37
西側の城門を抜けると街道に入り、南に進路を取っていく。
ミサエルの馬車に追いついた陽太が併走しながら、後ろを振り返りながら、
「ミサさん、あの人達は馬じゃないからもうゆっくりしても大丈夫です」
「いや、もう少し距離を取っとく、どこかで馬に乗り換えて追ってくるかも知れないしからな、少なくともエスタルを出るまでは急ごう」
「え、何? 何なのよ、説明しなさいよ」
荷台からミエールが大声で言ってくる。
「話は後だ、あいつら結構怒ってたしな」
速度を緩めず街道を南下していく、陽が落ち始め夕日が街道を真っ赤に染めるとミサエルが歩を緩めて陽太に声を掛けた。
「バル、そろそろ宿を探そう」
あれから何度か後ろを確認したが追ってくる気配もなく、諦めた様に思われた。
「大丈夫そうです、僕が先に行って宿を取ってくるです」
「頼む」
陽太だけ速度を上げて一番近い宿屋に向かった。
手頃な部屋を二つ取るとミエールに一部屋与えて、陽太とミサエルがもう一部屋に泊まることにした。
「……というわけだ」
「ふうん、私の知らない所で色々としてたのね」
階下で食事をしながらミサエルが追われていた理由をミエールに説明していた。
「まさか、あんな所で会うとはな、着いた時に外からあいつらが帰って来やがったんだ、目が合うとこっちに向かって走って来やがったから直ぐに逃げてきだ、そしたら目の前にお前達が歩いてるのを見つけたんだよ」
「でももう会うことも当分ないから安心です」
「そうなら良いんだがな……」
と、窓の外に三頭の馬が通り過ぎていったのを陽太達が見つけた
「あ!」
「奴らだ、やっぱり追ってきてやがったか……」
「どうするのよ、アルステルの方に行ったわよ」
ミエールが狼狽していた。
「どうせ奴らも何処かで寝ないといけないだろう、今日はゆっくり寝て朝早くに出るとしよう、何処かで待ち伏せしてるかあのままアルステルに向かうか、どちらにしろ何処かで出くわすかも知れねえな、そんときゃまた動けなくしてやるだけさ、あの時よりバルも俺も強くなってるんだ、後れはしないさ」
「なるべくなら会いたくないです」
力はあるが暴力が嫌いな陽太は不安を抱きながら一夜を過ごしていった。
朝日が昇るのが遅くまだ外は暗闇の中、馬車を引くミサエルとポムに乗った陽太が街道を歩き始めた。
相手が何処まで先に進んでいったか分からなかったが、今日でエスタルを抜けられる距離に検問所がある。
何とかそこまでたどり着ければ相手も追ってこられないだろうと考えていた。
だがそこまで行くには幾つもの宿場があり、そこを抜けていかないといけないので慎重に進もうと話していた。
「夜の時点で俺達の宿屋を過ぎたって事は次の宿場ぐらいに居るんじゃないか」
ミサエルが陽太と話をしているのをミエールが荷台で聞いていた。
「もし見つかってもミサさんは止まらずに先に行ってです、僕があの人達を足止めしとくです」
「分かった、頼む」
粛々と進んでいき宿場が見えてくると、ゆっくりと周りを確認しながら街道を過ぎていった。
薄暗くまだ何処の宿にも明かりは灯っておらず、まだ眠りの中にいるみたいに静かだった。
何事もなく通り過ぎると歩を速めていく。
風が出てきて街道の木々がゆらゆらとざわつき始めて、森が陽太達の行く手を阻もうかと枝がしなり街道まで伸ばしてくる。
「風が強くなってるです、ミエールさん頭を低くするです」
背中に冷たい追い風を感じながら自然と速度が上がってくる。
「この風が俺達に凶と出るか吉と出るか……」
「嫌な事言わないでよ」
誰も通らぬ薄暗い街道は木の葉の揺れる騒がしい音をかき鳴らしながら、次の宿場にたどり着いた。
