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次の日、昼過ぎに起きて十分な休養を取った陽太は、今日はどうしようかと考えた。
「もうあんなに陽が高いや……寝過ぎちゃったな、もう今からじゃ遅いからもう一日泊まろうかな」
服を着替えて街に出た、これだけ大きな街ならば地図が売っているだろうと雑貨屋を探す。
町の人たちは陽気で薄く涼しそうなひらひらした服装が多く、この町の警備兵達も腰に剣は差してはいたものの、着ている物は革の胸当てとズボンぐらいで比較的軽装であった、それだけここは安全な場所なのだろうかと思えた。
「あった」
店に入り店主にこの地域の地図ではなく、この世界の地図がほしいことを伝え、店主が店の奥から持ってきた地図を見せて貰う。
広げた大きな地図にはオルサのとは違い、より細かく大陸の形も繊細に描かれていた。
街道も描かれており、エスタルまでずっと続く長い道が書いてあった。
「これでいいよ、頂戴」
地図をたたんでも陽太の腰ぐらいまである大きな物だったが、これで道に迷うことなく計画的にエスタルに行けると思うと安堵感があった。
店を出る前にここの場所を聞き、宿に戻ると早速地図を広げて現在地を調べてみた。
「今いるとこがホロムってところだからえっと…………ここかぁ」
自分が住んでいたであろう場所から今現在の場所までの距離を確認すると、殆ど動いていないのではないかと思うほどの距離しか進んでいなかった。
地図には国の名前と大きな町の名前ぐらいしか載っていなかったが、それでもエスタルまでの道のりにはたくさんの町の名前が書かれてあった。
「うわぁ、まだまだ先は長いや、この調子だと一体エスタルに着くのに何ヶ月かかるんだろう、それに何も描かれていない場所もあるから誰もいないところや砂漠や山があるんだろうな、ああっ食糧の買い出しを忘れると大変なことになる所だったな、それに地図だと分かんないけどどの辺が赤道になるんだろう」
縦長に続く大陸には勿論緯度も経度もなく、三日月型の大陸の南の内海沿いに書かれているホロムの町の名をじっと見つめていた。
エスタルは三日月型の一番横幅のある大陸部よりも北側にあり、エスタルを挟むように南北にも国の名前が書かれてあった。
「ここは……ドゥーラントって国か、結構大きい国だなぁ、ここから通っていく道はと……、サン、ミーハマット、アルステルでエスタルか、あと三つは国を通らないと行けないんだ」
パンを片手に食べながら地図でエスタルまでを考える。
旅程はこのまま北に向かいミーハマットから北西に進むコースを選んだ。
この世界が二億年前の時代なのか確かめたい気持ちはあったが、今は魔道士に成ることが目的の為、遠回りせずに素直に最短の道を考えた。
「もし魔道士に成れた後、まだこの世界から帰る方法がないならこの大陸を回ってみるのもいいな」
地図を見直してみて大陸の形がどうしてもパンゲア大陸にしか思い当たらなかった。
けれども、パンゲアだとしてもどの時期なのかは分からない、二億五千万年前に形成されて分裂の始まった二億年前までの間の五千万年の一体どの時期に自分が迷い込んだのだろうか、まだ分裂が始まる前ではなさそうではあった。
「大量絶滅が起きても変わらず進化の道を辿ろうとする、何度も繰り返し……」
一万年のズレがあっても人にとっては永遠とも思える長い時間である、人が出現して文明を作るには十分な時間であり、人々の生活レベルを見ても中世辺りによく似ていた。
「大量絶滅で文明が消え去っても何も残らないってことはあり得るだろうな、僕らの時代だって地球に起きたことの一部しか知っていないんだから、まだ知らない文明があってもおかしくない、恐竜の肌の色すら分からないんだし、人と呼べる動物はもしかしたら何度も生まれていたのかも知れないなぁ、恐竜の時代だけで何千万年もあったのに何処かに文明があってもおかしいとはいえないよなあ、現生人類が現れてたった数万年の中の数千年で文明が一気に発達したんだもの、現代で言えばほんの二百年前までは電気もなく侍が闊歩していた時代だ、文明なんて一気に加速して一気に無くなっていくのかも知れないな」
