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それからアルステルに入るまで三日間、順調に旅をして街に入ることが出来た。
「こっちだ」
フィッシングのあとを続いてリーファス通りを歩いて行く。
久しぶりに来たアルステルの街並みを見ながら付いていくと、そこは東アルステルの北側のミルド地区の路地裏だった。
「ここだ」
カンカンと奧から金属を叩く音が聞こえてくる家に、フィッシングが入って行くと、
「オトさん帰ったぞ、ちょっと来てくれ」
奧の部屋から筋肉隆々の男が出てきた。
大男ではなく引き締まった太い体には無駄な脂肪もなく、筋肉がくっきりと浮かび上がっていた。
(うわあ、顔は優しそうなのに凄い筋肉だ)
体を服で隠せば何処にでもいそうな優男に見えるだろうが、今の半袖に前掛け姿だと屈強な男に見えた。
「やあお帰り、やけに早い帰宅だね」
話し方も柔和で語尾もきつくなく話しやすそうな人に思えた。
「ああ、ちょっといざこざに巻き込まれてな、町にいられなくなったんで帰って来たんだ」
「ははっ、また喧嘩か」
「ちげえよ、町の奴らが因縁付けてきたから相手してやっただけだ、でその時助けてくれたのがこいつだ」
フィッシングが陽太を紹介した。
「どうもミナド・バルートです」
「ほっほ、これは小さなお客さんだね、こんにちは俺はダイラス・オットだ、お魚さんを助けてくれたんだね、ありがとう」
「お魚……さん」
陽太はちらりとフィッシングを見た。
「おいオトさん、変な呼び方はやめてくれよ」
ちぇっ、とフィッシングがそっぽを向きながら言った。
「ははは、まあそこに座りなよ、お茶でも持ってくるよ」
オットが前掛けを脱いで奧に消えていった。
家の中の壁には沢山の剣や鎧が飾ってあり、陽太にはどれが良い物かは分からなかったが、奇抜な装飾を施したものから変わった形のした製作品が所狭しと飾ってあった。
「此処は工房だ、住居は二階だ」
「……そですか」
剣などを見てるとピカピカに光っていて鏡のように陽太の顔が映っていた。
(あれ、僕の顔ってこんなんだっけ? 自分の顔すらあまりにも久しぶりに見たけど頬が痩けていて幽霊みたいだ)
浅黒く日に焼けて頬に影が出ていて、顔が細くなったように見えた。
長い間、旅に出かけていた為か白くふっくらとしていた幼い顔は何処にも見当たらなかった。
(もう四年も経つんだもんね……)
十六になった陽太は、たった四年でもこれだけ昔の面影がなくなるんだと自分に驚いていると、オットがお茶を運んできてくれた。
「男所帯だから良い物はないけど、これでも食べて」
籠に入った果物を一つ手に取ってみた。
「これプムの実?」
「そうだよ、裏庭の井戸で冷やしてたんだ、まだちょっと酸っぱいかも知れないけど食べてみて」
「前から一度は食べてみたいなとは思ってたです、いただきます」
赤い薄皮で覆われた実は手の中に収まる位の大きさで、陽太は思い切ってかぶりついてみた。
「大きい種があるから注意してね」
実は柔らかくて、ほどよく酸味が口に広がってみずみずしかった。
「美味しいよ、これ」
「そうか、それはよかった、数日寝かせておいたのがよかったかな」
フィッシングは何も言わずに黙々とプムの実を食べていた。
「プムの実って取れる時期が凄く短いから中々食べる機会がなかったです」
「そうだね、プムの実はアルステルでしか食べられないし数も少ないからね、俺もたまたま売ってるのを買っただけだから運がよかった」
「とても美味しいです」
(レモンと桃を合わせた様な味だ)
「お魚さん、それで何があったのか教えてくれないかな」
オットがお茶をすすりながらフィッシングに聞いてきた。
「ん? なぁにミーハマットに入った港町で飯食った後に高額な料金を請求して来やがったんで、払うかよって言ってやっただけだよ、そしたら店の奥からデカ物どもが痛い目にあわせるぞって囲まれてたときにバルートに助けて貰ったんだ、あいつら俺達をミーハマットから出さない気でよ、子供を使って見張りさせてやがったんだ、だから切り伏せてきてやっただけだよ」
「まぁ郷に入りては郷に従えって事もあるから無茶なことはあまりしない方が良いよ」
