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外に伸びて婉曲する海岸線沿いを南下しながら大きな海を見ていると、懐かしい南の国を出たときの海岸沿いを走っていた頃の思い出と重ねていた。
あの海とは違い濃い青の海が広がり海岸も大きな岩や砂利の浜であったが、潮の匂いや海風はあの頃と同じ感じがしていた。
海岸沿いの先に来て見えてくる岬までは、内側に湾曲した形になっていた。
「ここの形は……」
陽太はポムを止めて地図を見てみた。
陽太の思い描いていた場所は真っ直ぐした道だと思っていたが、実際はかなり曲がりくねった形になっていた。
「今どの辺りにいるんだろう」
正確な地図ではないにしろ海岸沿いにもいくつかの町の名前が書いてある。
陽太の見てる景色ではそのような町もなく、自分が地図の上でどの辺りにいるのか分からなかった。
休憩と合わせて海岸に座り込み地図を見ていると、何かに気づいた。
「もしかして僕のいる所ってここかな」
そこは地図上ではかなり北の内陸に食い込んでいる海岸沿いだった、そこから南の沿岸部にある港町まではまだまだ先だった。
「もっと南にいると思っていたのに、全然北じゃないか……これじゃ町につくまで早くても五日は掛かるな」
北の街道から西の沿岸部に出た場所は北西の位置にあり、本当なら広大な森を抜けるのにはサスタークから七日はかかる行程を陽太は五日半で海に出ていた。
地図にある北の街道は真西ではなく、一番北側の北西の場所に陽太を導いていたのである。
「あの時僕が寝ちゃってる間にポムが行った原っぱで道がおかしくなったのかな」
あの時以外、陽太の記憶では北の街道を走っていた覚えがあった。
「あの原っぱから出ていったときに違う道に入っちゃったかも」
サスターク国の北側から西にずっと行けばベル山が左側が見えてくるはずであったが、陽太はあの山がそうなのかと思った。
「やっぱりだ、ここの山の近くなんて通ってないもの、地図には載っていない何処かの道から西に出ちゃったんだ」
広大な森の中でゾンビから逃げることが出来て、森から出られただけでも幸運だったが、陽太の予定は大幅に狂ってしまっていた。
「うはっヤバいな、直ぐに抜けられると思って七日分ぐらいしか食糧持って来てないよ、これじゃ宿場町に着くまでに食べ物が無くなっちゃう」
今から北の街道を通ってサスタークに戻るなど到底考すら起きず、前に進むしかなかったのである。
「……行くしかないよね」
荷物を仕舞い、早速ポムに鞭を入れて海岸線をひた走る。
遠くからでも分かる道なので速度を落とすことなく、ぐんぐんと南下していくことが出来た。
途中の村に入っても村人からは怪訝な顔をされて家の中に入られてしまうので、そのまま無言で通過していった。
「もうあまりこの辺りの人とは接触はやめよう、何度も説明してられないからね」
海岸沿いの何処の村も人数が少なく貧しそうな格好をしている。
海に小さな小舟を泊めていて漁業を生業としているようだったが、若い人の少ない村では活気もなく、一人、二人の歳を取った男達が寡黙に船の修理や網を直している光景を見ながら陽太は走り去っていった。
二日、三日と野宿で何とか過ごし、持っていた食糧を全て食べ尽くしてもまだ海岸沿いを南下していた。
夜の暖を取るのも一苦労で、凍える寒さで指を振るわせながら岩場で体を温めていた。
「食べ物もなくなったし明日には何処かの町に着きたいな」
岩場の風が入ってこない所を見つけて、たき火の火をを消さぬように浅い眠りで疲れを取る、ここ数日お風呂にもは入っておらず寒さで汗をかくことが少ないと言っても多少臭いが気になり始めていた。
「始まったばかりの旅なのにもうエスタルに帰りたい気分だよ」
朝から走りながらそのような事を思い浮かべていた。
砂漠で旅をしていたときは早くこの熱さから逃れたい、こんなに過酷な場所はもう嫌だと感じていたのだが、陽太はこの広い森の大地に来てからはこの地がもしかすると一番の恐ろしい所ではないかと思っていた。
暗い森にゾンビや巨大な獣が潜んでいて、一歩道を踏み外せば深い霧で方向が分からずに森の中で彷徨い、のたれ死ぬか怪物に襲われて命の恵みとなる場所なのである。
陽太はそこから運良く逃れはしたものの、それは偶然であって誰もが抜け出せるものでは無かった。
「こんな所に国を作るなんて王様は何を考えていたんだろう」
今より大昔ならもっと怪しい生き物がいっぱいいただろうに、その真ん中に国を作ろうとは普通は考えない、そもそも道も何も無い時代に森に入ろうなどと思うのは酔狂な王だったのだろうかと陽太は思った。
