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第十話 とあるネカマヒーラーの大舞台

「セフィリアさんセフィリアさん、今度ファッションコンテストがあるそうですよ」


 ある日、いつもの待ち合わせ場所で合流してすぐに、興奮した様子のレオンハルトがセフィリアにそう声をかけた。


「え、ファッションコンテスト?レオン出るの?」


「いえいえ、出ませんよ!でもセフィリアさんならかなり良い順位を狙えると思うんです」


「えー、出たくないなあ。目立つの嫌だし」


 セフィリアはファッションコンテストに出場するつもりはさらさら無かった。目立つのが好きでないというのは確かに理由の一つである。しかし何より中身は男であるため、女性アバターで大衆の前に立って評価されるというのは、なんとも遠慮したいところであった。


「でも賞金とかありますよ?」


 レオンハルトがそう言ってゲーム内ブラウザを立ち上げ、ファッションコンテストの特設ページを開く。服装は既存のものの組み合わせでも、新たに自作したものでも構わないそうだ。賞金はかなり高額で、景品も豪華であった。有名な生産プレイヤー達や大ギルドがスポンサーとなっているようだ。どうやら巻物屋として成功したゴールドラッシュ金山も出資しているようである。


 セフィリアの心が少し揺らいだ。


「い、いやでも、勝てるかどうか分かんないし……」


「あ、こんなの書いてありますよ」


 レオンハルトが示す文章を見てみると、スポンサー一覧の中にセフィリアの愛用するスノーホワイトシリーズ装備を生み出したクリエイターも掲載されていた。そしてなんと、景品として完全にオーダーメイドの服を作ってくれるらしい。


 そのクリエイターはその巧みなデザインによって最近急速に有名になっていることに加え、個人で活動しているためとてもオーダーメイドなど受け付けられる状況ではない。セフィリアがこの服を買えたのも彼女が有名になる寸前に運良く購入できたからであった。


「ほら、セフィリアさんってその服かなり気に入ってますよね。その作者さんにオーダーメイドを頼めるなんてこの機会を逃したら当分はありませんよ?」


 レオンハルトがここぞとばかりに畳み掛ける。セフィリアの心は半ば折れかけていた。そして一つ気になったことがあった。


「なんでレオンはそんなに僕を出場させようとするの?」


 セフィリアはそう尋ねてみる。レオンハルトの謎の熱意が不可思議だったのであった。それに対し、レオンハルトは少し考えた後、自分の気持ちを確かめるかのようにこう言った。


「多分、セフィリアさんがステージに立っているところを見てみたいから……だと思います。セフィリアさんかわいいですし、きっと良い順位狙えると思います!」


 セフィリアにはレオンハルトの感覚が今ひとつ分からなかったが、そこまで言われて悪い気はしなかった。ただこのまま折れるのも癪だったので、少し抵抗してみることにした。


「じゃあレオンも一緒に出てよ。それなら僕も腹をくくるよ」


 レオンハルトの時が止まった。まさか自分に返ってくるとは思っていなかったようである。しばらく頭を抱えて悩みこんでいたが、やがて覚悟を決めた瞳をしてこう言った。


「分かりました。一緒に頑張りましょう」


 二人は打倒ファッションコンテストに向けて動き出したのであった。



********************************



 コンテスト当日、東広場には大勢の人々が集まっていた。そしてセフィリアとレオンハルトは特設ステージの舞台裏に待機しており、広場の熱気に戦々恐々としていた。今回のファッションコンテストのエントリー数はおおよそ女性キャラ300人,男性キャラ200人という初回とは思えない人気を博していた。

 

コンテストは予選と本戦に別れ、本戦に出場できるのはわずか20名である。その20名が1位から順に賞金あるいは景品を受け取っていく形式だそうだ。500人中の20位を目指さなければならないという事実にセフィリアはすでに心が折れかけていた。


 コンテストが始まった。スポンサーの紹介が簡単に行われ、場が温まったところで早速評価開始である。舞台裏から25名ずつ女性参加者が舞台上に移動していく。全員30秒以内でアピールをし、観客に投票してもらう。投票は何らかのシステムを運営が用意してくれたようで、迅速に行えるとのことだ。それを女性キャラ部門は12回、男性キャラ部門は8回繰り返す。そしてそれぞれのグループの1位が本戦に出場できるという仕組みである。


 セフィリアは第3グループ、レオンハルトは第15グループであった。早い出番にセフィリアの緊張が高まっていく。そして第3グループに舞台袖待機の指示が出た。セフィリアはそこに向かい、同じ第3グループのメンバーを見る。パッと目を引くファッションをした人物が数名いた。とりわけ目を引いたのが──


