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銀の魔導外伝 帰るべき場所  作者: 雪仲 響


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 目が覚めた時、ポムは立ち止まっていて草を食べていた。

「あれ、此処はどこ?」

 小さな小高い丘の原っぱで回りは森の木々で囲まれていた。

 街道すらなくなりどうやってポムが此処に来たのか分からないが、まだ森を抜けていないことだけは分かった。

「ポム、此処にどうやって来たの、街道はどこなの?」

 ポムが返事するわけも無く、陽太が丘の上を見上げた。

「なにか……ある」

 じっとしていてもしようがなくポムと丘を登り始めた。

 丘の上は霧が晴れていて綺麗な緑が日光を浴びている。

 丘から見下ろすと白い霧が森の中から吹き出ているように不気味に感じられた。

「何処に迷い込んだの……」

 丘と言っても木々より低く森の周囲を見渡せる程高くはなかったが、その天辺に昇ってきた陽太は頂上に立つ一本の石碑を見つけた。

「……なんだろう」

 石碑には陽太が見たことも無い文字が刻まれているのに、陽太は何処かで見た覚えが気がしていた。

 どくんっ、いきなり陽太の中で鼓動が激しくなった、本人の意思とは無関係に鼓動が早くなり呼吸のリズムが合わない。

「な……に、なにが……起こった……の」

 石碑を見つめた途端に息苦しさと目眩が陽太を襲った。

「ああ……、あああっ……」

 平衡感覚がなくなり、陽太は馬から落ちてしまった。

 身体は落ちた痛みさえも感じられぬ程、体の感覚がなく意識が遠のいていく。

(ああ、そうだ僕は知っている……、この酷い目眩のように視界が遠く感じられていく感覚を……、あの時だ……部屋に居た僕が最後に見た物だ、思い出した! この石碑は……そうだ、これを最後に見たんだった、僕はこれを見て気を失って……この世界に迷い込んだんだった……)

 ぐるぐると世界が回る景色を見ていて気を失った時のことを思い出していた。

(じゃあ僕はあの時のように帰れるのか、元の自分の世界に……このまま気を失えば、自分の部屋に帰ることが出来るんだよね、長年待ち望んでいた元の世界に帰れるんだ……)

 そこで陽太はふと思った。

(僕の元の世界……どうして帰りたかったのだろう……苛められるだけの友達のいない世界、狭い部屋で毎日パソコンを見る生活に帰りたかったのか……、僕は、僕は……)

 どうして帰りたかったのか自分でも思いつかず、初めはいきなりこの世界に飛ばされて、何も分からず生きていく術もない自分にとっての安全な場所はあの時はまだ元の世界だったからで、今はもう生きる術も身についてこの世界のことも少しずつでも理解していた。

 陽太は漠然とした理由で帰路を探していただけだと思った。

 帰りたい理由なんてものは陽太にはもうあの世界になかったのだ。

(そうだよ僕は帰りたくはないんだ、ここでは僕を友達としてくれる人や世話を焼いてくれる人だっている、僕にとってもここで出会った人はあの世界の人間より優しく、人間らしく生きてる人ばかりなんだ、怖いことや悲しいこともあるけど此処は僕を受け入れてくれるんだ、ここが大昔の世界かどうかなんてどうでもいい、僕は…………帰りたくはないんだ!)

 更に目眩は酷くなり手足が何処にあるのか、自分は今、上を向いているのか下を向いているのかさえ分からず回る景色が陽太から力を奪っていく。

(僕……は、帰りたく……ないんだ、…………ああっ)

 無我夢中で石碑から離れようともがいていた、動かしているのかじっとしたままなのかさえもう体の感覚はなかったが、この呪縛から逃れたいがために必死で意識を保とうとしていた。

(落ちたら駄目だ、もう帰りたくないんだ、僕は……この世界で生きていくんだあああぁ)

 反転と暗転、無感覚で意識だけの浮遊感を感じていた。

 陽太はもう何も考えられなくなり始め、漂う波に身を任せて意識が削られていくように思考が薄れていく。

 一瞬のことなのか何時間も落ちていたのか、少しずつ感覚が戻り始めて脳裏に最初に浮かんだのは、

(ああ……落ちてしまった、僕はまたあの小さな部屋に帰ってきたんだ、僕の生きられる小さな世界に……)

 どれだけの時間が経ったのか、それはもう陽太にはどうでもよく、うっすらと開いた瞳に映ったのは眩しい光だった。

(ああ……とうとう帰って来てしまったのか、蛍光灯の明かりが眩しい……、もう二度とあの世界には行けないんだ)

 少しずつ身体に力が戻って来て意識がはっきりとしてくると、上体を起こした。

「…………あっ」

 目の前に映ったのは小さな見慣れた部屋ではなく、うっそうと茂る森だった。

 陽太は丘の下で倒れていて、見上げるとポムが丘の上で草を食べているのが見えた。

「ぼ、僕は……帰らなかったんだ、僕は、僕は……ううっ」

 陽太は草むらの上で泣き崩れた。

 誰も見咎められる事もない一人ぼっちの森の中で静かに泣いた。

 陽太の胸の中では両親に対する別れの挨拶を済ませていた。

(お父さん、お母さん、僕はこの世界で生きていくことに決めたんだ、僕が僕らしく生きられる世界はここしかないんだ、ごめんよ……さようなら)

