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銀の魔導外伝 帰るべき場所  作者: 雪仲 響
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6

 その日、一日ずっと寝床の上で何もする気が起きず、陽が高く登り沈んでいくのを窓から眺め、そしてまた泣いた。

(もうなんだかどうでもいいや、このままこの世界で朽ち果ててもいいや、元の世界に帰っても楽しい事なんてないし)

 体から脱力感だけが襲ってきて、頭はぼうっとして眠りに落ちそうになる。

(……お前には素質がある、よい魔道士になれ)

 脳裏にオルサの言葉がよぎる。

 オルサの期待に胸が躍り、それに答えられるように一年近くも修行をしてきた、厳しくはあったが怒ることも無く丁寧に教え覚えさせようとしてくれた。

 それは自分の身を鑑みてこの先一緒に居られないのが分かっていたのか、陽太が一人で生きていけるように親身になって教えてくれていたのかどうかは分からないが、陽太にはとても優しい師匠であった。

 極悪と言われたオルサが陽太にだけは優しくしてくれた理由も、今となっては知るすべもなく永遠の疑問に変わってしまった。

(オルサは僕が魔道士になることを喜んでくれた……、僕の魔道に期待してちゃんとした魔道士になれるようにエスタルに行くことを進めてくれた、だったら強い魔道士になればオルサも喜んでくれるかも)

 目の前の視界がはっきりとしてくる、このまま自分も朽ち果ててしまったらオルサの今までの好意を無駄にするように感じられた。

(オルサ、僕、絶対魔道士になってくるよ、それでいいんだね)

 窓に立ち、暗くなっていく大海に向かい決意を述べる、遠くとばりの下りた海原の地平線上で赤い光が一瞬立ち上ったように見えた。

 次の日、朝早く起きた陽太は荷物を持ち宿主に追加料金を払い終えると、馬に乗り込み北へと向かって歩き出していた。

 飲食店の店主の話の通りにこのまましばらく街道を進んでいき、途中の二股の道を森の方へと一旦入り、森を抜けて海に出るつもりだった。

 かなりの距離がありそうだったが、その間に小さな村や町もあったのでどこかで食事をしながら時間を見て旅をするつもりでいた。

 いつにも増して天気が良く、空腹だったがまだ食欲は沸かず水を飲んで空腹をしのいで旅を続けていく。

 町を出て道なりに進むと海岸の先に岬が見えた、緩やかな湾曲する海岸は先の岬までずっと砂浜が続いており、どこかの町の男たちがちらほらと海岸に接岸させている小船を海に出そうとしているのが見えていた。

「もうすぐ別れ道かな」

 それから間もなく海岸沿いから折れて森の中に続く道が見えてきた、それを曲がり深い針葉樹の中に入っていった。

 森の中は太い幹をした巨木が多く、陽がよく当たるよう周りの木よりも高く伸びようと上へ上へと真っ直ぐ伸びている、地面には苔がはびこり緑色の絨毯が敷き詰められ、その間に細い街道がずっと奥まで延びている。

 針葉樹の隙間からは陽光が光の矢となり地面に突き刺さってるような幻想的な光景に目を奪われる。

 その中で馬に乗った陽太がとぼとぼと小さな小動物が歩いているみたいに街道を進んでいく。

 途中街道で休憩を取り上を向くと、陽が真上から差してくる時刻になっていた。

「そろそろお昼かな、お腹がすいたね、次見つけた町で食事を取ろうかな」

 水を一口飲んでまた馬に乗り歩き出す。

 手綱の握り方も慣れてきて右に左に前進、停止と扱いを覚えていく、馬も賢く軽く引っ張るだけで直ぐさま反応してくれた、安心して馬上で揺られながら歩いて行くと、森の中に小さな小屋が数軒見えてきた、そこで食事にありつけたら良いなと思いながら近づいていく。

 そこは監視小屋だったみたいでただの掘っ立て小屋に人の気配はなく無人であった、地図に載っていたのはここの名前だったのかと軽く失望したが食べ物がないならしようがないと、もう少し進んでいくことにして通り過ぎていく。