「すごい……」


 ──和装のようでいてファンタジーな服装。キャラクターの顔もそれにマッチした異世界感溢れる美少女フェイスであった。飾りが多いのに全く過美でないそのスタイリッシュさに、セフィリアは思わず感嘆の声を漏らした。


 そして、悟ってしまう。──これは勝てない、と。


 セフィリアは愛用のスノーホワイトローブといくつかの装備を組み合わせてコンテストに臨んでいた。それなりに自信もあり、実際に客観的に見てもセンスの良い部類に入るコーディネートであった。しかし和装の彼女は恐らく服も自作なのだろう。ここまで圧倒的なデザインセンスとファッションセンスを見せつけられると、最早抵抗しようという気すら失う。

 

 戦う前に敗北を理解したセフィリアは、逆に吹っ切れた。どうせ勝てないのなら気を張っても仕方ない。適当にアドリブでアピールしてしまおう、とそういう境地に達したのであった。


 却ってそれが功を奏したのかもしれない。舞台に上がったセフィリアは特に緊張することなく純粋に観客の多さに感動でき、緩いアピールをして出番を終えた。


 出番の遅いグループと出番の終わったグループは一時解散となっていたが、出番がかなり後ろのレオンハルトは舞台裏に残っていた。ステージから戻ってきたセフィリアを見つけるなり、駆け寄ってきた。


「お疲れ様ですっ。どうでしたか?」


「うーん、これは無理だね。同じグループにとんでもないのがいたよ」


 セフィリアはレオンハルトがいてくれて助かったと、そう思った。一人であったならばなんとも虚しい気分でいたことであろう。


「そうでしたか……。でもセフィリアさんのそのコーデ、とてもかわいいと思います!なんとかなるかもしれませんよ?」


 レオンハルトが励ましてくれる。セフィリアはその気遣いをありがたく思いつつも気恥ずかしくもあり、話題を変えることにした。


「ありがとう。でもレオンの出番はまだ終わってないからね?僕の心配も良いけど、自分の心配をするように」


 そう釘をさし、セフィリアはレオンハルトと共にしばらく観客席側でコンテストを楽しむのであった。



 途中に食事やトイレ休憩を挟み、ようやくレオンハルトの属する第15グループの出番となった。コーディネートについては互いに秘密にしていたため、セフィリアはレオンハルトがどんな姿で現れるかを知らなかった。


 そして登場したレオンハルトを見てセフィリアが抱いた感想はごく単純。


「か、かっけー……」


 スリムで要所を守る鎧に洒落たインナー、表が黒で裏地が落ち着いた赤のマント。彼の赤髪とマントの裏地が調和し、それに他の差し色が映えていた。典型的な勇者然とした姿でありながらスタイリッシュに見える着こなしにコーディネート。ひと目で彼がそのグループで最も優れていることが分かった。


 言いようのない敗北感にセフィリアが打ちのめされていると、舞台から引き上げたレオンハルトがやってきた。


「緊張して上手く喋れませんでした……」


「え、あれで緊張してたの?至って普通に見えたよ……」


 それからしばらく、セフィリアのため息が増えるのであった。



 やがて全てのグループの評価が終わり、予選が終了となった。そして今から本戦出場のアナウンスが始まる。セフィリアとレオンハルトは緊張の面持ちでその時を待った。


『それでは本選進出者の発表を行います。第1グループ──……、第2グループ──』


 来た、とセフィリアの集中力が高まる。他のグループの決勝進出者の名前など全く頭に入ってこない。たとえ負けを覚悟していても、頭の片隅ではもしかしたら──という思いを抱かずにはいられなかった。



『第3グループ、ナンバー57のカエデ様』


 あっさりと告げられた他人の名前に、一瞬頭が理解を拒んだ。しかしすぐに理性が状況を受け入れ始める。そう、セフィリアは敗北したのだ。


 セフィリア自身も相手の方が優れていることは十分理解していた。敗北は当然のことである。分かっていた。分かってはいたが──


「くぅ~~~……」


 言葉にならない声を発する。セフィリアもそれなりにコンテストに向けて準備はした。コーディネートに頭を悩ませ、店を回って良さそうな装備を探したりした。だから、単純に、悔しかった。


 目を瞑って深呼吸をする。まだレオンハルトが進出できるかの発表が控えている。気持ちを切り替えなければ。そうして無の境地に浸っていると、次第に心が落ち着いた。もう大丈夫、セフィリアはそう判断するとアナウンスに耳を傾けた。



『──第15グループ、ナンバー360のレオンハルト様』


 今度は一瞬で理解できた。隣にいるレオンハルトに顔を向ける。彼はまだ理解が追いついていないようだったが、セフィリアが自分の方を向いていることに気が付き、同じく顔を向けた。


