35
「バルさんおひさぁ、帰ってたんだね」
相変わらずの元気な笑顔で陽太に話してきた。
「家に帰ったらバルがいたんで連れてきたんだ」
ミサエルは陽太のせいで遅れたんだからなと遠回しに言い訳をする。
「ささっ、座って食べましょうよ」
「あう、久しぶりです、ミエールさんは今何してるですか?」
「私は今はお菓子屋さんで働いてるわ、これでも火を使えるからお菓子を焼くのに重宝されてるのよ」
「今度買いに行ってみるです」
三人が出された料理に手を付け始めるとミサエルが話題を出してきた。
「バル、さっきの話の続きを聞かせてくれよ」
手に取った肉にかぶりつきながらミサエルが言った。
「あう、そでした、アルステルの依頼所で仕事をした方がいいって話です、こっちと比べて倍以上の報酬があるから向こうで仕事をした方が儲かるです」
「ふむ」
「ミサさんは学校の方はどうですか」
「まぁ今のところは順調だ、組の中でも上位だしな」
「じゃあ次ぐらいで卒業出来るですか?」
「ん……まぁもう三年だしな、次で卒業はしたいとは思ってるさ」
「じゃあ卒業出来たらアルステルで仕事しないですか、あそこなら直ぐにお金が貯まると思うし、仕事もなくなる事はないぐらい沢山あるです」
「アルステルか……、そうだな暫くあっちで儲けるのも悪くないな」
「アルステルにいっちゃうの?」
ミエールが心配そうに聞いてくる。
「僕は向こうで仕事した方が良いと思うです、暫くは宿屋で住み込んで仕事をすれば直ぐにでもお金は貯まると思うし、ムールって町なら家を買うのも夢じゃないです」
「そんなに報酬はでかいのか?」
「えっと簡単な依頼でも銀粒小五十とか、人が集まれば高いのを狙って金粒大五十とかもあるです」
「金五十か、そりゃ凄えな」
「今なら……少し前だけど田舎の家なら金粒大百五十もあれば買えるです、アルステルでなら自分達の家が持てるかも知れないですよ」
「エスタルは物価が高いしな、土地も余ってないから家を買うのは無理だと思ってた、バルの言うとおりアルステルで一儲けするのも悪くないな」
「ええぇ、ちょっと待ってよ二人ともアルステルに行ったら寂しくなるわ、私はどうなるのよミサ」
ミエールだけが定職に就いていて二人がエスタルから出て行こうとすることに不満を言ってきた。
「ミエールさんも来れば良いですよ、三人いれば結構大きな依頼もこなせるし、それに向こうは気候もいいです」
陽太はもう行く来満々であった。
「バルさんは旅慣れてるから何処であろうと良いかもしれないけど、私はあんまり他の国って行ったことがないから心配だわ、それに折角お店にも慣れてきたからやめるなんて言い出しにくいわよ」
ミーエルは何だか大事な話に進んできていて心配そうに眉をひそめていた。
「ならミエールはここでお菓子屋の修行をしてればいいんじゃないか?」
ミサエルのこの言葉でミエールの表情が険しくなった。
「なんでよ、私だけが一人でここに残らないといけないのよ馬鹿」
「何だよ、行きたいのか行きたくないのかどっちなんだ」
「きいい、このあんぽんたん」
ミエールの拳骨がミサエルに飛んでいく。
「あうあう、喧嘩は駄目です、ミエールさん直ぐに行くわけじゃないですし、ミサさんもまだ卒業してないから時間はまだあるです」
陽太がおろおろしながらミエールをなだめた。
「行きたいなら行って、向こうのお菓子屋で働いたら良いじゃないか」
「働くって言うのはそんなに簡単な事じゃないのよ、でもどうしましょうエスタルに知り合いが減るのは嫌だわ、折角仲良くなれたのに……」
ミエールが肩を落として悩んでいた。
「僕が頑張って一人でお金貯めておくです、二人が来てくれたら大っきい家を買って皆で住めば良いです」
陽太も二人とは別れたくもなかったし、ここにいる二人もエスタルにいなければならない理由もないのなら、いっそ皆で住めば話は簡単に解決すると思っていた。
「俺の目標はまず卒業することだな、まぁ他にいろいろと片付けないといけないことがあるが、それも少しずつやっていけばいいだろうし俺の方は別段アルステル行きに反対する理由もねえしな、同意って事で良い」
「……あ、あたしはまだ賛成は出来ないわ、よく考えないと……」
「?」
ミエールがちらりとミサエルと見たのを陽太は気づいた。
「僕の話はこれで終わりです、明後日ぐらいにはアルステルに行くです」
「部屋はどうするんだ?」
「荷物っていってもそんなに多くないからポムに乗せて持って行くです、大きいのは置いていくです」
「そうか」
