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ぼろぼろの立て札にうっすらと旧街道と字が書いてあった、入り口からして誰も入りなさそうな街道は、草が生えて人の出入りがないのが分かるぐらい使われなくなって久しい道だった。
「ここ……だよね」
地図では道が西へと繋がってあったが、本当に行けるのか不安を感じさせる街道だった。
「西に行くには此処以外だとアルステルまで戻らないと行けないしな」
旧街道の奥を覗き込むが道は直ぐに曲がっていてその先が見えなかったし、誰か人に聞きたくても時間的に誰もやってくる気配もなく、仕方なくそろりと足を踏み込んでいく。
道は街道よりも狭く両側から迫ってくる蔓が不気味に思われたが、空からは太陽の光が差していたのでまだ恐怖に駆られるような怖さはなく進むことは出来た。
「何度通っても森の中は慣れないな」
いままで幾度となく森の中で怖い思いをしてきた陽太にとっては、森は恐怖の代名詞になっていた。
ぞくぞくする背中の悪寒を感じながら旧街道を足早に進んでいった。
街道というからは広い道だと思っていた陽太は、こんなことならアルステルから行けば良かったと後悔していた。
奥へ進めば進むほどその気持ちが強くなってくるが、行けば行くほど引き返す距離が遠のいていき、後戻りをする気持ちに迷いが生じてくる。
「…………」
朝のまだ時間的に余裕があるのが更に陽太に迷わせていた。
まだ一日が始まったばかりというのが引き返さなくても行けるのでないかという錯覚に陥り、考えているうちにもポムはどんどん道を辿って奥へと入って行く。
街道は太陽のおかげでよく見えていて難なく走ることは出来て、思いとは裏腹に旅は順調に進んでいった。
休憩もそこそこに走り続けて日が暮れ始めてきてから、やっと今日中には出られないと思い始めた。
街道には一つも宿場も見当たらず、不安だけが高まってきていた。
「まだ全然森を抜ける気配さえないよ、やっぱり引き返した方が良かったかな」
今頃後悔しても遅く、陽太はポムを止めると開けた場所で暗くなる前にたき火の準備をした。
森の中だと陽が暮れると一気に真っ暗になってしまうのは経験済みだったので、なるべく多くの枝を集めて夜に備えた。
人っ子一人通らない街道の森の中で、ポムと二人しんと静まりかえった森の中で火を絶やさぬように夜を過ごしていた。
夜更けに陽太がうとうととし出して首が上下させていると、どこからともなく音が聞こえてきた。
ザッザッと草のこすれる音が聞こえてきて目を覚ました陽太が身構えた。
「な、何、何の音?」
ザッザザッと音が複数になって増えているように耳に入ってきて、陽太は半狂乱になりかけていた。
アルステルに来る途中の街道で見た大きな動物を思い出し、震える手で火のついた木を持つと辺りを照らす。
小さな火では遠くまで照らせず音の出所が分からない。
しかし音は確実にこちらに近づいてきていて、もう直ぐ側まで来ているのが分かるのに姿が見えず陽太は大声を上げて逃げ出したかった。
「あ……あわわ、何処にいるの……」
すると足元の茂みから陽太の靴ほどもある黒い物体が数匹飛び出して、後ろの茂みに走り去っていった。
「わああっ」
一瞬の出来事で何が走ったのか見て取ることが出来なかったが、敵意のある動物ではなさそうであった。
走り去っていった後には静寂が訪れ、静かな森へと戻っていた。
「わわわ……」
視界が鼓動と合わせてどくどくとぼやけてその場に立ち尽くしていた。
陽太は恐ろしさのあまり気を失うかと思うほど身体に力が入らずに、地面にへたりこんでしまった。
「はっ……はっ……はあぁ、びっくりしたぁ」
息がうまく行えないほど心臓がばくばくしていて、目には涙が溜まっていた。
