暴走
ガレージへと駆けていくと
静かに古びた青いエアカーは浮き上がっていて
その中で助手席で猫間さんと、さらに運転席でバーサが手を振っていた。
「幸ちゃん!行くにゃ!ドライブにレッツゴーだにゃ!」
嬉しそうな猫間さんに駆け寄って
「な、何で……何で、エンジンが……」
運転席のパーサが呆れた顔で
「共鳴粒子を使った高級エンジンよ?
整備も必要ないし、足元のスイッチいくつか押しただけ。
よく、こんなレアカーを長年放っておいたわね」
この女は何を言ってるんだ……動くわけないのに
「幸ちゃん!これ海の上も走れるらしいにゃ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ……どこに行こうって言うんだ……」
僕は慌てて、二人に言う。
バーサがニコニコしながら
「ガレージの扉を上げて?じゃないと今すぐぶち破るからね」
真剣な顔で言ってきたので、僕は慌てて
ガレージの錆びた回転式の昇降機を必死に回す。
金属の錆びた音を響かせながら、ガレージの入り口が開いていく。
外には雪が降りしきっていて、エアカーのライトがそれを照らした。
「幸ちゃん!乗るにゃ!私たちの冒険の始まりだにゃ!」
猫間さんは興奮した顔で僕に言ってくるが
とてもじゃないが乗る気にはなれない。
「や、やめよう!公安に捕まって僕が刑務所に入るだけだ!」
運転席のバーサが自信満々な顔で
「今ここで轢かれて死ぬか!さっさと乗るかどっちか選びなさい!」
運転席の横から顔を出して叫んでくる。
「ちょ、ちょっと待ってよ……考えさせてくれ」
そう言った僕に、業を煮やした顔でバーサはエンジンをかけたまま
運転席から降りてくると、僕の腕を掴んで
そして後部座席のドアを開け、その中へと蹴り込んでドアを閉めた。
「いっ、痛っ……暴力は止めてくれよ」
そう言った瞬間には、既にエアカーは猛スピードで発進していた。
雪で覆われた道と家々の灯が通り過ぎていく景色を窓から眺める。
エアカーなんてこの深夜には一台も走っていない。
きっと、公安たちは今頃僕たちを見つけて追うための方策を実行しているはずだ。
「なんてことだ……僕はもうだめだ……僕は捕まる……」
頭を抱えて震えていると、いつの間にか隣に座っていた猫間さんが
「幸ちゃん、行くにゃ。きっと今行かないと
幸ちゃんはずっと自分の殻に閉じこもったままだにゃ!」
「でっ、でも犯罪者に……」
運転しているバーサが
「うるさいっ!!男ならもっとシャキッとしなさい!」
「……くそっ!お前のせいだぞ!
お前のせいで僕は犯罪者の仲間入りだ!」
「死んだように生きてるよりかは幾分かマシでしょ!
よーし海が見えてきたわよー!」
「うっ、海いいいい!?」
バーサは無茶苦茶な運転で、殆どブレーキを踏まずに
真夜中の港へと突っ込んでいく。
そして倉庫群を瞬く間に突っ切って行って
船が全く接岸していない岸壁へと一直線に飛ばしていく。
「おっ、落ちるぞ!?落ちちゃうぞ!!」
僕が必死に運転席のバーサに訴えると
「超高級車よ?浸水なんてしないんだけど!!」
真っ青な顔をした凶暴なこの女は、何と海へとエアカーをダイブさせた。
あ、死んだ……僕の短い人生は終わった。
加奈子の優しい言葉たち、加奈子の笑顔、加奈子の唇、
そして加奈子の裸の身体が頭の中に過ぎっていき
何と生存のために使えない走馬灯かと、自分で思わず苦笑いしていると
エアカーは何の問題もなく、静かな海の上を高速で走り始めた。
「よっし!まだ軍の網には引っかかってない!
このまま南東へと突っ走って、南海諸島を目指すわ!」
バーサは興奮した声で運転し始める。
「ぼっ、僕は、僕はどこに連れて行かれようとしているんだ……」
「幸ちゃん、助手席のこれでも読んで落ち着くにゃ」
猫間さんが指さした先には、何故か古本屋で買った魔族全史が置かれていた。
震える腕を伸ばして、それを取り出し
そして怖さを忘れるために見ようとする。
いきなり室内灯が点いて驚くと、運転しながら背後を振り向いたバーサが
「見えないでしょ?」
と微笑んでくる。
「おっ、お前は自分勝手なのか、それとも気を使えるのか
どっちかにしろ……」
僕がそう言うとバーサは前を向き直り
「そんな、一面的なやつなんて居ないわ。
あんた、籠ってばかりいるから分かんないかもしれないけど」
僕は震える指でページをめくる。
隣からのぞき込んだ猫間さんが
「おおっ……幸ちゃん、ここ見るといいにゃ」
左側のページの端を指さしてくる。
そこには小さな写真に、ビルの立ち並ぶ南国の都市が映されていた。
「……なっ、南海諸島ライグァーク市?」
僕が思わず、言葉に出すと
「あ、そこ行きましょ!!私、聖竜ライグァーク記念館に一度行ってみたくて」
「シンクロニシティだにゃ!消えたナホン神の啓示だにゃ!」
女たちが騒ぎ出していると、いきなり海底から猛烈な光が射してくる。
そして上からも光が降り注いできて
「マー・グルス海軍だ!不審船、今すぐに停止しなさい!」
という拡声器での高圧的な声が響き渡ってくる。
バーサは「チッ」と舌打ちすると
シートベルトをしながら
「あんたもしなさい!今すぐに!」
僕も必死にシートの脇からシートベルトを出してきて
カチャリと嵌めた直後に
凄まじい圧力が身体全体にかかって
エアカーが猛烈な速度で海上を飛び始めた。
重力の影響を受けないイマジナリーフレンドの猫間さんが心配そうな顔で
「ふっ、二人とも大丈夫かにゃ?
そんなに圧力かけたら危険じゃないかにゃ?」
気絶しかかっている僕と、黙ってしまったバーサを交互に見回す。
僕は、また加奈子の想い出の走馬灯を見ながら気絶した。