33
夜になり、海岸の砂浜で野宿を決め込んだ二人がたき火を前に話をしていた。
フィッシングの顔はたき火の明かりで赤い髪や目の色がメラメラと燃えて揺れている様に映っていた。
そのフィッシングが口角を上げながら陽太と話をしている。
「で、エスタルの魔道学校を下級魔道士で卒業したのか、凄えな」
「はいです、でも友達がまだ学校に行ってるからその間、依頼所で仕事して待ってるです」
「その連れも今年中には卒業なんだろう、その後どうするんだ?」
フィッシングが興味深そうに聞いてくる。
「一緒に今の仕事をしようと思ってるです」
「そうか、俺はアルステルで気ままに遊んで生活してるんだ、ほとんどは女の家を渡り歩いているからたまにしか帰らないけどな」
はははっとフィッシングが笑うと、陽太は苦笑いを浮かべていた。
話の中でフィッシングは陽太の一つ年上であることも聞いていた、剣士らしいが多少の魔道の心得もあるらしい。
その剣技がどれ程の物かは知れなかったが、大男達に囲まれていても怯むこともなく対峙していたのだから、それなりに腕に自信があるのだろうと思っていた。
「おめえは女はいるのか?」
「え……えと、いないです」
「何だいねえのか、つまんねえな、一つの国に一人ぐらい女を作っといた方が良いぞ、色々と役に立つしな」
「はう……」
フィッシングが砂浜で横になり星空を眺めていたが、いつの間にか目を閉じて眠っていた。
陽太も静かな海岸で波音を聞いていると眠くなってきて、外套を敷くと体を横たえて眠りについた。
「おい、起きろよ」
陽太がフィッシングに揺さぶられて目が覚めた。
さっき寝たような感覚でまだ頭が回らなくて暫くの間ぼうっとしていた。
「んあ……」
朝日が昇り心地よい気温と風が陽太を夢の中へと呼び戻すのをフィッシングが阻んでくる。
「おい、もう朝だぞ、さっさと支度してこんな国から出ようぜ」
「…………うん」
眠い目を擦り大きくあくびをした。
開けた目に大量の光が入ってきて眩しさで目が開かない。
「まぶしっ」
視界が慣れて周りを見回すと、フィッシングは既に馬に乗り込んでいてまだかと言わんばかりに陽太を見ていた。
「ご、ごめん直ぐに支度するです」
急いで立ち上がり荷物をポムに乗せると馬上に乗った。
「じゃあ行くか」
「うん」
この時間なら町の男達も漁に出ている時間だろうと港町に向かい走り始めた。
港町に近づくにつれ、遠くの海には幾つもの船が見えてくる。
「これなら通り抜けられそうだな」
「一気に抜けるです」
「おう」
町の様子は静かなもので昼前というのもあってか人通りも少なく、通りを難なく通り過ぎることが出来た。
漁港にも女性が数人ぐらいしか見当たらなくて、例の店の前にも誰も出ていなくて一気に加速して通り過ぎていった。
「へっ、余裕だな」
フィッシングが後ろを振り返り誰も追ってきてないことを確認すると、手綱の力を緩めて言った。
町の半ばを過ぎたときに、通りに座っていた子供達が二人を見て大声を上げた。
「来たよお」
「来た来た」
「見つけたよおお」
子供達が立ち上がって陽太達の進路を妨げるように道に飛び出してきて、大声を上げ始めた。
「なんだこいつらは、うるせえぞ餓鬼ども、静かにしやがれ」
立ち止まった陽太達の周りの家から大人達が出てきた。
手には棒や剣、包丁など二人を殺す気だというのが直ぐに分かる出で立ちの男達であった。
「餓鬼どもに見張らせていたのかよ、たかが無銭飲食ぐらいでしつこい奴らだな」
フィッシングが剣を抜いて構えを見せた。
陽太も杖を手にいつでも詠唱出来る準備をしていた。
町から出てきた男達は十人ほどで、その中には昨日いた大男も混じっている。
「大層なこったな、たかが二人の餓鬼を捕まえるために仕事を休むたぁな」
「俺たちゃ漁師でねえんでな、俺達の仕事はおめえらを捕まえることなんだよ、殺れ」
昨日の大男が仲間達に命令すると、フィッシングの近くにいた男達が武器を向けて飛びかかってきた。
フィッシングは馬上から剣を振り、男達を躊躇無く切り伏せる。
「別にそれでも構わねえが、これは玩具じゃねえぞ、殺されてぇなら覚悟してかかってきな」
フィッシングが叫んだ。
取り囲む男達は怯むことなく武器を構えてにじり寄ってくる。
「そうかい、気にもしねえんだな、なら遠慮はしねえぞ」
