第一話 とあるネカマヒーラーの誕生
「ただいまー」
いつものように帰宅し、手洗いうがいを済ませ、2階の自室へと続く階段を上る。高校2年の5月、新しい学年にも慣れてきて、代わり映えのない日常を送っていた。しかし、今日は躍るような足取りであった。
自室へ到着するやいなや、部屋着へと着替え、机に鎮座するヘッドギアを装着する。それなりに使い込まれた様子の見られるヘッドギアである。コンビニで買ってきた電子マネーをヘッドギアにセットし、ベッドへと転がる。そしてヘッドギアを起動させると、お馴染みの意識が消失していく感覚と共に、眠りへと落ちていった。
暗転し、目の前に現れるのは真っ白な空間と、中空に浮かび上がるウィンドウ。現実の自分の外見とやや異なる、アバターの状態でそれを操作する。予めヘッドギアにセットした電子マネーからチャージし、ゲームアプリを購入する。
それは、待望の完全スキル性VRMMORPG「Unlimited Tales」であった。
すぐにそれを起動すると、周囲が暗転し、全く別の景色となった。周囲は木々に囲まれた森であり、無数の扉がある。期待と共に右奥の小屋の扉を開けると、机と椅子、暖炉などの家具、そして、1匹の猫がいた。
「ようこそ、名も無き森へ。私はカティ、この世界の案内人です。まずはあなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
当然のように猫が喋った。その言葉と共に、目の前に一枚の紙とペンが現れる。その用紙には、「プレイヤーキャラクターの名前を記入してください」と書かれていた。
名前はもう決めていた。普段からMMORPGで遊ぶ際に使っている、セフィリアというものにした。幸い『その名前は使用されています』ということは無かった。
その後は、アバターの決定へと移った。種族がいくつかあり、ヒューム、エルファ、オーガン、ホビティ、ドワーフィに別れていた。
ヒュームは平均的ステータスで、エルファは魔法適正に優れるが非力である。また、オーガンは力、体力に優れるが魔法や身のこなしに難があり、ホビティは身のこなしに優れるが、力、体力への適正は低い、というものであった。そして、ドワーフィは生産技能にほんの少しだけ補正がかかるらしい。
とはいえ、種族補正は5%程度のものであり、大きな影響とはならないようである。いつも通りヒーラーをやる、と決めていたため、魔法適正のあるエルファを選択した。
「では、アバターの性別と身長、容姿を設定してください」
そう、このゲームでは性別が設定できるのである。これはVRMMORPGとしては稀な部類であった。近年、VRは視覚を超越し、意識を没入させることができるようになった。しかしこれには問題があり、仮想の身体に慣れると現実の身体に違和感を覚えるようになってしまうのである。そのため、普通は骨格や声などの問題で、性別はリアル準拠にするというのが近年のVRMMORPGの風潮であった。
しかし、このゲームでは思い描いた動きとアバターの動きの差異を補正して、見かけ上だけリンクさせることに成功した。また、声も一度思い描いた声を設定することで、今後もその声を記憶し、発声するというシステムが導入された。これによって、VRとリアルで体格を変えることができ、ひいては所謂ネカマ、ネナベ行為が可能となったのである。
そして彼は、性別として女性を選択した。最も、彼──セフィリアというプレイヤーネームの彼はネカマをしたかったのではなく、今までの非VRのMMORPGで女性キャラを用いてきたその習慣で、女性キャラを選択した。彼はMMORPGで遊ぶ時、男性キャラよりも女性キャラの方が楽しいと感じていた。「装備を決める際、男を着せ替えても全く楽しくない」というのが理由である。
そして身長、容姿を決める。これはどうやら種族毎の違いがあるようである。ヒュームは人間の平均的な容姿であり、エルファは耳が尖っており、すらりとした体型。いずれも身長は150cm〜180cmの範囲でしか設定できないようである。一方オーガンは体格が良く、身長は180cm〜210cm。ホビティとドワーフィは子供のような体型で、身長は120cm〜150cmの範囲となるようであった。
彼はエルファの150cmを選択し、容姿も凝りに凝った。自身の身体をベースに、魔改造を施したのである。もはや原型はなく、透明感のある金髪に空色の瞳。童顔でありながらも整った顔立ち。渾身の出来栄えであった。
「それでは、チュートリアルをお受けしますか?」
カティにそう問われ、彼は一瞬考える。チュートリアルは受けておくべきであろう。しかし、キャラクター作成に結構な時間を費やしてしまい、もう我慢できそうになかった。
「チュートリアルは結構です」
「では、トルネシア王国首都のルーテルへとお送りします。良き、冒険を──」
その言葉と共に、身体が光に包まれた。あまりの眩しさに眼を瞑ると、一瞬の浮遊感の後に空気の変化が感じられた。
「ここが、始まりの街……」
目の前には噴水と女神像があり、周囲には大勢の人だかり。身長、体格、容姿も様々である。ついに冒険が始まるのだと、期待に胸を躍らせるのであった。
「さて、こんなものかな」
持ち物の確認やスキル一覧を確認した後、僅かな支給金で装備やスクロールなどを購入する。購入したものは盾と杖、そしてローヒールとローキュア、ライトガード、リラクゼーションのスクロールと奥義書であった。これらを使用することで魔術や奥義を覚えるのである。
「ヒーラーをやるのは大前提として、後はどのスキルを取っていこうかなあ」
そう思いながら、セフィリアはこのゲームの事前情報を思い返す。スキルは300種ほど存在し、大きく分けて体力などの身体スキル、水泳などの基礎スキル、剣術などの奥義スキル、攻撃魔術などの魔術スキル、鍛治などの生産スキルといったものがある。完全スキル制のため、キャラクターにレベルは存在しない。
しかしスキルにはレベルが存在する。スキルは最大で100レベルまで上昇し、全スキル合計値は1000が限界である。スキルレベルはそのスキルに適した行動を取ることで上昇する。
例えば、HPに関する体力スキルの場合、HPの高い敵に攻撃したり、より多くのHPを回復させたり、ダメージを多く受けたりなどしたときに体力スキルのレベルが上昇する。
他には、剣術スキルなどは使用可能な刀剣武器の種類や、刀剣武器を使用した際の命中率に関する。より防御力や回避率の高い敵に刀剣武器で攻撃した際にスキルレベルが上昇するらしい。
「とりあえず、神聖魔術、強化魔術、魔術適正のスキルは取るとして、あとは盾術スキルを取ろうかな。全部100レベルまで上げたら合計400になって、残り600かあ。あとは体力なんかの身体スキルを取れるだけ取って、他に良さそうなものもあったら取っていくとするか」
そう考えながら盾と杖を装備し、各種巻物を使用して魔術、奥義を覚える。
「準備完了。では、出発!」
そしてセフィリアは意気揚々とフィールドマップであるクレスタ草原へと赴いた。