「ミサさんが卒業する頃にはこっちに戻ってくるですよ、それまでに色んな情報を集めておくです」
「バルはいつも気が早いな、ゆっくりすればいいのに」
「やることが見つかったら直ぐ動かないとそわそわしちゃうです、それに今までずっと旅してて色んな国を見てきたけどアルステルは良い所だからきっと気に入ると思うです」
陽太が足をバタバタさせた。
ミエールは終始難しい顔をしながら食事をしていたが、陽太はミエールと別れた後ミサエルに言った。
「ミサさん、ミエールさんはミサさんに一緒に行こうって言って欲しかったと思うです」
「…………そうか」
「はいです、きっとそうです」
歩きながら陽太はミサエルに教えてあげた。
陽太は二日後、終わらせた依頼の報酬を受け取ってから家を出た。
次はミサエルの試験の発表が終わる頃にエスタルに来ると言い、ミエールのことを再度伝えてからアルステルに向けて旅立った。
陽太はアルステルに着くと適当に安い宿屋を探して部屋を取り、早速依頼所に向かう為にリーファス通りを歩いていた。
「よう、何してんだ」
肩を叩かれ振り返るとフィッシングが立っていた。
相変わらずの斜に構えた態度だったが、その顔は笑って陽太を見ていた。
「あう、お魚さん」
「おいおい、お前までお魚さんって呼ぶのかよ」
フィッシングは参ったなと言った表情をした。
「はう、ごめんなさいです」
「別に構わねえけどな、んで何してんだこんな所で、エスタルに帰ったんじゃねえのか、それともまだ帰ってなかったのか?」
「い……いや帰ったです、それでまたアルステルに来たです」
「なんでまた、何か忘れ物でもしたのか?」
「違うです、今日からここで仕事しようかとエスタルの家を出てきたです」
「へぇ、こっちに住むことにしたのか、何処に住んでんだよ」
別段驚いた様子もせず和やかに陽太に聞いた。
「取りあえず宿屋で住み込んで稼ごうかなって思ってるです」
「何だ水くせえね、それなら俺ん所で住めば良いじゃねえか宿代がもったいねえ、何処の宿だ、俺が断ってきてやる」
「あう、長い間お世話になるのは悪いから結構です」
「何言ってやがる、気にするこたぁねえよ部屋も余ってんだ使え使え、さぁ行くぞ宿は何処だよ」
強引に陽太の手を引っ張って泊まっている宿屋に入っていくと、店主に泊まるのを断って荷物を持って出てきた。
フィッシングはそのまま陽太を自分の家に連れて行くと、オットに説明をした。
「はははっ、俺は全然構わないよ、むしろアルステルが気に入ってくれたみたいで嬉しいね」
オットは驚きもせず笑顔で迎えてくれた。
「はうはう、い……良いのかなお邪魔にならないかな」
そう言いながらフィッシングに二階の空室をあてがわれて喜んでいた。
「随分使ってないから埃っぽいけど掃除すりゃ何とか住めるだろう、此処は好きに使ってくれていいぜ」
「あ、ありがとうです」
宿屋に比べて広く、寝台は骨組みだけで布団はなかった。
「掃除が終わったら布団を持ってきてやるよ、掃除道具は下にあるから勝手に使ってくれ」
「はいです」
これで宿代が浮くなら安い物だと、今日の仕事は辞めて掃除をする事にした。
一日がかりですっかり綺麗になった部屋に、綺麗な布団を寝台に設置すると寝転がった。
窓からは周りの景色は見えなかったが、澄み渡る青空だけは見ることは出来た。
「得したかな」
空を見ながらアルステルで住んでいた家を思い出していた。
「あの家を残していたらよかったかな……」
チルミーの家を売り払ってもう二年が経っていた。
苦い思い出の家であっても、今あのまま残していたらよかったのかなと思っていた。
「でもチルミーだとアルステルまで結構距離があるしせめてムールの町だったらなぁ、あれは売ってよかったかも知れないな……」
それきり言葉を出す事もなく、大人しく空を見上げたままじっとしていた。
(あの時、僕は裏切られてどうして良いか分からなくなって冷たく突き放してしまった、あの時はどうしても受け入れられなかったしセリアを見たくもなかった、セリアは常に誰かが側にいなくてはいけない事を知らなかったのは、僕が女性というのを知らない自分の未熟さが原因だったからああいう結果になったんだと思う、今でも想いがないわけではないが、今でもセリアを受け入れられないだろうな、願わくば何処かで幸せになっていてくれればいいけど……)
そうさせてしまったのが自分であるのだと自責の念が陽太を襲い、今彼女がどのように生活しているのか気になっていた。
(あの時僕はどう対応すればよかったのか今でも分からないけど、もし許していてもセリアを見るたびにあの男の顔を思い出して耐えられないだろうしなぁ)