男どもの攻撃を待っていられないと、フィッシングが馬から飛び降りて男達に詰め寄って剣を振る。
「こいつら死んでも構わねえんだとよ、気にせずやっちまえ」
フィッシングが陽太に叫ぶ。
「殺したい訳じゃないけど……」
陽太は勿論殺すつもりも無いが、このままおめおめと捕まってやる気も殺される気も無く、詠唱を唱えると上空から生まれ出た光の矢を男達に浴びせかけた。
威力は抑えたつもりだがまともに当たれば骨ぐらいは折れてしまう力はあった。
陽太は矢を男達の足元を狙って何本も飛ばしていく。
男達も持っている武器で叩き落としたり、後ろに飛び退いたりして陽太の攻撃をかわしていく。
「そらよ、くらえ」
フィッシングの剣技は振り下ろしたと思って油断すると弧を描いて下から伸びてくる、一人の男がそれに油断して顎から上へと剣で叩き切られて転げ回り悶絶していた。
一人二人と仲間が減っていくのを、大男が歯ぎしりをしながら見ていた。
「餓鬼のくせに舐めやがって……」
持っていた大剣を肩に乗せて通りに出てくるとフィッシングの隙を見て振り下ろした。
「うおっ、あぶね」
体勢を取るため後ろに下がった所を、丁度大男が振り下ろした剣が目の前を横切った。
「ちっ」
フィッシングは続けざまに飛んできた大剣を受け流して距離を取る。
「へえ、ただ命令するだけの大木かと思ってたらやるじゃねえか」
「餓鬼が……、捕まえろと言われてたがどうでもいい、殺しててめえの死体を魚の餌にしてやる」
「ふん、あんたの方が魚には食い応えがあるだろうよ」
「おめえらはチビの方をやってこい」
大男がフィッシングの前に立ち、後ろの仲間に指示をした。
「一騎打ちってわけか、こちらとしちゃ楽な相手だな」
「死に際までへらず口が叩けたら魚の餌じゃなくて、木に吊して干物で勘弁してやらあ」
大男の攻撃をフィッシングが躱し剣を伸ばす、だが大男も巨体に似合わず軽々とフィッシングの剣を紙一重で避けていく。
お互い剣の出し合いと受け流しで相手にかすり傷さえ付けられずに、二合、三合と剣を交えていく。
陽太は既に三人もの男達を行動不能にさせ、折角相手をあと二人まで減らして余裕が出てきたのに、フィッシングの相手をしていた男達が合流した事で四人もの男達を相手にしなければならなかった。
陽太は男達を引き付けながら離れ過ぎず近付き過ぎず、ポムを自在に操って距離を取り魔法で攻撃していた。
ポムも前や後ろと行ったり来たりと慌ただしく動き回っていたので、息を切らし口から泡を吹いている。
男達も陽太に詠唱させまいと散らばり周囲を取り囲みながら、隙を見て剣や棒を振るって突進してくる。
「なんでこっちに来るのさ、怪我しないうちに帰ってよ」
陽太は片手で手綱を操り隙を見ては詠唱を繰り返していくのだが、集中が散漫で中々命中させることが出来なくなってきた。
「もうこうなったら……知らないからね」
男達に光球を投げつけて弾けさせると、すかさず次の詠唱を始めた。
陽太の後ろの海から大きな水の玉が四つ飛び出してきて、槍の様に細長く固くなって男達に狙いを定めた。
水槍が男達にぶつかると腕や足に突き刺さっていく。
男達の悲鳴で勝負は付いた。
転げ回る男達を前に陽太が、
「大人なんだったら子供を利用しないで、子供達に悪いことを覚えさせないであげてよ」
場違いな発言だったが、陽太には子供達が大人に利用されているのが許せなかったからどうしても一言いってやりたかった。
男達の耳に届いているのか分からなかったが、陽太はそれを言い終えるとフィッシングの下に駆け寄った。
フィッシングは大男と何合も剣を打ち合わせていて汗だくになっていた。
「しぶてえな」
「餓鬼のくせにやるじゃねえか」
大男は大剣を軽々と普通の剣と変わらないかのように振ってくる。
フィッシングは受け止めようとせずに躱しながら、隙を突いて剣を出すやり方に変えた。
何合もの大剣を受け止めるだけ体力もないのは自明であり、相手に合わせる道理も無かった。
シュッ、とフィッシングの出した剣先が大男の頬をかすめ、血が滲み出てきた。
「やっと当たったか」
「かすったぐらいでいい気になるなよ」
フンッ、と大男の大剣が空を切るとすかさずフィッシングが次の剣を繰り出す。
常にフィッシングは相手の剣捌きの隙を狙っていて、自分からは攻撃していかなかった。
