バーサ
「お風呂あついんだけどー」
バーサが下から文句を言ってくる。
僕は暖かい日の夕方の何も考えずにコタツで寝転んで
テレビをボーッと見るという幸せを潰されて
聞こえないふりをする。
「お・ふ・ろ・あ・つ・い」
と僕の背中から言ってくるバスタオルを巻いたバーサに
「あのね。僕がこの家の主人で君が居候なんだけど」
立場を分からせようとするが
「そんなこと言っても、熱いもんは熱いんだから
しょうがないじゃない」
「水棲族のちょうど良い温度なんか
知るもんか」
そうなのだ、この肌が青い女が居候して
もう一週間になる。
バーサは怒った雰囲気を出して、下へと降りていった。
「ただいまだにゃー。外、夕焼けすごいにゃよ」
いつの間にか、本体を離れて勝手に
外を出歩いている猫間さんが戻ってきて
二階にあがってくる。
「猫間さん、バーサに風呂の温度の下げ方教えてやってよ」
「はいにゃー。バーサちゃん待っててにゃー」
水着姿の猫間さんはすぐに下へと降りていった。
ふう、せっかく今日は冬だけど
気温が高くて、家でゴロゴロするのに調度良い日和なのに
僕の楽しみを邪魔されてたまるもんか。
テレビを見ていると
「ブガモウラ司令官の長女、バーサ様が行方不明になり一週間と
軍本部で司令官が発表しました。国内警察も協力し
テロリストによる誘拐の線も入れて捜査を開始したようです」
「……」
帰ってもらおう。僕の平穏な無職生活を邪魔されたらたまらない。
ドタドタと下へと降りると
風呂場から声が聞こえてくる。
「バーサちゃんのって、そんな形になってるにゃねー」
「猫間さんのも良い形よ」
「にゃはは。私のは、幸ちゃんと春画見て研究したにゃ」
「へー。私のも見て貰おうかしら」
……。僕は無言で、二階へと上がり
コタツに入りなおした。
そうだ。今のテレビの内容と、風呂場での会話は
聞かなかったことにしよう。
僕の平穏な生活をわけのわからない顔の青い女に
乱されてたまるか。
……テレビを見ていると、段々と虚しさが募っていく。
平穏な生活に固執したって、結局僕はここで
年を取っていくだけだろう。
けれど、今の僕はイマジナリーフレンドと異種族の女たちにすら
はっきりと意見を言えない存在だ。
やはり加奈子から振られたときに
河に身投げをしていればよかったのかもしれない。
落ち込んでいると、テレビにバーサの父親であるブガモウラが
腐乱死体のような顔をさらにストレスでむくれさせて
会見場に出てきた。
「あーえー、娘はー私の唯一の楽しみでしてーえー……」
恐ろしい顔の水棲族のおっさんが涙目で会見をしているのを
見ていられなくなってチャンネルを変える。
落語だ。僕はようやくホッとして
国営テレビで始まった落語を見始めた。
猫間さんは、実態がないし、バーサは外に出られないので
毎日、僕が夕飯の買出しは行く。
近くの食品店で野菜と肉を買い込んで
ついでに酒屋にも寄る。
「幸一っちゃん!!こないだあげた虫酒のんだかい!!」
酒を選んでいると人の良い店主が声をかけてくる。
「あーいやーまだだけど……」
「この冬を乗り切るには一番だぜ!!まいど!!」
店主は僕にお釣りを渡して、ニカッと笑う。
キッチンの棚に入れっぱなしだけど飲んでみるかな……。
と思いながら家に帰ると
玄関の前に見知らぬ男が二人、立っていた。
「幸一さんですか?」
俺の顔を見るなり、サングラスに灰色ロングコート
そして背広の二人は話しかけてくる。
「……どうしました?」
「我々は国軍公安部のものですが、
今ニュースで話題の礼の水棲族の女を探していまして」
「……ああ、お疲れ様です。僕は知りませんよ」
「ここらで、目撃情報があるので。
何か見かけたら我々に通報を」
電話番号だけが書かれた名刺を差し出して、二人の男は去っていった。
ふうっとため息を吐いて、玄関を開けて入ると
一階の居間で、バーサが下着姿でストレッチをしているのが見える。
一応、さっきの男達を警戒して、そのまま声を出さずに近づく。
「わっ、びっくりした。暗い顔してどうしたのよ」
バーサは白い下着姿のまま、こちらを見る。
ちなみにそれも僕が婦人服屋で買ってきたやつだ。
二駅向こうの町で買ったが、緊張で死ぬかと思った。
「今玄関の前で、公安の人たちに、君の居場所を聞かれたんだけど……」
「ああ……ほっとけばよいのよ」
「でも君も窮屈じゃないかい。こんな家の中でずっと」
「いや、楽しいわよ。私の自宅に比べたら
ウサギ小屋みたいな家だけど。精神的な自由はあるわよね」
「……ならいいけどさ……服着てよ」
「服って不便よねー。私たちは海の中に居る時は
そんなもの着ないし」
「水棲族がどんな生活してるか知らないけど
ここはナホンだよ?」
「はいはい。着てくるわよ」
バーサがめんどくさそうに隣の部屋に行くと入れ代わりで
猫間さんが奥のキッチンからネコミミのついた顔を出して
「幸ちゃーん。夕食の準備しにゃいかー」
と声をかけてくる。僕は両手に下げた食材を思い出し
せめて、夕食を頑張って美味しく作ろうと思った。