「何でだよ、飯食っただけで銀粒小二十だぜ、ふざけるのも大概にしろってんだ、あいつら俺を余所もんの餓鬼だと思ってふっかけやがったんだぜ、いい気味だ」
フィッシングが口から種を飛ばして答えた。
「お魚さんは気に入らないと思ったことは直ぐ態度と口に出るからね、バルート君も怖かっただろう、率直と言えば聞こえは良いけど振り回される方には堪らないでしょう、ははは」
「い……いえ、初めは怖そうな人だと思ってたですけど、話してると明るい人だというのが分かったです」
「おいおい、二人とも俺をどんな人間だと思ってんだ」
フィッシングはふてくされた様子で二人を睨んでいたが、怒りや喧嘩を売ってる顔ではなく照れくささを隠す態度であった。
「そうそう、お魚さんを助けてくれたんだ、今日はここに泊まっていけば良い、久しぶりの大人数の食事は楽しそうだ、この間、良さげなお店を見つけたんだよそこで食事にしよう」
オットが嬉しそうに言うが、陽太はそれを断った。
「いえ、嬉しいですけど僕は依頼所を見てからエスタルに帰ろうと思ってるです」
「何だもう帰るのか、別に良いじゃねえか一日ぐらい」
そう言われても宿屋と違って、あまりよその家に泊まるのに慣れていなかったので遠慮した。
「じゃあよ、飯ぐらいは良いだろ、オトさんの言う店なら間違いはないしな、飯ぐらいは奢らせろよ」
フィッシングが顔を近づけて言ってきた。
「わかったです」
三人は夕方になるまで話をして時間を潰すと、夜のアルステルに繰り出した。
暖かくなってきたおかげで、人々は夕方になっても遅くまで買い物や露店に出入りしていて、子供達も広場ではしゃぎ回っている姿が見受けられた。
「良い天気に気持ちいい気候だ、やっと寒い冬が終わったって感じだな」
「夏のことを考えると辟易するけどね」
フィッシングとオットが会話をしている横で陽太が懐かしそうに街を見ていた。
アルステルの東西に延びる大通りのリーファス大通りをみていて、ここで野菜を売ったりしてたなと感慨深そうに野菜を売ってる人達を眺めていた。
陽太が連れてこられたのはリーファス大通りから南に行った細い路地裏の店だった。
大きな店構えで新しそうな外装には、オーリスの田舎料理店と大きな看板が掲げられていた。
「ここだ」
オットが先頭で店に入っていくと中はかなり広く小洒落ていた。
「何かオトさんに似合わない店だな」
「ははは、そうだろ、だから二人を誘ったんだよ」
フィッシングの嫌味もオットには効かないらしく、さらっと言葉を返される。
雰囲気はいかにもカップルが来そうな場所だったが、出てきた店員はおばさんだった。
「らっしゃい、何するんだい?」
声の通る大きな声量で注文を聞いてくるので、
「此処は何が出来るんだい?」
オットが逆に聞き返して聞いてみた。
「あいよ」
差し出してきた注文表を見たが名前からは料理の想像が出来なかったので、陽太は適当に頼んだみた。
注文を受け取ったおばさんは厨房に行き、大きな声で注文を叫んだ。
「オーリスって何処にあるんだろう」
「そもそも町の名なのか人の名なのかわかんねえな」
「僕も聞いたことがないです」
出てきた料理は匂いからして辛そうな香りが漂っていた。
「おばさん、これは何処の料理なんだい? オーリスって言うのは人の名前なのか何処かの国の名前なのかな」
オットがおばさんに質問してみた。
「ここは南国のバイタルって国の町の名さ、旦那がそこの出身でね、オーリス料理をアルステルで広めたいって店を始めたさ」
「ほう、それがこれかい」
「熱いし辛いから一気に食べない方がいいさね、そのパンに少しずつ付けて食べてごらんよ」
「ほうそうかい、ありがとう」
「ごゆっくり」
おばさんが戻って行くと三人で言われたとおりパンに付けて食べてみた。
「うおぉ、辛えな、口から火を吐きそうだぜ」
「本当だね、言われなきゃ危なかったね」
オットとフィッシングはひぃひぃ言いながら食べていたが、陽太は辛くはあったが慣れた味で美味しそうに食べていた。
「おい、バルートは辛くねえのか、こんなのよく平気で食べられるな」
「辛いけど美味しいです、僕はこれぐらいなら平気です」
「あふぇ、水くれ水」