 どれだけの時間、草むらで泣いていたのか、親との決定的な離別、言葉一つも伝えることもない静かな別れだった。

 涙を拭いて起き上がった陽太の顔にはもう迷いもなく、強い意志が感じられていた。

「行こうポム、今からここが僕の世界なんだ、僕の世界を見て回ろう」

 口笛を吹いてポムを呼んだ。

 もうあの石碑には近づこうとはせず、興味も失っていた。

「さて、どっちの方向だろう、たしか……」

 ポムが何処からこの原っぱに来たのか分からなかったが、空を見て太陽が落ちていく方向に向けて森の中を進むことにした。

 この道が間違っていたらもうこの森の中でのたれ死にするしかなく、死ねば自分もゾンビになってしまうのかなという考えを持たずにはいられなかったが、幸いにして小一時間霧の森を彷徨っていたら突然、街道に出ることが出来た。

「良かったぁ」

 街道には霧が掛かっておらず、そこから見た景色は一方は道なりで、もう一方の道の先に山が見えた。

「あそこの山は何処になるのかな北か南かどっちかだよね、じゃあ向こうに行こうか」

 やっとの思いで霧の無い場所に出られた事で、少しは落ち着きを取り戻せる事が出来たが、空にあった太陽は見えなくなっていた。

 太陽は傾き沈む準備をしていて、街道に落ちる影が左側半分まで隠して伸びてきていた。

「今日は夜通しでも良いから海岸に出ようね、もう森で寝るのは嫌だよ」

 急いで街道を駆けていき突き当たりで左に折れて、目の前で太陽が落ちていくのを見ながら西へとひた走っていった。

 暗くなってもランタンを片手に走って行くと、少しずつ木々が開けてきて向こう側に星空が見え始めてきた。

「抜けた」

 陽太は森を抜けると眼前に視界いっぱいの海原を見ることが出来た。

 崖になっている街道は北と南にいく道があったが、陽太はそこから南に進路を取り海岸沿いに南下して進んでいく。

 夜の海は月夜が反射していて青白く街道を照らしていたので、足元もよく見えて進みやすく夜通し走るには丁度良かった。

「あそこに光が見える、町かな」

 崖を下りながら海岸沿いの町まで坂を駆け下りていった。

 小さな光がだんだんと大きく見えてきて、陽太は家の集落の中に入って行く。

 小さな家々が数軒だけの小さな村みたいだった、そこの一軒の前で馬を下りて戸を叩いた。

「すみません、誰かいるですか?」

 返答はないが中からは明かりが漏れているので、誰かいるはずなのに誰も出てこなかった。

 隣の家に行き、また戸を叩くが誰も出てこない。

 その村全ての家々を回って見ても同じ結果で、明かりは灯っているが家の中はしんと静まり返り物音一つしなかった。

「なんで誰も出てこないのかな……、せっかく人がいると思ってたのに、安心して眠りたいな」

 仕方なく近くの海岸沿いで海を見ながら、そこでたき火をして野宿をした。

 青黒い海を見て寒い海風が当たるが森の方には行こうとせずに、我慢してマントに包まり暖を取りながらこの世界で生きて行くとこが自分に取って本当に良かったのかどうか自答自問していた。

 今の自分が昔と比べて生き生きと過ごせてきたのは、色んな出会いと経験をしてきたからだと考えていた。

「オルサ……、オルサは僕が異世界の人間だって事を受け入れてくれたたった一人の理解者だったね、僕に言葉や生き方を優しく教えてくれたのに恩返しも出来なかったね、最後まで僕の事を案じてくれていたのに……僕は魔道士に成れたよ、だからこの力を捨ててまで元の世界に帰ってしまったらオルサに申し訳ないよ、折角ここまで僕が強くなれたのも全部オルサのおかげなんだから……、オルサ……もう一度会いたいよ」