「もう森は……嫌だよ、早く朝にならないかな」
落ち着くまで待ってから、たき火の側で膝を抱えながら夜が明けるのを待った、耳を澄まして火を絶やさぬよう木をくべながら、冷たい暗闇を見つめていた。
少しずつ周りの景色がぼんやりと青白く見えてくると、陽太はそそくさと荷支度を始めてポムに乗り込んで走り出していた。
少しでも早く森を抜けようと薄暗い森の移動を開始した。
今から朝陽が昇って明るくなるんだ、それまでの我慢だと西へと急いだ。
「もうこんな所、二度と来ないんだから……」
顔に当たる冷たい風も興奮収まらない陽太には寒くは感じていなかった。
陽太は走り出してから間もなく、異変に気がついた。
周りは明るくはなっている、けれど目の前の道は霧が掛かり全く先の道が見えなくなっていた。
「もう……どうなってるの、この道……」
空の明るさは分かるが、この濃霧と言うべき視界の悪さは最悪だった。
足元を見るだけが精一杯で速度が出せなくて、どれだけ走ったのかも分からなかった。
急な曲がり道が現れて森の中に突っ込んでしまいそうになりながらも、ポムの手綱を巧みに操り速度を落とさないようにだけ集中していたが、その所為でかなり疲れだけが溜まってきていた。
「駄目だよ、こんな霧の中じゃまともに走れないよ」
何度も道を外れそうになりながらポムに負担を掛けすぎていつもより息が荒く、何処かで休憩させないといけないと思った陽太は、速度を落として歩みをやめた。
「ポムごめんよ、走りにくかったでしょう、霧が晴れるまで此処で休もうね」
馬から降りて陽太はたき火を組んだ、まだ朝で底冷えしていて足元が冷たく指先が痛かった。
「ううぅ寒いね」
干し肉をかじりながら身体を温めていると、やって来た道の深い霧の中に人影が見えた。
「誰か来たかな?」
うっすらと黒い影が幾つも見え始め、明らかに人だったので旅人が来たのかなとじっと見ていると、だんだんと人影の色が濃くなって近づいてきた。
「良かった旅の人だ、少なくてもこの道を使う人がいたんだ」
人影が複数見えてきても一向に姿が確認出来ず、陽太はおかしいと感じた。
あまりにもこちらに来るのが遅かった、見え始めてから五分は経っているにも関わらずおぼろげに人影が見えたままだった。
陽太達は走ってきたのに、あんなに遅い歩みなら時間的に陽太達に追いつくはずもないと思い、その人影に嫌な予感がしてくると立ち上がった陽太は辺りを見回した。
「隠れた方が良いかな、でも森の中は入りたくないし……」
隠れる場所など森以外にはないのは分かっていたが、何も見えない森の中に入る勇気は今の陽太にはなかった。
「い、一応魔法を打てる用意だけしよう」
腰から杖を取り出して襲ってこられたときのために身構えていた。
「盗賊かも知れないし、こんな一本道じゃいつかは捕まっちゃうよな……、やるしか……ないかな」
魔道士になったのはこんな事に使うためではなかったが、非常時ではどうしようもなく相手を傷付けてしまうのは自己保身のためだと言い聞かせた。
ゆっくりと、少しずつだが人影がこちらに向かって影を濃くしている。
「もう少しで見える、誰だろう旅人か盗賊か……」
相手は馬に乗っておらず全員歩きのようだった、ゆらゆらと上半身を揺らしながら姿を現そうとしていた。
「あっ!」
陽太が見たのは旅人でも盗賊でもなかった、姿を現したのは兵士であった。
無数に現れた兵人は色々な形や色の鎧を着込んでいる沢山の兵士が、のろのろとこちらに歩いていた。
しかし陽太が驚いたのは兵士だったのではなく、その兵士の身体だった。
兜から覗く口元は頬の肉がなく、歯が剥き出しになっていて目があった場所は黒い空洞になってぽっかりと空いていた。
身体も所々欠損や骨が見えていて背中には剣が刺さっている者や足がなく這いずって向かってくる者がいた。