「少し急ごうかな」

 手綱を軽く振り、馬を急かせて歩調を早めた。

 密集してきた森の中は昼間であってもひんやりして薄暗く、お化けが出そうな雰囲気を醸し出していた。

 お化けなどが嫌いな陽太は首をすぼめ、辺りをきょろきょろしながら早く森から出たくて無口になり馬を走らせる。

 ガサッと音が近くで聞こえると声を上げて軽く恐慌に陥りそうになり、動物だったらどれ程安心だったか、見えない物や触れられない物が近くにいると思うと背筋がぞくぞくしてくる。

 速度を上げ一心不乱に森を抜けていく、後ろを振り向く勇気も無く前だけを見て唇は震えていた。

 空腹のことも忘れ森を抜けると草原に出てきた。

 森の中から恨めしそうなうめき声が聞こえてきたが姿は見えず追ってくる様子も無かった。

「ふう」

 ため息を一つつくと、落ち着きを取り戻した陽太はそのままの速度を保ちながら街道をひた走っていく。

 短い草が広がる草原の町を発見するとたくさんの建物が見えてきた。

「あそこなら食べ物屋さんがあるね、お腹すいた、君もお腹空いたでしょう」

 町の手前で馬から下りて首筋を優しく撫でながら町中に入っていった。

 街道が緩やかな坂になっていて突き当たりが海岸に繋がっている、坂道を歩きながら見下ろす海を見ると赤く海面が染まり始め、道沿いの店には人が夕飯の買い出しで賑わっていた。

「今日はここまでだね、宿を探そう」

 坂道の途中にある宿で部屋を借りて馬を預けると外へ食事に出かけ、一日ぶりの食事にありついた。

 出された料理にむしゃぶりつくように次々と完食していく、昨日一日は無気力で食欲も起きなかったが、気持ちの切り替わり次第でこれほど人が変わる物なのかと思うぐらい食べることに没頭していた。

 お腹を満たして店を出ると雑貨屋を探し当てみた。

 そこで新たに地図を探してみるが、この国と周辺の地理しか載っていなかったのであきらめて宿にもどり明日の行程を調べてみた。

 オルサの持っていた地図のことを思い出すとエスタルは内海の一番奥まった場所から更に左上の内陸部に名前が書いてあった気がした、それを考えると今居る場所はまだまだ最南端に近い場所でほとんど進んでいない所にいた。

「この調子じゃ何日どころか一年ぐらい掛かっちゃうかも、何処かで地図も買わないといけないし、人に聞いていいルートを教えて貰わないといけないや」

 地図とにらめっこをしてとにかく早くこの国から出て、次の国に入った方が新しい地図が手に入るだろうと、明日からは早く出てなるべく距離を稼いでおこうと考えた。

 とにかくエスタルへ、その国にいっても学校に行けるかどうかは分からない、けど今の陽太にはそれしか目的も無く、魔法を上達することがオルサの願ったことだったからである。

