させることで、最後の砦を落とさないように意識していた。
アタッカーも上手く分散してそれぞれの腕にダメージを与え、ようやく6本の腕のHPが残り僅かとなった。
「こちら残りミリまで削りきりました!」
海面上に浮き上がった水泳PTの一人がそう叫ぶ。どうやら水上、水面下の8本の腕が全て半壊状態になったようである。
「了解です!10秒後に皆さん総攻撃してください!」
クッキング船長が号令をかけ、カウントダウンを始める。
「3!」
「2!」
「1!」
「ゴーゴーゴー!」
カウントダウンの間にバフなどを掛け直し、アタッカー達が一斉に最高火力の攻撃を浴びせる。火炎や雷、氷の槍や岩が飛んでいき、矢や銃弾、刃物に鈍器が8本の腕に突き刺さる。
そして、クラーケンの絶叫と共に八腕がちぎれ飛んだ。クラーケンが仰け反り、船から離れる。
「一気に本体に畳み掛けます! くらええええええ!」
クッキング船長の雄叫びと共に、船が前方へ最大加速で突き進む。クラーケンに思い切りぶつかったかと思うと、船の前方から巨大な銛がその体へと突き出た。
銛で身体を突き刺され、船に固定されたクラーケンは逃げることができなくなった。これ幸いにと、近接アタッカーの一部はクラーケンに飛び乗って超至近距離からの連続攻撃を浴びせる。
そして、やがて誰かの放った巨大な槍の一撃で、クラーケンは断末魔の叫びを上げながら四散するのであった。
報酬も貰って港へと凱旋すると、多くのプレイヤーと鉄板が立ち並んでいた。
「今から、毎度恒例のクラーケンたこ焼きパーティーを行います! 皆さんぜひ食べていってください!」
クッキング船長が喜色満面の笑みで大声を上げる。港に待機していたプレイヤー達は料理人のようで、喝采を上げていた。
どうやら船長にはクラーケンの肉が報酬として与えられ、それを使ってスキル上げついでに街の料理人達にたこ焼きを作ってもらうというのが、このレイドイベントの常であるらしい。
そしてそのたこ焼きの味はというと……
「う、うっま!」
セフィリアは感動のあまり涙を流してたこ焼きを頬張った。ほっぺが落ちるとはこのことである。セフィリアの白くもちもちした頬がゆるんでいた。
「こんなに美味しいたこ焼きは初めてです……!」
クラーケンたこ焼きを口にしたレオンハルトも同様に目を見開いて驚愕していた。皆で力を合わせて倒したクラーケンを新鮮な内にその場で調理して食す。お祭りのような一体感が病みつきになりそうであった。
「また来ようっと」
セフィリアはそう心に誓うのであった。




