1話
日当たりが微妙な自室の窓から朝日がチラリと顔を見せている。
半覚醒状態での体の気怠さに億劫しながら、上体を起こし、時計を見る。
7時30分か......。
二度寝をするか逡巡した結果、なんとなく起き上がることにした。
2年生の初登校日だからといっても、特に真新しいことはない。クラス替えはないし、教室の位置も1年生と据え置き。授業や講義の内容は置いておくにしても、学校に通うという事実はこの1年間と何ら変化しない。
しかしながら不思議なもので、何事でも最初というのは異色なのだ。日常として営んでいる生活ルーチンに違和感がないのはその日常がまさに日常として機能しているからだ。循環的でなんとも説得力に欠けるが、その環の中に入るまでは全部どころか一部ですらも理解できなかったことが、いざ環の中に入ってみると真逆に、さも、そうであることが自然であるかのように全部も一部も理解できてしまうなんということはままある。要するに、慣れてしまえばどうとも思わないことでも、その前段階はそうではないということだ。
だからこそ、日常が起動する前の今は勿論、非日常でどこか現実離れしているように感じる。期待とも興奮とも不安とも、まあ捉え方は人それぞれだが、そんな気持ち、というよりも精神の準備段階があるからこそ、つまるところ二度寝をやめて起き上がった。
一軒家の三人キョウダイの一部屋にしてはそこそこ広い部屋から、学校指定の制服を身につけて、階下へ向かう。その道すがら残りのキョウダイの部屋からは物音がなかったことを確認していたため、恐らくリビングにいるのだろうとあたりをつけていた。
しかし、予想に反してリビングの扉を前にしても物音一つ聞こえてこない。
おや、と不思議に思いながら慣れた手つきで扉を開ける。
リビングは静かなもので、普段から家にいない父親は勿論、俺を差し引いた残り二人
もそこにはいなかった。
はて、と何故だろうと疑問符を浮かべながら食事用のテーブルの上に目線を移すと、
その疑問の解答が置いてあった。
使われる機会が少ない連絡用のメモに整った字で、
『衣依の入学式のために二人とも早く出ます。朝ご飯はいつも通りです』
と書かれていた。
字体と内容から推測するに、残りキョウダイの上の方が書いたものだろう。下の方は今日、俺とキョウダイの上の方が通う高校の1年生として入学することになっている。面倒見のいい上の方が下の方を引き連れて学校のアレやコレやを教えて、円滑にいくように取り計らったのだろう。
面倒見がいいと思う反面、心配性だと思う。俺はともかくとして、要領がよく、何事にも如才ない下の方にはあまり必要がない気がする。当人にもそれはわかっているはずだ。
まあ、なんというか。出来の悪い弟にも出来のいい妹にも何事も平等にしてくれる姉
には頭が上がらないよな。
そんなことを思いながら、用意されていた朝食をありがたくいただき、食器の片付けをした後に、身支度を整えて家を出た。
1年前から通っている見慣れた風景を視界に入れながら、高校の近くに来て、正門前の大通りの桜並木が風で揺れていることに気づいた。
ふと空を見上げてから視線をいつもの位置に戻して、正門から校内に入った。玄関で靴を履き替えながら、同じ高校にやってきた妹の存在を思い出した。
放課後に入学祝いでも買いに行くか、そう考えていると、確認は出来ないが自然と顔がにやけている気がした。
妹の入学にはうってつけの、空の青さと優しい春の匂いが鼻孔をくすぐる、そんな朝だった。