「あ……ああ…………あっ、ゾ、ゾンビだ」
恐怖のあまり、陽太の中で何かが弾けてしまった。
無我夢中で光の玉をゾンビ達に投げ飛ばすと、ゾンビにぶつかった玉がパァっと街道を明るくさせた。
一瞬霧が消えて光の中に無数のゾンビ達が行列をなしているのが見えていた。
アニメや映画で見たようなかわいらしさなど欠片もなく、剥き出しの肋骨や手足の骨、腐った臓腑の悪臭を感じた瞬間にその場で吐いてしまった。
「うっぷ、うえぇぇ」
何処を見ているのか分からないうつろな眼光やただの空洞、足の健がかろうじて繋がって歩いているゾンビ達が陽太に近づいてくる。
動きが遅いのが幸いして腰を曲げて吐いている陽太まではまだ距離があったが、このままだと捕まって何をされるのか思うだけでぞっとして直ぐにポムに乗った。
お腹からまだ吐こうと痙攣してるのを歯を食いしばり我慢して西へと駆けだす。
霧の街道をどんどん速度を上げて進み、後ろを振り返って追ってきていないか頻繁に確認する。
ゾンビ達は足が遅いといってもゆっくりしていると確実に捕まる。
気が付くと隣に居るなんて事は絶対避けたくて、とにかく遠くまで離れようと速度を落とさず突っ走っていった。
目の前は深い霧で何が何だか訳が分からなく、お腹の気持ち悪さでポムの背にしがみつくだけしか出来なかった。
「もう何なのこの森は……」
楽しく生活出来る国から一歩出ると、恐ろしい動物やゾンビがいるなんて信じられなかった。
オルサと住んでいた森とは違い、此処では明暗の差が激しすぎて陽太の頭では理解しきれなかった。
走り続けていたポムが急に止まり、驚いた陽太は顔を上げて目の前を見ると、街道が開けた場所に出ていた。
森を伐採した広場には街道を挟んで壊れた家や土台だけが整然と並び、道の先には城のような建物があった。
外壁は崩れて元々は高くそびえていたであろう城の上半分も壊れて、城壁もぼろぼろと崩れ落ちている。
「ここは……どこ?」
地図には載っていない場所に出てしまった事に焦りがあった。
「僕たち一体何処に来たんだ、街道に町や国の名前なんて書いてなかったのに、変な所に来ちゃったよ」
もう朝になっていてもおかしくない時間であるのに、霧が一向に消える気配もなく、より一層濃くなって空からの光を遮り青白い世界に変えていた。
恐る恐る荒廃した街の中を抜けるために街道を進んでいく、ゾンビからかなりの距離を取ったとはいえ、何時またその姿を現すかと思うとここでじっとしてはいられなかった。
廃墟となった家々の間を縫うように道を辿りながら城の前まで来たとき、壊れた城壁の中からゾンビ達がぞろぞろと出てきた。
するとそこいらの物陰や地面からゾンビ達が湧き出てきて、街道を塞ぐように道に向けて歩んでくる。
後ろに下がろうと馬首を変えた先にも崩れた家の中や茂みからあふれ出てきて、退路を塞いでいた。
「わあぁ」
前後を塞がれた陽太は逃げ場所を求めてあたりを見渡した、が何処にも通り抜けられそうな場所もなく暴れるポムをなだめていた。
「こんな所で死にたくないよ」
必死で活路を見いだそうと考えを巡らす。
「うああぁ」
近づくゾンビを見ていると嫌悪感で思うように思考が働かず恐怖が陽太をじわじわと包み込もうとしていた。
「うわああぁぁ」
ありったけの魔法を唱えて近くにいるゾンビめがけて投げていく。
光球、水球出来るだけ沢山の魔法を手当たり次第にぶつけて、吹っ飛ばしながら近づけさせないようにしたが、それでは倒すことが出来ず起き上がったゾンビは何事のなくまた陽太に向かって歩き出す。
「く、くるな、消えちゃえ」
西に馬首を戻すと魔法を飛ばして道を歩いているゾンビを蹴散らせると、ポムに鞭を入れ走らせた。
「ポム、怖くても止まっちゃ駄目だよ、ハアッ」