 ぐっすり寝て食事を済ませて英気を養った陽太は、朝早く宿を後にして海岸沿いから北へ馬を走らせていた。

 見晴らしもよく、暑くならないうちに距離を稼いでいく。

 何十分か走ると休憩を取りそしてまた駈けていく、昼過ぎには小さな村で昼食を取って陽が暮れるまで旅を続けていた。

 周囲が暗い闇に隠れようとしていた時に着いた町で一泊をして、朝、出発しようと宿の裏で馬の世話いていたら町の中に十人ほどの兵士がやって来た。

 この国の兵隊のようで見た限り下っ端の兵士なのか、綺麗とはいえない金属の胸当てに兜をかぶり、革のズボンに手袋と靴を履いて腰のベルトには長剣をぶら下げている。

 その集団が町の広場に集まり大声で叫んだ。

「この町の長は居らぬか、出てこい」

 一人の兵士が朝の早い時間だというのに大声で住民を起こした。

 何事かと窓を開けて外を覗く者や、家から出てきてぞろぞろと広場に集まってくる者がいた。

「長は誰か、どこにおる」

 集まってきた人たちに向け、声を張り上げるとその中から眠たそうに初老の男が歩み寄ってきた。

「なんでございましょう、こんな朝っぱらから」

「お前がここの長か?」

「さようで、ゴヌイと申します」

「良く聞け、つい先日盗賊オルサが捕まり、処刑された」

「ええ……、あのオルサがですか? なんとまぁ」

 ゴヌイと名乗った長が驚いた。

「それはいい、だがそのオルサのつれていた子供が一人逃げ出したままだ、その子供を探しておる」

「子供ですか?」

 宿の陰から広場の様子を窺っていた陽太は自分の事だと瞬時に理解した。

 あの村の人たちが通報したのだろうか、陽太は港町で時間をつぶしてる間に手配されたに違いないと思った。

(早く逃げないと! もし捕まったら殺されるかもしれない、この世界の住人でもないのに何を言われても答えられないし、正直に言ったところで信じて貰えるわけもない)

 宿の裏手から見つからないようにそろりと馬を引き連れて出て行く、幸い住民は広場に集まっているのでこちらに気づくこともなく町の裏道を通って町から脱出出来た。

 街道に出ると直ぐさま馬に乗り込み駆けだしていった。

(急がないと、なんとしても国境からでなければ袋のネズミだ、あの兵隊たちがあの町にいる間に距離を離して先に国境に行かなくちゃあ……)

 地図は昨日の内に頭に入れてある、あと二日ぐらいで国を出られるはずの距離だった、今日を入れて明日までが自身の運命のタイムリミットだった。

(あの兵隊は町々を立ち寄ってくるはずだから、一つの町や村を越えられれば更にに距離が稼げるはず)

 街道だと走りやすいが追っ手からも見つかりやすい、その危険を冒してまでも今は走るしかこの国の地理に疎い陽太には手段が無かった。

(とにかく国を出るしか……、こんな所で捕まってしまったらオルサが何の為に僕を逃がしてくれたのか、命を落としてまで助けてくれたオルサに申し訳ないよ)

 国を出てもその先に待ち受ける運命さえも皆目分からないが、陽太には今、この時を生き残る為に全力を出す事だけに必死だった。

 ぐんぐん速度が上がり、落ちないように体を前に倒してあぶみに力を入れる。

 街道の景色を見る余裕もなく、気がつけば山村が視界に入るがそのまま村の中を突っ切り通過していく。

(一つ目の村だ)

 短い山道を抜けてまた海側に出るとその先に港町が見えた、更にその町中も駆け抜けていく。

 馬の息も荒々しくなってきてはいたがまだ夕刻まで時間がある、もう少しもう少しと気は急くが、馬も疲れていたので街道脇の茂みに入り休憩を取った。

 陽太はその間も来た道をじっと見つめ、追っ手が来ていないか確かめていた。

 馬が落ち着くまで待っている間、街道は静かで追っ手が来る気配もなく少し安心しながらも、馬を街道に連れ出すと素早く乗り込み直ぐさま駆けだした。

 陽太自身、この世界の生活や習慣をもう少し体験しておきたかった、少しでもここのルールというのを分かっておいたほうが後学の為と思っていたのだが、それさえの時間も陽太には与えてくれず、いきなり一人になり追われる身となってしまった。

 日が暮れる頃には予定より半日は距離を稼いだだろうか、町や村を三つは通り過ぎて小さな村にたどり着くと、そこで店が閉まる前に食料を買い込み、街道脇の林の中で野宿をすることにした。

 道から見えない場所に陣取り、木の幹にもたれて食事を取る。

 たき火を見つめながら一人寂しく食事をしながら現状と今後のことを交互に考えていた。

 従順に陽太に付き従ってくれていた馬は大人しく足下の草を食べている。

「今日は疲れただろう、頑張ってくれたもんね、ゆっくり休んでちょうだい」

 陽太も買ってきた干し肉とパンを交互に食べて水で流し込んでいく、質素な食事を終えると横になって火を見つめていた。

(追っ手と戦闘になったらどうしよう、秘薬はあるけど無駄使いは出来ないな、まだそんなに力の調整が上手くないし、人に向けて使ったことないから大怪我させちゃったら大変だ、出来るなら戦闘にならないように早く国から出ないと)