 顔を見合わせ、目と目が合う。セフィリアの顔に笑みが広がるにつれ、レオンハルトも理解したようだ。驚愕と歓喜の綯い交ぜになったような顔になった。


「やったねレオン!」


「ありがとうございます!……セフィリアさんの仇を、取ってきます」


 喜びは一瞬で、すぐに決意を滲ませ、レオンハルトが静かにそう言った。


 セフィリアにはそれはありがたかった。下手に慰められるよりも、ポジティブな言葉を掛けられることの方が、よっぽど嬉しかった。


「後は任せたよ……僕の屍を超えていってくれ」


 こういうセリフ、ちょっと言ってみたかったんだよね、とセフィリアが笑った。レオンハルトはあまりピンときていないようだったが、ニュアンスは伝わったらしい。


「全員倒してきます」


 そんな大言壮語を、苦笑しながら言ってくれた。



*********************************



 とはいえ、現実はそれほど甘くはなかった。本戦進出者20名は皆強者ぞろいで、本戦の票も大いに割れた。中にはエイリアンのような見た目のネタコーディネートもあったが、それはそれで観客に受けており、中々の票を獲得していた。


 肝心のレオンハルトの順位はというと、9位だった。十分健闘したと言っても過言ではない。また、1位はセフィリアと同じグループだったカエデというプレイヤーである。それなら仕方ないという納得がセフィリアの心に広がる。それが少し惨めにも感じたが、まあ仕方ないものは仕方ないのだと割り切った。


 順位発表が終わり、1位から順に賞金あるいは景品を選んでいく。賞金が一番人気で、景品はレアドロップ品やレア素材で作られたアイテムが人気なようだ。授与式は順調に進み、レオンハルトの番がやってきた。


 セフィリアはそういえばレオンハルトは何を欲しがっていたのかと疑問に思う。彼はセフィリアが無理矢理出場させたようなものだ。順当に考えれば賞金などだろうかと考えていると、レオンハルトが口を開いた。


「ゆきみんさんのオーダーメイト権をお願いします」


 セフィリアは自分の耳を疑った。ゆきみんさんとはスノーホワイトシリーズ装備の製作者であり、セフィリアはその報酬を目当てにこのコンテストに参加したのである。彼女は女性キャラ用の装備しか作っていない上に、布装備がほとんどである。およそレオンハルトが欲しいと思うようなものではなかった。


 

 その後もスムーズに式は進み、再度のスポンサー紹介と閉会式を終えて第一回Unlimited Tales カティサーバーファッションコンテストが幕を下ろした。



「レオンお疲れ様―。なんであの景品を選んだの?レオンもゆきみんさんのファンだったとか?」


 閉会後、レオンハルトと合流したセフィリアは開口一番にそう言った。なぜレオンハルトがあの景品を選んだのか、不思議で仕方がなかった。


「お疲れ様です。確かに私もゆきみんさんの作る装備は好きですけど、そういうわけではありませんよ」


 他に理由があるとすればなんだろうとセフィリアが首を傾げると、レオンハルトが気恥ずかしそうに答えた。


「セフィリアさんにプレゼントするためです」


「えっ」


 予想外の理由であった。レオンハルトを半ば無理矢理出場させたような立場のセフィリアは、彼がセフィリアのためにコンテストを頑張ってくれたとは考えもしなかったのである。


「まあこれは私へのプレゼントでもあるんです。セフィリアさんがゆきみんさんの特注服を着ているのを見たいなあって思っちゃいまして」


 なんとも欲のない言葉である。その素直さに、セフィリアはレオンハルトが本気でそう思って頑張ってくれたということを理解した。単純に嬉しいという気持ちと同時に申し訳なくも思う。


「でもレオンが出場することになったのって僕の我儘だし」


「それを言ったらセフィリアさんの出場も私の我儘ですよ。元は私がセフィリアさんのステージに立っている姿を見たい、と無理を言ったのがきっかけですし」


 レオンハルトは折れるつもりは更々ないようである。有無を言わさない彼の言葉と表情に、セフィリアは一つ妥協することにした。


「分かった。じゃあいつか僕からレオンハルトに何か良いものをプレゼントするよ」


 VRという世界における根拠のない約束。それでもレオンハルトは何の疑いも抱いていないという顔で、心底嬉しそうにしていた。


「わ、それは楽しみですね!期待してます。それでは明日にでも、ゆきみんさんのお店に一緒に行ってオーダーメイド依頼をしましょう!」


「そだね。何というか、うん。……ほんとありがとう」


 今日という長い一日を忘れることは一生ないだろう、とセフィリアはしみじみと思った。


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