もう人々が起きてきてもおかしくない時間にはなっているが、強い風と薄暗い空で外には誰の姿も見当たらなかった。
「この風で足音を消してくれる、さっさと抜けよう」
馬車の足音も風に流されて隣で走っている陽太の耳にも殆ど聞こえてこない。
陽太は小さな宿場を抜ける寸前、宿屋の窓から覗く男と目が会った。
男はミサエルの顔をじっと見つめて何かを叫んでいたが、風で声が届くことはなかった。
「ミサさん、あの男の人」
陽太が叫んでいる男の事を伝えると、ミサエルが窓の男に目をやった。
「あいつらだ、飛ばすぞ」
一目散に宿場を抜けて全速力で走り出した。
荷台に居るミエールはフードを深く被り、目を閉じて振り落とされないようにしがみついている。
「風のおかげでかなり早いぞ、このまま一気にエスタルを出られるか」
ミサエルが馬に鞭を入れて加速する。
それは追っ手の男達も同じで、後ろに見え始めてからぐんぐん距離を詰められてきて、顔がはっきりと分かるぐらいの距離まできていた。
「ミサさん、僕が何とかするです、止まらずに」
陽太が速度を落とし詠唱をすると、水の矢を男達に投げつけた。
男達は街道いっぱいに広がり的を絞らせないようにして水の矢を躱していく。
「くそお」
陽太は何度も水や光の矢を投げつけてこちらに来させないようにするが、馬上ではうまく照準が定まらずに難なく躱されていく、そうこうするうちにいつの間にか陽太の後ろに付かれてしまった。
男達の手にはナイフや剣が抜かれていて、あともう少しで陽太に触れられる所にまで迫っていた。
「そうか、男達に当てなくても……」
男達が陽太を囲うように左右後ろに馬を並べて武器を振り下ろそうとする。
陽太がポムの腹を蹴り速度を上げると振り下ろされた刃が空を切る、そこに再び詠唱を唱えた陽太の光の矢が男達の馬に飛んでいった。
矢が馬の足に刺さり驚いた馬が飛び跳ねて男を振り落とした。
振り落とされず残った男が体勢を立て直し陽太に追いすがってくる。
「野郎」
陽太が右に左にポムを操り男の刃を避けていく。
このまま走り続けるとミサエルに追いついてしまうと考えた陽太が、男の馬に体当たりをかまして速度を落とそうとした。
相手のナイフを躱しつつ左側面に何度も体当たりをするが一向に速度を落とせない。
「僕は喧嘩が嫌いなんだ、早く仲間の所に戻ってあげなよ」
「うるせえぞ、お前らのせいで何ヶ月も仕事が出来なかったんだぞ、どうしてくれるんだ、舐められてちゃ面子が立たねえんだよ」
「君らが盗みを働くからだろ、自業自得だよ」
「何だとてめえ、ぶっ殺してやる」
「逆恨みで殺されたらたまらないよ、えいっ」
ポムをぶつけて距離を取った。
怒った男が追いすがろうとしたが陽太が投げた光の玉が馬の目の前で弾ける。
驚いた馬が高々と足を上げて鞍から男を落とすと、馬は来た道へと走り去っていった。
「やった」
道に倒れ込んで起き上がれない男を確認すると、陽太はそのまま全速力でミサエルの元に駆けだしていった。
「もう追ってこないです」
ミサエルに追いついた陽太が言った。
「殺したのか?」
「あう、人殺しなんてしないです」
陽太は首を振って否定した。
「じゃあまだ生きてるなら安心出来ないだろう、もうじき国境だそこまでは気を抜かずに突っ走ろう」
宿場を止まらずに通り過ぎていき、昼過ぎまで走ると検問所が見えてきた。
そこで三人組の男に襲われたことを伝えた後、アルステルに入って行った。
「これで奴らが来ても検問所で止められるだろうな」
速度を落としてゆっくりと進みながら少なくとも少しの時間は余裕が出来たので一息ついた。
「まったくゆっくり旅も出来なかったな」
ミサエルが愚痴をこぼす。
「もう大丈夫よね」
荷台から顔を出したミエールが聞いてきた。