そう思うと、これから出会うかもしれない生き物の見方が変わってくる、テレビや雑誌ではなく、直接それを見ることが出来るのである、じわじわと陽太の中で興味が沸いてきた。
「僕たちの文明は一体何度目の人類になるんだろう……、何だかこの世界のことをもっと知りたくなってきた、元の時代に戻る方法が見つからないなら、もっと気楽に色々と見ておくのもいいかも、……そうだね、よし少し元気が出てきたぞ、時間があるから入り用な物を買っておこう」
外の太陽の位置を見てもうしばらく時間がありそうだと買い出しに出かけた。
明日からの旅の目的が増えたことでこの世界に少し親近感も芽生え始め、視野の広がりを感じていた。
朝もやのある内から出発した陽太は森の奥深くに続く街道を進んでいく、何度通っても森の中は薄気味悪くて針葉樹のツンとした匂いを嗅ぎながら、慣れない森の街道をフードを深々と被って足早に通っていく。
「この静けさが何度通っても慣れないなぁ」
オルサがいたときは何とも無かった森の道も、一人だと妙な圧迫感が気になって口数も減り微かな音に敏感に反応してしまう、陽太はぐっと堪えてまだかまだかと早く明るい場所に出られるのを願っていた。
朝日が昇り始めた頃には森を抜けて右側に海が見える道を走っていた、相変わらず左側にはうっそうと茂る針葉樹が視界を遮っていたが、青く広がる海を見ていると気分も落ち着く。
陽太はこの大きな海もまた太古の景色なのかと物思いに耽っていた。
時折、遠くで大きな水しぶきが起きていたが、あまりに遠くて何が飛び跳ねたのかよく見えない。
「ああ……そうだ、海の生きものってこの時代どんなのが居たのかなぁ」
昔見た図鑑の内容を思い浮かべながら海を眺めていると、いつの間にか街道脇に小さな村が見えてきた。
こんなところに村があるなんて、と思いながら朝食がてらに立ち寄って休憩を取る。
食事をしながら地図を広げ、今日の目的地を再確認をする。
ドゥーラント国は南北が狭く、東西に広がる領土を持ち、海岸、森林、平原に一番西側は砂漠に接する全ての環境を持っている広大な国であった。
首都ホーンは平原に建てられた見渡しの良い場所にあり、そこから幾筋もの国道が延びており、城壁に囲まれた城の周りにはたくさんの家々が立ち並んで人々が生活を行っていた。
近くに流れる川がここの人々の生活を豊かにさせる水源であり、大きな川のおかげで砂漠近くであっても発展することが出来た。
主な生産はイモ類で、たくさんの種類のイモが育てられており、主にイモを加工した生産物が国中に出回っていた。
他にも東の方では葉物も作られているがイモのほうが生産量は格段に多い、なので料理もイモを使った物が多く主食は勿論いもであった。
豊かな土壌を持ち、荒れた土地での作物の成功で何事も気長に我慢をすれば成就するということを覚えた国民は、穏やかでおっとりとしている人が多かった。
陽太はこの国は直ぐに出れるだろうと踏んでいた、問題は次の国までの道のりである。
国を出れば次のサンという国まで地図上でもかなりの距離があると思われた。
「どこか大きな街があればそこで食糧と水をいっぱい買い込みと、国を出る手前の街でしっかりと休まないといけないな」
と思い立つと急いで食事を済ませて店を出た。
外はまだ陽は真上に来ていない、村を出て海岸沿いの道を走り出した。
季節は夏になるには早すぎる時期だったが、強い日差しで直ぐに汗ばんでくる、フードを取ると顔が日焼けを起こすぐらいで、陽太は中のローブを脱いでシャツの上からマントだけを着て走っていた。
「それにしても暑いな、いっそ泳いじゃおうかな」
横目で見る海が涼しげに水しぶきを岩肌にぶつけて泡立たせているのを見ていると、南国で見るような青い海に白い砂浜、青々とした木々はくっきりと色分けされてとても綺麗に見えて、懐かしい水遊びを思い出していた。
しかし夜になるとマントで身体を包まないと肌寒く、朝起きても身震いするほど昼夜の寒暖差が大きかった。
イライラする暑さを我慢していたが陽が真上に来る頃にはさすがに限界だと思い海岸で一休みする事にした。
