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銀の魔導外伝 帰るべき場所  作者: 雪仲 響
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 馬は一向に走るのをやめず、陽太も振り落とされない様にしているのがやっとだった。

 どれだけ走って何処まで来たのか陽太には分からなかった、ただ馬が歩を止めて荒い息を吐いているのに気づくとそこは見たこともない海辺に出ていた。

 動機が収まらない陽太は馬から転げるように落ち、足に力が入らずそのまま地面に寝転んでしまった。

「はぁはぁ」

 天を仰ぐと空は晴天の青空がどこまでも広がり、何事もなかったかのように陽光を輝かせていた。

「…………暑い」

 汗が噴き出て服の中でこもる熱が陽太をいらつかせた。

 起き上がるとマントとローブを脱ぐと、途端に気持ちのいい風が汗を蒸発させいらだちも収まってくる。

 すると脳裏によぎるのはオルサの事だった。

 何故、村の人たちはオルサを殺そうとしたのか、盗賊オルサと老人は言った、陽太にとってはとても親切で優しかったオルサが盗賊などとは到底思えなかった。

(オルサ……、大丈夫かな)

 心配で戻りたくとも何処をどう来たかも分からない、道を外れ森の中を駆け走って来たためこの場所がどの辺りになるのか、どっちが北か南かも分からなかったのである、幸い青緑色の遠浅な海が一面に広がり、海岸沿いに建物が密集しているのが見えるので北側の海、つまりは内海に出たことだけは分かった。

(このまま海岸沿いに進んでいけば北って事になるのかな)

 おぼろげに地図を思い出しながら、ここにいてもどうしようもなく、オルサが言ってたエスタルに向かう事にした。

 ズレ落ちそうな荷物を乗せ直して、手綱を引きながら見える町に歩いて行く。

 日は暮れ始めてもうすぐ日没になるだろう、だが見えている町は思っていたより遠く近づいている気配が無かった。

「夜までに着かないといけないね」

 砂に足を取られながら馬に向かって声を掛けると鼻を鳴らして答えてくれた。

 内海の綺麗な青緑色の色は黒くなり、押し寄せる波の音だけが耳に入ってくる、日の暮れるのは早く赤く染まったと思ってから日没まであっという間だった。

 町の明かりがポツポツと灯り始めてもまだ陽太は海岸の上を歩いていた。

「まだあんなにある」

 隣で歩く馬の顔もシルエットで見えなくなっていたので、仕方なく近くの木に手綱をくくりつけて休むことにした。

 かき集めてきた木の枝に袋から取り出した油を少し垂らして、そこに火打ち石で点火させた

 小さなかがり火を前に干し肉をかじりながら考えていた。

(あの時僕がオルサの名前を出さなかったら……僕のせいだ)

 ポロポロと涙が自然と落ちてきて唇を震わせた。

(本当に盗賊だったのかな、住んでる場所も隠居生活のような人気の無い所だったし、あのお金はもしかしたら盗賊だったときの集めたお金なのかな……)

 考えてみればおかしなとこはあった、だが一年以上一緒に過ごしていて危害を加えられることもなく、いつも陽太に笑顔で接していたオルサが盗賊家業をしていたなんて信じられずにいた。

 一度も怒ったことなど無かったオルサに、初めてで最後の怒った顔を見せた時を思い出す。

「……オルサ」

 この世界で唯一の知り合いと離ればなれになり、一人ぼっちになった寂しさとこの先どうしたら良いのか不安だけが募っていた。

 食事もそこそこにマントに包まり横になって暗い海を見つめながら眠りにつく。

 陽太は久しぶりの夢を見た。

 懐かしい自分の世界を…………。

 良い思い出でもなく、中学に入ってまもなく気弱な陽太は人との話について行けなく一人ぼっちで過ごした苦い思い出を夢見ていた。

 一学期が終わる頃には陽太の居場所は自分の部屋だけになって、親も教師も陽太に事情を聞こうとしたが、嫌だ嫌だというばかりで理由も告げず部屋から出ようとせずに引きこもっていた。

 そんな自分から逃避するかのように古代の書物や遺跡などに興味を持つようになり、昔の人は人生を堪能したのだろうか、どんな生き方をしてきたんだろうか、楽しく謳歌して死んでいったのだろうか。

