車
「なんで、うちとたっくんは出会ってしまったんやろな」
どこかの広い、高級ホテルのような豪華な部屋で
水棲族らしき、真っ青な顔をした女性が
ナホン人っぽい、黒髪の青年に熱心に話しかけている。
ソファに座って、テレビを眺めているようだ。
「さあなー。でも出会って良かったと思うよ」
「うふふ。たっくん好きー好き好きー」
……どうやら悪夢のようだ。
ここ最近、バーサや猫間さんに悩まされたストレスからだろう。
バカップルかよ。ぼっち舐めんなよ。悪夢見せてんじゃねぇよ。
と使い慣れない悪そうな言葉を使いながら、精一杯、心の中で毒づく。
銀髪で背の高い黒尽くめの服を着た女性が、扉を開け、部屋に入ってきて
「おいー。いちゃいちゃするなー。
ここはそういう場じゃないぞー」
と超美形の顔に似合わない、頭の悪そうな口調で文句を言う。
透き通る白い肌と、長い手足、人形のような整った顔立ち
魔族だろうな。普通の人間とは、一目で違うと分かる。
三人で何かを話し出したので
聞こうとすると、いきなり視界の端から
伸びっぱなしの髪の毛が、両目を隠している
不気味な男の子が、こちらを覗きこんできた。
「んー?揺らいでいる視線……?あーそうかー"根源"が
どこかと勝手にチャンネルを合わせたんだな……」
僕の方を眺めながら
「ごめんねー。誰だか知らないけど、これで切るからね」
といきなり前髪を両手で上げて、虹色に光る両目で僕を見つめてくる。
虹色の光に全身を照らされたような感覚に陥って
次に気付いた時は
夜中に店から買ってきた分厚い歴史書が
頭の上に乗っていた。
「……」
どうやら、これの重さのせいで、僕はバカップルを見せ付けられて
変な子供に見つめられる。
というシュールな悪夢を見せられていたらしい。
布団から起きあがると、下からお味噌汁の良い匂いがする。
バーサが猫間さんに教えられて作って居るのだろう。
テレビを点けると
朝の天気予報がちょうどやっていた。
今日は晴れるらしい。
「悪くないな」
食卓に座り、盛り付けられたご飯と味噌汁を
食べる。漬物も冷蔵庫から出して並べた。
バーサが作ってくれたらしい。
「ちゃんと褒めてよ。美味しいでしょ?」
バーサは自信満々で言ってくる。
「幸ちゃんにしては、頑張った方だにゃ。
責めないであげて欲しいにゃー」
「ふーん……人から、褒めて欲しいなら
自分から褒める。基本だけどねー」
「作ってくれたのはありがたいけど
僕は別に褒めて欲しいとか、思ってない」
「幸ちゃんダメだにゃ。喧嘩になるにゃよー」
猫間さんは、軽くにらみ合う俺とバーサを
オロオロしながら見つめている。
バーサが先に視線を逸らして
「つまんない男ー」
と自分の分の朝食を食べ始めた。
「つまんなくて結構。どうせ僕はつまんないし」
「幸ちゃぁん……自虐はダメだにゃあ……」
猫間さんは慌てているが、知ったことか。
僕には、僕と言う人格がある。
合わない相手にそれを曲げてまで、付き合う必要なんか無い。
ブスッとした顔で朝食を食べていると
バーサがため息を吐きながら
「で、今日はどこに私を連れて行ってくれるの?」
といきなり言ってきた。
「……プロから捜索されてるから、出たらすぐに見つかるだろ」
「そろそろいいんじゃないの?
私、せっかく異国のナホンにいるんだから
旅しましょうよー」
「僕は生まれた時から、この国だし
わざわざ旅したいとは思わな……」
文句を言いかけると、猫間さんが思いついた顔で
「そっ、そうだにゃ!!幸ちゃん!!
家の裏のガレージに!!」
といきなり立ち上がる。
「ガレージに何かあるの?」
「ああ、家主が置いていった年代ものの車があるんだよ。
全然整備もしてないから、動かないと思うけど」
と僕が言うが早いか、バーサは朝御飯を口にかきこんで
立ち上がり
「ちょっと案内しなさい!!」
と猫間さんを促して、家の勝手口から外へと出て行ってしまう。
「……ふー」
僕はため息を吐く。
車に詳しくない僕でも、この家を借りた初日にガレージで見て
その車は、古びたエアカーだとすぐに分かった。
エアカーとは、タイヤの無い、浮かびながら走行する車のことだ。
何百年も前に、西部大陸連合北部の魔族国で開発された車で
ナホンで普通に使われるタイヤで走る車より、高級車である。
裕福な西部大陸連合圏内では、一般車だと聞くが
水棲族との戦争に負けて、その債務の支払いで貧乏な今のナホンでは、滅多に走っていない。
当然、エアカーを整備する技術者も少ないので、動かすことは絶望的だろう。
僕はそのようなことを考えて、ガレージの青いエアカーの車体にかかっていた
埃まみれのシートを、そっと戻したことを覚えている。
そうしてから、もう結構な月日が流れた。
加奈子も僕から去って、今では変な青い水棲族の女と暮らしている。
未来の展望も何も無いままに、時間を大いに無駄にしながら。
ふふ、僕の人生、どうしようもないことばかりだなと
心の中で自嘲しながら、食べ終わった食器をバーサの分も片付けていると
猫間さんが慌てた顔で食卓に戻ってきた。
「幸ちゃん!!エンジンかかったにゃ!!」
猫間さんの意外な一言に、僕は唖然とする。