木陰に馬をつなぎ止めてマントを脱ぐと汗をかいた肌にひやりと風が当たる。
「こっちの服は通気性が悪いから……、うわぁ汗臭いし気持ち悪い、次の宿で洗濯しないと」
腋汗が腰に流れていくのを不快に感じながら、袋から布を取り出し体の汗を拭いた。
陽太は下着のシャツが乾くまで木陰で昼寝を決め込むと、横になり静かに空を眺めながら眠りについた。
真昼の暑さが和らいだ午後、目を覚ました陽太は乾いたシャツのまま馬に乗り街道を歩き出す、陽が落ちた頃に着いた町で宿を取って明日の行程を調べていた。
数日ただ真っ直ぐ伸びる街道を進んできただけなのに身体は疲労を感じ始めていた。
「何かしてる方が気が休まるんだけどね、何もしないで馬に揺られてるだけなのにこんなに疲れるなんて……」
うつらうつらと首を上げ下げしながらも地図とにらめっこを繰り返していたらいきなりもの凄い地震が起こった。
一瞬眠ってしまった瞬間に首が布団に落ちた衝撃かと思い気づかずに寝てしまっていたが、体全体を揺さぶられた感覚に気がついたときに飛び起きた。
「だれ?」
誰かが部屋に入ってきたのかと身構え部屋を見渡すと、視界がぐらぐらと縦に揺れている。
「わ、何っ、地震だ」
トランポリンに乗ってるように寝台ごと揺さぶられ、陽太は寝台にしがみついて揺れが収まるのを待った。
外では暗闇の中、町の人の叫び声が聞こえている。
しばらく続いた地震が収まると直ぐに寝台から降りて身支度をすると外に出た。
店の客や店主、町の人々が街道に集まって騒いでいる。
「わあああっ」
「逃げろお、地面に食われるうう」
初めて経験する地震なのか、若者や子供はパニックになって右往左往して逃げ場所を探し回っている。
老人達は暗闇で身を寄せ合いながら町の広場に固まっていた。
どこかの家で料理中だったのか赤々と火が吹き出て燃えているが、火消しもままならず余震が続けて起こると、そのたびに人々は逃げ回り泣き叫んでいた。
陽太は迷っていた、町の人の混乱を落ち着かせた方が良いのか、燃えている家の火消しを先にした方が良いのか、どちらも急を要したが町の人に地震の説明をしても時間が掛かると思い、先に火消しに走った。
家の主が井戸水から運んできた小さな桶で火消しを行っていたが何の役にも立たないぐらいに燃えさかっている。
ここまで火の手が大きくなったのでは人の手ではもう消せないだろう、それに火を消してる人達も余震が起きるたびに逃げ回っていたのでどうにもならなかった。
陽太は置いてあった桶の水を見つけると詠唱を唱えた。
桶の水が勢いよく伸び上がると家に向かって吹きかけた、雨の様に火に降りかかると勢いが弱まる、だがそれも一瞬で陽太は水を汲みにいってはそれを魔法で家に吹きかけていく、何度も何度も一人で繰り返しているとそれを見ていた町の人も水を汲んで陽太に届けてくれた。
目の前に沢山の水の入った桶を並べると陽太は全ての水を一気に吹きかけた。
スコールのように大雨となって瞬時に火を弱めていき、最後は暗闇と入れ替わりに鎮火することに成功した。
わああっと町の人から歓声が響き渡り、拍手が聞こえてきた。
真っ暗な町には燃えた後の熱気だけが肌に感じ、足元は水浸しになっていた。
「ふう」
地震もいつの間にか収まっていて人々も少なからず落ち着きを取り戻すと、男達は自分の家の状況を調べに戻り始めていく、女性や子供達はまた揺れるのではと広場でじっと様子を窺ってはいるものの騒ぎ立てたりはしていなかった。
燃えた家は延焼は免れたものの隣の家まで丸焦げになって焼けた木材が散乱していた。
男達が松明を片手に広場に集まってくる。
「何だったんだ今のは」
「お母さん、怖かったよ、えぐえぐっ」
「びっくりしたな、地面が生き物みたいに踊っていたぞ」
「あああ、俺の家が……もう終わりだ」
皆の悲痛や恐怖の言葉がそこいらで交わされている、反対に陽太は町の人に囲まれて感謝されていた。
「有り難う、おかげで助かった」
「おい坊主、凄え魔法使いだな、初めて見たぞ」
「まったくだ、俺も初めて見たぞ、魔法って凄えな」
大人に囲まれておどおどしながら返す言葉も見つからず驚いていた。