 小学校の頃はまだ楽しかった、友達も仲良く学校を行くのも楽しかった。

 なのに中学はまるで違う世界に来たかのように陽太はそこに溶け込めなかったのである、何故、どうして楽しく出来ないのか陽太には全く理解出来なかったし、受け入れることが出来ずにいた。

 眠りながら涙が頬を伝わってこぼれ落ちる。

 久しく見なかった元の世界のこと、オルサと別れたことでホームシックになっていたのか、思い出したくもない夢を見てしまった。

 朝、日差しの眩しさで目が覚めた陽太は夢のことも忘れて、荷物を馬に乗せると町に歩き出した。

 そしてこれが陽太の新しい旅の始まりでもあった。




 昼前に町に着くと取りあえず宿を探しに町中を歩いて行く。

 港町らしく男たちが船から上げてきた魚をせっせと店に運んでいて活気があり、女性たちも店頭に並んだ商品を通り過ぎる人に売りさばこうと大声で叫んでいた。

 この町の老若男女誰もが皆、肌は浅黒く陽に焼けていた。

 男は上半身裸になり腰に巻いた布切れ一枚に草履を履いただけであり、女性も布を体に巻き付けただけなので体のラインが艶めかしく見えて、目のやり場に困るほどだった。

 ここではそれが普通だったが陽太は通り過ぎる女性が間近に迫ってくるたび赤面しながら歩いていた。

 やっとの思いで宿を探し当て部屋を取った。

 大きな袋からお金を取り出すと宿の店主が驚いた表情をしていたがそれに気にもとめずに、言われたお金を渡してそそくさと二階の部屋に上がっていった。

(うわぁ、どきどきしたぁ、こんなにお金持ってるから不審がられたかな)

「ふう……」

 窓から望む一面の海、左右見渡しても海岸がずっと湾曲に続いてるだけで特に何か見えるわけでもなかった。

 沖の方には小さく見える小舟が数隻浮かんで見える、漁なのか遊んでいるのかバシャバシャと水しぶきが立っていた。

「地図がほしいな、あと小銭入れる袋も」

 階下に降りて宿を出てると探索に出かけてみた。

 一応お金を隠せるようにマントだけを羽織り、まずは町の商店が集まる場所に行ってみる。

 昨日の村と同様街道を挟んで町は形成されており、海側には漁港や魚市があり、道の内陸側には諸々の商店が建ち並んでいる。

 陽太はその中の雑貨屋に入り小さな袋と地図を購入した、昼過ぎということもあり近くの飲食店に入って食事をしながら地図を広げて確認してみた。

 この世界の地図はなかったがこの国と周辺まで載っているものを買っていた。

 この国の首都はここよりももっと内陸の森の中にあり、そこから沿岸の間の森はほぼ手入れされておらず街道だけが伸びている感じだった。

 陸地の先端の領土ということもあり、国境沿いに町が点在し、その他の町には大きな街もなく、陽太のいる港町や小さな村があるぐらいで、開発に力を入れていない国だと地図からでも分かった。

「ここから海沿いだと遠回りになるなぁ、ここまで出て……ここから……」

 陽太には分からない何かパンのような食感の焼いた薄い生地に葉物や肉を巻いたファストフードっぽい食べ物をかじりながら、独り言を吐きながら地図とにらめっこをしていた。

 子供が一人地図を見て食事をしに来ているのを店主がじっと観察していた。

 客も少なく暇を持て余していた店主が陽太に近づき声を掛けると、驚いて店主に顔を上げた。

「どうしたんだい? 見かけない顔だね、地図を見て何処かに行くのかい?」

「え……っと」

 なんと言えば良いのか、直ぐに思いつかず戸惑っていると、

「まだ若いがどこから来たんだい?」

「えと……、南の方から」

「南ってえと、ドンパの町から来たのかい」

「あ……、う、うん、エスタルに行こうと思ってるんだけど、どうやって行くのか見てたの」

 オルサのこともあり、店主の話に合わせてエスタルの行き方を聞いてみた。

「エスタル? これまた遠いとこに行こうとするんだな、一体何をしにそんなに遠くまで行くんだ?」

 腕を組み、意外そうに陽太を見た。

「エスタルに魔道士の学校があるって聞いたから」

「ほう、お前さん魔道士になりたいのかい? そりゃすごいな」

「うん」

 店主が笑ったが、

「けどエスタルって言ったらここからずっと北の方だぞ、俺は行ったことないから詳しくは知らねぇがかなりの日数が掛かるぞ、まぁ若けえからいろんな事を経験したほうがいいだろうがねぇ」