「ああ、旅の初日から騒がせちまったな、バルのおかげで助かったよ、さすがは下級魔道士様だな」
「あう、僕も怖かったです」
「おいバル、腕に血が付いてるぞ」
陽太が右腕の肘についた血を見た。
袖が破れて血が滲んでいるのに気が付かなかった、袖をまくってみるとうっすらと切られていたが血は止まっていた。
「ほんとだ、いつの間に……」
興奮と緊張で切られた感覚がなかったが、囲まれて剣やナイフで襲われた際に付けられた傷だと思った。
「折角の一張羅なのに……」
オルサから買って貰って大事に使って来たローブで、何度も洗濯をしているうちに色褪せてもきていたがそれでも陽太には大切なローブだった。
「アルステルで新しいのを買えよ」
「…………はいです」
「それより傷を治さないと化膿してしまうわよ」
「これぐらいなら自分で治せるです、それより何処かで休みたいです」
「わかった、次の宿場で一休みしよう」
アルステルに入った初めの宿場町で食事も兼ねて休憩をした。
陽太は魔法で腕の治療をしていた。
新陳代謝を活性させて傷の治りは早める魔法の基本だった、ぴりぴりとする感覚がして傷が塞がっていく。
「バルさん、私ので良いなら服を貸したげようか、そのままだと寒くて冷えちゃうわ」
ミエールが自分の荷物からローブを取り出して陽太に渡した。
「有り難うです、アルステルまで借りるです」
陽太はローブを脱いでミエールの貸してくれたローブを着てみた。
濃い赤のローブで微かに良い香りがしていた、それを着ると裾が地面についてしまうぐらい少し大きかった。
「これ少しおおき……ひい」
ミエールの睨む目が陽太に突き刺さっていた。
「……なぁにバルさん、何か言いたげだわね」
冷ややかな言葉が陽太に何も言わせない重圧感を与えていた。
「あわわ、な、何もないです、あり……がとうです」
涙目になりながら陽太はお礼を言った。
陽太は半泣きで丈の長さを調整して腰を紐で縛っているのを、ミサエルは後ろで陽太を不憫そうに見つめたまま黙って見ていた。
三人は食事を終えると出発した。
アルステルまで南下していくだけで特に変わったこともなく、途中の宿屋でもう一泊して朝から旅の続きを開始していた。
昼頃には沿岸部に行く西の街道とアルステルに行く分かれ道に着いて、左の道に進んでいった。
「あと少しだな」
とんだ引っ越しになってしまったが、やっとの事でアルステルに着くという達成感が三人にはあった。
特にミエールは故郷とエスタル以外に行ったことがなかったので、旅とはこんなにも大変なのかと感じていた。
アルステルの大きな城壁が正面に見えてくると自然と足が早くなってくる。
西門から町に入ると陽太が先頭にフィッシュの家に案内した。
「へえ、アルステルってエスタルと比べてもそんなに変わらないわね」
あちこち見回しながらミエールが言った。
「ここのリーファス通りとお城に続く南北にタロス通りが通っていて、アルステルの大通りになるです、町は大通りで四つに区切られているから判りやすいと思うです」
「へぇ」
陽太がタロス通りの交差点で城を指で差しながら教えた。
「あれがアルデード城です」
「綺麗なお城ね」
「僕らはこっちです」
そのままリーファス通りを東に向かい途中で路地に入ると、フィッシュの家に到着した。
外に聞こえる金槌の音でオットが居るのが直ぐに分かった。
陽太が裏庭の馬小屋に馬を止めてオットを呼ぶと、家から出てきたオットがにこやかに陽太に挨拶をした。
「おかえり、そちらがお友達かい?」
「えと、ミサエルさんとミエールさんです」
「ども」
「こんにちは、初めまして」
「どうも初めまして、オットです、さぁ入っておくれ直ぐお茶を出すよ」
オットが三人を家に招き入れた。