相手にはそれを悟らせないように時々挑発を繰り返し、間合いを詰めて相手が届くと思わせる絶妙な距離まで近付いていく。
フィッシングのこれまで戦いで身につけた得意な戦い方であった。
「おっさん、疲れてきてるんじゃねえか、もうへばったか」
「うるせえぞ、お前なんぞ一発当たりゃあそれでしまいなんだよ、いつまでも逃げられると思ってるのか、うりゃあ」
横殴り、突き、振り下ろしと大男の剣戟を見極め躱しながら、フィッシングは大男の身体に傷を付けていく。
大男の体が徐々に赤く、少しづつ深い傷が付けられていくに従って動きも鈍くなり、息も荒くなっていくのを陽太は離れた場所から見ていた。
「……すごいな」
口だけの男ではなかったのだ。
体力の充実した若さと剣技がこれほどまで相手を翻弄させて、手玉にすることが出来るのだと思った。
「はぁはぁ、糞餓鬼がああ」
「うるせえ」
最後はフィッシングの突き出した剣が大男の喉元に深々と刺さり、大男は膝をついた状態で絶命していた。
剣を抜くと大男の体が地面に屈伏するように崩れ落ち、地面に血だまりを作っていった。
「ふう」
フィッシングが周りを見回して陽太を見つけると手を上げた。
すると、港からやって来る男達を見て、慌てて馬に乗ると陽太に言った。
「逃げるぞ、何度も相手なんかしてられねえ」
走ってくる男達に気づいた陽太も走り出して、山脈へと向かい街道を走り出していく。
「はははっ、奴らの顔を見たかよ、怒り狂ってやがったぞ」
遠ざかっていく町を見てフィッシングが笑った。
「早く国を出ようです、警備兵に見つかったら出られなくなっちゃうです」
「そうだな、連絡がいく前に出た方が良いな、どうせ捕まった所で奴らから売ってきた喧嘩だ、そうそう通報も出来やしねえだろうけどな」
街道をひた走り、日没までに国境の検問所に着くことが出来た。
検問所を難なく通り過ぎて山肌を見ながら街道を西に進んでいく。
「これで一安心です」
「だな」
陽が暮れ暗くなってくると街道が見えなくなり、走るにも足元が危うくなってくると、
「ここいらで野宿にするか、このくらいの涼しさなら凍死するこたあねえだろう」
フィッシングが適当に馬を止めて手綱を木に括り付けた。
街道脇に止まった二人は山肌を背にして腰を下ろし、陽太が森から枯れ木を集めてくると、火を起こして袋から取り出した干し肉をフィッシングに差し出した。
「おっ、悪いな一日中走ってたから何にも食って無くて腹減ってたんだ」
「火で炙った方が柔らかくなって美味しいです」
「そうか」
「こんなのもあるです」
陽太がまた袋から何かを取り出して見せた。
「ほう、変わったもの持ってんな」
それはただの小枝に見えたが、フィッシングが一つ貰うと、それを迷うこと無く短剣で皮を削って口に咥えると、尖端を何度もかみ続けて思いっきり息を吸った。
「ふうう」
目をパチパチさせて喜んだ。
「こいつぁいいな上物じゃねえか、凄え口の中がすっきりする」
それは薄荷のように爽やかさで、息をするとひんやりと口の中が冷たく感じられる代物だった。
「ちょっと高かったけど、旅をしてるとたまに口が寂しいときがあるから、その時のために買っていたです」
「旅慣れてるな、俺はそんな風に旅はしねえから気にしてもいなかったし、野宿なんて寝りゃあ終わりって感じだったしな」
二人で小枝を噛みながらたき火を見つめていた、お互いそれぞれこれからどうするのか話をしていた。
「アルステルの俺んちに遊びに来いよ、もう一人連れがいるんだが紹介するぜ、それにエスタルの依頼所よりアルステルの方がでかいはずだ、傭兵が多いから依頼の質もこっちの方が良いと思うがな」
アルステルが傭兵やギルドが沢山集まる国だというのは知っていた。
「アルステルの依頼所は行ったことがないです、一度見ておこうかな」
「おう、そうしろ、連れは鍛治屋をやってるんだがこれが腕がよくてな、俺の剣はいつも連れに鍛えて貰ってるんだ、もし剣が入り用なら俺が口添えして安くさせてやるぜ、助けて貰ったんだしよ」
「はう、僕は剣とかは使わないです」
「何だって良いんだぜ、鎧、馬具、なんだって作れるんだしよ、何かあったらどんどん言えよ」
「ありがとう、あればお願いするです」
その夜はアルステルの遊び場や美味しい店などの話をフィッシングから聞かされて、夜が更けるまでずっと話を聞いていた。