 店主がまた大声で笑った。

「ねぇおじさん、ここからだとどう行けばいいのかな」

「この国を出る道なら教えてやれるが、その先は俺も知らねえぞ」

「えっとなるべく海沿いに行こうかなって思ってるんだけど、この地図だとエスタルが載ってないからどうやって行こうか迷ってたの」

「ふむ、どれどれ」

 店主は陽太の持ってる地図をのぞき込むと指を差しながら道をなぞっていく。

「今居るのがここだろ、そんでここからこの道に行って、ここから……」

 店主のなぞる道を覚え込もうと注意深く確認する。

「それでここで道が別れてるから、こっちの森の道を行くんだ、そしたらまっすぐ行けば又、海に出る道に繋がるって訳だ」

「うんうん」

「あとは海沿いに北に行けばいい、その後はまたどこかで道を聞くしかねえな、とりあえず国を出る手前のこの町で誰か詳しいやつに話しかけてみればいいさ」

 じっと道を確認し復唱して覚え込む。

「ありがとう、おじさん」

 笑顔でお礼を言った。

 早速宿に帰って準備をするため店を出る、帰り際に店主に頑張れよと声援が飛んだ。

 宿に帰る途中、街道に人だかりが出来ていた、何だろうかと近寄ってみるが何かの立て札に集まって騒いでいた。

 皆背が高く陽太が覗き込める隙間も無く後ろでうろうろしていると、誰かの話声が耳に入ってきた。

「やっと捕まったか、お前らは若えから覚えてねえかもしれないが国中を暴れまくっていた盗賊の一人さ、そこの首領の右腕とも言われたぐらいの奴でな、炎を扱うそりゃあ極悪な魔道士だ、国がやっとこさ本腰を上げて盗賊たちを根こそぎ討伐したんだが、こいつだけが逃げ延びてずっと手配中だったんだ」

「あの時は毎日どこの村も恐れて生活してたなぁ」

「そんなに怖い盗賊だったの?」

「ああ、老若男女言うことを聞かない奴は殺されてたし、根こそぎ金目は奪って行っちまうから、どこの町や村も貧乏になっちまったからな、今生きてるのが不思議なぐらいだ」

「俺はまだあの時はガキだったがあいつらが此処に来たときの事は今でも覚えてるよ、年寄りが目の前で殺されるのを窓から隠れながら見てたんだ」

 誰が話しているのか分からなかったが、中年とおぼしき声の男たちが若い子たちに話しているのが聞こえてくる。

 どくどくと心臓の鼓動が激しくなるのを覚えながら、陽太は下を向きながら耳を澄ましていた。

「じゃあもう安心だね、悪い奴ら全員死んじゃったし」

(え……死んだ?)

 その言葉に口から鼓動が漏れてるのではないかと思い唇を噛みしめた。

「まぁな、このオルサって奴は厄介だったしな、悪はいつかは滅ぶもんだ、お前らも悪いことするんじゃねえぞ、ははは」

 その場にいても居られず走って宿に帰っていった。

 部屋に入ると寝床に倒れ込み枕に顔を埋めて泣き叫んだ。

(オルサ、オルサァ、嫌だ嫌だよ)

 町の人たちの話が本当だとは思いたくなかったし、そんなに簡単にオルサが殺されるとも思われなかった。

 強く優しい、魔道士としても憧れてたオルサがこ世から居なくなった事が受け入れられなく陽太はその夜まで泣き続けた。

 もう本当にひとりぼっちになった、また会えると思っていたオルサに二度と会えない現実に陽太は打ちひしがれた。

 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまい、目が覚めたときはもう朝になっていた。

 まぶたは赤く腫れ上がり涙のあとがくっきりと残っている、目が覚めても天井を見上げたままぼんやりと空を眺めていた。

(オルサ、僕はどうしたらいいかな、魔道士になんかに成りたいって言わなけりゃよかったのかな、あのままずっと楽しく過ごしてればこんな事にならなかったのに……)

 自分を責め、オルサの顔を思い出すたびにまた涙が頬を伝って流れていった。

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