 疲れが出てきたのか、うつらうつらと火の揺れる不規則な動きを見つめているといつの間にか眠ってしまっていた。

 目が覚めたとき既に朝日が昇っており、慌てた陽太は馬を街道に連れて行くと乗り込んで走り出す。

「ああ、もうこんなに陽が昇ってる」

 さんさんと照りつける太陽は起きたばかりの陽太には眩しく目を開けることが出来ないくらい明るかった。

 一体どれぐらいの時間寝てしまったのか、追っ手は今どこに居るのか、もう追い越して先に行ってしまってたらこの先の町や村に入ることも出来なくなる。

 最寄りの町か村があればそこで確かめておかなければルートの変更を余儀なくされる。

(今日一日我慢すれば国から出られるはずだったのに、寝坊をするなんて……)

 陽太はこの三日間でかなり北上をしており国境までもうすぐの所まで来ていた、もう幾つも無い町や村を越えれば検問所についたはずであったが、その町や村が通れなくなってしまえば、何処からこの国を出れば良いのか皆目分からない、かといって街道脇の針葉樹林の深い森の中で彷徨うのはごめんだった。

(ここしかないんだ、僕がこの世界で生き抜く道は……、どんなことがあっても生き抜いてみせる)

 町が見えてくる、顔を見られないようにフードを深く被り直し町の様子を注意深く観察しながら近づいていった。

 町に入る手前で馬から下り、通りにいる住民の様子に変わったことがないか見回しながら通っていった。

 特に変わった様子も無く住民は店の準備をしていたり仕事の用意をしていて、騒ぎも人が集まって話合ってることもなく、陽太はほっとすると通りで開いたばかりの店で食糧の補充と水を買い込んで町を出た。

(まだ来てなさそうだったけど安心は出来ないなぁ、とにかく時間がかなり遅れちゃってるから急がないと、もう少しなんだ)

 海岸沿いをひた走る、もう三日間鞍上にいると慣れてくるものでバランスの取り方も手綱さばきも上手くなってきていた、腰を少し浮かせ膝をぴたりと馬の体を挟むように当てながら前屈みになって馬の負担を減らしながら走っていた。

 陽太は知らなかったが、追っ手の兵士達は陽太と入れ違いでさっき出た町にやって来ていた。

 その差は数十分の差でしか無く、昨日の引き離したと思われた距離は確実に縮まっていたのであった。

 国を出るにはあと数キロの所まで来ていたのだが、その距離が陽太の生死を決める長さになった。

 昼過ぎに次の町に立ち寄った際も何事もなく、馬に水を与えしばしの休息を終えると町を後にしていた。

 町の女性に話を聞き、ここがどの辺りなのか国境までどの位かを教えて貰っていて、この町は最北に位置するブレスの町という所で町を出るとすぐに検問所が見えてくると言う、そこが国境となるらしい。

(もうすぐそこだ、行ける)

 町を出ると直線上に小さな石造りの建物が見えてきた。

 小さな門の前には兵士が二人立っており、出入りする人に話しかけていた。

 陽太は検問所に着く手前で馬から下りると、何やらがさごそと身支度をする。

 といっても身のものは袋一つにお金ぐらいだったが、持っていたお金の袋を鞍の下に入れ紐で縛った。

 自分には小さな袋に小粒の銀粒だけを懐に忍ばせておく。

 歩いて検問所に近づくと気がついた兵士が陽太を呼び止める。

「小僧、何処まで行くんだ?」

 威圧的に兵士が聞いてきた。

「えっと、お母さんに会いに里帰りだよ」

「ふうん、では身をあらためる」

 陽太は手を上げ兵士が調べる間じっとしていた、懐の銀粒の入った袋を見つけ中を覗いた兵士が鼻で笑った。

「こんな少ない金で里帰りか」

「う、うん、帰りはお母さんに小遣い貰うからいいんだよ」

 袋を返されて行って良いぞと手を振った、お金を懐に仕舞い直すと馬を引いて門をくぐっていく。

(ふう……抜けられた、厳しくなくて良かったなぁ、さっさとここから離れよう)

 国境を越えて検問所から離れていくにつれ安堵感が増してくる、これで一安心と歩を緩め山道を上がっていると麓から駆け上がってくる一団が見えた。

「あ! あれは村にいた兵士達だ」

 陽太を探していた兵士達が町で陽太らしき子供が道を尋ねてきたと情報を得て追ってきたのである。

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