 誰もいない夜の寒い海岸に一人、陽太は身震いをして遙か昔の思い出に浸りながら夜を明かしていった。

 朝、目覚めると大人の男性が三人、陽太を取り囲んでいた。

「ひぃ」

 陽太が驚いて見回す。

「おめえ、どこから来た」

 三人の中の歳老いた老人が聞いてきた。

「昨晩の騒ぎはおめえか」

「騒ぎって……、僕は旅をしていてやっとの思いで此処に来たです、泊めて貰おうと思っていたのに誰も出てこないから、しかたなくここで……」

 陽太は昨晩のことを説明した。

「当たり前だ、こんな所で夜に出歩く者はいねえし、家から出てくる者もいねえ」

「……どうして、ただの旅人だよ強盗でもないです」

「ここじゃ夜に外を歩く奴は死人と強盗どもぐらいだ」

「ゾンビがここまで来るですか?」

「ゾ……んび? なんだそりゃ、訳分かんねえこというんじゃねえ」

 老人達の手には鍬や鎌が握られている。

 陽太のことを強盗かゾンビと思っていたのだろうか、まだ子供の陽太を見て警戒は解いたみたいだったが、怪しくは思っているようであった。

「何でおめえみたいな子供がこんな所に……どうやって来たんだ」

「え? どうやってっていっても、サスタークの北の街道から海岸に出てきて此処に来たです」

 陽太は率直にやって来た道順を教えると、

「馬鹿野郎、嘘言うんじゃねえ、北の街道なんて通ってこられるわけねえだろ」

 老人が激怒して陽太が嘘をついていると思った。

「本当だよ、ゾ……死人もいっぱい居たし魔道士にだって襲われたです、逃げて逃げてやっと海に出てこられたんだから」

 陽太は必死に老人に弁明するが信じて貰えてはいないようであった。

「そんな話、信じられねえな、北の森はもう昔に死人の街になってるんだ、あそこにあったパイロンって国はずっと昔に滅んじまって、ここ五十年前から死人がうろつくようになってからは北の街道は誰も使われなくなったんだぞ、何でそんな所をおめえみたいな子供が通ってこられるんだ」

「そんなこと言ったって……僕だって一応は下級魔道士です、なりたてだけど」

「おめえ本当はどっかの盗賊だろ、此処に下見にきたんだろ、え? そうだろ」

 老人は震えるほど怒りを露わにしている。

「こんな田舎の廃れた所じゃ俺達を殺してもわからんからな、仲間はどこだ」

「えっ、ちょ……ちょっと待ってよ僕は盗賊ではないよ、ただの旅の魔道士なんだから」

 慌てて言い返す。

「なあ、この坊主本当に旅人じゃねえか」

 老人の隣に居た初老の男が陽太を見て言った。

「おめえ、そうやってまた村の者が襲われたらどうするんだ」

 老人が男に反論する。

「だってよ、こいつまだ子供だぜ、いくら何でも子供に……」

「だから違うです、盗賊だったらこんな寒い所で寝てたりなんてしないよ、それにこれ見てです」

 懐から取り出した魔道士の木札を見せた。

「ほらちゃんとエスタルの魔道士の証明札です」

「ふうむ」

 老人がしかめっ面を見せる。

「しかし、それが本当だとしても北の街道を通ってきたなんて信じられねえな」

「まいったな……」

 陽太はどう説明すればわかって貰えるのか悩んだ、頭の堅そうな老人がいまだ陽太を訝しんで見ている。

 この老人はこの村の村長なのかリーダー格なのかは知らないが、此処では発言権を持っている人物みたいだった。

「僕は魔道士になれたから旅して世界を見て回ろうとして、北の街道がこんなに物騒な場所だなんて知らなかったんだよ、やっとこの村に来て助かったと思ってたのに盗賊扱いだなんてひどいよ」

「小僧それはしようがない、見ての通りこの村は小さく住んでる者は昔からいるものぐらいだ、他の者は北の街道が廃れてからだんだんと余所の地に移住しちまって今じゃ住んでるのは年寄りばかりの少人数だ、身を守るのには余所者は疑って暮らしていかねえとやられちまうからな、数年前に一度、旅人って奴を泊まらせたらそこの家の者を殺しちまいやがって村の皆で戦ったことがあったんだ、だから余所者に対しては厳しくなっちまった」

 初老の男が陽太に教えてくれた。

「それはわかるけど、僕は何もしないよ、ただ身体を温める場所でゆっくり寝られたら直ぐにでも出て行くつもりだったんだから……」

「なあ爺さま、こう言ってるんだ、泊めることはしねえけど身体を温まってもらったら出て行って貰うってのでどうだ?」

「ふうむ……、おいおめえ、本当に直ぐに出て行くんだな」

 老人が陽太に言ってきた。

「うん、直ぐ出て行くよ」

 陽太は素直に言った。

 三人に連れられて行った先の家で暖を取りながらお粥を食べさせて貰い、冷えた身体を温める。

「何でおじさん達はこんなに危ない所から出て行かないですか?」

 お粥を食べながら質問をしてみる。

「そりゃあな、俺達だって出て行きたいさ、でもな金もねえし俺らは此処で魚取りするしか脳がねえしな」

 一番若い、と言ってもこの三人の中でだったが、細長い顔の気弱そうな男が愚痴を漏らした。

「そですか……ご馳走様です、身体も温まったから僕もう行くです、ありがとう」

 ぐいっとお粥を飲み干すと、椀を床に置いて礼を言った。

「すまねえな、これも村を守って行く為なんだ、分かってくれ」

「ううん、大丈夫です」

 初老の男がそう言って家の外まで陽太を送り出してくれた。

「ここの道もあまり人家もないし、あっても俺達の所と同じように余所者を嫌うから気をつけた方がええぞ」

「はいです、ありがとう」

 ポムに乗り、手を振って村を出て行った。

(こんな所もあるんだな、何処の人も良い人ばかりじゃないんだな、もっとこの世界のことを見ていかないと)

 まだ陽は昇ったばかりで時間はまだ沢山ある、今日一日でなるべく南下して行きたいと思っていた。

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