その国が今では世界の中心と呼ばれるほどの強国となっているのである、そう考えると不思議な国であった。
陽太が学んだエスタルの歴史は初代エスタルがまだ国と言えるほどのものでもない、森を切り開いただけの小さな町から周辺の国との戦争に勝ち、少しずつ国を広げていった内容のものだった。
しかしエスタルは突然、大国に名乗りを上げた。
その理由は初代エスタル王が得た力、魔法だったのである。
どのようにして魔法の力を持ち得たのかは王族だけに伝わる伝承でしかなく、極秘事項であった。
エスタルが領土を広げて人が集まり始めたことでエスタル国を建国し、今の中央国周辺にあった幾つもの国を落城、併合を繰り返して行くと、最後に残った東の大国リム王国に決戦を挑み、勝利したことでエスタル王国と名を改め、新王国の統一が完成したのである。
その後エスタル王国が魔法の研究や扱いを広めたことで、現在の魔法形態に形成されていくと、才能のあるものは臣下として取り入れられ、国家盤石となった今では一般のものも魔法を扱うことが許されるようになった。
普通ならその力を行使して国家氾濫を企むものなどがいるはずだったが、そのような者がいなかったのは、ひとえにエスタル王族の力は一般の人々とは違い、その魔力は絶大な力を有していたからである。
その中心にいるのが紋章を持つ者で、魔道士達の頂点に立っているのがエスタル王であり、その力は男性一子に血脈が引き継がれているらしいと言うことだった。
エスタルを守る形で北と南にサスターク国とアルステル国を建国して、王族に国政を任せてエスタル王国の基盤を絶大なものにしてきた。
今現在の次期エスタル王はエスタル・フィン・ファリス王子で二十歳の王子はあと二、三年もすれば王から王位を引き継ぎが行われる継承式が予定されていた。
魔道によって世に力を見せしめ、国土を広げて魔法によって世界に名を馳せた国こそがエスタル王国であった。
「こんな恐ろしい森から生まれた国家か、興味は沸くけど関わりたくない国だな」
左側視界いっぱいに見える森から、想像も出来ないぐらいの歴史がこの中で繰り広げてきた。
朝もやの中、長い海岸線を走りエスタルの事を考えながら陽太は南下していた。
食べ物もなくただ走るだけしかすることもなく、空腹を紛らわす為には何かを考えていた方が良かった。
海を見ると波間に魚が水面下で泳ぐ姿を見つけると、魚料理を思い出してしまいお腹が鳴った。
「美味しそうだな……、そうか魚捕ればいいんだ」
ポムを止め、海岸に行くと魔法を唱える。
波の中から渦ができて次第に大きく円を描いていく。
円の中央から飛び出てきた水柱が頭上高く伸びると、海岸の砂浜に水柱を落とした。
すると、砂浜に落ちた大量の水が砂に吸い込まれていくと、あとには海藻と藻に絡みついた魚が残った。
「やった」
大小様々な魚がいたが小さいのは海に帰し、大きく食べられそうな魚だけを選んで拾い上げる。
早速砂浜で火を起こして持っていたナイフで魚を捌いていく、グロテスクな顔を持つ魚だったが陽太は気にもせず、お腹にナイフを差し込んだ。
魚を捌くのはオルサとの生活で覚えた腕前で、久しぶりだったが体が覚えていたので難なく処理することが出来た。
堅い鱗も小手の原理を利用して剥いでいくと、中から白身の美味しそうな身が見えてくる、その身に切れ込みを入れて焼いた石の上に乗せて焼き上げていった。
調味料も何もなく、海の水で洗っただけの塩味だけでも、焼ける匂いはとても香ばしく、口によだれが溜まってきていた。
「まだかな、まだかな」
両面を焼け目が出来るまで十分に火を通して焼き上げた。
「もういいかな」
一口背中の身の厚い部分にかじりついてみた、口いっぱいに広がる旨味で陽太の本能に火が点いた。
「うまぁ、塩味でも十分だ」
止まることなく次々とかじりつきあっという間に骨だけにしてしまった。
一匹だけでは物足りず、同じ魚をもう一度捌いて焼いて食べた。
「ああ美味しかった」
短い時間で二匹も平らげてしまった陽太の顔は満面の笑顔だった。
「もっと早くこうすればよかった、我慢して損しちゃったな」
残った大きな魚も捌くと紐を通して馬具にぶら下げて明日の食糧として持っていく事にした。
陽も沈み始めて今夜はこの場で野宿することに決めると、火を絶やさず夜の寒さに備えるために森の近くで小枝をかき集めて夜を過ごした。
魚が捕れて食糧難からは解放されたが、まだここは西の街道より北側で早く南下して沿岸諸国に入りたいのは言うまでもなく、陽太は陽が昇れば暮れるまで走るというのを繰り返した。
