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歴史

「昔、昔あるところに特別な力を持った男と

 神様になった女が居たそうな……」

二階の自室の本棚からバーサが、取り出した分厚い絵本を俺に見せてくる。

「なにこれ」

「ナホンの有名な童謡だにゃー」

「ああ、これがそうなのね。知ってはいたけど」

猫間さんが親切にバーサに説明してあげている。

僕はめんどくさいので、コタツに入って

テレビを見たまま動かない。

「二人は様々な困難に打ち勝ち、結ばれて

 どこかへと去ったそうな。めでたしめでたし」

「飛ばして読んじゃだめにゃ……いい話いっぱいあるにゃ」

「水棲族にも伝わってるわよ。

 その人間の男と、うちの王族の女が結ばれた話が

 こっちもハッピーエンドよ。二人は海の底でずっと幸せに暮らしましたとさ」

「それで両国はずっと仲悪いんにゃね。

 どっちが真実か分からにゃいから」

「略奪愛だとか、寝取られたとか寝取ったとか言われてるわよ」

「……本当の所は本人たちにしか

 分からないだろ。というか凄い昔の話で

 僕たちの時代とは関係ないし、そもそも本当かも分からないし」

神話とか昔話で国と国の仲悪いとか、子供じゃないんだから

止めて欲しいけど、事実だから困る。

重なっている栄光の歴史の真実の解釈をめぐって

我がナホンと、水棲族の海底連邦は何度かの大戦を繰り広げてきた。

そして今の時代は、水棲族が強いわけだ。

今や庶民にとってはどうでもいい話で

占領下であるにも関わらず皆は暢気に生きている。

「でも、ナホンの神様はずっと消えたままって言われてるのは

 両国の見解が一致してるにゃ」

えっへんとドヤ顔した猫間さんが言う。

たぶん僕が忘れてしまった大学受験の時の知識だろう。

「どうでもいいよ。遥か昔の話だろ……戦争だって何年も前だし」

「幸ちゃんはほんとに現代っ子だにゃー」

「私もどうでもいいわね。そんなことより

 猫間さん、観念して隠している春画見せなさいよ」

本棚を漁っているバーサはそれを探していたようだ。

「だっ、だめだにゃ。幸ちゃんに怒られるにゃ」

「言ったら絶交だからな」

「ぜっぜっこーう!?そんなことになったら号泣するにゃよ……」

猫間さんは、ネコミミを萎れさせて、畳に崩れ落ちる。

「……じゃーあ、猫間さんが私と新しい春画を

 買いに行くってのはどう?」

「そっ、それは楽しそうだけど、見つかるんじゃにゃいか」

「ほら、こないだ話してたじゃない。

 散歩してたら見つけた、夜中やっている古本屋があるって」

「あーあそこにゃら……」

猫間さんは考えてから、

「幸ちゃんもいかにゃいか」

と誘ってきた。

「……猫間さんが見つからないようにしてくれるなら行くよ」

「いいにゃ!!私が先行して偵察するにゃ!!」

「そっか!!絶対に他人には見つからないから

 猫間さんいれば、昼間も……」

バーサが思いついた顔をするが、ドジな猫間さんにそれは無理な話である。

「それは今は考えないでくれ……」

結局、みんなで夜中に行くことになった。


深夜一時にこっそり家を出る。

猫間さんがまずは俺たちが行くルートに先行して

そして安全を確認して、その後に三人で揃って数百メートル進むということを

数回繰り返したところで

シャッターが閉まった商店街の路地裏で

ポツンと営業している古本屋にたどり着いた。

ガラッと扉を開けると、コーヒーの匂いが漂ってくる。

「うわー。いい匂いー」

バーサが操られるように、店の奥へと入っていく。

「ちょっと、待てって」

「バーサちゃん待つにゃー」

店の奥のレジの乗っているカウンターでは

セーターを着た、長い白髪をオールバックにして

白い髭が顔を隠した老人が

椅子に腰掛けて、旨そうにコーヒーを飲んでいた。

「おお、こんな時間にお客さんかね」

老人は珍しそうにバーサと俺、そして何と猫間さんも見る。

「ふむ……実に興味深い」

老人は猫間さんから目を逸らすと

コーヒーと新聞をカウンターに置き、立ち上がり

奥の本棚から埃塗れの分厚い本を出してきた。

そして

「こんな本はどうかね」

と埃をはたきながら、バーサに渡してくる。

「魔族全史……?ああ、外国の人たちのことか」

ナホンから見てずっと北西に行ったところに

魔族と呼ばれる背が高くて綺麗な人たちが住んでいるという話は

授業で習って知っている。

「遠い国の歴史書なんてなんで?」

老人は再びカウンターに座ると

「遠い昔の友人たちと、君らがよく似てるもんでな」

と言って、再びコーヒーを飲みながら新聞を読み出した。


狭い店の端にある、テーブルの周囲に俺たちは座り

その分厚い古びた本を開く。

そこにはいかに、魔族と呼ばれる人たちが

歴史を紡いできたかが、分かり易く写真や絵付きで

書かれていた。

「へー……巨大なモンスターに滅ぼされかけたり色々とあったんだな」

「現在は西部大陸連合の一部として

 議席を沢山もってるのね……」

「みんな知ってる超大国だし、学校で習わなかった?」

「専攻が違うから。私理系だし。基礎教養は殆どパスできたし」

「そうか……」

水棲族の学校の仕組みはよく分からない。

「ここ変じゃない?数百年前に、数時間だけの国とかの記載があるわよ」

「セイっていう女の魔族が、父親と反乱を起こしたのか」

歴史の授業では習わなかった。

歴史上では取るに足らない話だからかもしれない。

「魔族さんたちも大変だにゃー歴史は大変だにゃー」

猫間さんが適当コメントを発しだして、飽きてきたようなので

パタンと魔族全史を閉じて、カウンターの老店主に返しに行く。

全史を返すと、代わりにに老店主は

"ドキドキッ!!春画の妖しい世界!"と言う分厚い本を

俺たちに渡してくる。そして驚愕の値段を告げてくる。

「二万三千円だ」

「高いな……」

「他のはないの?」

不満顔のバーサに老店主は

「あることはあるが、今の君たちにはこれが

 必要なんではないかね?」

妙に確信した顔で言ってくる。

「……払うわ」

バーサは僕から財布をひったくると

中からお金を取り出してあっさり払ってしまった。

老店主は笑うと

「良い払いっぷりだ。ついでにさっきの全史もつけるよ」

ビニールに二冊の本を入れてバーサに渡す。

「おい……」

「さ、帰るわよ」

「帰るにゃー目的達成だにゃー」

バーサは猫間さんと、ガラガラと古本屋の扉を空けて

外へと出て行ってしまった。

「またおいでー」

と言った老店主の声を背中に聞きながら

僕たちは帰り道を急ぐ。


家に無事にたどり着いてからバーサに文句を言う。

「あの本は、さすがに高すぎないかな……?」

「いーのっ。私があのおじいさん気に入ったから

 その分のサービス料よ」

言い切ったバーサに、僕は何も言えない。

さっそく春画集を見始めた女子二人を見ずに

僕は魔族全史を脇に挟んで、二階へといそいそと階段を上がる。

布団を敷いて、その中に入って読んでいると

次第に眠くなってきて、いつの間にか眠り込んでいた。

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