フィッシングが水をごくごくと飲み干した、それでも辛さが舌に残っているのか何度も深呼吸をしていた。
「ううむ、辛いが食べてると美味しいってのも分かる気がするよ」
オットは汗をかきならがも黙々と食べていた。
「お前ら気が合うな、俺は駄目だ、もっと美味い物食わせてくれよ」
「まだ他にも料理が来るから待ってなよ」
その後出てきた料理も何かしら辛い香辛料が入っていて、フィッシングは文句を言いながら食べられそうなのだけを選んで食べていた。
三人が店を出るとフィッシングが悪態をつく。
「くそお、あんまり俺は食ってねえぞ、二人でたらふく食いやがって」
「汗かきながら食事したのは久しぶりです」
「俺は此処が気に入ったな」
オットと陽太は笑いながら汗を拭いていた。
「俺はもうこんな店は来ねえからな、くそお」
家に帰ってくると玄関で陽太が二人に挨拶をした。
「ご馳走様です、僕はもうこの辺で帰るです」
陽太はおじぎをした。
「そうか、依頼所はリーファス通りの西へ行けば看板がぶら下がってるからな、分かんなかったらそこら辺の奴らに聞けばいいぜ」
「ありがとです」
「そうだ、おめえの住んでる所を教えておいてくれよ、エスタルだったな、暇なときに遊びに行くぜ」
陽太はフィッシングもオットも悪い人ではないと、この数時間で感じていたので素直に場所を教えてあげた。
「じゃあ、またおいで」
オットとフィッシングが手を振って見送ってくれた。
陽太は言われたとおりにリーファス通りを西へと向かい、依頼所の看板を見つけて中へと入って行った。
広く大きな部屋はエスタルと比べても倍以上はあり、壁にはびっしりと依頼が貼られている。
「すごい、こんなに依頼が集まってるんだ」
人も多く常に誰かが依頼の紙を店主に渡しに行っていた。
「こんな夜でも人が来るんだ、それに……」
依頼内容を見ていると報酬金額が魅力的に高かった。
「なんでこんな内容でこれだけの報酬が貰えるんだろう……いいなぁ」
どれもエスタルと比べても報酬がよく、依頼内容が難しい物はべらぼうな高額報酬が書かれている。
陽太は依頼内容を見ているだけで頬が緩み笑みが溢れそうになっていた。
「ここはすごい依頼所だ、アルステルなら直ぐにお金が貯まるじゃないか」
銀粒小五十何て普通の依頼で、金粒大三十や五十の依頼も多くある。
中には金色の用紙に書かれた金粒大百なんて物があったが、内容は聞いた事もない、そもそも見つけることが出来るのか分からないような希少な物を探してこいといった内容であった。
「ねぇおじさん、なんでアルステルの依頼所にはこんなに高額な依頼が多いの?」
近くで調べ物をしている叔父さんに聞いてみた。
「はっは、そりゃあアルステルはギルドや傭兵が沢山集まるからね、依頼成功率が他の国とは格段に違うんだよ、依頼主もその成功率の高さから何としても欲しいものはアルステルと考えてるからね、沢山ある依頼があるから金額を上げないと誰も受けてくれないからね、ここは色んな国の大富豪の依頼も集まるしね」
「有り難う、おじさん」
教えてくれた叔父さんはまた自分の捜し物に没頭し始めると、陽太は一通り内容を見た後依頼所を出てエスタルへ帰る西の街道に出て行った。
「すごい……、ミサさんに教えてあげなきゃ」
夜は深くランタンを灯して先を急いだ。
三日後にエスタルに着いた陽太は直ぐに家に帰ったが、ミサエルは学校に行っていて留守だった。
タッキーもおらず、部屋でミサエルが帰ってくるのを一眠りして待っていた。
夕刻、音がして目が覚めると急いでミサエルの部屋に向かった。
「ミサさん、帰ってるですか?」
扉をノックするとミサエルが出てきた。
「何だ帰ってたのか、おかえり、丁度今からミエールと飯に行こうかと思ってた所だ、一緒に行こうぜ」
「あう、いい話があるです」
「ほう、なんだいい話って」
「アルステルの依頼所にいってきたです、そしたら向こうの依頼はこっちよりすごくいい報酬です」
「ほお、なら食べながら聞かせてくれよ、けど今からミエールと食事に行く所なんだ、遅れるとあいつだから五月蠅いんだ、一緒に行こうぜ」
いつもの居酒屋よりみちに行くと既にミエールが店の中で待っていて、二人を見つけると手を振って呼んだ。