「オトさん、お魚さんはどうしたです?」
「お魚さんは家の契約に行ってるよ、バルート君が向こうに行ってから結構二人で見て回ったんだよ、やっぱり城外だと広いのがあるけど町から結構離れてしまうからね、迷ったんだけどやっぱり街中の方が便利だと思ってね」
「何処になったですか?」
「ここから近いよ、一応部屋が沢山あるから狭いとは感じないと思うけどね、その代わり結構値が張ったから頑張って稼がないとね、ははは」
「あう、頑張るです」
「えっとミサエル君とミエールさんだったね、君たちの話はバルート君から聞いているからこれからは仲間だと思って遠慮しないでね」
「ミサで良いよ、俺らもついこの間バルから聞いたばかりで心構えってのが出来てないけど、仕事の方はエスタルでもしてたから力になれると思うんだ、よろしく」
ミサエルが言い終わると横からミエールの拳骨が飛んできた。
「こら、何て言い方してんのよ、ちゃんと話しなさいよ」
「いいだろ、仲間なんだしかしこまった話し方は性に合わないんだ」
ミサエルは頭をさすって文句を言った。
「ごめんなさい、私はミエールと呼んで下さい、躾が出来てなくて迷惑なら殴ってやっても良いですから」
「はははっ別にいいよ、お魚さんがもう一人増えたみたいだね、ねぇバルート君」
「はいです、僕もこれからはバルで良いです、皆そう呼んでるから」
「じゃあ俺はオトさんかな、ははは」
陽太とオットが笑っていた所にフィッシングが帰って来た。
「なんだ賑やかじゃねえか、おっバルート帰って来たか、沢山仲間を連れてきたじゃねえか」
「はいです、ミサさんとミエールさんです」
「おうよろしくな、俺はフィッシングって言うんだ、へへっ、いい家を買ってきたぜ」
「お魚さん、挨拶が先だよ」
オットがフィッシングに言った。
「今言ったじゃねえかよ、ミサとミエールだろ、覚えたよ」
ミサエルとミエールはきょとんとした顔をしながら、早口でよくしゃべるフィッシングを見ていた。
「まぁ見ての通りこんなんだから話し方は普段通りで良いよ、堅苦しいとお互いぎくしゃくするし、俺達もそんな柄じゃないからね」
オットが二人に説明した。
「何だよ、俺は自分らしく生きてるだけだ」
胸を張って自信満々に言ったフィッシングに陽太が話しかけた。
「お魚さん、お家は幾らでしたか? 近くの家を買ったですよね」
「おう、聞いて驚け、なんと金粒大六百だぜ」
「ろ、六百ですか」
陽太も他のミサもミエールも開いた口が塞がらずにぷるぷる震えていた。
「ん? 何だ何か言えよ」
六百なんて聞いた事もない金額で、それだけあればエスタルだと何年、何十年も遊んで暮らせるほどだった。
「あう、そんなお金何処から出したですか」
「ああ、一応俺とオトさんで折半して出したから、あとでおめえらにも払って貰うぞ」
「えっと一人金粒大百二十です、あうあう、そんなお金生活出来なくなるです」
「別に今すぐって言ってるわけじゃねえよ、仕事すれば直ぐ貯まるだろ、頑張って貰わねえとな、それよか腹減った飯食いに行こうぜ、今日から一緒に働くんだろ、飯食ったら家を見に行こうぜ」
呆然とする三人にフィッシングは気にもせずに支度に取りかかった。
ぽんっ、と肩をオットに叩かれ、
「さぁ飯に行こう、支度支度」
オットの陽気な笑顔に促されて仕方なく付いていった。
「おいバルどうなってんだ、いきなり借金生活かよ」
「私そんな大金持ってないわよ、アルステルのお菓子屋で働いてもそんなに稼げるとは思えないわ」
「あう、僕も驚いてるです」
先頭を歩くオットとフィッシングの後ろで三人が心配そうに話しながら歩いていた。
いきなりの不安な初日が三人を精神的に襲っていた。




