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すべては彼の自意識から

作者: 風川香

 彼女はきっと、何らかの妖術というか呪術というか、とにかく、この世のものではない不可思議なちからを扱うのではないか。おれがそう恐怖するようになったのがいつからなのか、もはやそれすら思い出すことができない。きっと、彼女がおれの記憶にまで手を出したのだ。

 おれ以外の人間には、どうやら何の症状もないらしい。この小社会の如き空間の中で、どうしておれだけがこうも、得体の知れないものに怯えて過ごさなければならないのだ。

 おれは今学生で、勉強や部活動など、日々汗水流して向き合わなければならないことを抱えている身だ。それはおれ以外の学生たちだって同様だ。しかしなぜこれほどいる学生の中で、おれだけなのか。全くもって検討がつかない。

 教室でいつも彼女の隣で授業を受けているあいつも、家の位置が近くてたまに同じ電車に乗り合わせるというあいつも、中学校も同じだったというあいつも。誰一人としておれのようになっているやつはいない。

 なのに、おれはといえば、特にこれといって彼女との特別な接点はない。

 なぜおれが、彼女に目をつけられたのか。

 それとも、そもそも俺の仮説が根本から間違っているという可能性はないだろうか。彼女はべつにおれに限らず、その得体の知れないちからを常に周囲に放っていて、なぜか俺だけがその被害を過度に受けてしまっている、ということは考えられないか。

 仮にそうだとして、では、なぜか。なぜまたおれだけが。

 いや、もしかすると、彼女の奇怪なちからに恐れを抱いているのは、おれだけではないのかもしれない。そうであるならば、おれ同様、ほかにも彼女の放つ不自然なオーラを気にしつつ、黙っている人間がいることになる。もしそのような者と意見を共有することができれば、おれとしてはたいへん心強い仲間を手にできたも同然。彼女への対策が練りやすくなる。

 ただ問題なのは、どのようにしておれと同様の人間を見つけ出すのか、だ。

 闇雲に捜索をしたのでは、見つけ出せるかどうか怪しいどころか、彼女の耳に万一おれの行動が届いてしまったときに、どうなるかわからない。まずは慎重に計画を立てることからはじめよう。ここは、彼女の纏う異様な雰囲気に対しておれと同様の反応を示している可能性が高い人間の目星をつけるために、まずおれの身に起きている反応を、いまいちど整理してみることにしよう。

 おれが彼女の超自然的なちからを恐れるのは、彼女の身辺では様々な自然現象が歪み、屈折して、へんてこな作用をもたらすからだ。

 まず、おれはここしばらく、彼女にはできるだけ近づかないように心掛けてきた。以前一度、ふとした瞬間に体と体が触れる程度の距離まで近づいてしまった際、おれは確かにこの身をもって、万有引力の作用が崩壊するというありえない現象を感じてしまったのだ。胴体のあたりを中心に、おれの体全体が、地球の中心ではなく彼女に向かって落下していくような錯覚に陥った。以来、おれは意識的に彼女との接近を避けている。

 また、彼女がいるところいないところ、何処だろうと構わずにおれの思考を蝕む症状は、俺の周囲の人間が頻繁に彼女に関する話題を口にすることだ。頻繁といっても、おれの行く先々でその現象が起こるのだから、これも間違いなく彼女が仕向けていると思われる。呪いか何かの一種だろう。なにせ彼女の名前に至っては、かなり離れた場所で進行している会話でも、その部分だけありありと聞き取れてしまうのだから、たちが悪い。

 そして極め付けの症状は、おれが一人でいるときに必ずと言っていいほどやってくるものだ。一言でいえば、思考汚染といったところか。何を考えていても、気づけばいつもおれの思考は勝手に塗り替えられていて、当然のごとくその思考の中心には彼女がいる。そして、一度おれの頭の中に現れた彼女は毎度、なかなか立ち去ってくれないのだ。

 以上が、俺を苛む彼女の妖術の主な症状だ。細かいものまで言い始めたらきりがないので、ここまでで留めておこう。

 改めて整理してみると、やはり彼女は何らかの妖術というか呪術というか、とにかくその類のものを操るようである。これからも俄然、彼女への注意は怠ることができない。

 しかし結局、なぜ、どのような目的があって、おれなのだろうか。こればかりはおそらく彼女のみが知ることであろうから、おれには到底知る由もない話なのかもしれない。彼女のもとへ赴き、直接問い質すなんて、あまりにも危険すぎるからである。


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