お互いがまだ幼く、ままごとの様な拙い絆で、お互いを思っているようで互い自分のことで精一杯だったのだ、言葉で好きだ愛してると言っても相手の事を思いやれる考えが届かなかった、苦い青春の一ページとして陽太の中に書きとどめられたのだった。
コンコン、と扉を叩く音で我に返った陽太が扉を開けるとオットが立っていた。
「もう掃除は終わったみたいだね、下で食事を作ってるから降りてきて食べないかい?」
「はいです、ありがとうです」
下ではフィッシングが卓についていて、三人で食事を始めた。
「バルートは依頼所の仕事するんだろう、良いのがあったのか?」
フィッシングが聞いてくる。
「依頼所に行く途中でお魚さんに会ったですよ」
「そうか、まだだったのか、ならよ俺らも混ぜてくれよ、さっき二人で話してたんだ、オトさんも暇なときなら構わねえって言ってるしよ」
「え?」
「三人ならよ結構でかいの狙えるだろう、魔法はバルートに任せて俺らはこれだ」
剣を抜いて陽太に見せた。
「俺は一応は魔法のいろはは知ってるが性に合わねえし、やっぱ剣だぜ」
綺麗な輝きを放つ剣を見てうっとりと言った。
「あ、あの僕お金を貯めて友達が卒業したら、こっちで家を買って一緒に依頼の仕事しようって言ってるです」
フィッシングとオットが目を合わせると笑った。
「ははは、そんなことか、ならそいつも一緒に此処で住めば良いじゃねえか、簡単なことだろ」
「えっと友達はもしかしたら二人来るかも知れないから、ここだと……その、狭くなるから……えっと」
「ふむう、さすがに二人は入れねえよな」
フィッシングはこの家が狭いと言われても動じず、否定もしなかった。
「その連れはいつ頃来るんだよ」
「まだ分かんないけど早くてこの冬前かな、遅くても来年の春だと思うです」
「じゃあまだ半年ぐらいはあるじゃねえか、問題ねえよなあオトさん」
「そうだね、俺らで先に話をしてしまったんだが、ギルドを作ろうかって言ってたんだ、ギルドは最低三人からしか登録出来ないからね、もしバルート君が入るって言ってくれたら問題ないんだけどね、その友達も一緒に入ってくれれば全員で五人になる、五人もいれば大抵の依頼だって成功すると思うし、ギルドの恩恵で報酬が少し上がったり、名が知れれば直接依頼所から依頼が回ってくるしね、損はないと思うよ」
オットが説明をしてくれた。
「けど、ギルドを作るのは簡単だけどよ、家がねえと依頼を回してくれねえんだよな、家なしギルドは信用が薄いんだ、ここだって借りてる家だしな、ギルド作ったらまずは家を持たねえといけねえんだ、それで俺らも手伝うから一緒にやらねえかって話をしたんだ」
「手伝う……って言われても別に僕はマスターでもないから……」
「なら一緒にやろうぜ、ギルドのことは俺らに任せてくれよ、まずは金稼ぎからだろ」
「う、うん、そういうことなら僕は構わないよ、でも僕はマスターには向いてないです」
陽太は頬を赤らめながら呟いた。
「よおし、決まりだ、オトさん酒だ酒、ギルド結成の前祝いだ」
「子供は駄目だよ、果実酒にしときなよ」
「何言ってんだよ、あんな甘い物飲めねえよ、良いじゃねえか今日ぐらいは」
「しようがないね少しだけだよ、バルート君は果実酒で良いかな?」
「は、はいです」
お酒など飲んだことがなかった陽太は、場の雰囲気を壊しそうで断れずに了承した。
出された果実酒は紫色をしていて果物のいい香りが鼻腔をくすぐってきて、アルコールの鼻にくる感じは殆どしなかった。
「じゃあ乾杯だ、俺達の門出に祝福あれ」
陽太は杯を打ち交わすと一口飲んでみた、とても爽やかで甘酸っぱくお酒というよりジュースのように甘かった。
「これは……美味しいです、お酒だと思って今まで飲んでなかったけど、これなら飲めるです」
そう言って陽太はごくごくと一気に飲み干した。
「まだまだあるからゆっくり飲んでよ」
「え、本当かよじゃあ……」
フィッシングは酒を一気に飲もうとしたら、
「お魚さんは三杯までだよ、はははっ」
オットに言われて肩を落としたフィッシングを見て陽太が大笑いした。
食事もオットが作ったらしくてとても男料理とは思えないほど豪勢だったが、陽太の胃袋は軽々と料理を平らげていった。
「もう食べられないや」
食事が終わって部屋に戻った陽太は寝台に寝転がってお腹をさする。
「何だか凄く物事が進んじゃったな、ミサさんに相談しないで決めちゃったけど大丈夫かな」
掃除の疲れと満腹感で眠くなり目を閉じるとそのまま眠りに落ちていった。




