第十二話 とあるネカマヒーラーの初心者支援
水しぶきが青空に舞い、爽やかさを感じさせる。今日も今日とて青く晴れ渡ったベルモンテの空を見上げながら、噴水広場でセフィリアは悩んでいた。
初レイドからしばらく経った今日はレオンハルトがインできない日であり、久々の一人行動で何をするかが中々思いつかなかった。また野良PTか野良レイドに行くか、それとも露店巡りでもするかと悩んでいると、ふと、とある人物が目に入った。
それは布の服を装備した、いかにも初心者であった。何をすれば良いのか分からず広場を行ったり来たりしているのだろう。ピンクブロンドのロングヘアーをしたホビティの少女で、小柄なその背丈からもいかにも迷子の子供といった様子であった。
気になったセフィリアは声をかけてみることにした。
「こんにちはー。もしかして初心者さんですか?」
「わっ! ……はっ、はい!さっき始めたばっかりです」
見た目通りの初心者であった。背丈に関係なく幼そうな雰囲気を感じさせる少女であった。
「僕はセフィリア。君のお名前は? 親御さんとはぐれてしまったのかなー?」
なんとなくからかってみた。
「はぐれてません! 元から私一人ですぅ! あ、名前は“かれん”って言います」
テンションの高い子である。面白そうな子だと判断したセフィリアは、今日の目的を決めた。
「かれんさんね。なんだか困ってる風に見えたけど、もし良ければお手伝いしようか?」
「え、いいんですか! あの、チュートリアルは受けたんですけど、その後何をすれば良いか分からなくて……」
かれんがしょんぼりとする。確かにこのゲーム、特にクエストなどが指示されるわけではない。自由度が高いといえば聞こえは良いが、裏を返せば初心者に不親切でもあった。セフィリアはサービス開始直後の大勢のプレイヤーの流れに乗って行動していたため、比較的楽であったが、今はそれなりに新規参入者の数は落ち着いてきている。初心者が戸惑うのも無理はなかった。
「それじゃあとりあえず奥義書とかスクロールを買いに行こうか。それを使ってスキルを育てていくんだー」
セフィリアは昔――とはいえ数ヶ月程度ではあるが――を思い出しながらレクチャーをする。それを行うにあたってもう一つ訊いておかなければならないことがあった。
「ところでかれんさんはどんなキャラにしようとか、そういうのってある?」
「私、魔法を使ってみんなを助けたいです。傷を直したりとか!」
彼女はヒーラー志望のようだ。セフィリアとしては案内しやすくて非常に助かるが、ヒーラー同士で狩りをするのは困難である。どうしようか考えながら答えた。
「それなら僕と同じでヒーラー系だね。なら金山さんのとこのお店に行こうかな。あそこ全部の巻物揃えてるし」
「金山さん?」
僕の知り合い、とそう告げてセフィリアはかれんを促す。彼女は素直にセフィリアについていき、目的地へと向かった。
「ここが金山さんのお店。金山書店。ベルモンテ一の巻物屋だね」
街の中心の商店街区画に建つ巨大な建物。3階建てであり、1階は奥義書、2階はスクロール売り場、3階は金山の居住エリアとなっている。建物は現代的な作りで、ファンタジーな世界観からは浮いているが、それ故に目立ってもいた。
「すっごく大きいですね……」
かれんが感嘆のため息を漏らす。ここまでの道中、露店や小さな店などが並んでいる中、唐突にこのサイズの店が現れたのだ。スケールの違いに驚くのも当然であった。実際に、その大きさに違わない巻物の品揃えをしていた。
「うーん、魔術適正の奥義書を1階で買ったら2階で神聖魔術のスクロールを買おっか」
セフィリアはそう決めて店内へ入る。かれんもハッとしたように現実に戻り、セフィリアの後を追った。
「最初の所持金ならローヒールとローキュアと、あとアンチドートくらいまでは買えるかな。ある程度先のスクロールまで買っておくと、一々買いに戻る手間が省けて楽かも」
セフィリアの説明にかれんは素直に従い、棚に並べてあるスクロールを購入していく。所持金からの自動引き落としでレジに行く必要もないため、非常に買い物も楽である。そんな風に購入を進めていると、不意に声をかけられた。
「お、セフィリアじゃねえか」
声の主を振り向くと、小さなホビティがこちらに向かっててくてくと歩いてきていた。ゴールドラッシュ金山である。店内の様子を見て回っていたようだ。
「ん、金山さんこんにちは。良い品揃えだね」
「だろー。全種類集めたんだぜ。巻物は1000種類くらいあるから複製もしんどかったわ。んで、その連れのやつは?」
ゴールドラッシュ金山があいに目を向ける。セフィリアはいつも一人かレオンハルトと共にこの店に来ていたため、少し新鮮なようだ。
「この子はかれんさん。初心者のヒーラー志望さんでねー。ちょっと案内してるんだ」
「かれんっていいます。よろしくおねがいします!」
なるほど、とゴールドラッシュ金山は頷き、少し思案する。すぐに考えをまとめたのか、笑みを浮かべて口を開いた。
「初心者か。なら神聖魔術のスクロールはスキル80までのやつは全部持ってっていいぜ」
「え、金山さんいいの?」
セフィリアは驚いた。金山は名前の通りそれなりにカネにがめつい。同時に義理人情も篤くはあるのだが、かれんとは初対面である。
「良いんだよ。たまには初心者支援も悪くねえ。それに、お前さんが面倒見るってんなら俺もちょっと良いカッコしとこうかと思ってな」