それから数日、やっとの思いで西の街道を見つけると交差点で立ち止まった。
「ここを南に行けば沿岸諸国、東に行けばアルステルか……」
この道から来ればエスタルからでも十日もあれば十分だったのに、陽太はここに来るまでに十五日も掛かってしまった。
初めて西側の地域に来たので地理に疎いのはしようがなかったが、出だしから怖い洗礼を受けたのは辛かった。
「もうあの丘が何処にあるのか分からないな、自分の世界……ううん、僕の世界はもうここなんだ、怖い所もあるけど僕は此処が楽しいんだ、ここで生きていくと決めたなら何か働いてお金を稼がないと……、旅も良いけど遊んでばかりもいられないもんね」
あれほどいつかはこの世界から戻るんだ、その方法を見つけたいと思っていた陽太が、旅をする内に色んな経験と友人を得て、いつのまにかこの世界に自分の居場所が出来ていることをあの丘で気づかされだのだった。
もしかするとあれが元の世界に帰る最後のチャンスだったかも知れなかったが、陽太の表情は暗くもなく、これからの自分の新しい人生の旅立ちに顔を赤らめて笑っていた。
友達はたった三人しかいないけれど、この世界での思い出は元の世界では決して味わえず、友達のいない狭い部屋で一人パソコンと向き合う生き方よりも断然こちらの方がよかった。
この世界は厳しくもあるが自由で伸び伸びと生きていくことが出来たからだ。
「そうと決まればエスタルへ帰ろう、ミサさんが卒業したら……」
言い終える前に陽太は駆けだしていた。
東へと、西の街道の石畳を鳴らしながら全速力で走って行った。
西の街道には僅かながらの宿場があるため野宿をすることも無く、温かい布団で寝ることが出来た。
それから七日、すんなりとアルステルへ行く道と北へと行く道の分かれ道に来ると、迷わず北に折れて北上していった。
そこからまた三日かけてエスタルに戻って来たのである。
半月以上かけて森の北側をぐるりと回って来ただけの旅だったが、帰って来た陽太は一回りも成長したような堂々とした落ち着きを身に纏っていた。
「なんだ、もう帰って来たのか?」
陽太を見るなりミサエルがそう言ってきた。
「うん、僕決めたです、働きたいです」
「何するか決めたのか?」
「はいです、冒険家になるです」
「冒険家?」
ミサエルが聞き直した。
「そです、依頼所の仕事で稼ごうかと思ってるです、色んな所に行けるきっかけにもなるしお金も手に入るです、それで……」
「?」
陽太がモジモジしながらミサエルに話しかける。
「依頼所でどうやって仕事を貰えるのか教えて欲しいです」
「なんだそんなことか……、簡単だぞ教えてやるよ」
何事かとミサエルは思った。
ミサエルが陽太を引き連れて依頼所まで連れて行き説明をした。
「部屋に貼ってある依頼書の中から好きなのを選んで、依頼書をあそこの親父に渡せば良いんだ、そしたら契約書に名前を書けばいいだけだ、あとは依頼内容の物と契約書を一緒に渡せば親父が内容に間違いがないかどうかを確認してくれるんだ、問題なければ報酬を受け取れるってわけだ、な、簡単だろ」
「はいです」
依頼所は大きく、大勢の人が見に来ていた。
中には柄の悪そうな人相をした者から、女性や一人で気楽に出来そうな物を物色している細い体の男など色んな人達が集まっていた。
「ああ、ちなみにあそこから順番に簡単な依頼になっていて、左に行くほど難しい依頼になってるからな」
「へぇ」
ミサエルの指差す方に目を向けながら壁いっぱいに張ってある依頼書を見て歩いた。
お使い程度の物から希少動物の首の依頼などが書いてある、はたまた街の中で済む様な事から遠い国まで行かなくてはならない物まであって、その分報酬も桁違いに高かった。
「いろんなのがあるです」
「ああ、けど高い物はそれなりに難しくなるから報酬で選ぶと痛い目に遭うから気をつけた方がいい、初めはこの近辺で出来ることで腕試ししていけよ」
「はいです、んっとじゃあこれにしようかな」
手に取った依頼内容はサスタークに手紙を渡しに行く簡単な物だった。
銀粒小三十の安い依頼だったが、陽太は楽しそうに依頼書を店の親父に渡して契約書を受け取った。
「期限は三日だって言われたです、今から直ぐ行かないと間に合わないかもです」
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「はい、ありがとうです、早速行ってくるです」
ポムに乗り込み、帰って来たばかりなのにまたすぐにエスタルを出て行った。
「騒がしいな」
ぽつりとミサエルは呟いて陽太を見送った。