手を伸ばしてくるゾンビに水球を当てて遠ざけながら一直線に抜けていく。
ゾンビ達は森や廃墟の家、はたまた地面から続々と這い出てきて何十、何百と増えていた。
その中を陽太が駆け抜けようと必死で魔法で対応していく。
「退いて退いて、来るな!」
一つの街を横断する決死行を行い城の前を通り過ぎていくが、広い廃墟の街を出るのはまだ先だった。
懸命に魔法を投げ続けて街を抜けようと西へと走っていると、後ろから火球が陽太めがけて飛んできた。
当たりはしなかったが、陽太の直ぐ側で着弾して爆発が起きた。
「うわあぁ」
驚き飛んできた方を見ると、陽太の右手後ろの壊れた家の屋上に黒衣の魔道士が陽太めがけて火球を飛ばしていた。
「何するんだよ」
大声を上げるが返事は帰ってこず、一定の間隔で火球を飛ばしてくる。
「誰なんだよもう、やめて」
上から下まで真っ黒の導衣で顔すら見えなかったが、フードの奥には赤く光る目がこちらを向いていた。
魔道士と目があった陽太は、殺意とも敵意とも感じられない不気味な目は、冷ややかにただ陽太に向けて火球を飛ばしているように思えた。
実際、火球は陽太に向けて投げられてはいたものの、かなり手前に落ちたり全く違う所に飛んでいったりした。
一番近かった初弾以外、当たる気配すらなく、逆にゾンビ達に当たり焼け焦げたり、爆発に巻き込まれたりして数を減らしてくれていた。
「何あの魔道士、全然当たらない」
腕が悪い魔道士というだけなら気にもならなかったが、黒衣の魔道士の火球の威力は陽太には到底出せないであろう巨大な魔力を感じていた。
当たりはせずとも近くで落ちると熱風が襲ってくる、それが陽太には気になっていた。
「あんなに大きな魔法が出せるって事は僕より上位の魔道士のはずなのに……」
(上手くない)
陽太の脳裏に浮かんだ言葉は、これなら逃げ切れるという考えだった。
理由はどうあれこの街から一刻も早く逃げ出すのが先決で、黒衣の魔道士の腕が良い悪いなんて事はどうでもよく、もう気にせず目の前のゾンビに集中出来ると考えを切り替えて、立ちふさがるゾンビを相手にしながら道を突き進んだ。
「あそこだ」
扉のなくなった町壁が見えると姿勢を低くして一直線に駆け込んでいった。
街を抜けた後も安心は出来ずにそのまま街道をひたすら突っ走り、後ろからの魔道士の攻撃も止んだ。
街が見えなくなるまで走り続けた後、
「止まって、ポム」
長い間、恐怖を感じながら全速力で走っていたポムの息が荒くなっていたので速度を緩めていき、誰も追ってこないのを確かめてから止まった。
「はぁ、怖かった、駄目かと思ったよ有り難うねポム、頑張ってくれたね」
馬から降りても周囲の警戒は怠らず、ポムが息を整えるまでじっと待っていた。
「かなり秘薬を消費しちゃった、こんなに使うなんて思わなかったもの」
陽太は今までこれほどの秘薬を使ったこともなく、ましてや効かない相手に何度も魔法を打たなければいけないなんて考えたこともなかったのである。
「僕もかなり疲れちゃった、魔道士になったばかりなのにいきなり魔法を使う旅になったね、もう早くこの森を抜けたいよ一体いつになればこの霧は晴れるんだろ」
朝からずっと霧のままで、ゾンビに追われ廃墟の街をぬけてもまだ青空を拝めずにねっとりとまとわりつくような白い世界のままだった。
「行こうか、あまり此処でじっとしてられないよ」
ポムに乗って街道を歩き出した。
今やもう西に向かっているのか確認も出来ない状態のまま街道の出た先が西の海岸であって欲しいと願うばかりであった。
高い木々の街道を出来るだけ早足で駆けていく。
馬上の揺れる陽太は夜中に起こされてから寝て居らず、ゾンビに襲われ逃げ回りやっとの思いで振り切って緊張の糸が切れたのか、うとうととポムの背で寝てしまっていた。