彼はセフィリアと良好な関係を続けていきたいと考えているようである。セフィリアとしても素直にありがたかった。
「ありがとうございます!」
「まあなんだ、今後ともうちをご贔屓にってことだ。また来な」
そんな台詞と共に彼は見回りに戻っていった。セフィリアたちも金山書店を後にし、NPCの装備屋で簡単な装備を見繕う。ローブと杖を身に着けたかれんとセフィリアはクレスタ草原へと向かった。
「とりあえず僕が前に出て戦うから、かれんさんは後ろから僕を回復してみてー」
そう作戦を立てながら、セフィリアは最下級のローブと杖を装備した。なるべく自分への被ダメージを上げることで、かれんの神聖魔術スキル上げを補助しようと考えたのである。
「はい、師匠!」
「師匠!? ……いや、良い響きかも。うん……、かれんよ。これからは僕のことは師匠と呼ぶように」
セフィリアもかれんもノリノリであった。そのままの勢いでセフィリアは近くのブラウンラビットへ殴りかかった。
セフィリアは一応、最低限の物を持てるだけの筋力スキルがあり、杖術スキルも20程度はまだ残っていた。そのため、思いの外攻撃力があり、最下級のブラウンラビットでは相手にならなかった。
「あー、もっと奥にいこっか」
そう告げて、セフィリアたちはしばらく丁度良いMobを探し歩いた。そしてブラウンディアーが適切なMobだと判明し、それと戦い始めた。
「えいっ、ほいっ、えいっ、ほいっ」
「彼の者に癒やしを。ローヒール!」
セフィリアは鹿がどついてくるのも気にせず杖で殴り続ける。それをかれんが回復する。ダメージヘイトと回復ヘイトのバランスが丁度良く、かれんにブラウンディアーのターゲットが移ることもなかった。
「師匠って、女の人です?」
のんびりとした戦闘の中、かれんふと訊いてきた。
「いや、男だよ? 一人称も僕だし」
「あ、そうなんですねー。どっちかというと男の人かなーっていう感じで、はっきりとは分からなかったです」
そんなことをかれんが言う。実際セフィリアも、見た目のイメージとあまりにもかけ離れることのないよう、多少は柔らかい物腰を意識してはいた。
「そっかー。でも僕みたいなのってそんなに珍しくもないでしょ?」
「VRだと珍しいかもですけどー、他のゲームとかだとよくいますよねー」
「まあ中には男を騙して貢がせるみたいなネカマもいるけどね」
無害なネカマも多いが、悪どいネカマの話もたまに聞く。セフィリアは自身を前者だと認識していた。人から金品を貢がせるネカマにはなりたくないものだと、常々思っていた。
そういえばこの間のファッションコンテストでレオンハルトからプレゼントを貰っていたが、あれはネカマと関係のない単なる贈り物だと確信していた。セフィリアとレオンハルトはそれなりに長い付き合いになるため、彼もセフィリアの中身の性別を把握しているだろうと考えていた。
つまり、男同士の熱い友情である。何の問題も無かった、とセフィリアが一人でうんうんと頷きながら杖でブラウンディアーを殴る。
ちなみに、プレゼントされた権利によって作ってもらったオーダーメイドの服は、たまにしか着ていない。傷ついて耐久度が削れてしまうのが躊躇われたためである。なので、今日も戦闘の前まではいつものスノーホワイトシリーズを着用していた。
「でも師匠って貢がれてもおかしくないくらい可愛いですよねー。さっきの装備とか、私も真似っこしてもいいです?」
そう言われて、ふむ、とセフィリアは考える。師弟で同じ服というのも悪くない。うん、アリだな、とそういう結論にセフィリアは至った。
「うん、良いよ。というかかれんが一人前になったら僕からプレゼントしてあげるよ。その方がなんか師匠っぽいし」
「わぁ、ありがとうございます! 早く一人前のヒーラーになりますね!」
かれんがきゃっきゃとはしゃぐ。その様子を見て、セフィリアはかれんが貢がれやすい体質のような気がしてくる。彼女が姫プレイヤーとなってトラブルメーカーにならないか、セフィリアは少し不安になったのであった。
神聖魔術スキルが30まで上がったところで、今日は切り上げることにした。街に戻って手頃な店で食事を摂りながら会話する。
「とりあえず今日は僕がついてスキル上げしたけど、僕も毎日フリーってわけじゃないんだー。だから、かれんは集会所でPT募集するか何かして、同じスキル帯の人と組んでみると良いよ」
もし合う人がいなかったら攻撃魔術とかの攻撃手段を育てると良いよ、とセフィリアは続ける。あまりパワーレベリング地味たことは、ゲームを楽しめなくなるから初心者にはすべきではない、とセフィリアは考えていた。
「了解であります師匠! でもメールとかたまに会ったりとかはしても良いですよね?」
「うん、そこらへんは気兼ねなくしてくれて大丈夫だよ」
仮にも師匠である。それっぽいことはしてあげようと思う。普通にこんな風にご飯を一緒に食べたりなどでも良いかもしれない。
「では、弟子よ。次会うときにはその成長を楽しみにしておるぞ!」
「はい師匠! すごいヒーラーになってみせます!」
そんななんちゃって師弟のやり取りをして今日は互いに落ちていった。短い時間であったが、セフィリアはかれんを楽しく面白い人物だと感じていた。ほんの気まぐれからの出会いであったが、長い付き合いになりそうな、そんな予感がするセフィリアであった。




